柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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たいした意味もなく
なんの理由もなく
ただ傍にいたいと思うから

腕を伸ばせば微笑んで
一緒にいるよと、いってくれる

それだけでいいと、思える程の
この充足感





隣の体温



 不意に鳴ったメール着信に首を傾げて携帯を取り出す。
 確認してみれば最近よく見かける名前が画面に表示され、小さく笑ってしまった。
 慣れた仕草でメールを開き、簡潔な内容を読む。了承を示す返事をしたためて送り返すのは、いつもの事だ。
 相当忙しいか、何か用事がないかしない限り、出来る限り相手の願いを受理するのは、断れば彼が凹んでしまうと思うのと同時に、自分自身が望んでいるからだ。もっともその辺りをよく理解していないのか、時折無理をさせていないかと不安そうにこちらを伺う姿を見かける事もあるけれど。
 お互い、仕事が仕事だ。どうしたって会えない期間が長くなりがちだし、それは仕方のない事だと理解している。
 だからこそ、望まれれば叶えたいと思うのは当然の事だと自分は思う。それが負担ではないのかと問われても、そんな風に考えた事がないのだから困惑するばかりだ。
 同じ事を問い返せば同じように戸惑うくせに、彼は少しだけ自分に臆病だ。もっとも、過去の彼の所行を思えば、少しでも自分に負担を与えず嫌悪感を抱かれずにいたいと思うのは解らなくもない。
 それは不要な心配だといったところで、どうせ無駄なのだろう。そうした心の機微は、他者がいくら言葉を積み重ねたところで、自身で折り合いを付けない限りどうしようもない。
 不要に負荷を与えるよりは彼が願う形のまま叶えた方がよほど特効薬になるだろう。
 それがどれくらいの月日を要して改善されかなど、解るはずもないけれど。それでも彼が自分の傍で安らげるなら、それを叶える事に負担と思うものは一つだってない。
 そうした意志を伝えれば、きっとそれだけで十分彼は喜ぶのだろうけれど、如何せん、自分はそうした事を表現する事は不得手だ。
 告げようとしても羞恥が先に立ち言葉を飲み込んでしまう。いい加減この癖もどうにかしなくてはと思いつつも、それが許されているからつい、甘えてしまっている。
 弁の立つ彼がまるでなにも解らないかのように自分の言葉を飲み込んで、素直に応じてくれるのだ。今はまだ、自分に合わせてくれるという事なのか、純粋に解っていないのか、その点はどうしても見極めが難しいところだった。
 どちらにせよ、同じ場所を歩んでくれるなら、それを願いたい。突然駆け出されても、きっと自分は戸惑うばかりで追いかける事も出来ないだろうから。
 思いながら、事務所を閉めるための作業を再開した。


 ふと気づけば結構な時間が過ぎていた。
 軽く外で食事をとって、互いの好みのアルコールを購入して、簡単なつまみを作ってから、かれこれ数時間。のんびりとしたペースだったせいで気づかなかったが、そろそろ終電の時間が迫っている。
 時計を見上げた自分の視線でそれに気づいたのだろう、彼は少し険しい顔をした。
 ……………その表情から察するに、恐らく彼は自分が気づくより早く、時計を確認していたのだろう。けれど敢えて何も言わないでいたのだから、人が悪いのか幼いのか。
 微妙なラインに立っている彼に苦笑が漏れそうになる。今からなら、なんとか終電には間に合うだろう。もう一度時計を見て、彼を見遣る。彼は俯くように顔を逸らして、特に声はかけてこなかった。
 これほどまでに解りやすいというのに、彼はそれでもいわない。
 もっとも、以前自分が他人の家に泊まるのは身体に負担がある事を告げているからこそ、不可抗力でない限り薦める事が出来ないのだろう。
 …………だからこそその不可抗力を作り上げようとしているあたりは、ずる賢いというべきなのか、微笑ましいというべきなのか。どちらとも言い難いと思いながら、そっとテーブルの上に手を伸ばした。
 じっと、彼の視線が自分の手に注がれている。内心その必死さに苦笑しながら、彷徨う事なく彼が入れてくれたワインのグラスをとった。大分前に入れてくれた気がするが、カクテルを飲んで麻痺した舌では勿体ないと残していたままだった。
 結局はぬるくなって味も落ちていて、残した意味もなかったかな、と少し残念に思う。グラスをまたテーブルに戻し、戸惑うような目でこちらを伺っている彼に、笑いかけた。
 「どうかした?」
 まるで何もなかったかのような声で問いかければ、彼は目を大きく見開いた。
 瞬かせるように、あるいは食い入るようにこちらを見つめて、それから、苦笑を零す。
 …………自分の言葉で、意志を汲み取ってくれたらしい。ようやくそんな真似も慣れてきてくれた相手に、吹き出すように笑う。出来る事なら、自分がそんなことを言わなくてもこの程度の我が侭、口に出せるようになればいいのにと思いながら。
 それでも嬉しそうにほころぶ目元に、結局は全部を容認してしまうのは、甘いだろうか。繋ぎ止めるために使用していたアルコールから、のんびりと語らえるようにと紅茶をいれにいく単純な友人の背中を見ながら、そんなことを思った。
 どうも彼は不器用で、それは特に仕事以外の面に発揮される。それを思うと、自分たちとの別離から再会までの間の彼の人生を痛ましく感じもする。
 全てを、検事という仕事を全うするためだけに、費やしたのか。それ以外の全てを切り捨てて、自分自身の幸せすら顧みもせずに。…………誰かと笑い合い語り合う喜びを捨てて、一人歩む道を。
 もしも、なんて意味のない事を、考えるつもりはない。考えたところで現実は変わらないし、よりいっそう惨めになるだけなら、思う事すらごめんだ。それでも、願う事はある。
 たった一人でもいいから、誰かが傍にいればよかった。
 …………自分の感情表現すら理解出来ず、戸惑うばかりの彼を見ると、キャリアとしての彼以外を認める人間が傍にいたのか、問いかけたくなる。もっとも、泣きたくなる解答を与えられそうで、それは恐らく永遠に問う事はないのだろうけれど。
 能力の有無ではなく、ただ個人としての個を見てくれる。それがどれだけ奇跡に近い事か、改めて実感する。同時に、それを与えられればと、祈る思いで彼を見つめた。
 「………………?」
 不思議そうな視線でこちらを見やる彼に手を伸ばし、いれてくれた紅茶を受け取る。まだ熱いそれはとてもではないが飲めそうになく、そっとテーブルに置いた。
 彼はそれを一口飲んで喉を湿らせてから、少しだけ彷徨わせた視線を覚悟を決めたかのようにこちらへと寄越した。まるで睨み据えるような視線は、真剣さ故だろう。あるいは、緊張、だろうか。
 きょとんとしてそれを見やり、彼が告げる言葉を待った。
 「………成歩堂」
 「?なに?」
 「その………君は、泊まっていって、大丈夫なのだろうか」
 明日の用事などはと、口籠りながらもなんとか告げる彼に、目を瞬かせる。
 まさかまだそんな事をいってくるとは、思いもしなかった。てっきり先ほどのやり取りでそれは確定した事実に変わったと思ったが、あくまでも彼は自分がそれを了承した確固たる言葉がなくては不安らしい。
 嘘は吐かないけれど有耶無耶に話を逸らす事は得意なせいで、少しだけ彼は警戒心も抱いているのかもしれない。実際、今の状況であっても、確かに自分は帰ろうと思えば帰る事が可能なのだし、彼にしてみれば不安要素は全て取り払いたいというところなのだろう。
 「うーん、そうだな……」
 それでも、少しだけ意地悪をして言葉を濁して考える振りをする。
 喜々としていた先ほどとは打って変わって、彼はしゅんと俯いた。言葉は不得手な割に、彼は雰囲気に感情が滲みやすい。
 「君がいいよっていうなら、かな?」
 ここの主は彼で、自分はあくまでも客だ。決定権は、やはり家主が持つべきだろう。からかうようにそういってみれば、目を瞬かせた彼が、不意に不敵に笑った。
 ようやくらしくなったかと内心苦笑しながら、彼の解答を待った。
 「では、泊まっていきたまえ。準備をしておこう」
 偉そうな居丈高な言葉は、けれどまるで意味のない響きだった。そんな嬉しそうな笑みでいっても、感情を隠す事など出来ていない。
 まだ人と関わる事に不得手で、距離感を見極められない彼は一つ一つが手探りだ。それを一緒に眺めながら、自分はそれらを吟味し、取り上げて、方向と方法をこっそりと教える。
 それに彼が気づく必要はなく、誘導している事さえ、知らないままでいい。
 いつか、彼が多くの人と関わりその心を理解してもらえる、そんな日が来るまで。そんな嬉しい日が来る、その時までは、自分が傍らに鎮座して、寄り添っていよう。
 ずっとずっと彼を捜し、追い続けていたのだ。それくらいの我が侭はいいだろうと、自分のために宿泊の準備をしている彼の様子を見ながら、小さく溜め息を落とした。


 眠りに落ちる時、ふと優しい指先が頬を撫でる。
 前髪を梳いて、低い声が、眠りを促す。

 優しいぬくもり。大好きな、音。

 それがなんであるかも解らないくせに、ただ嬉しくて。
 ふうわりと笑んで、頷いた。


 また、明日。


 同じ言葉を告げたつもりだったけれど
 眠りの波にさらわれた唇は、寝息だけを零して音を紡ぎはしなかった。



 ”………また、明日。よい夢を”





 お泊まり会(笑)の発端ですね。さて、御剣は計算高いのか単に子供なのか。100%の確率で後者だよ。困ったね。
 大抵何か誘うのは御剣側なのですが、それ故に選択権があるのは成歩堂。毎回毎回心臓口から飛び出そうなくらい緊張しながら食事に誘っていそうだよね、うちの御剣。それ全部成歩堂にばれているっていうのも気づかないでね。
 しかし、きっと毎回どっちがベッドを使うかで一悶着あるんだろうな。客なのだから使えっていう御剣と、眠りが浅いんだから個室にいろっていう成歩堂で。
 最終的にいっつも折れないで唸る御剣に溜め息一つ吐いて譲歩する成歩堂。…………だから子供か、御剣…………。
 で。こっそり寝た頃合いに就寝の挨拶いっているのは、まあ、成歩堂も知らん。(そりゃ寝ていますからね)

07.9.7