指先一つでお手軽に
耳元で囁くように話が出来る
誘惑の多いその小さな機械

それでも手放せるはずも無く
気にしないようにしてはいるけれど

やっぱり、その名前が画面に浮かべば


ほころぶものがあると、自覚する


………だから、携帯電話は嫌いなんだ



4.携帯電話



チャラッチャ〜ラチャ〜ラチャチャ………ピッ!

「………もしもし?」
『ム、忙しかったか?』
「へ?いや、別に……なんで?」
『…………この時間なら帰路かと思ったのだが……』
「ああ……今日はちょっと雑用が残っていてね、まだ事務所なんだよ。真宵ちゃんも帰ったから静かだろ?」
『なるほど、合点がいった』
「で?どうしたんだ、こんな時間に」
『………………………』
「?御剣??」
『………いや、その……だな』
「うん」
『…………………………』
「?おーい、聞こえているか?電波悪いのか、もしかして?」
『いや、そんなことはない』
「ふーん?じゃあなんで答えないんだよ」
『………………………。君は』
「うん?」
『解っていて、言ってはいないか?』
「何となく予想はつくけど……それはそれでどうだろう、と思っているかな?」
『………………………………………………』
「いや、悪いとはいってないから。落ち込むなよ」
『………しかし……』
「別に君が思うこと自体はいいんだよ!」
『ム?』
「いや、だから………って、なんで言わなくちゃいけない流れになってんだよ」
『言わなければ私には解らないからだろう』
「きっぱりはっきり言わないでくれ。お前それでも天才検事かよ」
『自称したつもりはない』
「………している気がするけどな……十分…………」
『で?結局なんだったのだ』
「え、そこに戻すのか?」
『戻さずにどうする。一点の疑問も残してはいけない』
「プライベートに法廷を持ち込むなよ…………」
『私が気になるだけだ。特に、君のことは』
「…………………………………」
『?成歩堂』
「い、いや……なんでもないけど!」
『ム、そうか。心なしか声が上擦っては………』
「そんなことないから、気にしないでくれ」
『うム?まあ……いいだろう。では先ほどの質問の解答を求める』
「………………………しつこいな」
『いっただろう、君のことであやふやなままにしたくはない』
「(僕はしてほしい…………)」
『成歩堂?』
「だから、…う〜………」
『?』
「………君、あんまり人を近づけないじゃないか、プライベートで」
『うム』
「無駄なことに時間使うとかもしないし」
『当然だ』
「で……それなのに、君は、僕に電話をかけるわけだ」
『うム』
「用もなくて、理由も無くて……多分、声聞きたいとか、何しているか気になったとか、そんな他愛無い理由でさ」
『………筒抜けだったわけか、私の意図は』
「単純なんだよ、そういうところ、君は!」
『ムぅ………』
「だから、そういうのが解るのが、困るんだよ」
『…………?つまり?』
「鈍感にもほどがあるだろ!ここまでいったんだから解れよ!」
『勘違いして君に呆れられるのは避けたいのでな』
「………勘違い予定があるのか…………」
『君の場合、私の予測出来ない言動を返すことが多々ある。故に断言は難しいな』
「…………ったく…」
『では私の予想にイエスかノーで答えたまえ』
「うん?」
『私に好意を寄せられていることを自覚することが、嬉しいのか?』
「………………………………………………………………」
『………成歩堂?』
「な、な、なんだよ、嬉しいって!!!自意識過剰!!!!!!」
『ふむ、よくわかった』
「絶対に解ってないー!」
『ああ、ついでだ、もう一つ教えてやろう』
「なんだよ!」
『私が電話をかける理由だ』
「………解っているからいいよ、言わなくて」
『いや、一つ抜けていたのでな。付け加えておきたまえ』
「へ?」
『君は、電話だと感情がよく見える』
「………………………………………………」
『こうしたことに鈍い私でも解る程度には、な』
「に、二度と掛けるなー!!!!」
『さすがに毎日は無理だ』
「言葉のキャッチボールをしろ!」
『君の知らない癖を一つ、教えてやろうか?』
「あ、あんまり聞きたくない…………」
『君が本気で嫌だと思っている時は、とても冷静に切り返すのだよ』
「……………………」
『感情的な時点で、意地を張っても無意味だ』


そういって、ひどく幸せそうな吐息が聞こえる。
きっと、彼は笑っているのだろう。
いつもはひび割れたように深く皺を刻んだ眉間すら、解いて。

自分に思われたという、それだけで。
彼はひどく幸せな顔を、する。

そうしてそれに感化されたように、ほころぶものが、ある。


………だから、携帯電話は嫌いなんだ。







 凄いなー……これだけの会話文を私が書いたよ。あの、会話を小説中にいかに入れるかを悩むような私が。
 顔が見えないとちょっとばかり立場が逆転します。成歩堂は相手の表情を見ながら看破するタイプなので、電話だとそれがうまく出来ないのですね。
 逆に御剣は成歩堂の表情に狼狽えることが無いので結構冷静に発言を分析出来る。
 ………頭、悪くないのよ、うちの御剣。普段子供のようだけど。
 純粋に相手のことを思いたいと思って、そのせいで空回りしちゃうだけで。一歩後ろにいってちゃんと見遣ってみればこの程度のことは出来るのです。
 …………………つまり普段は近くに行き過ぎてあっぷあっぷと溺れちゃっているわけですね。
 器用なのか不器用なのか悩む人だ、御剣……………

07.9.14