久しぶり、少し時間が空いたね
元気かな、僕は元気だよ。
あのね、怒らないでほしいんだけど、この間……君の家にね、いったんだ。
電話しても繋がらなかったし、手紙の返事もなかったから
どうしても会いたくて、君の家までいったんだ。
でもね、誰もいなかったよ。引っ越しちゃったの?
でも、僕のところに手紙は戻ってこないし
お家の郵便ポストにもなかったんだよ。(ごめんね、見ちゃったんだ)
ねえ、御剣
君はこの手紙、読んでくれている?
僕はね、君に会いたいよ。
会って、ちゃんとバイバイを言いたかったんだ。
そうしたら、君が僕のこと嫌いで、返事をくれなかったのでも
ちゃんと納得して、バイバイって言えると思うんだ。
何も言えないまんま、いなくならないでよ。
迷惑、だったかもしれないけど
だけど、僕は本当に君のこと好きだし、友達でいたかったんだ
だから、お願い
読んでいるなら、返事をちょうだい
迷惑だってだけでも、いいよ。もう書くなでも構わない。
君が元気に生きているんだって、僕に教えて。
それだけで、いいんだ。
……変なことばっかり書いてごめんね。
また、来月になったら手紙、送るね。
16.手紙
ポストの前まで来ると、彼はしゅんと俯いた。
手にした封筒をぐしゃぐしゃにしてしまうのではないかというほど手に力を入れて、ぎゅっとそれに縋るように両手を添えている。
不安、なのだろう。それは見ていて面白いほど解った。
彼が手紙を書き始めて何度目だろうか。こうして彼に付き合ってポストに寄るのは。大体月に一度くらいだといっていたけれど、それにしてもズボラな彼がそれだけ書いている事実が凄い。
「なるほどー?出さねーわけ?」
折角書いたんだろ!とのんきな声で声を掛けてみればびくりと肩が揺れる。
いい加減何年経ったのだろうか。そんなことを考えられるほど自分たちは生きていない。
別離の時、自分は9歳で、今はようやく中学に上がった、その春先だ。いつから彼がそれをしているかは知らないけれど、それにしても数年は確実だろう。それは、自分たちが生きた時間の中の、どれほどの長さだろうか。
思い、少しだけ呆れてしまう。
彼はお人好しで、少し抜けた子供だ。自分も十分危なっかしいけれど、彼は彼で危なっかしい。お互いに違う分野で危ういせいか、二人一緒にいると案外上手く事が運ぶことが多い。もっとも、その大部分に置いて、彼に負担がかかっているだろうことは否めないけれど。
それでも、彼は自分に声を掛ける。惑う時、腕を伸ばす。
きっとその信頼は、いま彼が握り締める手紙の送り先にいるはずの子供との友情のきっかけが、原因なのだろう。
自分を信じてくれたものを、彼は信じる。それこそ無辜の意志で。空恐ろしいほど純粋に、不純物を一切介入させずに。
「僕……」
不意に俯いていた彼が呟く。小学校の頃に比べれば、少しだけ低くなった声。自分の声も同じように、あの頃よりは低くなった。こうしてもう少しの段階を経て、きっと自分たちも大人の声に変わっていくのだろう。
いつまでも小学生でいられないのは、卒業してバラバラになった学友との疎遠さで、十分知れることだった。
それでも彼は、それに縋り付くよくに手紙を出していた。一生懸命、文章を書くことなんて不得手なはずなのに、根気よく努力しながら。
「なるほどー。目、真っ赤になってんぞ?」
きょとんとして、俯く彼の顔を覗き込む。声が続かないと思えば、彼は大きな目を歪ませて泣き出しそうに震えている。
「だ、だって……!」
「なんだよ」
「だって、御剣、いないんだ。手紙、書いているのに………」
一回も返事が来ないと、ぐずつく鼻を擦りながら彼が呟く。掠れた声が、少しだけ痛々しい。それ以上に自分が泣かせていると思われているのか、通行人の視線が痛かったけれど。
そのまま大泣きしだしそうな彼の頭を乱暴に撫でながら揺する。突然の暴行についてこれなかった彼は、大きな目を更に大きくしてこちらを見た。それでも驚きに涙は止まったのだろう、瞬きをするだけで頬は濡らさなかった。
それに少しだけほっとしながら、彼の手の中の手紙を奪い取る。ぐしゃぐしゃになった、ちっぽけな封筒だ。色気も素っ気もないというに相応しい茶封筒でないだけマシだろうか。それは空の写真の印刷された、子供騙しなレターセットだった。
どうしたって小遣いの中でやりくりしなければいけない年齢の自分たちだ。こういたものにそう金はかけられない。必然的に、子供向けのものになるのは仕方がないだろう。それでも大好きな友達だからと、せめて綺麗なものを選んだ彼の健気さは微笑ましかった。
数年前から、彼は変わらない。失ったあの日、どれだけ泣きわめいて絶望を身に染みらせても、その腕を差し出すことを止めなかった。いっそ頑固なほど、彼は消えた友人を求めて試行錯誤している。
「矢張!なにすんだよ!」
取り上げられた手紙に驚いて彼がヒステリックな声を上げる。少しだけ甲高い音は、まだ声変わりをし始める前の音に似ていた。顔を真っ赤にして怒鳴る様は子供そのものだ。
もう少しだけ身長が小さければ、もう一人の友達も交えて、馬鹿みたいな珍道中を繰り広げていた、あの幸せだった時間の頃に重なるだろう、姿。
それににやりと笑って、手の中の手紙をひらひらとさせてからかうような素振りを見せる。彼はムキになったように返せと叫んで、その手を伸ばした。
素早くその腕を躱して、体勢を崩した彼がこちらに向き直るより早く、手紙を持った手は、ポストに触れた。
彼が自分を見上げたのと、カタン、と音が響いたのは、ほとんど同時だっただろうか。
にたりと悪戯の成功した顔で笑う自分と、呆然と目を丸めて自分とポストを見比べる彼。………数秒後、彼の目に涙が競り上がって、先ほど以上の大声で唐突に泣かれたことは、本当に誤算だったけれど。
「ちょっ……おい、な、なるほど〜?!なんで泣くんだよ!」
手紙出しに来て泣くなんて訳わかんねぇ!と叫んでみれば、目を腕で擦りながら、真っ赤にした目元もそのままに、彼がしゃくり上げながら答える。
小さな、声だ。泣き声の大きさに比べれば、それこそ蚊が鳴くようなといえる、声。
俯いて、小さく踞りそうな様子で、それでも立ち尽くしたまま、彼がいう。
「ぼ、僕が、出すんだ。僕が、書いて……僕がちゃんと、出さなきゃ………」
そうでなくては、どれほどの思いだって届くはずがない。途切れ途切れの声で、それはまるで祈りのように、彼が呟いた。
たかが引っ越した友人への手紙に大袈裟だ。そう、思わなくもない。それでも自分は知っている。彼が、どれだけその人を大切に思っていたか、を。
信じてくれたというそれだけで、彼はその心の全てを差し出せる。危うげなほど真っすぐに好意を注げる、子供だったから。
だからきっと、クラスの中でも浮いていた自分や御剣が、彼を交えてつるむようになった。彼から与えられる信頼も好意も、心地よかったから。自分を肯定してくれる、そんな人間、自分たちだってずっと、得ていなかった。
何も知らない、あの時の弱者であったはずの彼は、守ったはずの自分たちを、それからずっと支え、守り続けてくれた。何も特別なことなどしないで、ただ友達だという、それだけの意志と誠意だけで。
そんな子供のまっさらな思いは、恐らく変わらないのだ。遠く離れても、一言さえ返されなかったとしても。その人が幸せであってくれればと祈ってしまう、至純さ。
息を飲んで、彼を見る。きっと彼は、たとえ自分が居なくなっても同じように泣くのだろう。連絡が取れなくて、消えてしまったなら。どれほど手を尽くしても見つからなければ。…………それでも諦めないで、こうして一人書き綴った手紙を、送るのだろうか。
返ってこないことさえ受け入れて、それでもどうか幸せに生きていてほしいと、願って。
………そう思い至った瞬間の、寒気は、なんだったのだろうか。
「あーもう、わかったよ!ったく、この矢張様にまかせろっての!」
捕われそうだった寒気を振り払うように大声を出して、彼の手を掴む。きょとんとした目で、泣き腫らした顔を隠しもせずに彼がこちらを見遣った。
「住所解ってんだから、あいつの家に行って返してもらえばいいだろ!」
「いま出したのに、どうやって?」
「………………………。明日!行けばいいじゃんよ!それで文句ねぇんだろ!!」
約束してやると自棄になって叫んでみれば、目を瞬かせた彼はじっとポストを見つめたあとに、にっこりと笑って頷いた。
「じゃあ矢張、約束な」
「………現金な奴だな〜、その泣き癖治せよな!」
もう眦にすら涙を残さない彼に顔を引き攣らせながらげんなりと告げてみれば、彼はきょとんとした顔で首を傾げて、次いで、にやりと悪戯を思いついたような顔で笑った。
そうして、ピジリと人差し指を突きつけて、楽しそうな声で、いった。
「な〜んで僕が、矢張に遠慮しなきゃいけないんだよ」
泣きたければ泣くし、怒りたければ怒るよ。そんな風に楽しげに笑って彼は言い、自分が掴んでいた手を強く握り返した。
それは、まるで、自分は消えないと信頼しているような、あたたかさで。
そのぬくもりに、きっと自分はこの先もずっと彼との友好だけは無くさないのだろうと、漠然と感じた。
「…………お前コエ〜よ、なるほどー………」
そんな予感を有耶無耶にするようにはぐらかす声でいってみれば、彼はそれさえ嬉しそうに見つめて、繋いだ手をそのままに歩き始める。
「明日、約束だよ」
振り返りもせず、ただ前を見つめていう彼は、どんな顔でそれを呟いたのか、自分には解らない。どんな表情も合わなそうな声に、奇妙そうな顔でその後ろ髪を見ながら、仕方ねぇと小さく呟く。
彼は小さく頷き、何故かそれに、ほっとした。
彼は、恐らく自分には手紙は出さないだろう。
いなくなってもこんな風に泣かない。
それはきっと、自分から離れないという、不遜な自信と
伸ばした手を仕方なさそうに嫌々掴んでくれるという、甘え、だろう。
それを与えられたことを喜ぶべきかどうか悩みながら
それでも機嫌良く前を歩く後ろ姿は嫌いではないと思って
小さな溜め息と嫌々ながらの笑みで、受け取った。
初めはミツナルで送った手紙破棄しただろうな、という話だったのですが、とても御剣が幼い応対しそうになったので止めました(あっさり)
冒頭部分は翌日御剣の家にいったあと悩みに悩んで書いた手紙という感じで。恐らく沢山広告の裏面に練習しただろうさ。手紙って案外文章構成能力作る練習になるので、ある意味弁論の手助けになったのかね、この練習(笑)
そんなわけで子供時代の矢張と成歩堂です。仲がいいやら悪いやら(笑) 成歩堂は少しずつ成長してきていて、ちょうど不安を目の前にぶら下げている頃なイメージです。
矢張はそんなこと解っちゃいないけど、不安定だなーということは直感的に解っている感じ。でも直感なので言葉には換えられず、結果いつも通りな応対。
子供の頃の成歩堂は直情的に好意をそのまま全部差し出すイメージで。でも成長するにつれて、そうした意志の差し出し方が相手の道をねじ曲げる可能性があることも解って、結果好意を差し出すことに臆病になった、と。
0か10かって、どれだけ極端なんだろうね、うちの成歩堂。まあそんな彼です。一応一貫性は、あるのですよ。態度違うけど(遠い目)
07.9.28