柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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誰よりもきっと彼は誠実で。
情が深いが故に、傷つきやすく脆い。
たとえば、もしも自分が先に逝くとして
彼が自分を霞ませ次の人を探せる
そんな器用さを持てるとも、思えなくて………。


君には幸せになってもらいたくて
眉間の皺も、生真面目な表情も
勿論全部、君なのだから、大切だけれど。
それでも一緒にいると零す笑みや優しさを
誰もが知り、愛しいと思ってくれたならと思うんだ。

出来る事なら、もしもこの先、君を残す事があるなら
そんな自分の事はすぐに忘れて、
誰かを選び、また笑って生きて欲しいよ。
寂しいよ、悲しいよ。でも、
君がそれを感じる事の方が、幾億倍も、辛いから。
だから君は、失ったなら手に入れて、いいんだ。
………君が笑ってくれるなら、
忘れられるのなんて、なんてことはないから。

…………うん、そうだ。
お互いのために、長生きしようね。





実現されるなら、



 頬をくすぐるように撫でる指先に、ぼんやりと目を開けた。
 視界に入ったのは幾度も眠って慣れ親しんだ、御剣の部屋のベッド。ふかふかですぐに眠くなる温かい寝床。
 そこに居るという事は、明日は休みだ。ああまだ眠っていいんだと、そんなことを思って目蓋を再び落とそうとした。
 同時に、それを阻むように頬を撫でた指先が顎を辿り、顔を持ち上げる。………あるいは目を閉ざされるなど、予期していなかったのかも知れない。微睡みの中で目を開ける努力をしてみれば、困ったような顔をした御剣がそこにはいた。
 どうかしたのかと少しだけ訝しみ、次いで彼の行動の理由を何とはなしに理解する。
 口吻け、たいのだろう。あるいは夢でないと確認したいのか。彼の手の中に自分が収まっているなど、現実としては有り得ないとでも思っていそうだ。
 そのせいか先程からその指先は絶えず自分の肌を辿る。髪を撫で、頬を摩り、耳の形を辿って、唇を滑る。
 あやすように微かに、優しくただ触れるそれは微睡みへと自分を誘っていたけれど、彼の意図からは掛け離れた反応だったのかもしれない。
 小さく笑い、間近な彼に解るよう、その行為を受け入れるように睫毛を落とす。
 そっと、硝子細工に口吻けるよりも慎重に触れる唇の辿々しさが、少しだけおかしい。散々自分を貪った人物とは到底思えない、けれど彼らしい仕草。
 「………夢の、ようだな」
 ぽつりと、彼が呟く。しみじみとしたその声に、彼の感慨がよく響く。
 そんなにも愛おしまれるほどいいものではないだろうに、彼は自身と大差ないこの無骨な身体を恭しげに抱き締めた。
 それに困ったように眉を垂らし、赤くなっただろう顔を俯けながら、せめてもの抵抗にシーツへと顔を隠す。
 「正直、一生こうした行為に至れないのではないかと、危ぶんでいたのだが」
 「…………………すみませんね、逃げてばっかで」
 小さな溜め息とともに告げられた、恐らくは本音だろう言葉に、ぼそっと小さくぼやく。
 実際、彼の言葉は合っているだろう。正直な感想を言えば、今現在の状況は自分自身でも信じ難いといってよかった。
 腕の中、逃げはしないけれど顔を上げない相手の態度を不安に思ったのか、彼の気配が動く。ギシリと小さく音が響き、抱き締めていた片腕が解かれ、顔を窺うように髪を梳き、すぐ間近にその整った容貌が落ちてくる。
 調度音の方向に首を向けた瞬間に覗き込む彼と目が合ってしまい、それこそ沸騰の音がしたかのように急激に顔が熱くなった。確実に今、顔は真っ赤だろう。確認するまでもなく、自分自身の体感温度で十分知れた。
 「いや、君が嫌がる事はしたくない。だから、………嫌ならば逃げて構わない」
 さらりと優しく頭を撫でて、睦言というには切なげに、彼が言う。
 この状況でその言葉はないだろうと、若干頭痛を覚えてしまう。心の底から、この男は自信がないのだ。法廷というあの聖域に全て置き去りにして、プライベートには欠片ほども持ち得ていない。
 本気で、嫌だろうと思っているのだろか。………それはそれでひどい侮辱にも感じる。
 ムッとして、両手で眼前の顔を、平手打ちにする勢いで包み込んだ。ぱちんと、威勢のいい音が響いた。きっと白い彼の肌は赤くなった事だろう。
 痛いだろうに、微かに眉を顰めるだけで彼は耐え、与えられるだろう言葉を殊勝にも待っている。
 そんな仕草一つで無体な言動全てを許せるのだから、自分も大概彼に甘い。惚れた弱味とよく言うけれど、それを相手に欠片ほども気づいてもらえないのはどうなのだろう。しかも片思いではないというのに。
 「あのね、嫌なのになんでここに、僕がいるんだよ」
 「ム、しかし………」
 「後悔したくないからいいんだよ」
 なんのための行為だと、逆にこちらが問い質したくなる。少なくとも悔やませるための行為ではないはずだ。
 まだ少しの躊躇いをもって頬に触れる手を包む彼を、仕方がないなと笑って見遣る。
 どこまでも不安がるのは、多分自分が原因で。解っていても自分の性情はなかなか変化しない。
 「未来の確約なんて、ないんだし。君が不安にならないなら、なんてことないよ」
 それを先に話しだしたのは、自分だった。
 この業界にいれば突然の不幸なんてあまりにも当たり前で。失われる命も、それに嘆く姿も、悔やみ叫ぶ声も、数え切れないほど聞いた。
 だから、もしもこの先、自分が先に逝く事があるなら、彼は誰かをまた見つけるんだろうと、他愛無い世間話のつもりで言った。喪った事実に沈み次の幸せを掴み切れない、そんな依頼人の姿を思い起こしながら。
 自分が一人残されても孤独になる事はない。友人たちが顔を覗かせ励まし、また立ち直らせてくれるだろう。
 けれど、彼はどうかと思ったなら、一抹の不安が過った。…………彼はあまりにも深く、自分を想ってくれるから。
 一人生き果てるのではないか、なんて。自惚れた事を考えてしまう。
 それでも彼の琴線に触れる言葉を差し出せる人間が如何に少ないかを、自分は知っているから。その発想を否定出来る材料があまりに乏しかった。
 不安を取り除きたかった。自分が彼を縛っているなんて……死んだ後にまで縛るなど、怖くて。
 問い掛ける戯れ言に、彼は泣きそうに顔を歪めた。
 失う事など考えられないと、そういって。君以外を選ぶなど有り得ないと、苦しそうにいって。
 強く強く抱き締められた。縋るようなその強さに、目眩がした。彼はきっと、その言葉が自分を傷つける可能性を知っていて、それでも口にした。傷つけまいと、いつだって不器用で拙いままに、必死な彼が。
 …………どれほど自分は不安を与えているのだろう。
 戯れ言と笑い話にすらならない。睦言に変わる事もない。ただ必死に伸ばされ、確かめるように抱き竦められる、この現実。
 躊躇いながら戸惑いながら、真摯な彼の思いに怯えて、それでも手放さないでその手を掴んで。彼の呼気を絶えさせないようにほんの僅かに触れ合って。
 未来を憂いて、今の憂いを見ない振りをしていた。与えれば、きっと盲目さが消えないと、そう思ったから。
 それでもその盲目なまでの献身が、不安故だというなら、それを軽減する方法は、ある。賭けにも似た、一か八かの方法。
 より溺れるか、世界を広げるか。
 易者でも予言者でもない自分に未来は解らない。解らないから、いつだって憂えている。けれど、それが彼を不安にさせるなら、目を瞑ってみよう。
 彼が満たされたなら、また変わる。現状維持ではなにも変わる事もない。
 いつだって圧倒的に不利な状況から這い上がって来たのだ。それらはいつも、現状の劇的変化を受け入れた後に起こる。
 それなら、いいと、思っただけだ。…………彼が満たされ不安を無くすなら、いいと。
 「平気だよ、無理してないし」
 それ以外に望む事もなく。身体への負担以上に彼がどう変わっていくか、そちらの方が気がかりだった。そんなことをいったならまた凹んでしまうだろう彼を思い、胸中に苦笑が浮かぶ。
 試すとか手段とか、そんな逃げの言葉で隠したって、最終的に同じ事を望んだ事に変わりはないと、そんなことに彼が気づく事もないのだろうと思いながら。
 だから、笑んで彼に告げる。間違っていないし、厭ってもいない。ただ、限りない羞恥は確かにあるけれど。
 「君を大事にしたいのに、悲しませている気がするのだが」
 不意に、彼が呟く。妙な所で勘の良い人だと、小さく笑った。
 眉間にヒビを入れて、口を引き結び、瞬きすら忍んで自分を見つめる仕草。逃さぬよう、取り零さぬよう、ひたすらにひたむきに、ただ自分一人に向けられる意識。
 それを喜ぶ事と悲しむ事が同義だなんて、彼にはきっと解らない理屈だ。
 そっと笑みを深め、指先を伸ばす。相変わらず自分を抱き締めたままの彼の片腕のせいで、随分と至近距離のその眉間を辿り、解すように指を遊ばせた。
 それを訝しむように揺れる視線。先程勢いで叩いたせいで痛みにあまり動かない身体を注意深く伸ばし、その目元に口吻ける。
 「なら、精々長生きしてよ。僕が不安にならないように」
 悪戯を仕掛けるように笑んでそう呟き、やはり痛む身体の訴えに従うようにベッドに臥した。
 数瞬の、間。恐らくは驚きと、自分の言葉を咀嚼し、何を成せばいいのかを物思う、間。
 ………それにシーツに埋めたままの唇で微笑んで、ささやかな音で夜気に染み込ませるように、囁いた。
 「僕は、君より先には死なない事にしたからさ」
 だから長く長く、一緒にいられればいい。彼の不安が溶けて消え、豊かな感性を育む羊水となればいい。
 そうすれば、きっと。………きっと、彼の辿々しい世界も揺るやかに開け、美しく花開くだろう。
 傍にいて、安堵を知れば、きっと。
 だから還るべき場所が失われないと、そう確信を持って彼が頷けるようになるまで。
 精々彼を独占して、抱き締めよう。

 この胸に湧く微かな痛みも、甘く溶かしてくれればいい。



 同じ時間を分かち合う、その奇跡を感謝して。

 互いに競うように、長く長く、一緒に生きよう。



 失った後を考える事も出来ないくらい、長く。





 うーん、プラトニックのみを求めている人には申し訳ない状況だね。
 でもまあ、わざわざ断りを入れるような内容じゃないのでそのまま晒しましたよ。嫌だった人がいたらすみません。
 そして前回のひそっとアップした方とこっちとでこっちは普通に晒している理由はと言うと。
 ………たとえキスまでであってもなんの真剣な要素もなくイチャイチャしているだけって言うのは堪え難いくらい恥ずかしいんです、私には。
 こっちは主題は全く違うしね〜。行為自体も必要であれば別に構わないと思う。ただその必要性の理由に愛情確認と言われると、そんなんしなくても解るからしない、という選択肢に傾くのです。アッハッハ。
 …………恋愛音痴で本当に申し訳ない(遠い目)

 今回の話では遊助の『たんぽぽ』の中の「僕が死ぬまでは生きてると〜」の辺りを聞きながら思いついた話です。
 思いついたと言うか……、多分私の書くキャラだとそんな呑気な話じゃなくなるんだろうなぁとか思っていたと言いますか。
 例えばまあ、「僕が先に死んだとしても幸せになってね」といったら「君より先に死ぬ気はない(※意訳:君がいなくて幸せになれる約束が出来ない)」になって、この話に続く、みたいな。
 で、後日談で御剣回想の「誰より生きてやる〜」辺りの話があるイメージで。
 書くかどうか謎なのでなんとなくだけここに記しておこう!(笑)

09.7.8