柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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触れたい触れたい

望まれて、願われて
厭う理由などあるわけがない

愛しくて、大切で

自分にとって たった、一人で


そんな人に乞われて、どうして拒めるのだろうか





未成熟の果実



 抱き締めたいのだと、そういわれて。いつもなら躊躇いとともに差し出されるだけの許諾の頷きではない、彼から乞う言葉に目眩さえ感じた。
 衝動的ともいえるような性急さで腕におさめた想い人は、その言葉を裏切る事なく背中に腕をまわしてくれる。それが嬉しくて、更に強く腕に力を込めた。
 それでも驚くわけでもない腕の中の肢体は、怯える事もなく変わらずに力を抜いて自分に寄り添ってくれている。
 いつだって求めるのは自分で、彼はそれを許す人で、触れる事をどこか……罪悪にすら思う節があるのに。
 そんな彼がまるで自分と同じようにぬくもりを求めてくれた事が、嬉しかった。途方もなく、嬉しかった。
 ここ数日の疲労からくる眠気などとおに過ぎ去り、目の前の人をより感じたいと願うようにただ肌を合わせるように抱き締める。
 それでもどうしたって隙間が出来て、それが心許なく思え、それすら埋め尽くそうとするように頬に口吻けた。
 それには流石に驚いたのか、触れた瞬間に彼の目がぎゅっと閉ざされる。ムズがる子供のような仕草がどこか微笑ましかった。
 そうして口吻けを頬や額、顎や鼻先と目に留まる所に繰り返していけば、くすぐったかったのか、彼は肩を竦めた。
 「……んっ……、ちょ、と、ミツ………?」
 戸惑う声がすぐ傍で響く。困惑に染まる音に苦笑して、そっと顳かみに口吻けた。
 小さな悲鳴は戸惑いだけで、拒む気配を滲ませない。それが嬉しくて眉間にも唇を寄せる。
 それを気配で察したのだろう、困ったように眉を垂らしながら、それでも彼は背中にまわした腕を解きはしなかった。
 それに気をよくして、拒まれない事も後押しして、彼に応えないまま久方ぶりに触れる彼の肌を堪能した。………海外研修にいっていたという物理的な距離がなくとも、彼は触れ合う事が不得手で普段は滅多にこんなに長く抱き締め合う事はないのだ。
 確かめるように、歓喜をもって……それでも怯えさせないように最大級の理性を前面に押し出し、ただ彼の顔中を啄むように口吻けた。
 それでも彼には刺激が強いのか、少しだけ呼気が乱れている。おそらくは口吻ける度に呼吸のタイミングを狂わされているのだろう。
 そんな行為にもの馴れない彼の仕草は、自分にはひどく可愛らしく思える。が、そんなことを口にすれば意外な所で矜持の高い彼は、不貞腐れて逃げてしまうだろう事が容易に想像出来た。仕方なく、告げて更に戸惑う姿を見たいと思いつつも、舌先を染めかけた感想は飲み込んだ。
 代わりのように目尻に口吻けると、彼が肩を竦めて息を飲む。そうして、躊躇いがちに目を開け、一瞬だけ視線が交わった。恐らく自分のことを凝視しているなど思いもしなかったのだろう、彼は大きく目を見開いた。
 ………が、すぐにそれは逸らされて俯かれてしまった。もっとも彼の顔がこれ以上ないほど色づいている事は、顔を逸らされても十分知れる事だったけれど。
 もう一度と、彼の髪を梳いて額に唇を寄せると、そのタイミングで彼が小さく声をかけてきた。
 それを飲み込むように口吻けの音を額に落としてみれば、肩が跳ねてしがみつく指先の力が強くなった気がした。そんな仕草すら、愛おしい。
 「ねえ、ってば………、さ、流石に……恥ずかしい、よ、そんなに…えっと、されると、さっ」
 ただ顔中を唇で触れただけだというのに、彼はそんなことを真っ赤に染めた肌で告げる。視線などとても合わせられないというように顔を逸らして、それでも決して抱き締める腕を離しはしない。
 それではこちらがつけあがるだけだと、くつりと喉奥で笑う。
 彼を怯えさせるつもりなどないけれど、触れてもいいと許されているなら、躊躇うつもりもない。
 いつだって、触れていたいのだ。………自分にとって触れ合う事は確認し合う事だ。
 彼がそこにいて、自分が彼を愛おしく思い、彼がそれを受け入れ同じ思いを返してくれると言うこと。………そんな彼にとっては他愛無く視線一つで理解出来る事を、自分は手に触れられる何かを介入させなければ理解出来ず、それ故にそれなくしては安心が出来ない。
 そんな自分の浅ましさも狭量も………貪欲さ、も。何もかもに自覚はあるのだ。そんな自分を理解していながら抱き締めてくれる彼だからこそ、いつ見限られてもおかしくはないとも、思ってしまう。
 身勝手さも愚鈍さも、自分を形成する負の要素の全てを彼はただの一面でしかないのだからと、笑って受け止めてくれるから。そうしたモノ全てを嘲る自分とは正反対の気性だ。
 こんな自分が彼に見合うなんて、到底思えるわけもない。
 それでも、彼が拒まない限り……飛び立ち消えない限り、決して手放すつもりもないのだ。………思い、微かな寂寞が胸に湧く。
 きっと何ものも彼の廉潔を穢せはしないのだろうし、静謐を暴く事も出来ないのだろう。
 それは自分とて例外はなく、生きる限り汚泥を歩むような自分は、いずれは彼の腕が届かなくなるのかも、しれない。
 たったひとりの人、なのに。自分はきっと彼の望むような生き方は出来ないだろう。彼以外を求める事も、切り捨てる事なく抱え込もうとする存在を作る事も。
 彼さえいれば自分の世界は始まり、そして完結する。………………ただ彼さえいれば。
 そんなことを告げれば、また彼は触れ合う事を恐れるのだろう。自分に溺れてなど欲しくないと、強く清らかな彼は、一人立ち上がれるから………願うのだ。
 生まれ落ちて、この命よりも優先すべき存在を見出せた、その歓喜と執着を知らないまま。そんなにも強烈な感情ではなく、包むように優しく温かい、日溜まりのような柔らかいものを尊んでいるから。
 自分が触れる、ただそれだけで赤く染まる頬も、柔らかく綻ぶように見つめる慈しみ深い瞳も、深い慈悲と悲哀を知り紡がれるあたたかな声も。
 ………ただそれさえあれば、自分は生きる意味があると、思うのに。
 僅かに湧いた苦味を飲み込み、聡い彼が気づくより早く、汚泥の奥底に沈める。
 それらの全ては彼を遠ざける因だ。だからこそ、自分は出来る限りそれを押し隠す。………触れたい、のだ。それを彼が喜んでくれる今を、そんな自分の背徳で失うのは避けたかった。
 何もかもを有耶無耶にするように…あるいは拙い彼の言葉を掬い取るように、その唇の端を舐め上げれば、また彼は肩を竦めて泣きそうに顔を歪める。
 まさか気づかれたのかと、一瞬眉を顰める。が、彼の腕は解かれない。もしも気づいているならば、彼はどれほど自身がぬくもりを求めていようと、自分を手放すだろう。
 自身の我が侭で道を迷わせてしまうと、そんな見当違いのいたわりに身を浸して。
 けれど今の彼は触れ合う事を拒みはせず、ただ泣き出す寸前の子供のように顔を歪めるばかりだ。
 「………成歩堂?」
 流石に舐めとるような真似は嫌だったのだろうかと不安になり、そっと問い掛ける声で名を呼んだ。
 自分ばかりが嬉しくて、彼に無理強いをしてはなんの意味もない。彼が求めてくれた事こそが嬉しかったのだから、彼が厭う事をするつもりはなかった。
 そう教えようかと思ったとき、ぎゅっとまた彼の腕に力が入る。そうして泣きそうだった真っ赤な顔は、まるで初めからそうする予定だったかのようにするすると近づき、彩りすら隠すように肩へと押し付けられた。
 そんな幼い行動は予想外で、思わずきょとんと彼を見下ろす。
 視線の先に晒されるのは彼のしなだれた髪と、耳と首筋と……ボタンが緩められているせいで僅かに覗く背骨だろうか。それらの肌すら彩るようで、彼がかなりの羞恥を感じている事は容易に知れた。
 やはり嫌なのだろうかと、調子に乗り過ぎた事を謝罪しようと口を開くが、それよりも早く彼の声が肌に響く。
 「嫌、じゃ……ないっ、けど…………………、ど、どうすればいいか、解んないんだ、よ」
 どんどんと小さくなる声は、ひどくいとけない言葉を形成していて、間抜けに開いたままだった自身の唇が、極上の笑みに彩られた事が自分でも解った。
 彼を見つめていると、闇の中にしか生きられないような性情の自分の中にも、愛しさが溢れてくる事が解る。
 守る事、支える事、愛おしみ慈しむ事。永遠に無縁のまま生きると思っていた優しい感情が、自分の中にも存在する事を知る。
 いつだって自分の中の汚泥を気づかせるのは清らかな彼だけれど、それと同じく、その汚泥からすくいあげ輝く道を指し示してくれるのもまた、彼なのだ。
 彼は自分の正しさだけを愛しているわけではなく。過ちを厭うわけでもなく。そのどちらもを併せ持つことを否定しない。
 間違いながらでも自身で選択し進み、そうして正しさを一つずつ知っていけばいいと、この拙い歩みを認め、手を差し伸べてくれる。
 その感謝を、どれほどの言葉に換えられるというのだろか。
 口下手で感情に疎い自分には、到底不可能な話だ。だからせめて、自分でも解る方法で、それを教えたい。
 ………もっと沢山、ずっと抱き締め口吻ければ、言葉にも出来ないこの思いの一端くらい、捧げられるだろうか。
 それを実行しようと彼の頬に口吻けようかと思い………いまだ肩に押し付けられたままのその顔が見えない事に気づく。
 少しだけ考え込み、ふムと小さく息を吐いたあと、そっと唇を寄せた。眼下で無防備に晒されたままの、首筋に。
 「……………っ、御剣っ!」
 項にほど近い場所に感じたぬくもりに驚いた彼は顔を上げ、首筋を片手で覆いながら口をパクパクと開閉している。思った以上の反応に目的は達成され、見つめ口吻けたかった彼が視界に写る。
 ようやく見れた彼の顔に満足げに笑みを浮かべ、言葉を作る機能を忘れたその唇に羽が触れるようにそっと、口吻けた。
 より一層赤くなったその顔が、また泣き出しそうだった。いっそ苛め倒したくもなる仕草に苦笑して、自身を落ち着かせるためにもその顔を隠すように胸に抱く。
 「別にどうする必要もない。そのままでいい。……………嫌でないのならば、だが…」
 「嫌じゃないってばっ」
 なんでそんなことを何度も聞くのだと、起き上がるようにして腕から顔を上げたその声は、少しだけ怒っていた。
 どこまでも自信のない言葉と、不遜な態度。そんなアンバランスな自分の言動を怪訝そうに、けれど何となく納得しているような、そんな顔で見遣り、仕方なさそうにして彼は笑んだ。
 妥協では、なくて。諦めでも、なくて。…………ただ、本当に当たり前の事を目の前にしたような、そんな顔。
 決めつけられるのでも押し付けられるのでもなく、それでも確かに自分を想ってくれると知れる、愛しい彼の仕草。
 「まあ……いつもがいつも、だしね。いいよ、今日は。好きなだけ」
 抱き締めるのでもキスでも構わない、なんて。どれだけ自分が有頂天になるかも知らずに彼は言う。
 普段もそうだけれど、慌てふためく事が多いくせに、いざとなると驚くほど度胸が座る人間だ。
 自分は過去に幾度も彼を悲しませたし傷つけた。こうした仲になった後とて、彼に重荷を背負わせた事は数え切れないだろうに。
 それでも彼はいいと、いうのだろう。なんのてらいもなく、含みもなく。ただ純然と、願うように。
 「そんなことをいって……私が図に乗らないとでも?」
 そんな彼の言葉に微かな自嘲で問い掛ければ、ふにゃりと困ったように彼が笑う。それは戯けるような、困ったような、そんな顔。………解っている事を詰問される時に見せる、顔。
 先程ほど混乱もなくなったのか、多少の余裕が見えてきた。相変わらず顔は赤いけれど、口吻けを仕掛けていないせいか、呼吸も整ってきたらしい。
 同じように、辿々しかった口調も随分とまともになってきた。
 「んー…でも、まあ、君が僕の嫌がる事、するとも思えないしね。信用するよ、そこは」
 でも眠くなったら寝かせてくれ、と。小さく欠伸を噛み殺しながら子供のような事を彼は言う。
 考えてみればとおに日付も変わった時刻だ。帰宅するまで眠っていたとはいえ、それも仮眠程度だっただろう。
 ギリギリまで自分を待っていて、それでも耐え切れなくて、そうして眠ってしまった事を思えば、そう無下にも出来ない発言だ。色気のなさには目を瞑り、苦笑を浮かべた。
 「仕方がない、努力しよう」
 どこか居丈高にそんなことを呟き、そっと彼の頬を包む。
 次に何があるかを流石に心得たのだろう。彼は目元を更に赤くして、戸惑いに引き結んだ唇のまま、目蓋を落とした。

 背に回された腕が、待ち望むように力を込める。

 そのぬくもりを感じながら、彼と同じ色に肌を染めて。
 未だ熟さぬ青い果実のように拙い君に。
 極上の笑みで、口吻けた。



 たったひとりの、愛しい人。





 そんな訳で頑張りましたよー!私凄い(自画自賛)
 …………まあ別にキスまでなのでまったく年齢制限に引っかかりませんが。でも私が恥ずかしいからこそっと置いておく事に。
 なんでこうも成歩堂に恥ずかしい事(←「好きなだけどうぞ♪」のことね)いわせなきゃいけないかと言うと、今までの経験上、御剣にはいいときはいいといってあげなきゃ理解しないからですよ。
 ええい、どこまでも手のかかるやつだ!まあそこも多分成歩堂は気に入っているけど。忠犬みたいで(エ)

09.6.28