柴田亜美作品 逆転裁判 NARUTO 突発。 (1作品限り) オリジナル (シスターシリーズ) オリジナル enter |
きっと、愛していたのでしょう あの日の出会いの意味を 留置所の中、弁護士が赴くことは珍しくなかった。とはいえ、彼は半分は弁護士としての仕事ではなく、自分の気分を紛らわすために訪れてくれていることを知っていた。 ここではやることはほとんどない。もっとも、それをいったなら葉桜院とて同じようなものだ。静けさを好む身には、さしてそれは苦痛とは感じなかった。 「こんにちは、成歩堂さま」 会釈をして挨拶をすれば、彼は優しく笑ってくれる。もっともそれは、昔よく見知ったものとは違う笑みだ。例えるなら、真宵や春美など、彼の身近な女性たちに差し出されるのと同じもの。 昔に見た屈託なく笑う、無邪気な心のままの笑みとは若干違う。もっともあれからの月日を考えたなら当然のことなのかもしれないけれど。 「こんにちは、あやめさん。今日は先日いっていた本が手に入ったので持ってきました」 そっと紙袋を差し出して、彼ははにかむような笑みを浮かべた。照れているときの彼の癖だ。そんなところは変わらない。微笑ましさに浮かんだ笑みに彼は困ったような目を揺らす。 その様子に首を傾げて、目を瞬かせた。 何かおかしなことがあっただろうか。世間知らずの自分は、時折周囲にとって不可解な行動をすることがあるらしい。何かそんな行為をしたかと思い返しても、そもそも何もしていないのだから、行動自体があり得ない。 不思議そうに見つめた先の彼は、困ったように笑って、頭を掻いた。 「あの……いえ、やっぱり似ているなぁと、懐かしくなって」 「え…………?」 「いやいやいや!解っています!あの頃会っていたのがあやめさんで、ちぃちゃんは別人だっていうことは!」 思わず漏れた言葉に彼は慌てて否定をした。自分の最後の告白を忘れた訳ではないのだという彼に、微笑んで頷く。…………彼を欺き続けたことを責められることもなく、彼はひどくあっさりと受け入れて許してくれた。その上、微笑みさえして、こうして会いに来てもくれる。 これ以上望むことなどないけれど、あの頃の優しさを思い出すと、いまも胸が疼いてしまう。 「ただ………ちぃちゃん、は………」 言いづらそうに呟きながら、彼が俯いた。告げるべきではないことかもしれないと考えている心情がはっきりと見て取れて、彼の性根の素直さに笑んだ。 あんな手ひどい裏切りにあって、それでも信じ続けてくれた人。奇跡のような物語だと思う。もしも彼以外の人間であったなら、何一つとして成り立たなかった。そんな気が、する。 導かれた真実は残酷だった。それだけでも十分関係者を痛めつけただろう。その上、彼にとってはかつての恋人の裏切りを再び眼前に突きつけられたのだ。 あの裁判の日、自分が助け出されるまでの間に彼が受けた傷は、どれほどのものだったのだろうか。 何も知らない彼が、何も気づかないままいなくなってしまった姉の言葉に傷ついたことを思うと、胸が痛んだ。 「お姉様は………成歩堂さまを愛していらっしゃいましたよ」 俯いたまま消え入りそうな彼に、慰めになるかどうかもわからない言葉を投げかける。 本人が口汚く罵ったことを知っていながら告げる言葉に、彼はなんと言うだろうか。否定するか、ただの慰めと思うか。 どう告げればその真意を差し出せるのか、必死で考えていると、俯いていた彼の顔が持ち上げられた。それは、困ったような笑みをたたえていた。 やはり真実とは思われなかったかと悲しげに見つめた先で、彼の唇が開かれる。 「………………知っていますよ」 「え……」 てっきり否定が紡がれると思った唇は、けれどそれとは真逆の言葉を紡いだ。 目を瞬かせて、気休めの言葉かどうか悩みながら彼を見つめる。 それさえ彼は解っていたのだろう。まるで慈父のような雄々しい安らぎを持つ笑みで、微笑んだ。その笑みに頬が赤らむ気がして、そっと俯いてしまった。 「でも、彼女は知りませんでした。だから、誰も知らないままで……いいんですよ、きっと」 心の底に閉じ込めておくことが一番なのだと、彼はどこか遠い響きをのせた声で告げた。 多分、それは事実なのだろう。もうどうすることも出来ない過去の感情をほじくり返したところで、今更何も生み出しはしない。まして、それを携えていた相手は、その感情に気づかず、あまつさえ嫌っていたと自身に言い聞かせていたのだから。 「何故……お気づきに…………?」 俯いたまま、それでも知りたくて、はしたないと思いながらも問いかけてしまう。 彼がその感情に気づく機会など、なかった。たった二回の逢瀬とさえ言えない出会いの時間で、それでも相手の感情を知ってしまうなら、自分の感情などあまりにもあからさまなはずだ。 羞恥が身を縮ませるようだった。けれど返って来た解答は、どこか素っ気なくさえ響くものだった。 「同じだったんですよ、僕たちが」 あっさりといった言葉は、不可解極まりない言葉だった。一体何がだろうかと彼の言葉を反芻しながら思いを巡らせる。 自分は半年の間ずっと彼と一緒にいたのだ。そして幼い頃から姉と関わって来た。それならば、少なくとも彼よりも自分の方が情報は多いはずだ。 必死に考えた。こんなにも考えたことはそうはないというほど、懸命に。 それでも答えが見つからずに途方に暮れてしまう。どうして自分はこんなにも鈍臭いのだろうか。考えることさえ、満足には出来ない。 「同族嫌悪と、同病相哀れむ、というやつです。………あまりいいものでもありませんけどね」 落ち込みかけた思考を、彼の声が繋ぎ止めた。 ますますもって、不可解な解答だった。姉は強い人だった。自分一人のために生きて死ぬ、そう断言することの出来る人。他のどんな命にも左右されないことを至上と心得ていた人だった。 けれど、目の前の人は、違う。誰かのために生きる人、だ。それは過去に重ねた逢瀬で実感した。自分のためではなく他者のため、命さえ投げ打つことの出来る人。 彼のような強さがあったならきっと自分はもっと違う現実を導けた。姉に罪など犯させることなく、きっと。そう思っていた人が姉と同じなのだと宣言されて、軽い混乱に陥ってしまう。 「理解しづらいことかもしれません、ただ……」 混乱している自分に気づいた彼が、苦笑しながら真っすぐにこちらを見つめた。 逸らすことのない、あの頃から変わらない視線だ。何も含まず介入させず、ただ目の前にいる人だけを映してくれる、綺麗な視線。 惚けるようにその視線に晒されながら、見つめる。混じり合う視線の先で、彼が笑んだ。 「僕は友人のために、彼女は自分自身のために、外に晒す自分と内に眠る自分を作り上げていた。それだけは、同じだったんです」 彼の言葉の意味は、自分には難しいものだった。ただ、何とはなしに人の二面性のことを告げているのだろうと悟る。 姉は美しい女性だった。とても鮮やかに生きることの出来る、颯爽とした人。そして、それが故に孤独で寂しく、その寂しさを踏みつけて生きることをよしとしていた。一人生き一人死ぬことを、潔いまでに受け入れていた人。 それは確かに、少しだけ………彼に似ている。 「だから、あの頃の僕も、ちょっとしたきっかけで彼女のように相手を憎んだかもしれないし」 遠い過去を思い出すように、自分を通り越してその奥にある壁を見つめるように彼は呟き、微かな間をあけた。 それは告げるべきかどうかを迷うような、間。 続く言葉を知っている自分は、ふわりと笑んで、頷いた。 それに背を押されるようにして、彼は口を開く。昔から変わらない、誠実で真っすぐな視線と同じ響きを持つ声。 「ちょっとしたきっかけで、彼女は僕を愛したのかも、知れない。それだけは、僕も知っているんです」 ………そしてきっと、と。彼は小さく口の中で飲み込むように呟いた。 続く言葉は、自分も知っている。 だから、寂しく笑んで、そっと手を差し出し、彼が差し入れに持って来てくれた本に触れた。 それでこの話は終わり。そう互いに確認をして、笑い合った。 他愛無い世間話に話は移り、あっという間に面会時間は終わって、彼がお辞儀をしてドアをくぐる姿を見送る。 それを見つめて、胸が痛む。 彼は知っている。姉の真意も、何もかもを、きっと。 だからきっと、彼はずっと、知らない振りをするだろう。 自身を忘れろと、彼に救われることを拒んだ姉を 愛されていたことを知りながら、目を瞑り 断罪、するのだ。 たった一つ彼が出来る、 寂しくて悲しくて切ない あの人を救う、方法で……………… ちぃちゃんの話でした。最後の最後まで罵って蹴倒して、絶対に自分が人に情を寄せたなんて認めない人だろうな、と思う。それがどんな相手であっても、あくまでも自分が利用するためにだけ関わったのだと言い聞かせているような。 孤独であることが強さの根源だった人だから。 だから、孤独でいるくせに人のためにそうあろうとしている成歩堂は、大嫌いで、同じくらい、惹かれているといいな、と思いましたよ。 07.8.29 |
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