窓の外では深々と雪が降っていた。世界の音を吸収しているかのように、真っ白な雪の中、なんの音も聞こえなかった。
 室内では、微かに火の爆ぜる音がする。が、それ以外に音はなく、外の世界と同じく無音だった。
 そこにいたのは、少年と青年だけだった。
 まだ暖まりきらない室内で、同じ毛布にくるまって、暖炉の火を見るともなく眺めている。
 「………ずっと、不思議だったんですよね」
 不意に、少年が囁いた。暖炉の火のように微かに揺れた音。
 繋がりのない言葉は、どこか楽しげなのに、幽かな影が忍んで聞こえ、応える青年の音もささやかな音色に変えた。
 「なにがさ?」
 それでも答えた声はどこかのんきな響きを孕んでいた。
 ………少年の言葉に潜むものさえ温めるように、柔らかく細められた隻眼が優しく揺らめいている。
 それを微笑みで見つめながら、少年はそっと窓の外を見つめた。視界の外、窓枠に収められた下界の風景は、無音のまま静々と純白に染められていく。
 「僕への預言。…………知ってますか?」
 不意に窓から離れた眼差しが隠され、落とされた目蓋のまま、少年は隣に座る青年の肩に頭を寄りかからせた。
 そうして、少年が問いかける。まっさらなままの声は今だ幼さを秘めていた。
 その言葉は問いかけでありながら、響きには欠片ほどの疑念もなかったけれど。
 「時の破壊者を生む、ってやつさ?」
 その響きに苦笑しながら、青年は当たり前のように諳じた。
 当然だ。彼の本職を考えたなら知らぬ筈がない。ましてや、彼の師は初めて出会った時にその事を話題にしたのだから。
 だからこその解答に少年は満足そうに頷いた。
 「はい。でも、不思議じゃありませんでしたか?」
 ひどく穏やかなその声に、青年は躊躇いがちに彼の顔を覗こうと身じろいだ。
 この話題は、決して彼にとって楽しいものである筈がない。
 思い、身勝手に蘇る、脳裏の記録。項垂れた少年の細い首。か細く呟かれた、泣き濡れた子供の、親を呼ぶ声音。
 全部記録した。口も挟まず、労りもせず。ただ無機質な眼差しで、事実だけを。
 きっと怖かっただろう、その眼差しすら、この少年はすでに許し、こうして傍らにある事を拒まないけれど。
 落とされた目蓋のまま、そっと少年の唇が開かれた。色素の薄い肌と同じように、微かに色づいただけの唇。
 まだ、寒いのだろうか。もっと火を焼べようか。考えながら、それらが無意味である事を青年は知っていた。
 …………身体をあたためてもあたたまらない、その心がきっと、その色を青ざめさせているのだから。
 「こういう場合、普通はなるって言われると思うんです」
 呟く声は間違え探しの解答を見つけたように軽く明るい。その癖、ささやかなほど静かだ。
 ちらりと眼下の白い髪を見下ろすが、気配同様、柔らかいばかりで冷たさを教えない。外に降る雪とはまるで違う色のようだ。
 それなのに、ひどく彼は凍えているように感じて、不安が募る。
 「でも、生む?」
 彼の音を邪魔しないように小さく答えれば、彼は仄かに首を揺らした。
 「僕が女性なら解るんです。生んだ子供がそうなるんだろうって。でも、僕は男です」
 「子供がそうなるにしても、この言い回しはおかしいって?」
 「だから不思議で。なんで、生む、なのか。初めはイノセンスの成長から僕がそうなるのかなって、思いました。………でも、最近、解った気がしませんか」
 煌めく眼差しが、目蓋の檻から解放された。
 頤を上げ、少年は青年を見つめた。その眼差しに悲嘆はない。
 どこまでも澄み渡った銀灰色。それは雪よりなお鮮やかに穢れなさを称えた。
 「………言いたい事は解るけど、納得する気にならないさ」
 少年の言外の言葉を聞き取れる青年は、眉を顰めて呟いた。
 そうして、呟いた己の声に驚いた。………声が険しさを孕んだのは仕方がないと、胸中で舌打ちする。
 「そうですね。でも、記録して下さい」
 素っ気なく答えた青年に少年は苦笑し、そっと囁いた。
 当たり前のように告げる言葉は、まるで重さを感じさせない軽やかな響きだ。
 「……アレン」
 青年が低く彼の名を呼んだ。咎めるように鋭い音色を、けれど少年は気づかないかのように取り合わない。
 「僕が十四番目を生む身体だとしても」
 歌うように淀みなく、まるで幾度もそれを囁いたかのように滑らかな少年の声。
 「アレン」
 その静けさの意味を厭うように少年を呼ぶ青年の声が掠れて落ちた。
 情けなく眉が垂れそうだ。気力だけでそれを押さえ込み、青年は傍らの温もりを確かめるように腕の中に招き寄せた。
 「……全部、見ていてください。最期まで」
 拒まなかった肢体は、けれど紡ぐ音だけは残酷に響かせた。
 「アレン!」
 喉が詰まるような、悲鳴じみた声が隠しようもなく零れる。
 泣き出しそうな隻眼を見上げ、腕の中、少年はそっと吐息を落とす。
 あたたかい体温。温もりに満ちた音色。………自分には過ぎた贈り物だ。
 そんな、言ったならなお悲しませる言葉は飲み込み、少年はそっと青年の頬を撫でた。
 暖炉の火の明暗が微かに映る眼差しは、今だ泣くように揺れている。
 「………大丈夫、そんな簡単な明け渡しませんよ」
 だからそんなにも不安に染まらないで、と。少年は真っ直ぐに青年を見つめて囁いた。
 「だから最期まで。僕が僕であり続けるために」
 あなたの眼差しの先、変わる事なく存在してみせるから、と。
 笑んだ少年は悲しむ瞳を掬い取るように口吻けた。
 瞬きの先、鮮やかに変わった視界の中に柔らかな少年の微笑みが映し出された。
 「十四番目を打ち破るのを、記録して下さい」
 それは諦めたものの笑みではなかった。どれ程打ちのめされようと、傷つこうと、前を見据え進んできた、至純の灯火。
 「………ん、それなら、するさ」
 その言葉の虚しさを知りながら、それでも青年は答えた。
 目の前の少年が抱える全ては、きっとこの世界の中で危うく揺らめく業火だ。
 それを手繰る指先が、この優しさを失わぬ少年である事をこそ、称えるべきか。あるいは、嘆くべきだろうか。
 嬉しそうに細められた少年の瞳の中、鮮やかに火が灯る。
 暖炉の移し火の筈のそれは、けれどどこか物悲しく揺らめいた。
 それを捕えたくて、青年は少年の肩に顔を埋めた。甘える仕草の中、彼を留める術を探す。
 誰かのためにばかりその身を捧げて戦う少年。この先の激戦の最中すら、きっとその悪癖はなくならない。
 これ程不安定に揺らめく癖に、まるで何事もないかのように笑むのだから、不安とて募るのだ。
 「なら、離れないで。……アレンはすぐ突っ走るから心配さ」
 自分に全てを記録し生きて欲しいと願うなら、彼もまた生きなくてはいけない。対象物もなく、記録者は存在し得ない。
 だから、生きて。何があろうと、どんな姿であろうと。
 その危ういままに煌めき揺るがない、生粋の魂を携えて、生きて。
 「………そっくりそのまま返しますよ」
 青年の言葉に隠された思いに泣きそうに顔を歪め、少年は小さな吐息を落としながら呟いた。
 生きてくれるといい。この先の残酷な時間さえ、乗り越えて。
 壊れる事も閉じ籠る事もなく、その鮮やかさを曇らする事なく、生き抜いて欲しい。
 その為の基盤になるとしても、構わないから。

 それでも、残酷な祈りは心の闇の奥底に沈めよう。

 優しい未来をこそ、見据えて。

 その為に進み、生き抜いてみよう。

 傍らの温もりが涙に溺れぬよう、生ききってみよう。

 

 背負うものはきっと、永遠に変わらないのだろうけれど…………

 

 








 まあ実際、14番目に身体明け渡しかけた時にアレンを引き戻したのは左目………マナでしたけどね!
 それはそれで私としてはとても素敵な絆なのでよし!!(オイ)

 携帯でポチポチ打ってました、これは。
 なんで若干雰囲気が違う……かなぁ??(疑)
 実はこれ、なんか長編書いた時にでも組み込もうと思っていたネタなのですが。
 今書いている『あなたがあなたである為に捧げる祈り』には一切入る込む余地がないので単独で書きました(笑)
 ………場所設定とか時間軸とか丸っとどこにも記入していないのはそんな理由です(オイ)
 なんか長編書いた時に組み込めそうだと思った時は、適当に手直しして組み込みますが。それまでは単独でご賞味下さいませ☆

10.12.1