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時を重ねて
意志を添わせて
ただ傍にいる

それは苦痛ではなくて
それは強制ではなくて
それは不可抗力ですら、ない

ただ願い 望み 求めた
それだけのこと

だから怯えないで
人が完全に誰かのものになることはないけれど
それでも、ほら
こうして、一緒に居ることは出来るのだから

君の時間と僕の時間
一緒に溶け合って重なりゆけば
ゆっくり少しずつ、互いを思う領域が深まるよ

そうやって、少しずつ、一緒に歩こうよ



6.写真



 どこか途方に暮れたような顔をしている彼に、首を傾げてしまう。
 しげしげと自分自身を見下ろして何かあったかと確認するが、何もない。普段通りの青いスーツに相変わらずのギザギザ頭。手にした鞄もいつもと同じものだ。
 そこまで確認したとき、思い当たる。普段とは違うものが一緒に携えられていたことを。
 それはアルバム、だった。
 ふと思いついたそれを確認するように、持ち手を変えてみる。すると面白いほど顕著に彼の視線はアルバムを追いかけた。
 吹き出すことをどうにか耐えて鞄とともに持っていたアルバムを持ち上げ、トンとそれで彼の肩を叩いた。
 「なに、御剣。君もアルバムなんかに興味あるわけ?」
 少しからかうような声に相手はぐっと息を詰まらせる。バレているとは思っていなかったのだろう、あんなにもあからさまにどう伝えればいいか解らないと途方に暮れた顔をしておきながら。
 思いながら、けれどそれは口にはせず、歩き始めた。彼がそれに倣うように横を歩く。ちらりとまた自分に視線を向ける。否、正確には手元、か。
 うろちょろとする視線と何か言おうと思って口を開いてはまた閉じる仕草を繰り返す彼に目を向けて、少しだけ窘めるような声でもって、彼が言いたいのだろうことを告げた。
 「取り合えず、帰ってからな」
 いまここで問答する意味もないし、見せる程度のことは気にしない。だから許諾するようにそう笑んで伝えれば、隣の気配は安堵とともに喜色を示して、ちらりと視界に入れたその顔は、ひどく嬉しそうだった。
 たかが写真……しかも過去の過ぎ去ったものでしかない写真を見ることをそこまで喜ぶものなのかと、少しだけ驚いてしまう。
 だから自分は淡白だと言われるのかと、相手が気づいていない部分の大雑把さを自覚して、苦笑した。


 自宅に辿り着き彼を招き入れ、一応と紅茶を煎れようと立ち上がる。ついでなのでスーツから部屋着に着替えようと思い、時間を換算して、どうせ一人で待たせるならと鞄とともに床に置いたアルバムをまた取り上げた。
 自分が立ち回っている間は同じように座る場所を考えあぐねているのか立ち尽くしている背後の相手に、座るように指で示してテーブルの上にアルバムを置いた。
 きちんと子供のような行儀の良さで座った相手は、けれどやはりまた途方に暮れた顔をする。むしろそれは……おあずけをくらった子犬のような気さえして、首を傾げた。
 目を瞬かせて彼を見ていると、躊躇ったままの声で、こちらの真意を窺うようにそっと問いかけてくる。
 「…………これは、見てもいい、ということだろうか…………?」
 「当たり前だろ」
 そうでもないのに何故見たがっていた相手の目の前にアルバムを置くのだと、驚いたようにあっさりと返す。その拍子抜けするほどの返答に彼は困ったような顔で自分とアルバムとを交互に見遣っていた。
 いまいち彼の行動原理が解らないのは今に始まったことではないけれど、それにしても相変わらず自分にとっては謎の理由で躊躇ったり不貞腐れたりと忙しい相手だ。ゆっくりと彼の行動と性格を重ね合わせて思い返す。何故こんな風に躊躇うのか、見たいと我が侭を言うくらい、普段の彼ならやってのけるに決まっているというのに。
 そうして、思い出す。…………彼との共通の時間の少なさと、その後の自分たちの意志の疎通の断絶を。
 あるいはそれを痛んでいるのだろうか。自ら切り捨てた筈の相手の、その頃のことを知りたいなど、自分に対して失礼だとでも思っているのか。もしもその頃送った手紙に返信していれば、確かにそのアルバムの中の時間は、彼と共有していた時間だっただろう。そして写真を眺めながら他愛無い思い出話を花咲かせること出来ただろう。
 それが出来ないのは、ひとえに拒絶し続けていた彼に起因すると、思っているのだろうか。
 …………そんなこと、今更気になどしないというのに。
 仕方なしに、彼が思い悩む面とはまるで違う方向の話を、唐突に切り出した。
 「ただし、絶対に笑うなよ?」
 「………………?」
 「……いや、アルバム自体さ、真宵ちゃんと春美ちゃんにせがまれて持ってきたんだけど」
 嘆息しながら、何故事務所にそんなものを抱えてきたかを説明する。きっと彼もその点は不思議だったのだろう、特に先を急がせることもなく、こちらの話を聞いてくれた。
 理由は単純なものだった。たまたま春美の小学校の運動会が先日あって、その時の写真を持ち出したのがきっかけだ。真宵の写真も何故か現れ、更には用意していない自分が叱られてしまった。………持ち寄る話など聞いてもいないのだから無理だと憮然としてみれば、それならば後日持ってくるように指令が下された。
 当然面倒だからと渋ったけれど、はしゃいで楽しんでいる春美とそれを助長させるように同じく浮かれている真宵を見ているとそれ以上の拒否も出来ず、結局実家から適当な写真を送ってもらうことにしたのだ。が、自分同様にあまり物事を細かく見ない親は、多い方がいいだろうと何冊かのアルバムを送ってきたのだ。
 ………それが郵送されてきた時の途方に暮れた思いを、どう表現すればいいのか自分には解らないほどだ。
 「まあ……だから、それ以外にも見たきゃあることはあるよ。正直邪魔なんだけどね、アルバムなんて………」
 げんなりとした顔でことの経緯を示してみれば、彼は至極真面目そうに頷いて手の中のアルバムの表紙を見つめている。それがいつの年代のものかを悩んでいるのだろうか。首を傾げて、取り合えずの補足をした。
 「で、まあそれは高校と大学の分。案外大きくなると撮らないもんだよな、写真」
 それ一冊で収まったと見遣ったアルバムは、それでも一番の容量を誇るアルバムなので、あるいは多い方なのかも知れない。もっとも、原因は自分以外にあるのだけれど。
 「…………で?」
 「ん?」
 「先ほど、笑うなと」
 「ああ、それか。まあ見ていけば解るんだけどさ、僕、大学で演劇やっていたから舞台での写真もあるんだよ。真宵ちゃんが大笑いしてくれたからさ」
 さすがに恥ずかしかったと憮然とした顔でいってはみたけれど、思い出したせいで少し赤らんだ頬では迫力はなかっただろう。事実、目の前の男は微笑ましそうな顔で小さく笑ったのだから。それを軽く睨みつけてから、他のアルバムの置かれている場所も教えて、すぐに部屋から出て行った。これ以上同じ空間にいると、おそらくは意地の悪いからかいを振る舞われることは目に見えていたからだ。
 ひどく遠慮深そうなことを言うくせに、その実、彼は我が侭で我が強い。許されたのだと知ればなかなか尊大だ。牽制と嗜めとをもって自分がそれをセーブさせていることは、恐らくはあまり自覚がないのだろうけれど。
 湯を沸かしている間に着替えを済ませ、教わった通りよりは若干手際の悪い間を空けながら紅茶を煎れる。彼が来ると紅茶党でもない自分も同じく紅茶を飲むことが多い。単純に、別のものを煎れることが面倒だという、それだけなのだが。
 実際同じものを飲んでいると嬉しそうなので特に気にせずにいるけれど、あるいは紅茶が好きになったと勘違いはしているのかも知れない。明らかに彼用としては量の多い茶葉を持参されることがしばしばあるのだから。
 それはそれで事務所に使い回しさせてはもらっているけれど、そろそろ釘を刺しておかなくては悪化しそうな気もする。凹ませない程度に注意を促すのも楽じゃないと苦笑しながら紅茶をもって彼の元に戻ると、真剣な顔でアルバムを魅入っている姿が目に映った。
 そこまで食い入るように見るようなものではないと思いながら、彼の元に一つカップを置き、自分は対面に座って逆さまに目に写る写真たちをぼんやりと眺めた。他愛無い写真だ。それぞれの行事ごとのものと、どこかに遊びに行った時の写真。どうしても大抵の写真に矢張も写っていたりして、騒動があった思い出も触発されるのが玉に傷だけれど。
 「……………君は」
 「うん?」
 ぽつりと呟いた声は、もしかしたらただの独り言だったのかも知れない。首を振られれば流しておこうと思い答えた声に、彼が顔を顰めてこちらを見遣った。多分、不快ではなく、困惑の顔だろう。
 少しの躊躇いのあと、事実確認をするような平坦な声を作って、彼が問いかけてくる。
 「同じ顔で、笑うのだな」
 「………ああ、やっぱりばれちゃうか」
 彼の言葉に苦笑して応える。彼は不可解そうに眉を顰めたけれど、自分にとってはさしておかしな話ではなかった。
 どうしても写真が苦手で、カメラを向けられて笑えと促されると、いつも同じ作り笑いになってしまう。そればかりはどうしようもなくて、だからこそ、あまりアルバムを見返す気にもならなかった。それは随分小さい頃から同じだったらしく、カメラ目線の写真は大抵が困惑した顔か笑うのに失敗しているか、笑おうとして笑った顔だ。どれも子供らしくないし、可愛げもない。
 だからこそまだマシだと思ったそのアルバムをもって行ったのだ。その理由も、決して大人となったから、ではないのだけれど。
 「どうも写真が好きじゃなくてさ。そのせいかカメラ向けられるのにも敏感で、すぐ気づいちゃうしね」
 だけど、と言葉を次げて、彼が開いていたページより何ページも先をぱらぱらとめくり、目的の場所を探し出す。
 なんだか消沈した顔の彼を少しだけ可笑しく感じながら、喜ぶか憮然とするか解らないそのページを開いた。それはなんてことはない遊びに行った先の写真だけれど、明らかにいままで彼が見たページの顔とは違う。喜怒哀楽に染まった表情で、くるくると変わるその顔を切り抜いたように感情豊かな写真。
 案の定相手は驚いたように軽く目を見開いている。それを確認しながら、溜め息のような息を落として、仕方なさそうな説明を加えた。
 「一時期さ、矢張がカメラに凝った時期があったんだよ。まあ彼女を撮るって騒いでだけど。で、その練習台にされたんだよね」
 どこに行くにもカメラがあって、しかも腹立たしいことにこちらが油断する瞬間を狙うのだ。おかげで間の抜けた顔が大量に存在していてあまり自分では見返したくはない。それでも親には大好評で、こんな風に後半部分を彼の撮った写真で埋め尽くされるようなアルバムが出来上がってしまったのだけれど。
 その一時期ほどではないけれど、やはりどこかに行けば何枚かは撮られるようになっていて、いつの間にやらその量は膨大になっていた。写真が好きじゃないからと断っていたのにその量が減らなかった原因は、確実にこれのせいだろう。
 そんなことをぼやくと、彼は何かを思い悩むように眉を顰めて俯いている。それは手の中の写真を見ているようにも、まるで違う何かを考えているようにも見えた。
 「………御剣?」
 どちらかを判断しかねて、ただ、彼の名を呼んだ。
 それに答えるように視線を持ち上げ、自分を映した彼は、躊躇いながらもその口を開く。
 「…………君は矢張といつも一緒だったのだな」
 それは当然なのかも知れないけれど、と。ニュアンスだけで響かせて、彼は不機嫌になることを押し止めるように唇を引き結んだ。
 その時間をともに出来なかった要因を彼は知っていて、自覚もあって、それを悔いることが出来たとしてももう戻らない時間であることも、解っている。たとえ同じ時間に戻ったとしてもきっと彼は同じ選択しか出来ないだろうし、自分もそれは納得している。けれど、それで感情までも押さえられるほど器用な人間はそうはいない。
 苦笑して、彼を見る。………居たたまれなかったのか、彼が視線を逸らした。
 「矢張が羨ましい?」
 からかう声でそんなことを告げれば、逸らされた視線が細まり不機嫌に睨む目線になっている。それでも自分に向けられないのは、与えたい相手が自分ではなくその対象であるからなのだろう。お気の毒にと、たいした同情もせずに八つ当たりされるだろう矢張を思う。
 それでも一応のフォローとして、緩和策くらいは与えておこうか、と。
 不貞腐れ始めた、外見とはまるで中身の違う目の前の相手に笑いかけた。
 「ま、それなら、気に入ったのあればいいよ、一枚くらい持っていっても」
 同じ時間はもう二度と共有は出来ないけれど、それを思っていることくらいは出来るだろう。もっとも、男が男の写真を欲しがるというのもそれはそれで奇妙な気がしなくもないけれど。
 所望しなければそれはそれでいいし、欲しがれば与えればいい。その程度の感覚で告げた言葉に、相手は弾かれるように自分を見て、目に見えて瞠目した。まるであり得ない現実でも見遣ったような驚愕の顔に、こちらが驚いてしまう。
 「な、なんだよ、そこまで驚くか?別に強制じゃないから、いらなければそれはそれで……」
 「いや、欲しいのだが!そうではなくて、いいのか?君はその、あまり外見をいわれることは………」
 「うん、からかわれるのもそれだけ評価されるのも嫌いだけど、別に写真くらいどうでもいいよ」
 撮られるのが嫌いであってそれを所有されることは自分が把握している範囲であれば気にはしない。自分の言葉を遮ってまで主張されることかとも思ったけれど敢えてそこには触れず、単純な見解を示せば、やはり困惑したような顔で自分を見つめた。
 それでも笑んで頷き許諾を示せば、目に見えて嬉しそうな笑顔が浮かぶ。相変わらず彼の笑顔を見ることに慣れない身としては、ほころぶ優しい笑みはあまり心臓にいいものではなかったけれど。
 たかが写真で、しかもそれが自分のことで。
 ………それなのにこんなにも相手が嬉しいと示してくれるから、息も出来なくなりそうだ。
 顔を逸らしてほてりそうな頬をどうにか押さえている間、彼は一枚一枚を吟味するようにアルバムを見つめていた。
 遠い過去ともいえるくらい、昔の写真。もう戻らない時間だけれど、こんな風に重ねることも出来るのだろう。
 交わることは出来ないけれど、共有することも出来なかったけれど。
 それでもこうして、互いが互いを思い、差し出し合えば、きっと重なり合い、増えていくのだろう。
 躊躇いながら惑いながら、それでも歩む彼の歩に、自分も添わせて歩めればいい。


 そうやって、同じ時間を過ごせたなら。
 彼が失い続けた幸を、手にすることが出来るだろう。



 そんな優しい未来を夢想しながら、写真を見る幼くさえ写る彼の仕草を、見つめた。

 ………この穏やかな時間が少しでも続けばいいと、思いながら。








 なんだかね、私には解らない感覚ですが、好きな相手の写真は欲しいそうですね。そういうものかと不可解にも思いましたが、まあそういう要素で刺激を受けて相手の仕草や意志を思い出すなら、必要なのだろうか。
 …………やっぱりよく解らないな…(悩)
 そんな話がチャット内で出てきたので、ちょろりと書いてみました。矢張が御剣に睨み殺されそうだよね☆うちの御剣は矢張に邪推しないけどさ。

07.10.6