柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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多分きっと
卑怯なんだろうな、と思ってはいる

でも、そうだとしても
やっぱり、怖いから

あと少し、待っていて
頑張って、近づいてみるから


不貞腐れたような
そのくせ、神妙な顔で
君は困ったように、顔を顰めてる


小さく小さく、それに泣き笑うのは
やっぱり、卑怯なのかな





伸ばされた腕



 ふとした瞬間に、気づく事はある。
 そっと自分を見つめている視線とか、何か言いたげに開かれたまま閉ざされる唇とか、指先だけが蠢いて逡巡するように惑う手のひらとか。
 解りやすい程解りやすく、彼はそうした信号を発しているから、勘が鈍い自分にもそれなりに解ってしまうのだ。
 その事に自覚のない相手にしてみれば、まるで超能力者のように看破する自分に驚きばかり向けてくる。むしろ自分としてはそこまでサインを露出してしまう彼の素直さに不安を抱いてしまうけれど。
 そんな事を思いながら、やはり首元に感じていた背後の視線。それがいつもと違う点があったとすれば、そのすぐあとに微かに息を飲んで痛みを発した事だろう。
 何事だろうかと驚いて首を巡らせ周囲を見やる。
 自分は飲み物をもらおうと席を立ったところで、彼はソファーに座っていた。確か爪が伸びていると自分が指摘して、彼はそれを解消しようとしていたはずだ。そこまで思い出し、すぐに原因に思い当たって、数歩の距離を大股で近づいた。
 自身の目の前で指先を見つめている相手の背後に辿り着き、そのままぬっと腕を伸ばして手首を捕らえた。
 「どうした?」
 一応、驚かせないようにと声もかけはしたが、恐らく同時か……若干遅かったくらいだろう。そのため、前に回ってくると思って油断していたのか、彼の腕はあっさりと捕まり、軽く引き寄せればそれに従った。
 ソファーに凭れながら、その指先を見つめる。彼は返答に悩んでいるようだったが、聞くまでもない。目の前の指先は、親指と人差し指は綺麗に切られていたが、中指が突然いびつになり、少しだけ深爪になっていた。血は出ていないものの、使えば多少痛みが伴うだろう。
 それを見つけて、小さく息を吐き出す。溜め息に近いそれに、困惑したように彼が背もたれに身体を沈ませながらこちらを伺った。
 「君さ、余所見して怪我なんて………子供じゃないだろ?」
 呆れた声で窘めてみれば、眉間の皺を深くしながら彼が小さな声で反論した。
 「……余所見などしていない。証拠などないだろう」
 子供のようだといった事に異議があるのか、顔を逸らして素っ気ない声がいった。もっとも、その発言の時点で十分子供のようだという自覚は、恐らく彼にはないだろう。
 比較対象としてある親指と人差し指は綺麗に切れているのだから、決して爪切り自体が下手な訳ではない。にもかかわらず、自分が視線を感じたときに中指だけを深爪にしたのだから、証拠はバカらしい程ゴロゴロとこぼれ落ちているし、言動も十分幼く自分には感じる。
 「あのさ、いったら悪いかもしれないけどね?」
 「………?」
 「余所見しないで深爪したっていうなら、どれだけ君は不器用なんだよ」
 どの証拠を提示しても確証には至らないと彼が鼻で笑う事は目に見えている。それならば他の方法で示唆してやればいいだけの話だ。
 告げた答えに彼は返答に窮したのだろう。逸らしたままの顔をよりいっそう険しくしている。もし誰かがその視線の先にいたなら、さぞかし怯えた事だろう。のんきにそんな事を考えながら、彼の手のひらを包む指先を動かして、彼の爪がよく見えるようにした。
 多少時間が経っても肌が赤くなっただけで血は滲んでいない。これならそう心配する事もないだろう。利き手でなかった事も幸いだった。これ以上彼の不器用さに拍車がかかっては生活上も不便になりかねないと、多少のからかいも込めて思いながら、小さく笑った。
 そんな気配に気づいたのか、むっと眉を顰めて、彼がようやくこちらを見やった。
 「君は……」
 「で、どう? 痛くはない?」
 苦渋に満ちたような顔で滔々と文句を言われるより先に、問いかける。出端を挫かれると言葉を次げないのは、癖なのか。存外彼はハプニングに弱く、想定外の言葉に動揺しがちだ。
 綺麗に整った人差し指の爪と、いびつな中指の爪を比較するように指先をいじりながら、彼の返答を待った。
 少し、間が空く。悩んでいるのか、自分の発言をそのまま続けようとしているのか。どちらにせよ、すぐに返答しない時点で相手にも猶予を与えている事を、彼は多分気づいていない。
 プライベートの不器用さが法廷で披露されないのはある種偉業だと思いながら、彼の唇が開く気配に耳を澄ませた。
 「………少し、痛いな」
 「そうなんだ。冷やすか………絆創膏、貼るか?」
 深爪など幼い頃親に爪を切ってもらっていた間くらいにしかなった覚えがない。この状態でどれほどの痛みか想定しづらいが、せめて接触を緩和するために絆創膏をと、凭れ掛かっていたソファーから身体を起こした。が、それは叶わなかった。
 突然彼の指先が握り込められ、自分の手のひらが捕らえられてしまう。
 目を瞬かせて、首を傾げた。痛いといっていた癖に、なにをしているのだろうか。思い、少しずつ嫌な予感が脳裏を過った。
 それは正しかったらしく、胡乱そうに見遣った先の彼は、至極意地の悪い笑みを浮かべている。
 「おい、手……離せよ」
 「少々痛みがあるのでな?」
 「………絆創膏とってきてやるから」
 「そこまでではないだろう。舐める程度で十分だ」
 そういって彼は包まれた指先ごと背後に立っている相手の顔に向かって腕を動かす。こちらを見てもいないその動きは適当で、強制している訳ではないのは、解る。
 精々子供扱いした仕返しというところなのだろう。同じようにからかおうという魂胆は十分見てとれた。
 触れ合う事が苦手な事は十分承知しているくせに、時折彼はこんな意地の悪いからかいをする。そのくせ、たちの悪い事に、からかっているくせに拒まれれば……寂しがるのだ。
 嫌だと突っぱねる事は容易いけれど、そのあと落ち込む彼を思えば、無下にも出来ない。どうせ何一つ彼はそんなことを理解していないのだろうけれど、時折わざとではないかと穿った見方をしたくなる程度には、よくあった。
 「あのさ………」
 口籠りそうになる声をなんとか出して、顰めた顔のまま、彼を見遣る。背後に立っている自分を振り返るように見上げる彼は、少しだけ顔を顰めた。恐らく、続くだろう言葉に気づいたからだろう。
 微かな逡巡を経て、こくりと息を飲み込む。何も言わないうちから落胆しそうな彼の肩に、そっと頬を埋めた。
 「自分の不注意での怪我なんだから、自分でしなよ?」
 自分の指先ごと彼の唇に近づけて、背後から抱き締める姿勢のまま、告げる。微かに触れる吐息に、つい過剰反応した指先が揺れて、解かれた。
 抱擁も解こうかと彼の肩に乗せた頬が動くと、その気配に気づいた相手の髪が揺れ、こちらを伺おうとした様子が見て取れた。もっとも、それを途中で押し止めて、こちらの意向に添おうと努力している様も続けて見えたけれど。
 その不器用さに小さく笑って、こっそりと心の中でバカだなと呟いて。
 解かれて自由になった指先を、彼の胸元にしなだらせて、組んだ。
 顳かみに、彼の息が当たって、驚きに振り返ったことが解った。きっと、彼が見下ろした自分の耳さえ、真っ赤だろう。後々のからかいの種になりそうで、全部をなかったことにでもしてしまいたい。
 ………それでも、少しくらいの努力は、自分だってしたいと思っているのだ。
 怯えてばかりで、怖がってばかりで、出来ることなら感情以外の全てを有耶無耶にしてしまいたがるけれど。何もかもを否定して拒む程、薄情ではないつもりだ。
 「………成歩堂?」
 躊躇いと戸惑いに彩られた彼の声が耳元で響く。頷く仕草で答えれば、僅かな間を開けたあと、彼がもう一度囁いた。
 「触れても……いいか?」
 瞬間的に戦いた腕は、明らかに彼にその振動を伝えただろう。隠せるだけの距離すらない。だからこそ、触れ合うことは怖いのだ。意味もなく自分は、相手を傷つけてばかりいる。
 彼が自分を傷つける訳などないのに。………解っていて震えるのだから、たちが悪い。
 思い、浅くなる呼吸を意識して宥め、ぎゅっと指先を握りしめて、力を込めた。戸惑う彼の気配は間近から感じる。
 頬を押し付けていた肩から顔を持ち上げて、視界がぼやけそうな程の至近距離にいる相手に、そっと微笑む。
 「少しなら、平気だよ」
 時間とも部位ともいわずそう告げて、笑んだ。彼は少し泣き出しそうな顔で自分を見て、噛み締めるように唇を引き結んでから、ソファーに身体を沈ませる。
 そっと、彼の指先が自分の指先に触れて、包むように重ねられる時間すら、目が眩む程長く感じた。
 優しい仕草に息を落とし、知らず硬直していた身体が弛緩するのを感じる。
 宥めるように………あるいは、慰めるように、彼は自身の胸元で組まれた指先を撫で、吐息を落とした。戸惑うような、途方に暮れたような、そんな音が響く。
 「君は相変わらず………意地っ張りだな」
 「………君だって、そうだろ?」
 お互い様だとからかう声で告げながら、ゆっくりゆっくり息を吐く。
 自分は多分、とても卑怯なのだろう。手放す気もないくせに、そのくせ、求められることにすら怯えているのだから。
 それでも少しずつ、彼に添うように。…………彼の願いを叶えられるように、惑う足先を進めたいとは、思うのだ。
 「………………ありがとう…」
 小さく小さく、彼にすら聞こえないように彼の肩にその言葉を埋めて、震えそうな身体を、深呼吸の中で、押さえ込んだ。



 遣る瀬無く自分の髪に頬を寄せる彼に、泣き笑いを捧げながら。





 なんだか最近書くのがお母さんと息子みたいになっていたので(言い得て妙だよ)少し初心に帰ってみました。
 …………初心が子供扱いに不貞腐れるってどうなんだろうか(遠い目)
 ちなみに。蛇足ながらなんでうちの成歩堂が背後からなら平然と近づけたかといいますと。
 単純に相手との間にソファーという障害物があるからだったりするのですね。抱き寄せられる心配がなければ警戒なんぞ欠片もしませんよ。これだから警戒心が強いのかないのか解らんと言われるんだね、うちの成歩堂。

07.9.8