きらめく太陽のような
そんなありふれたフレーズを思い出す
多分、自分は憧れているのだろう
真実だけを見据えて
自身に降り掛かる汚濁すら厭わず
淀むことなく進める、彼に
真逆の立場にいながら
それでもきっと
羨望と畏敬と憧れと
あらゆる感情の坩堝のままに
彼を、見遣るのだろう
7.バッジ
ぼんやりとした眼差しで彼は空を見ていた。
何があるのかと思わず自分も同じ空を見上げるが、そこは曇天が広がるだけで美しくも何ともない灰色ばかりだった。
首を傾げ、一歩歩み寄る。足音に気づいたのか、ちらりと目線だけがこちらに向かった。
「ああ……君か」
一瞬睨まれるかと思ったが、自分を認識すると柔らかな笑みが返された。………未だ慣れない、優しい感情だ。
いっそ昔の時のように斬りつけられた方が、まだ楽だろうか。そんなことを考えながら、けれど自分は彼に憎まれたくはないと矛盾した返答を自身に返す。
「こんな場所でどうかしたんですか?」
裁判所など一般人は来ることはない。用もなく訪れるような場所でもない。まして彼は一時期ここを騒がせていた有名人だ。面倒なことを避けるためにも、彼はずっとここには近づかなかったはずだ。
思い、じっと彼を見つめる。
視線は逸らされることはなかった。もっとも、疚しさもない相手を見つめたところで訝しがることはあっても逸らされることはないだろう。彼は、いつだって相手検事を睨み据えるように見つめ、目を逸らすことのなかった弁護士なのだから。
彼は目を細め、楽しそうに口角を持ち上げる。笑んだその顔のまま、軽口のような他愛なさで、告げた。
「デート」
…………単語でしかない発言に一瞬目が点になった。
自身の耳を疑うように軽く擦り、戸惑うように彼を見ると、やはり楽しそうな目で笑っていて、むっと唇を引き締めてしまう。からかわれたことは、明白だ。
不機嫌を晒した自分に気づいた彼は、やはり笑ったまま、身体を反転させてこちらに向けた。ずっと窓の桟に腕を置き空を眺めていた姿勢から、自分と向き合う姿に変わり、少しだけ息を飲む。
まだ少し、彼と対峙することは難しいのかもしれない。そんなことを思いながら、一瞬跳ねた心臓を落ち着かせるように、息を飲み込む。
その様さえ、恐らくは見えていたのだろう。彼は笑んだままだ。
「からかわないで下さい」
そっとそんな言葉を返せば、彼が苦笑する。
困ったようなその顔に首を傾げれば、軽く手招きをされた。一瞬の、逡巡。彼に近づくことは、躊躇われた。
それは厭っているとか、そんな理由ではなく、緊張するのだ。法廷でさえそんなもの味わったことはなく、コンサートだって充実感の方が上だというのに。
それでも、彼に近づくことは、心臓を圧迫するほど、緊張を呼び寄せる。
躊躇う足先を動かそうとした時、彼が手招きを止めて、軽く首を傾げた。
「ほらね?」
「………は?」
「だから、僕流の緊張緩和術、みたいなものかな?」
唐突な言葉に思考が追いつかない。間の抜けた言葉を返せば、彼は屈託なく笑んでそんなことをいった。
何について言っているのか……一瞬把握しかねて顔を顰めるが、すぐに思い当たり、目を瞬かせる結果になる。それも予測の内だったのだろう、彼は笑みを苦笑にして、両肘を窓の桟に乗せながら身体を寄りかからせた。
仰ぎ見ても曇天しか広がらない空を、彼は目線だけで追うように見遣っていた。
「……………」
それを見つめながら、溜め息が出る。結局、彼には全てばれていたのだ。彼を見つけて声をかけてしまうくせに、緊張して近づけない自分を。
自分にとって彼は、多分タブーでありながら神聖で、決して侵してはいけない聖域や禁域といった類いの厳かさを付加してしまう。
だからそれを少しでも取り払おうと、彼はからかうのだろう。
身勝手に作り上げたカテゴリーに無理矢理おさめようとすることは、自分にも相手にも負担でしかない。あるがままをそのままに受け入れることこそが理想だけれど、未だそれを為すには、自分は歳若く経験不足だ。
軽い溜め息を吐き出して、そっと彼に近づく。同じ窓には無理だけれど、その隣の壁に身体を寄せて、背中を預けた。
それを意外そうに見遣りながら、彼は目を瞬かせている。無理強いしたと考えたのか、少しだけ視線が泳いで、何かを考える風だった。
それに内心苦笑しながら、少しだけ干上がる喉を湿らせるようにゆっくりと呼気を吸い込み、彼に声を掛ける。
「なら……改めて、『こんな場所でどうしたんですか』?」
もう一度初めから質問をやり直し、彼に笑いかける。
多分、ぎこちない笑みだったことだろう。けれど彼は優しく目を細めて笑んでくれた。
「うーん……まあ君は検事だし、いいか」
「?」
「過去の判例の調査だよ。いくつか疑問を残すものがあるから調べてくれって依頼が来たから」
こともなげにあっさりとした口調で、彼は重要機密というべき事柄をいってのけた。ぎょっとして目を見開くが、彼は首を傾げるだけでその驚きを共感はしてくれなかった。
検事だからいい、といったからには、検事側の人間からの依頼だろう。恐らくは、上層部の人間なはずだ。その上で、裁きに過ちがあるかを調査依頼など、自分で自分の首を絞めるようなものだ。一般的に言うなら、愚かな行為だろう。
終わってしまったことならば目を瞑る。善くも悪くもそれが普通だ。誰だって、不要な傷を増やしたいなどとは思わない。
それでも、きっと…………彼は笑んで諾といったのだろう。依頼した本人さえ裁くかもしれない事柄だとしても、真実を知りたいと願う相手に。
止めておけなどと慰めの言葉も与えず、そんな真似をしたくないと拒否することもなく、…………いっそ、礼すら口に乗せて。
呆気にとられて彼を見つめる。………彼だけではなく……彼に重なる、もう一人の人間も含めて、彼らを。
その視線に彼は不思議そうに首を傾げて、そっと空を見上げた。
「そんなに驚くことかい?」
伸び上がった喉のラインが、声を発する度に震えている。
食い入るようにその音を聞く。欠片ほども、響きすら、取り残さないように。
言葉も発せず彼を見つめていれば、すっとその指先が持ち上げられ、指し示された。……否、それはなお動き、自分へと向かう。
そうして、とんと、何かを指先で叩く。僅かに堅い感触が布越しに肌に伝わり、それがなんであるかを示した。
…………検察官記章、俗にいわれる秋霜烈日のバッジ、だ。
視線を下げ、彼の指先に示されたそれを見入る。まだ若いというに十分な頃、自分はそれを手にし、初の法廷で彼と対峙し…………………過ちを、犯した。
彼はそれを許し、厭いもせず自分を傍に寄せてくれる。躊躇う素振りを自分が見せれば、むしろ腕を引くように。
優しい人だ。厳しい、人だ。…………逃げることを許さず、己自身で裁くことを願う人だ。そうして、その結果を受け入れてくれる、人だ。
「そのバッジの意味を知っているなら、当たり前のことだろ?」
旭日と菊の花弁と葉をあしらったデザイン。その様が広がる霜と日差しに例えられ、秋霜烈日章の名を招いた、バッジ。検事の職務と理想像を表した、その名。
身につけるからには、常に意識しなくてはいけない事柄だ。自分の言動が、誰かの人生を狂わせる。あるいは、罰を受けるべき人間を逃してしまう。自分たちは、他人の人生を基盤とした職務についているのだから。
「解って……いますよ」
それでも告げた言葉には苦さが内包される。
自分の始まりは、過ちだった。その過ちを糾弾するものはいなく、裁くべき人が真っ先に許してしまった。………ただ自分が真実を見ようと怯えながら立ち上がった、それだけの事実で。
自分はまだ、覚悟が足りないのだろう。罪を暴きそれを受け止める、柔軟性が。
罪を犯した自覚さえなく、罪を犯した過去を持つからこそ…………罪人を裁くことではなく、真実を知ることにシフトが寄る。言い換えてしまえば、裁く権利がこの腕にあるなど、思えない。
視線が揺れる。彼を見つめていたそれをそっとずらし、窓の先の曇天を見つめた。
いっそ裁かれれば楽なのだろうか。裁くことがないと解っている相手に、意味のないことを願いそうになる。
………ただ彼は、願うだけだ。
このバッジを身につけるに足る人物であれ、と。
何も言わず、何も押し付けず、ただ至極当然のような世間話の一環で、不意にそっとそれを零すだけ、だ。
気づかなくても何も言わず、いつか気づくその時まで、ただ願うのだろう。方向を指し示し、その道を振り返れと、他愛無い日常の一コマで不意に教えながら。
ずっと………そんな風だったのだろう。彼の胸にも別種の記章が輝いていた、そんな昔から。
「君はまだ若いから」
曇天を同じように眺めながら、彼が囁く。
「間違っても失敗しても、上の人間がちゃんと教えてくれるよ」
そうしてゆっくり成長すればいいのだ、と。まるで懐かしい昔語りでもするように、そんなことをいって、彼は楽しそうに目を細めた。
彼の脳裏にはなにが広がっているのだろうか。………弁護士であった頃の、記憶だろうか。
検事と弁護士という亀裂とも言うべき壁を取り払い、真実を見つけ出すために弁論する、彼らの法廷記録を思い出す。
真実が欲しいと、初めての法廷の頃から彼はずっと戦っていた。きっとそれは希有なことだろう。自身の職務ではなく、ただ信じるべき道を信じ、事実を突きつける。
それは厳かで、優しくて…………何よりも絶対的に厳しく激しい、意志だ。
「………肝に銘じておきますよ」
間違いも失敗も人の人生を左右するのだから、と。彼が調査したのだろう足下に置かれた鞄を見遣る。
結果がどうであったか、聞きはしなかった。聞いても彼は答えないだろう。それこそ、守秘義務があるのだ。どんな立場であろうと、彼がそれを犯すとも思えない。
曇天を見つめる彼を、見遣る。懐かしそうに何かを見つめるその視線。日差しなど無く、少し肌寒いくらいだが窓からの寒気さえなければ室内は暖かい。
それでも、その姿が、重なる。
きっと自分は彼に重ねてしまうのだろう。秋霜烈日の、その意味を。思い、そっと目を閉ざす。彼はこの先、検事にだけはなることは無いだろう。彼は信じることをよしとして、味方のいない孤独な人を守ることを願うから。
ただ、その真実を追究するためのパートナーを、願っている。弁護士にとっての検事は敵ではなく、正しい道を指し示すための、仲間なのだろう。
間違っても失敗してもいいのだと、彼はいい
そしてきっと、事実そうあっても、彼は認め先を示すのだろう
過ちを見据え、対峙する覚悟を持つなら
彼はきっと、拒みも否定もしないのだ
だからこそ、きっと、こんなにも
歯痒く切なく、彼を見るものが、増えるのだ…………………
恐らく検事という職種に限定して好きな検事をあげろと言われたら、響也さんをあげますよ。
だって一番理想的な検事だったから。御剣はまあ………ほら、『蘇る〜』の時の初対面が悪かった! 喧嘩売ってんのかと言いそうになりましたから。裏取引持ち出されてそれに従うなよ!
旧友のこと殺す気かとかなり苛立ちながらプレーしました。まあ最終的にこの子放って置いたらなにしだすか解らないよ、と子供を見る目線になってしまいましたがね。
そんな奴なので4をプレーして真っ先に思ったのはオドロキくんが羨ましい、ですよ。優しい検事だよ。有罪無罪関係なしに真実探してくれているよ。いい人だよ。
でもそんな響也さんの始まりは過ちだらけで(笑)その辺り気にして引き摺ってちょっと成歩堂に負い目がありますが、成歩堂が気にしないでいいと平然と腕引っ張ってます。子供が落ち込むのは嫌いなのですよ、うちの成歩堂。
そして面白くなさそうな顔で不貞腐れる御剣もどっかにいると思います。そしてそれも仕方ないなぁと慰めている(笑)
07.9.18