柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
小さく笑んだ 朝の一時 久しぶりに互いの休日が重なり、前日から泊まり込んでいた彼はまだ起きてこない。 時計を見てみればもう10時になろうとしている。久しぶりの休日だからと惰眠を貪っているのだろうかと、彼が眠っている、いつもは自分の寝室のドアを見遣った。 ドアの鍵はかかっていないので、起こしにいこうと思えばいつでもいける。けれど特に予定も何もない休日、久しぶりの朝寝坊くらいは許されるべきだろうと見過ごしてから、早何時間が経っただろうか。 朝食は適当に食べてしまったし、朝の身支度も終わっている。新聞などとうに読み終わってしまって読み返す気も起きない。………ようは、暇で仕方がなかった。 彼が起きてきたからといって特に何がある訳でもない。やはり互いに好き勝手しているだろうし、気が向けばどこかに出掛けるかもしれない。 別段予定がある訳ではなく、いつもの休日の午前中と、何ら光景としては変わらない今の時間がひどく物足りない。 あのドアが開けば、彼が顔をのぞかせる。 挨拶を交わして、自分のいれた紅茶を彼は所望するだろう。簡単な朝食くらいなら用意も出来る。………もっとも、下準備は前夜のうちに彼が済ませてくれていたので、自分がやる事といえばトーストを焼く事と盛りつける事くらいだが。 それでも彼は笑ってくれるだろう。礼をいって、受け取ってくれる。 彼が食事をしている姿をそれとなく伺いながら、自分はまた、内容など全部記憶してしまっている新聞を広げるのだろう。 彼が奏でる音を聞きながら、自分以外の命が自室内で生活を営んでいる気配に意識を向ける。それはひどく贅沢な時間な気がした。 たった一人では、どれほど欲しいと願っても手になど入らない、極上の時間だ。 それが欲しくて、早く満たされたくて、無意識にまた、彼の眠る寝室のドアを見つめる。 まだ、彼が起きた気配はない。時計は進み、気づけばもう10時も過ぎている。待っていた時間を考えればたかだか10分程度の時間だったが、それでも10時を過ぎたという事が重要だと考えて、立ち上がった。 もうそろそろ起こしても、彼は文句を言わないだろう。眠くても午前中全てを潰すつもりは彼にもないはずだ。 軽いノックとともに寝室のドアを開ける。彼の名を呼びながら入り込むと、陽光の透けたカーテンが見えた。 まだ閉め切られたカーテンのせいで室内は暗い。電気をつけようか悩んだが、見えない訳でもない。彼を起こしてカーテンを開ければ十分な明るさだ。そう思い、歩を進める。 ベッドの中、丸まるようにして彼が眠っている。自分の体格に合わせたベッドはそれなりの広さなはずで、彼にとっても使い心地はいいはずだった。けれどそれでも何故か彼は端に包まり小さく眠る。 初めて泊まった日、広すぎて逆に落ち着かないと苦笑を浮かべていた彼を思い出す。その思い出に小さく笑い、そっとベッドの枕元に膝をついた。 健やかな寝息に乱れはない。まだ、熟睡しているのだろうか。眠りの浅い自分に比べ、彼はしっかりと深く眠るタイプらしく、人が間近にいても気にも留めずに眠り続ける。 その神経の図太さに初めは驚いたが、彼にしてみれば足音だけで目が覚める自分の方がよほど珍しいらしく、不可解そうに首を傾げていた。 だからこそか、寝室を提供される事にいつも躊躇っていた。仮にも客なのだから使えといっても渋りをみせるのは、眠りの浅い相手の睡眠の邪魔をしかねない事がネックになっているのだろう。そのせいか、彼は一度寝室に入ったら朝まで外には出てこない。 そんな気の使い方などせずに、眠れなければ眠れないと言いにくればいい。同じ時間が過ごせるのは、自分にとっては幸いだ。もっとも彼にしてみれば、そんな一方的な我が侭をいって相手の生活習慣を狂わせる事は出来ないというのだろうが。 「成歩堂、そろそろ起きないか?」 そっと彼の肩を揺すりながら、声をかける。………ひどく静かに、声を潜めながら。 タオルケット越しに彼の体温が伝わる。確かにそこに人がいるという、確かな証。それに小さく笑みを浮かべながら、もう一度彼の肩を揺すった。 ぼんやりと瞬くように彼の睫毛が揺れて、細められた瞳が覗けた。 敷布を見つめるように落とされたままの視線が、ゆっくりと持ち上げられて、自分を見上げる。あどけないままの、無防備な目が柔和にほころび、笑みを浮かべたまま、頷くように頤を揺らす。 小さく唇が蠢く。きっと挨拶をしたのだろう。声としての発音はなされていなかったけれど。 肩を揺すっていた腕を放し、そっと彼の髪を梳く。セットされていない前髪が彼の視界を邪魔して、その目を隠してしまいそうだった。 くすぐったそうに目を瞑ってしまった相手の頬を軽く叩いて、覚醒を促す。 いっそ大声を出してタオルケットでも取り除いてしまえば話は早いけれど、このほんの数分にも満たない時間は、とても大切な時間だった。 自分に甘える事のない彼が、いとけない顔を見せるのは、こうした無防備な時間だけだ。…………そんな時間を狙わなければ甘えてもらえないという事実は、少しだけ情けない気もしたけれど。 「………成歩堂?」 名を呼んで、目蓋をくすぐるように撫で、前髪をすくいあげる。むずがるように首を振った相手は、それでも傍に人がいる事は認識したのか、目を瞬かせながらぼんやりとしていた。 きっとあと数秒で、覚醒するだろう。存外目覚めの悪くない相手に少し残念な思いを抱きながら、そっと手を離した。 数度瞬きをして意識を浮上させた相手は、もぞもぞと起き上がり、ベッドの上に座り込んで、その傍らに膝をつく、己を起こした張本人を見下ろしながら、笑んだ。 ふわりと、風が舞うような思いだ。法廷では決して見せない、優しい穏やかな笑み。あの強かで太々しい笑みがこうも変質するのだから、存外彼は役者なのだろうといつも思う。 「おはよー……」 間の抜けたイントネーションで言いながら、彼は欠伸をかみ殺した。まだ眠気が完全に抜けてはいないのだろう。塞がろうとする目蓋に活を入れるように乱暴に擦っている。 子供のような仕草に苦笑を浮かべながら立ち上がり、まだぼさぼさの髪を軽く撫で、その顔を覗き込む。 真っすぐに視線は返され、数時間の孤独が一瞬で払拭された気分になるのだから、我ながらお手軽だと思った。 「紅茶をいれよう」 「ん………じゃ、着替えるよ」 生活のメリハリがなければダラけてしまう事を自覚している彼は、少なくともこの家に泊まった時はきちんと着替えをした。スウェットではそのまま部屋着と変えてしまいそうだと渋っていた当初を考えれば、十分進歩なのだろう。 時折子供のような手抜きをしたがる彼に小さく笑いながら、寝室を出た。 キッチンに向かい、彼に振る舞うための紅茶の用意をする。 …………背後では彼の生活の音が微かに聞こえる。彼も同じ事を思っているのだろうか。着替えながら、自分が醸す生活音を微かに聞いて、あるいは、笑んでくれているだろうか。 そこに人がいるという事を受け入れて、それを幸だと、受け止めてくれるだろうか。 いまはまだ解らないけれど、いつか、それを問いかけられればいい。 彼の中、自分の存在が当たり前になったとき、に。 自分の音が、彼にとっての安息である事を祈りながら 琥珀に揺れる水色を、そっとカップに注ぐ 時を閉じ込める宝石のように この色の中 この幸せを閉じ込められれば、いいのに。 お泊まり会(笑)の朝の風景。一応寝る場所は別々ですよ。いくら何でも一人暮らしの男のベッドは狭かろうよ。無駄に体格いいからね、二人とも。 ちなみに成歩堂が寝坊するのは、自分が動き回って御剣が起きちゃ困る、と考えているせいもあります。まあ、それで動き出さないのは精々8時までで、それ以降まで起きてこない場合は純粋に寝坊。 この辺の境はまだ御剣は解らないので朝から昼に移行する時間までただひたすら待っています(苦笑) ………ま、まあ、これが小さな男の子とかだったら、微笑ましかったと思うんだけどね! しかし久しぶりに会話文がほとんどない、自分らしい文だね。冒頭部分の成歩堂視点の方も書いてみたいなー。あれは前夜の話なんだけどね。 07.9.6 |
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