柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
目を瞬かせて、彼を見る カップの底のひと匙の砂糖 たとえば、もしも彼を初めから知っていたなら、何か変わっていただろうか。 そんなことを病室のベッドの上で考える。………嫌な予感はしていたのだ。あの雑誌の記事を見たときから、何かが起こる予感はしていた。 ただそれは自分自身にかかるものであって、まさかこんな大事になるなど夢にも思わなかった。 苦笑して、ハンガーにかけられて吊るされた自分の青いスーツを見つめる。その襟元にいまは弁護士バッチはなかった。たった一人この現実を託すことの出来る人間に、それを預けてしまっている。 きっと彼なら真実を暴いてくれるだろう。それを、信じている。 「…………………」 それでも心は浮かない。浮くはずがない。あまりにも事件は難解で、訳が解らないくせに、多くの共通人物を伴って展開している。これが偶然だといえるほど愚かな人間はいないだろう。思い、頭を振った。 たったそれだけの仕草で目眩が襲う。どれだけ自分の体調がひどいか、嫌になるほど思い知ってしまう瞬間だった。 「成歩堂よぉ、あんま無茶すると、御剣が血相変えて帰ってくるぞ?」 「………平気だよ。あいつはそんな無責任じゃない」 のんびりとした口調の中で、それでも心配していることを響かせる矢張の言葉に素っ気なく返す。いまは、時間を無駄にするわけにはいかなかった。 少しでも情報が必要だ。だからこそ、頼りになるかならないか謎のこの男に、事務所から過去に取り扱った事件のファイルを持ってきてもらったのだ。そこには、懐かしい名前が並んでいた。 これがどういった関係を結ぶのか、いまはまだ解らない。 解ったのは過去の同じ場所を舞台に事件があったことと、やはり自分のよく知る人物がそれに関わっていたことだけだ。 情報は、ある。けれどあくまでも過去の事件だ。それを踏まえた上での思考は必要だが、今回の事件に対して決定的ではない。謎があまりに多すぎて、どうすることも出来ない。 ぐるぐると脳が回る。それに伴って視界も揺れた。熱が、また上がったのかもしれない。 「矢張………御剣の調査、どうだった?」 気を紛らわせるように調書から目を逸らして問いかける。細かな文字を追うには、少しだけいまの症状は辛かった。 それに気づいた訳ではないのだろう相手は、うーんと唸りながら首を傾げ、頷くようにして答えた。 「なーんか、目の敵にされた気がすんだよなぁ。まあいつものことか!」 「…………まあその辺は否定しないけどな」 腑に落ちないような顔でいいながら、けれどあっさり納得した矢張はいい笑顔を浮かべて断言した。善くも悪くも深く考えない男だ。もっとも、さすがに前回の事件のことは深く反省したらしく、今回は出来るだけの協力をしてくれている。 ………あくまでも自分に対してであって、いま頑張ってくれている御剣に対してはさぞ苛立たしいいつも通りの彼であったことだろう。少しだけ同情してしまった。 「なあ、矢張はさ…………」 「ん?」 「理由も解らないで………憎まれたことって、あるか?」 ぽつりと、何の考えもないまま落とされた声は子供のようだった。熱のせいでうまく思考が回らない。馬鹿なことを問いかけたと気づいたのは、きょとんとした彼の顔が見えた後だった。 慌てて取り繕おうと顔を向けると、ポンと、彼の腕が伸びて頭を叩かれる。正直、頭痛のひどいいまの状態では軽い衝撃でもかなり響く。無意識に顔が歪んだのだろう、優しく叩くことを止めて、子供にするようにゆっくりと撫でる仕草に変わった。 いたわるようなそれに、困ったように笑う。………泣きたい訳でもないのに、甘えたくなるから、困る。 「まあ、そうさなぁ………」 のんきな彼の声が響く。 「俺はビンタされてもパンチ食らっても、やっぱり好きな相手は好きだぜ?」 子供のような無邪気な笑みで、彼がいった。彼の脳裏で想定された相手は、いままで相当ひどい手段で彼に別れを切り出したか捨ててきたかしたらしい女性だろう。どれほど彼が誠実に好意を寄せても、相手にそれが伝わることはいままでなかった。何となく、それは解らない気もしないけれど。 「いや……えっと…」 恋愛に関しての話ではなくてと告げようとすると、ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜられる。反論を許さないような素振りだ。 揺れた視界のせいで軽い目眩がする。くわわんと奇妙な鐘の音のようなものが耳鳴りだと気づいた頃、彼がもう一度口を開いた。 「敵意でも憎しみでも恨みでも、まあ何でもいいんじゃね?」 「…………………?」 首を傾げていう彼の真意を掴み損ねて、不思議そうに見つめる。ぐちゃぐちゃになった髪と彼の腕の合間から覗けたその顔は、いつもと同じだったけれど、少しだけ、真面目だった。 いつも、そうだ。自分が欲しいのだと思う解答を、多分彼は知っている。 耳を澄ませて、それを探す。響いてくれる音を待ち焦がれるように、彼を見つめた。 「お前がさ、信じたいんだろ?なら、信じとけよ!」 それが絶対に間違いないと、何の根拠もなく、それでも彼は言い切ってくれる。 もしも自分が異議を飛ばしても、撤回しないだろう。誰かが間違っていると窘めたとしても、それでいいのだとヘラリと笑って躱すだろう。 信じたいと、願っている。憎んでも恨んでもいいから、せめてその奥底に、ほんの一握りだけ、あってほしいものがある。 それは多分、自分が師である千尋に祈る思いと同じものだろう。その人を育てた人ならば、と。身勝手な憶測と希望に縋って、信じたいという意志が頭を擡げる。 「お前は昔っからそういうの得意だしな〜。信じ抜いて、結局それが本当になるじゃん」 もう二度と手に入らないと思っていた友情を復活させたその奇跡を前に、どれほどの不思議があるのかと彼が笑う。 それを願い続けた。不条理極まりない時間の流れにも負けずに貫いた。それこそが自分の力なのだろうと。だらしなくて頼りなくてどうしようもない目の前の男は、それでもたった一つだけは絶対に間違わないで言ってくれる。 「だから、お前が思ったことを信じとけって。それが一番だぜ?」 後悔しないのはその道だけだと、自信を持って彼はいう。沢山の女性にひどい目に遭わされてもなお懲りることなく繰り返せるのは、後悔しない方法を知っているからなのだろう。 俯いて、考えの回らない思考を必死に動かして、過去にあった事件と今回の関係者を並べて、推測、する。 ………泣きたくなる。もしも知っていたなら、何か変わっただろうか。たとえ知っていても自分のちっぽけな腕では何も変わらなかっただろうか。 唇を噛み締めて、思う。自分に出来ることの少なさを嘆いたのは、もうずっと昔のことだったのに。何年経ってもその思いに変わりがないのは、途方もないほど世の中の流れは急流な上、力があるせいだろうか。 「お前にも相手にも、きっと一番いいことが待ってるって」 ぽんぽんと頭を撫でていた指先が背中を叩く。いたわる腕が優しくて、そのまま突っ伏してしまいたくなった。 泣ける訳がない。まだ解らないことだらけで、真実など欠片も見えていない。 ただ、思い知る。……………もしも自分が知っていて、そうして、この腕を差し出し好意を示していたのなら。 あるいは、変わっていたのだろうか。大切な人の大切な相手を、救えたのだろうか。 理由は解らない。感情の意味も不明だ。ただ、それでも思う。 「……………千尋、さん………」 小さく彼の人の名を呟き、遣る瀬無く唇を噛み締める。小さすぎた音は聞こえなかったのだろう、背中をさする腕はそのままだった。 知っていたなら、もっと変わっていただろうか。彼は敵意を向けず、先輩としての眼差しをくれただろうか。巡る思考に酔ったように、目眩がした。 「俺が俺の好きなことするようにさ、お前だって好き勝手していいんだぜ?」 からかうように彼がいい、ついでその声の軽さにはまるで似合わない真面目な顔で頷いていた。それに吹き出すように笑いながら、目尻を拭う。それが笑いのせいで滲んだのだと、言い聞かせながら。 …………この先も、もしかしたら変わらず憎しみを向けられるかもしてないけれど、それでも、自分は決めたことを貫こう。 「うん、そうだな。…………ありがとう、矢張」 どんな感情を向けられたとしても、自分は信じてみよう。 自分の師たる彼女が思いを寄せた人ならば、信じる価値があるから。認められなくても疎まれても、信じよう。 「大丈夫、僕、信じ続けることには自信あるから、さ」 揶揄するようにそういって、彼に顔を向ける。 過去の日、どれほど報われない年月を過ごしているかをよく知っている彼は、もっともだと大笑いをして、慰めるようにまた、背中をさすってくれた。 3−4で過去の資料見ているときの成歩堂の話。いや、全部読み切って、とりあえずゴドー検事のこと朧げにもしかして……と思った感じです。この後の探偵パートで確信持てるのですがね。 どれほどの憎しみでも敵意でも、それを向けられたから同じようにそれを返すということは無いだろうと思うのですよ。どうしてそれがあるのか、が解らなくても、相手のことを知ってしまえば負の感情なんてあっけなく消えるのですがね。 持たないでいいなら持たない方がいいに決まっているんだ、相手を傷つけるだけの感情なんぞ。 信じ続ければ必ず感情は揺れるさ。…………その強さを多分、よく知っていると思うよ、成歩堂は。 07.8.29 |
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