柴田亜美作品

逆転裁判

NARUTO

突発。
(1作品限り)

オリジナル
(シスターシリーズ)

オリジナル



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 予定が空いているなら一緒にと言われて、頷いたのは自分だ。
 クリスマスイブに予定がないというのもからかわれるかと思ったが、それを前提に誘われたのだ。むしろ空けていて欲しいという願いとともに呟かれた言葉なのだろう。
 思い、苦笑する。
 おそらくギリギリまで悩んだのだろう。結局当日になって夕食に誘う形でした誘えない不器用な彼を見下ろして、その前髪を梳いた。
 酒気を帯びて赤く染まった相手の頬は普段とは違ってひどく血色がよく見え、寝顔と相俟って多少は幼く見える気がした。それに気をよくしたように、頬を撫で頭を撫でる。………まるで相手が子供かのように。
 「まったく、僕にあわせて飲んだら潰れるっての」
 笑いを響かせて呟き、肩からずり落ちて人の膝を占領している不躾な男を見やった。
 熟睡しているのか、反応はない。
 彼の髪先を弄りながら、ふと時計を見遣る。もう0時をとうに過ぎ、クリスマス当日に変わっていた。
 子供の頃はワクワクしながら朝を迎えたものだ。サンタからのプレゼントがなんであるか、期待に胸を膨らませてなかなか寝付けなかった。
 懐かしい子供の頃の記憶に笑み、成歩堂は微かな寝息を零す男の髪を梳く。
 幼かった頃、僅かな時間を一緒に居た、幼馴染み。
 大切な友人はかけがえのない存在として今も一緒にいるけれど、彼があの頃なにを欲しがっていたかも、今なにが欲しいかも、想像もつかなかった。
 「………君は、なにが欲しいんだろうね」
 ふと呟いて、目を閉じる。脳裏には出会った小学生の頃から、再会の法廷まで色々な時期の彼が浮かぶ。
 そのどれもがあまりに物欲に乏しくて、想像もつかない。
 ………もっとも、経済面を考えたなら、彼よりも劣る自分に彼が強請ることもないのだろう。
 苦笑しながらそんなことを思い、そっと彼の髪を撫でる指を滑らし、彼の頭を持ち上げた。
 眠るにしても、このままにするわけにはいかないだろう。ゴミを捨てることと、せめてキッチンに食器を持っていくくらいはしなくては、明日の朝が大変そうだ。
 気持ちよさそうに眠っている彼を起こすこともしのびないし、ソファーに乗せられていたクッションを自身の膝の代わりに彼の頭の下にあてがい、立ち上がる。
 見下ろした先からは、静かな寝息。
 起こさないでいられたかとほっと息を吐き、改めてテーブルの上を見遣った。
 デパ地下で買ってきた簡易のパーティーセットや小さなホールケーキ。シャンパンに紅茶、チーズにバケット。男二人で食べたのだから当然それなりの量だ。結果、ゴミも食器もそれなりに多い。
 ……面倒くさいと一瞬考えた後に軽い溜め息を吐いき、仕方がないともう一度思い直して成歩堂は腕まくりをすると手近なゴミからまとめ始めた。

 重ねた食器をキッチンに持っていくとそれだけでシンクは一杯になってしまう。洗うのは明日に持ち越させてもらおうと、その量を見ただけで嫌気がさして成歩堂はすぐに背を向ける。
 ソファーの傍に戻ってくると、不意に何かが聞こえて目を向ける。
 室内には成歩堂と先ほどまで眠っていた御剣しかいない。当然、音がするとすれば御剣が発したものだろう。
 見下ろした先で、御剣はぼんやりと成歩堂を見上げている。まだ夢見心地なのだろう、焦点は定かではなかった。
 ソファーの前にしゃがみ、優しく振動を与えないように御剣の髪を梳きながら、小さな声で囁きかける。
 「………毛布、持ってくるから。このまま寝れば?」
 問う声音にはぼんやりとした眼差し。僅かな間の後、緩やかに首がふられる。
 起きるつもりかと苦笑して待ってみても、御剣は動かずに成歩堂を見つめている。目を瞬かせて視線を交わらせれば、不意に安堵したように御剣が息を吐き出した。
 まだ現実認識が出来ていないのだろう。夢だと思っているのかもしれない。
 そう考え、成歩堂は髪を梳いていた指先をそのまま下ろし、御剣の目蓋を隠すように覆った。
 「………僕も寝るから。君も寝な」
 「…………………いやだ」
 「コラ。子供じゃないんだから妙な我が侭言うなよ。そんなんじゃサンタだってこないよ」
 折角のクリスマスだよ、と宥めるようにいってみれば、手のひらの下で睫毛が蠢くのが解った。瞬きをしているらしい御剣の目蓋は、最後には閉ざされたらしく、そっと伏せられた。
 「………もう、来た」
 小さな呟きが唇から漏れる。
 「うん?」
 聞き咎め、成歩堂が淡いその音を拾うように耳を寄せた。
 それを知りはしない御剣は、夢現つのまま、また独り言のように呟く。
 「君が、いる。………君しか、欲しくない」
 だからもう願いは叶えられ、欲しいものは与えられたのだ、と。彼は囁きよりなお小さな音を奏でた。
 普段であれば決して言葉には換えない、それは彼の本心。
 求めてやまないただ一人以外の全てを、拒絶し目を向けない視野の狭さ。盲信するようにたった一つの命だけに手を差し伸べる、意志。
 健やかな寝息を奏で始めた御剣を見つめながら、微かに成歩堂は眉を寄せる。
 …………それは、寂しい事実だけれど。自分がそれを願わないことを彼は知っていて、いつだって心の奥底にしまい見せないように気遣ってくれるけれど。
 「………僕も酔っているかな……」
 小さく言い訳のように呟き、成歩堂は泣き笑いを零しながら御剣に頬を撫でた。
 傷の舐めあいなんてしたくはないし、馴れ合いも妥協も依存も嫌だ。それは、いつだって自分の中にある確固たる意識で、それが覆ることはないけれど。
 それでも同じほどの強さで、思うことはある。
 …………いっそ、彼の思いに溺れることが出来たなら、よかったのかもしれない。
 防ぎ止め続けている意識は、きっと彼を愚かな男に変えるだろう、弱さだ。もう少しだけ他者を思えるようになったなら、自分もまた、近づけるのに。
 そうは出来ず、自分だけを盲目的に求める彼もまた、愛しいのだから、自分も充分盲目的だろう。
 思い、苦笑を零す。
 手のひらの下、髪を梳いた仕草にむずがるように睫毛が揺れ、御剣が微かに目を開ける。
 「…………おやすみ、御剣」
 眠りの波に攫われそうなその時に、そっと言葉を囁く。
 いつか、彼の祈りが届くといい。自分の願いが叶うといい。

 彼の求めるものを与えられる、そんな日がくれば、いいのに。

 ………不器用に笑んで、成歩堂は愛しい命の吐息に指を滑らせ、祈りとともに、そっとぬくもりを重ねた。



祈りましょう
願いましょう
賛美歌とともに、あなたに祝福を

眠れる吐息に、命の糧を、捧げましょう





 いつだったか、クリスマスの限定で出していた小説ですよ。