柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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小さい頃からの付き合いだし
大抵の考え方とか
思いつく先とか
そんなものは知っている

でも、
いつも思う事は同じだ

なんであいつはいつだって
信じたいと、いうのだろうか
それがいつだって自分に傷を与えていて
苦しいと泣く事だってあるくせに

それでも、いつだって
最後の最後であいつは言う

信じたい、と。





伏せた睫毛の揺れる先(後編)



 ふらふらと面白い歩き方でやってきた相手は、いつものように特徴的な髪型をして、いつものように青いスーツを身につけていた。
 目を瞬かせるまでもない。子供の頃からの付き合いがあるのだから、見間違えるはずもない。
 バカだという意識しか正直思いつかなかった。まさか昨日のあの状態で、この寒さだけは超一流の場所にフラフラ出歩く奴を、バカ以外の形容詞で括る事はきっと難しいだろう。
 先ほどもやっては来たけれど、また性懲りもなく来たらしい。ふらついている男は一人、緩やかな階段を下りてきている。少し強風が吹いたらそのまま川の中にダイブするのではないか、なんて考えが脳裏を過った。
 …………まさかと思いつつも、それくらいの奇天烈な偶然を生み出しかねない男だ。上空といっても差し障りのない橋の袂から落ちても生きていたのだし、ある意味その程度ではこれ以上の悪化もないのかもしれないけれど。
 そんな事をぶつくさと思いながら、仕方なしに彼に近づいた。
 「……矢張」
 小さく力ない震えた声で彼が名前を呼ぶ。仕方なさそうな顔で手を上げて、駆け寄った。
 階段を下りきったところで合流すれば、そのまま相手はふらりと身体を揺らして、その額を自分の肩に乗せる。それだけでも十分解るほど、相手の身体は熱かった。
 昨日の今日だ。勿論全快したなどとは思っていなかったが、それでもこうして動き回っているのだから多少の改善が望めたのだと思っていた。………が、それはかなり儚い希望的観測だったらしい。
 考えてみれば昔から無茶ばかりする彼の事だ。ごり押しで無理矢理外出許可でもとったか、退院したか。どちらにせよ、医者の方はたまったものではないだろう。
 軽く溜め息を吐いて、嬉しくもない重い身体を支えるように肩に腕を回す。
 「お前、バッカじゃねぇーの?」
 「矢張に言われたらおしまいだよ」
 呆れた声でいえば即座に返ってくる減らず口。どうやら意識はしっかりしているらしい。もっともそれも、今現在の状況を考えていれば、そうあらねばならないという意志の力にのみ頼った仮初めのものだろうけれど。
 少しふらつきながらもしっかりと歩く相手の身体を支えながら、抱えていた荷物を受け取って逆の肩に担ぐ。恐らく今回の法廷で使う証拠品なのだろう。この状態でよく集めたものだと少し感心した。
 彼は周囲を見渡し、首を傾げる。
 まるで何か足りないかのように揺れた視線に同じように首を傾げかけて、納得したように頷いた。
 「ああ、春美ちゃんなら、今は散歩中だぞ」
 「…………え…?」
 「焚き火用の薪を探しがてら、少し一人になりたいってさ」
 きっと色々思い悩む事があるのだろうとあっけらかんといってみれば、相手は顰めた眉で非難するようにこちらを睨む。彼の常識からすれば、こんな場所で幼女を一人にする事自体、あり得ないのだろう。
 けれど相手はあの春美だ。はっきり言ってしまえば、きっと自分よりもずっとしっかりとしている。しかも今現在、この付近は警察たちが大勢行き来しているのだ。そう危険な事はあり得ないだろう。
 それならば一人になりたいと願う子供の意思を尊重すべきだ。………きっと、あの子もまた、今回の事件で思い悩んでいるのだろう。留置所にいるあやめや、今も体調の極悪さを推して調査をしている彼と同じように。
 健気な子供だと思いながら、しょんぼりした背中を思い出す。ふられたあとの自分の背中もあんな感じなのだろうか。現実逃避するようにそんな事を考えてみるが、残念ながら現実は甘くはなかった。
 ………睨む視線がいっこうに衰えず、極楽庵の中に腰をかけてなお相手は憮然としていた。それが体調の悪さ故のものだと思えるほど、自分も鈍くはないし、彼との付き合いも短くはない。
 取り合えずと渡した白湯を床に置いたまま、彼は真っすぐにこちらを見ていた。睨んでいるといっても過言ではない視線だ。
 「あのよ、いっておくけど、放置しちゃいねぇぞ」
 言い訳じみた口調でそんな事を呟けば、すっと細められる視線。不調さ故か、あまり気は長くないらしい彼に、慌てて両手を振って弁明をした。
 「だ、だから、ちゃんとルートも確認したし、時計も渡して、10分後には帰ってくるように約束したって!ほら、もう少しで帰ってくるよ、春美ちゃんいい子だし!!」
 ぐるりと山道を回るだけのコースだ。実際、子供の足でも回るのに10分以上はかからない。散歩には適しているし、何かあっても大声を出せば極楽庵まで聞こえる。
 いくら無責任で無頓着な自分でも、友人たちから預かっている子供を手放しに放っておけるほど人でなしではない。そこだけは強調して、不調で輪をかけて不機嫌な相手の顰めた顔に言い募った。
 いつもだったら放っておいても相手の方が折れるかもしれないが、機嫌の悪いときの彼は要注意だ。更に悪化して、手が付けられないほど怖い目に遭う。…………主に、精神的に。
 必死に自身を弁護した言葉を睨み据えていた相手は、軽い息を落として、指先だけでドアを示す。首を傾げていれば、その指先が揺れた。
 「………ドア、開けておけよ」
 「なんで?お前、寒いんだろ?」
 彼の言葉にきょとんと目を瞬かせる。室内に入ってもなお彼の震えは止まっていない。多分、発熱からくる悪寒なのだろうが、それでも風が入り込まないだけドアを閉めていた方がマシなはずだ。
 首を傾げてみせれば、小さな溜め息。頭痛を押さえ込むように額を覆って、彼は俯いた。
 「春美ちゃんが、不安になるだろ。誰もいなくて……ドアも閉まっていたら」
 「へ?ああ…でも、そうかぁ?」
 「ドアが閉まっていたら、声が聞こえないかもしれないし」
 とにかく不安だから開けろ、と。彼は少し苛立った声でいう。多分、春美の身が心配であるのと同等に、彼自身が不安なのだろう。考えてみれば今は真宵も姿を消していて、神経が尖っているはずだ。
 すっかり失念していたと心中で手を合わせながらドアを開けた。寒気が首を撫で、奥にいる彼の元まで届いたのだろう、僅かな咳が室内に響いた。
 やはり身体としては無理なんだな、と思いながら、それでも頑なにドアを閉める事は拒否する事は容易く想像がついた。もう一人の幼馴染みならうまく言いくるめて彼に休息を促せるかもしれないが、如何せん、彼は自分に対しては尊大で我が侭だ。
 きっとなにをいっても右から左な上、逆に窘められるのは想像に難くない。
 「取り合えず、ちょっと休んでおけよ」
 春美が帰ってきたら起こせばいいのだろうと思い、告げる。もっとも帰ってくるまでそう時間はかからないだろうけれど。
 とろんとした視線は、病魔に冒された人間特有のものだ。身体が頑丈に出来ている彼だからその程度で済んだのだろうが、実際に他の人間が同じ目にあったならきっと生きてはいないだろう。
 そう考えると彼も十分化け物か。にへらと笑ってそんな考えをしていると、とさりという小さな音と一緒に彼が倒れ込んだ。………恐らくは、横になっただけなのだろうが、気が緩んであまり力が入らないのだろう、少しだけ崩れ落ちるような雰囲気が漂っていた。
 一歩彼に近づき、土間の淵に座る。この辺りであれば外の音もなんとか聞こえるし、彼の信頼を裏切らないで済むだろう。もしもこれで春美の身にまで何かがあったなら、自分はそれこそ絶縁状でも叩き付けられてしまう。
 昨夜使った布団が端に積まれている。手繰り寄せて、一応彼の身体にかけた。相変わらず病室で見た時同様の顔色。否、悪化しているのか、青を通り越して緑色だ。今の彼の似顔絵を描いたならさぞかし滑稽で愉快な地球外生命体になる事だろう。
 それでも彼は、やっぱり立ち止まろうとはしない。
 「………バッカだよなぁ」
 小さく、冷たい空気を震わせるようにして呟く。ドアを開けているせいだろう、声に震えた空気は白く色づいた。
 もっと気楽に生きればいいのだ。そうしたならこんな風に傷ついた姿でいる事もきっとないはずだ。彼は昔からこんな感じで、いつだって何かしらの傷を背負って生きている。
 ひとつが解消すれば次の傷が疼くのだ。常に生傷に苛まれているくせに、それを何とも思わないかのような顔で彼はいつも笑っている。
 酔った勢いでバカだといった事は過去に幾度となくあるけれど、その度に彼は同じ答えを返す。それはあまりにバカバカしすぎて、今もまだ納得もできないくらいだ。
 「信じたってよぉ…どうにもならない事だって、あるんだろ?」
 自分の存在が事件に巻き込まれるような不条理さと同じように、努力や意志だけじゃどうにもならない事はこの世にあるはずだ。信じているから大丈夫と笑う彼は、確かに尊いと思うけれど……同じほどに危うく儚くもある。
 それでも彼は否定されてもバカにされてもきっと笑って信じるのだと、そう答えるのだろう。信じてもらえた事こそが彼の力の原動力だ。それ故に、彼は信じると決めた事を決して曲げはしない。
 目蓋を落とした彼が眠っているのかどうか、自分には解らない。独白のような今の言葉を、彼が聞いているのかどうかも当然解らない。見下ろした先のギザギザ頭は、吐息にあわせて少しだけ揺れている。
 「…………それでも、信じんだよなぁ、お前は」
 それに傷つき苦しんでも、それでも彼は変わらず信じ続ける。彼は、口にした事を裏切りはしないから。
 だからいつもいつも、自分は同じ事を返すのだ。
 きっと他の誰かが彼を諌めるだろう。愚かだと罵るだろう。やめろと止めるだろう。それなら、そんな面倒な事は全部他の誰かに押し付けて、自分は彼が望んで自分に出来る唯一の事を、しよう。
 「そんなら、まあ……頑張れよ。お前が信じんなら、大丈夫だぜ」
 ぽんと、彼の頭を軽く撫でて、小さく笑う。
 幼い頃から繰り返している言葉。彼が揺らがないように、自身を信じ続けられるように。幾度でも弱音を吐きたいそのときに、同じ言葉を自分は贈るだろう。
 だからきっとどうしようもない程だらしなく胡乱な程胡散臭い自分を、彼はずっと親友として傍に置いてくれるのだ。

 彼の望む言葉を押し付ける事は、自分にとっても楽しい事だ。
 彼は口にした事は違えず、そして、いつだってその言葉を聞いたときに、いってくれるから。

 眠っているのか寝た振りをしているのか、指先に触れるギザギザ頭は答えない。
 それでも、微かにほころんだ唇がその解答を教えてくれる。



 …………それは自分の言葉を信じると、そう、告げてくれる、優しい笑み。





 3部作だけど特に繋がっているという認識なくて大丈夫です。単にタイトルが同じだというだけなので。時系列で流れを作っただけ。
 そしてなんで私は矢張が好きなんだろうか。どうしようもない奴だと解っているのに。普通によく書いているんだよね……御剣の次くらいには。
 まあ元々幼馴染みとか、長い付き合うのある人間関係好きですから。そのせいだと思います、多分。

07.9.4