一粒一粒の悔しさがやがて
長い時間をかけ夢を育てていく

まだ挫けないで 空を見上げる涙は
強くなるための水晶のかけら

瓦礫の山の中 人は手探りで
小さな輝きをいつか見つけてく

間違うことに顔を伏せたりしないで
傷つくことは答えまでの近道



24.朝日の中で



 うつらうつらと心地よい眠りに漂っていた。まだ覚醒し切らない意識の中、髪を撫で頬に触れ、まるで確認するかのように呼気を探す指先に気づく。
 どこか怯えているその指先にぼんやりと首を傾げて、ゆっくり目を開けた。霞がかったような視界はぼやけていて、いまいち上手く先が見えない。
 目を擦り、瞬きをする。それだけでクリアーになった視界の中、目を丸めてこちらを見遣っている人がいた。
 「………あれぇ……御剣?」
 珍しいと首を傾げながら起き上がる。定位置にある掛け時計を見てみれば、まだ朝日の昇っていない刻限だった。それでも夜とはいえない早朝の寒気に軽く身体を震わせる。
 布団を手繰り寄せて肩から被り、そんな自分を見つめたまま硬直している相手を不思議そうに眺めた。
 彼は部屋着で、しかも特に寝ぼけている様子も見られない。おそらく一度目が覚めて時間を潰してでもいたのだろう。その割には時間が早すぎるかもしれないが。
 今日は互いに休日でいくらでも惰眠を貪っていい立場な筈だ。少なくとも自分の記憶の中に今日どこかに行くという約束も予定もなかった。
 そういった場合、普段であれば寝過ごした自分を起こすのは10時を過ぎた頃合いだ。随分と早い時間に起こしにきたと、いつもならあり得ない時間の訪問者を訝しむのは当然のことだろう。
 数度瞬きを繰り返して、なんとか頭をはっきりさせてみると、目の前の彼も正気に戻ったのか、同じように目を瞬かせた。
 そうして微かに眉を顰めて、そっと視線を逸らす。
 その仕草に首を傾げ、もう一度彼の名を呼んだ。
 「御剣?」
 問う声音にいらえはなかった。
 困ったように息を吐いて、彼を見遣る。頑なに視線を逸らしているのは、バツが悪いせいだろうか。寝起きで上手く回らない思考回路をなんとか起動させて、そんなことを思った。
 まるでここにいることが悪いことだと認識しているかのようだ。つまり、それはそのまま何かしら自分に対して隠したいことがあるということに繋がる。
 存外自身のことを隠すことが下手な彼の様子を観察しながら、首を傾げてのんびりと考えた。
 カーテンの隙間が若干明るくなってきた気がする。そろそろ朝日でも昇るのか。真っ暗な室内ではそんな微かな光源もはっきりと知らせてくれた。…否、真っ暗というのは語弊があるだろう。彼の顔も行動も自分には見えるのだ。ルームライトは消されているが、ベッドサイドのスタンドが灯っていることにようやく気づいた。まだ寝ぼけた思考はそんなことすら気づかなかったらしい。
 こんな小さな明かりをつけながら、起こすわけでもなく、ただ傍にいたらしい。
 何故…と問うよりも先に、ふと気づいた。彼が自分が眠る寝室に入り込むのは、精々朝起こしにくる時くらいだ。それ以外で彼自身が決めているだろうそのルールを破るとすれば、一つしか要因が浮かばない。
 彼が、この世でもっとも恐れている、トラウマとして刻まれた、傷。
 それを思い微かに胃が痛む思いがする。そっと、震えないように息を吸い込んでから、彼に問いかけた。
 「もしかして……地震でも、あった?」
 思いついて告げた言葉に彼の肩が揺れた。視線は逸らされたままだったけれど、固く握り締められる拳が見えた。
 それによって事実を知り、小さく苦笑した。
 きっと、彼はその揺れに跳ね起きて、自分を探したのだろう。傷ついていないか失っていないか、それを確かめたくて。あるいは、己の中の焦燥を押し止め不安と恐怖を溶かしたくて。
 そうして、見つけて、踞っていたのだろうか。自分が起きるまで、ただ頭を撫でて、寝息を確認しながら。
 思い、ふと気づいた。恐らくは正解だろうその考えと、いま現在の彼の姿に違和感があることに。
 「……あれ?」
 首を傾げ、それに気づいたことを教えるようにぽつりと呟く。無遠慮に見遣った先の彼が、バツの悪い顔をして床を睨んでいた。おそらく、自身の弱さを晒すことへの不快感と、看破されてしまった居心地の悪さに耐えているのだろう。
 見つめながら、彼の名を呼んだ。
 「………御剣」
 少しだけ低いその音に、彼は敏感に反応してこちらを驚くように窺った。
 それを見据えるようにして見つめ、問いただすように淡々とした音を紡ぐ。それが一番、彼に正直に答えさせる手法であることを、自分は経験からよく知っている。
 「なんで部屋着なの?」
 「……………………」
 「黙秘権の行使は構わないけど、どうせテレビつけたら地震発生の時間は解るからね」
 「っ!」
 そうしたならより濃厚な憤りが差し出されることを予感してか、彼がひくりと喉を震わせた。
 躊躇うように視線が彷徨い、暫しの沈黙のあと、怯えたような幼気な様で、彼が自分を窺い見る。ベッドに座っている自分と床に座る彼との視線の位置はまるで違うせいか、よりいっそう彼に不安を抱かせたのだろう。いっそ泣きだすのではないかと言いたいほど途方に暮れた顔をしていた。
 法廷で対峙していれば自分こそがそんな顔をして討論するというのに、ことプライベートにおいては、彼は溜め息が出るほど不器用だ。一挙手一投足を惑いながら手探りで真似ているような時さえある。
 それはきっと、彼があまりにもそうした環境に不慣れに生きてきたせいなのかもしれないけれど、それ故に、遣る瀬無さが湧くことは否めない。
 そのくせそれに自分が痛むことを、彼は理解しないのだ。………否、彼自身がそうであることに無頓着であることを悲しむことを、知らないというべきだろうか。
 彼は自分の無茶や無関心を窘め憤るくせに、まるで違う分野で同じ真似を自分に突きつける。その事実すら、本当には理解せず、指摘されても困惑するばかりなのだろう。そうした柔軟さを、彼は未だ欠いていた。
 「何時に、起きたのさ」
 「……………………………。……確か、2時過ぎ、だったように思う」
 観念したのか、かなりの躊躇いを持って彼が質問に答えた。その解答に深く息を吐き出す。いまから一体何時間前の話だといっそ詰ってしまいたい。
 それでも彼は何も解らぬ寄る辺なき赤子のような瞳で自分を見上げて、自身の発言によって自分が消えてしまうことに怯えるように窺うから、罵れもしない。
 「………御剣、…」
 何かいおうとして、けれど告げるのはあまりに憚られて、僅かな逡巡のあと、手を差し出す。肩から滑り落ちた布団がベッドの上に舞い戻った。
 それを見遣りもしないまま彼を見つめていれば、じっと彼は自分の指先を見て、ついで、困惑したように自分の顔を覗き見る。………彼の言いたいことが解るような気がして、苦笑した。
 「話、しづらいから。こっち来てくれる?」
 まだ寒いのだと、そう言い訳じみた理由を口にすれば、首を傾げながら彼は立ち上がり、ベッドに腰をかけた。別段その距離はたいしたものではなく、移動を願う意味もないほどの近さだった。
 それでも困惑しながらも彼は自分の言葉に従い、それを叶えてくれた。だからだと、そんな風に自分に言い聞かせて、トン、と彼の肩を押す。
 首を傾げた彼に笑いかけ、戯けた顔で子供がプロレスごっこでラリアットを仕掛けるように、その首に腕を回してベッドに沈める。
 そうして、その目を塞ぐように、手のひらを重ねた。
 「……………………成歩堂…?」
 困惑に染まった彼の声が聞こえる。それを見下ろしながら、めくれたままの布団をきちんと彼にかけて、窘める声を落とす。
 「君の睡眠時間、少なすぎ」
 「…………」
 「ここにいるから、もう少し寝ておきなよ」
 折角の休日に体調を崩すなんて馬鹿な話だ。不安で眠れないというなら傍にいるし、恐怖で落ち着かないというなら体温くらい分けておく。…………結局自分は彼には甘く、与えられるものは大抵、許してしまうのだ。
 仕方なさそうな溜め息を落としながら、躊躇いながら目蓋を閉ざす彼の髪を梳いた。手を移動させたことで露になった眉間は、相変わらず皺が刻まれていて、苦笑する。


 幾度だって彼はこんな風に方法を間違えて
 自分一人で傷を抱えて踞るのだろう

 そのくせ、自分を探して惑うのだ

 まるで暗闇の中のひと欠片の明かりのように
 それさえ見つければ
 前に進めると、祈るように

 カーテンから差し込める日差しを見つめながら
 まだ不器用に自分しか求められない
 自分と同じほどの大きな手のひらを、包んだ



 いつか 答えを見つけられたならいい

 そう、思いながら…………







 冒頭部の歌詞は谷口宗一の『空を見上げる涙は…』です。まあ有名な歌ですし皆さん知っていらっしゃるでしょうが。

 寝こけていたらなんか起こされたよ、という話でした。
 まあ私が起こされたのは夜早くに寝ちゃったら母が心配して(私の部屋のコピー機を毎日使用しているので入り込むのですよ)熱ないかと突然額に手を当てられました。それで目が覚めたという。
 まあなんというか、寝ている間に心配事なんぞ抱えてもらいたかないよな、と思います。

 うちの御剣はどうも幼いですね。子供が親を追うように必死になって腕を伸ばす感じ。おかげで成歩堂はどんどん御剣が自分に恋愛感情向けているの忘れていっている(笑)
 まあそれはそれでいいんじゃないかね。下手に恋愛に括ると傷つきかねんよ、成歩堂が。

07.10.4