柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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美しいと思う
姿形などではなくて
生き方が、その思いのあり方が
あまりにも清らかすぎて
自分にも他の人間にも
あり得ないほどに、優しくて

息すら詰まる、気がする


君は、どこまでも煌めく
たった一つの希有なる石の、ようで……………





ダイヤモンド・シンジケート



 目を瞬かせて、彼は不思議そうにこちらを見ていた。次いで首を傾げ、何から問いかけようか悩むように軽く片眉を上げる。
 それを見つめながら苦笑する。なんら自分にとっては不可解なことをいったつもりはなかった。が、彼にとっては不可解なのだろう。彼は自分というものを知らな過ぎるのだから。
 「御剣、聞いてもいい?」
 躊躇いのない声がはっきりと綴られる。彼は知らないことを知らないということを臆さない。必要であれば問う勇気を持っている。その希少性も当然、彼に自覚はない。
 「なんだろうか」
 その言葉自体が既に自分の言葉を肯定しているも同然だと思いつつも、彼の言葉に乗った。言ったところできっと彼は首を傾げるばかりで、解らないと繰り返すばかりだろうと予測できたから。
 目の前の相手は言葉を吟味するような数拍の間の後、逸らしもしない視線のまま問いかけてきた。
 「僕はそんなに変?」
 「………少々語弊があったようだな」
 首を傾げて困ったように言う彼の言葉に、小さく息を吐き出す。幼い頃から君は稀なる人間だと、そういった言葉はまるで見当違いな意味に取って変わられたらしい。そう思い、困ったような彼の問いかけの言葉に苦笑を向けた。
 普段はこちらが戸惑うほど勘がよく、言葉の裏の意味すらあっさりと看破するくせに、自分自身の事柄になると彼は驚くほど鈍感な上、その思考回路は予測出来ないほど頓珍漢なものに変わる。
 わざとなのかと問い質したくなるほどのその差は、けれど彼自身に自覚はあまりない。純粋に解らないことは解らない。ただそれだけしかない彼に、詰め寄ったところで無意味だろう。
 普段の彼が自分に思うだろう考えを何とはなしに思いながら、戸惑うような目を向けた彼に小さく笑んだ。
 「私はおかしいといったわけではない。希少な存在だ、ということだ」
 「?どう違うんだ?」
 珍しいということは一般的ではない。そしてそれはイコール変わっていると認識されやすいことは確かだ。偏見を持つ気がないからこそのあっさりとした解答。ここで彼の発言を肯定したところで別段気にすることもなく彼は受け入れて終わるだろう。
 事実は事実。ただそれだけでしかない。彼は他者への意志と自身への意志に大きな隔たりがある。それは一貫した考えで矛盾なく続いている、無頓着な彼らしい単純な図式だ。
 「そうだな、大げさな言い方をしてしまえば、………君は、まるで天使などの想像上の生き物のようだ、とでも言えばいいのだろうか」
 切り崩すには難しいそれを避け、例え話にでも摺り替えようと告げた言葉に、彼は顔を顰めた。解りやすい変化にきょとんと目を向ける。気分を損ねるようなことを話していたわけではないはずだと、彼の様子を伺った。あるいは天使というたとえ自体が不快だったのか。
 考えながら、けれど他に適切なたとえが浮かばなかった。………あるいは宝石のようだとでも言えばいいのか。誰もを魅了し腕を伸ばさせる、けれど決して誰のものにもなりはしない、そんなものを例えるのは、とても困難だ。
 思い悩み、次ぐ言葉を探し倦ねていると、不意に彼が口を開く、
 「何となく……言いたいことは、解った」
 どこか不機嫌な声で彼は言う。そのくせ、その表情はどこか不貞腐れた子供のように幼かった。
 首を傾げ、彼の発言の意味を掴めなかったことを知らせれば、睨みつけるような真っすぐな視線が突き付けられた。………まるで法廷で争っているかのような錯覚に、知らず息を飲む。
 「御剣はさ、『ダイヤモンド・シンジケート』って、知っているか?」
 「ム………?」
 唐突な言葉は不機嫌そうな顔のまま告げられた。話の流れとの関連が掴めず、怪訝そうな声が漏れる。それに彼は気付いているだろうに、あえて何をいうでもなく、こちらの返答を待っていた。
 彼が何を思いその言葉を口にしたかを考えつつその意味を咀嚼する。が、どれほど比較検証してもその意味は掴めなかった。彼ほど素直に己の無知を晒す勇気のない身には、仕方なしにその質問に頷くだけで終わらせ、彼の話に準ずる意思を示すことしか道がなかった。
 「現在は『セントラル・セリング・オーガニゼーション』(CSO)と呼ばれるダイヤモンド販売機構だな。それがどうした?」
 解答を示してみれば、彼は小さく笑った。それはどこか不敵で、彼の話術にはまったことを自覚する。
 伺い見た先の彼は、自信をのせた笑みに唇を染め、貫くような輝きを添えた瞳でこちらを見つめている。討論する際の、彼の癖だ。決して目を逸らさず、逸らさせることもない。逸らしたと同時に、その人間の敗退が決定してしまう。
 腹に力を込め、こちらも笑みを持ってそれに答えれば、彼はゆうるりと笑んだその唇を開いた。
 「ご名答。じゃあその仕事内容も知っているよね?」
 「ム?……先程言った内容に被るな。販売機構として、採掘・加工、販売ルート及び市場配給量・価格までも決定することだ」
 淀みなく答えた言葉に彼はにっこりと嬉しそうに笑う。まるで彼の生徒にでもなった気分だ。正しい解答を示したことで議論が深まるのではなく、彼に褒められるなど、既に彼の手の内であることを明確にしたに過ぎない。
 こっそりと溜め息を吐き出し、相も変わらずうまく人を誘導する彼の論述を聞く。
 数拍の間。彼が逡巡したわけではなく、こちらに猶予を与えているような、間。そしてそれはほんの数秒程度で霧散し、彼が仕方なさそうに唇を開いた。
 「………そうだね。なら、最後の質問。………ダイヤモンドは、希少なもの?」
 問う声音は、静かだった。
 こちらの耳がいっそ痛くなるほど静かで、真っすぐに差し出される瞳と言葉に息が詰まった。自分はその答えを知っていて、それ故に、答えられない。
 彼が、何故今その話題を引き合いに出したのかようやく知れた自身の愚鈍さを、今更ながらに詰りたい。
 返答に詰まり、視線を逸らす。それだけで、この問答の勝敗は決した。………否、はじめから勝負ですらないのだから、勝ち負けを考える時点で自身の浅はかさをより克明にしたに過ぎない。
 先ほど彼を例えるものに、鉱物を持ち出したのはあくまでも自分の意識の中でだけだった。けれど、だからこそというべきか、より濃度の濃い圧迫感を感じた。
 彼は、稀なる人だ。それを疑う余地はないけれど、それを生まれ持った性質と愛でることは…………きっと、過ちなのだろう。こんな例え話を持ち出すのであれば。
 彼は小さく笑んだ。多分、それは決して勝ち誇ってはいないだろう。感じる気配は、どちらかというと悲哀だ。
 …………理解されないことは、悲しいだろう。理解しようと心砕く人だからこそ、彼はそれ故にいつも自分に傷つけられている。
 解っていて、それでも理解しきれず同じ過ちを繰り返す自分を、どれほど罵ろうと意味はない。彼はそうする行為すら、望んでいないのだから。
 「ね?解っただろ?」
 そっと告げられる言葉に小さく頷く。…………実際、言葉を尽くされるよりはまだ、解りやすかった。
 CSOによってダイヤモンド経済は統制された。ブラックマンデーを経て設立されたそれは、現在も機能している。ダイヤモンド産出国が増え、その希少性が薄まりつつある中でも、安定した売買を成立させるための統制。ダイヤモンドの価値は、人工的といっても過言ではない面は否定出来ない。
 そして彼は、決して稀なる人ではないと、自身を示す。極普通の、どこにでもいる人間なのだと。
 ただそこにもしも何らかの希少性が発生するというならば、それは彼自身が研摩したことだ。生まれもってのものではない。そんな天使のような純一な生き物、この世にはいない。
 ………いま生きて、確かに自身の足で歩み進んでいるからこその、意志だ。
 無垢な人だといったなら、彼は顔を顰めるだろう。その純粋さを称えたら、否定するだろう。生まれたままのように清らかだと賛美されれば、違うのだと泣きそうな顔で首を振るだろう。
 ただそうありたいと願い、自身の意志で具現したそれは、決して美しいものではなく希有なものではないと、彼はいう。誰もが持ち得るものであり、また、必ずどこかに備えているものなのだと。
 それは価値があるわけではない。…………価値があると称える人さえもが、持ち得ているもの。
 自分をフィルター越しに見るなと、彼は寂しそうにそっと告げる。突き付けたなら自分が悲しむと知っているからこその、暗喩。
 生まれたままの意志などどこにもない。彼が、彼の価値の中、作り上げた。彼という人生のその結果が、今の姿だ。
 「…………君を貶めるつもりは、ない」
 告げる言葉が見つからず、せめて彼を傷つけるつもりの言葉ではなかったのだと、苦い口腔内を飲み下しながら告げた。
 それに彼は困ったように笑って、頷く。
 「知っているよ」
 だから気にしなくていいのだと、つい先ほど傷付いたはずの彼はまるで何事もなかったかのように囁くのだ。
 彼の中、痛みはあるだろう。悲しみも、癒えない傷も、自分には解らないほど、多く。
 それでも彼は示す誠意を受諾して、その傷を飲み込み笑む胆力を備えている。それはやはり尊いものだと、自分は思う。
 世の中は、彼が思うほど美しくはなく、人は彼が信じるほど優しくもない。その意志一つで変われることすら考えもせず、欺瞞と虚偽が充満しているのがその証拠と、突き付けようと思えば突き付けられるだろう。
 それでも、彼は同じように悠然と笑んで、その善性を信じると揺るぎなく告げるだろう。…………それをこそ美しいといったなら、やはり彼は顔を顰めるだろうか。
 この虚構の世界の中、意志の力によってその輝きが蓄積されたというのなら、人工の希少性であったとしても、その価値に変わりはしない。
 むしろ、そうだからこそ価値があるだろう。その意志にこそ導かれ光を与えられるのだから。
 項垂れた自分の髪を梳くように撫でる彼の指先を思いながら、そっと瞼を落とす。瞼の裏には真実を見据える彼の眼差しが浮かぶ。



 あらゆる汚濁を被ろうと、自身の意志で煌めいている。


 それこそが彼の価値だ。

 ……………ダイヤモンドが人の心を奪う、最大の理由。
 それは財産的価値でも希少性でもない。

 光を受け入れ自身すら発光するように輝く、

 七色の光の、ファイヤー。





 ちょうどダイヤモンドについての小冊子を読んでいたもので。いやー、ダイヤの価値って人工的に操作されたものなのだと初めて知ってびっくりしました。
 まあそうだからといって受ける印象が変わるわけでもないし、美しいものは美しかろうよ、と、どうでもいいといえばどうでもいいと思うのですがね。
 希少だから価値がある、なんて、おかしな話だとも思うしね。まあ何に価値を置くかは人それぞれだから、数少ないからこそ、という意見も否定はしませんが。
 ただ、私はどちらかというと当たり前のものが当たり前にあることが価値だと思うだけなのですよ。
 なのでこの話の御剣の意見より成歩堂の意見の方がよりしっくりくる。まあだからこそあえて御剣視点なのですがね。成歩堂視点で書いたらきっと御剣が哀れなことになる(苦笑)

07.7.20