この身が、土となり肥やしとなり
水となり、陽射しとなって
埋めた種を開花させ、生育し

そうして、その花を実らせればいいのに。

今だ綻びを知らない未開花の花
美しく震える花弁は、戸惑うばかり
それでも触れるぬくもりに
ふわり、花弁を揺らしてみせる

この身が、土となり肥やしとなり
水となり、陽射しとなって
君を咲き誇らせる事が出来ればいい

愛しい、腕の中の未成熟な花





綻ぶ蕾のように



 教団を囲む森の中、特にやる事もなく、少年は鍛練で疲れきった身体を休ませていた。
 ぼんやりした意識の先、不意に鮮やかな音色が響く。
 「アレン!や〜っと見つけたさ」
 駆ける足取りと、少し弾ませた呼吸。声とともに突然木の隙間から現れた青年が、かなりの運動量を要して自分を見つけたらしい様子に、少年は目を瞬かせた。
 「あれ、ラビ。どうかしたんですか、随分慌てて」
 急な任務だろうか。しかし、それならば鍛練の時に声を掛けられる筈だ。
 何か危急の用………というには、青年の表情は明るく笑んでいてそぐわない。
 どうしたのかと不思議そうに青年を見上げれば、彼は少年の隣、滑らかな足取りで近付いて腰を下ろした。
 「いんや、ただアレン探してただけさ♪」
 そう笑んで答えた青年は、もう弾んでいた息が整っている。それに驚いて目を瞬かせれば、気付いた青年がからかうようにその鼻先を爪弾いた。
 これくらい、青年にとっては当たり前の事なのだと、解っているけれどどうしたって驚いてしまう。まだまだ組み手で彼に敵う日は遠そうだ。
 「僕、ですか?何か用ですか?」
 少年は鼻先を指先で覆いながら、恨めしげにジトッと睨んだ。…………微かな痛みに文句の声を上げても、無意味だ。彼はこちらが許せる範囲の悪戯しかしない。そうした点はそつがないのだ。
 軽く吐いた溜め息で、告げない文句を表しながら問う少年に、青年は楽しそうに笑んで首を傾げた。
 「用っていうか、まあ………またちょっと、出掛けるからさ」
 「あ、任務ですか」
 自分ではなく、青年に。最近は滅多に彼らと組む事がない。けれど、それは珍しい事でもないようだ。
 彼らは本職との兼ね合いもあり、師弟二人での任務が多い。ただでさえ人数の少ないエクソシストだ。チームワークを駆使すれば単独の数倍は戦闘値の上がる師弟は、専ら二人での任務に駆り出され、その合間、本職をこなしている。……否、あるいは逆かもしれないけれど。
 「今回は本職さ。場所確定が出来次第だから、今夜中かもなー、出るの」
 随分とあっさりした少年の言葉に、青年は苦笑して、軽い溜め息を漏らす。
 この様子では、どうして自分がこんなところまで少年を捜しにきたか、気付いてはいないようだ。この結果は十分予想していたけれど、あまりに想像通り過ぎて笑みが洩れてしまう。
 「そうですか……気を付けてくださいね」
 残念そうな声で呟くのは、あるいは進歩だろうか。思いながら、そっと青年は少年の肩に腕を回した。
 腕一本で容易く包める薄い背中だ。掴んだ肩をそっと自分の方に引き寄せれば、目を瞬かせた少年が固まってしまった。
 ………まったく予想もしなかった、というその様子に、危うく吹き出すところだった。
 「だから、さ、それまで自由時間もぎ取ったんさ♪」
 意味解る?と、クスクス笑いながらそっと彼の顳かみに自分の顳かみを押し付けてみる。トクトクと柔らかく脈打つ筈のそこは、まるで短距離走直後のように早く脈打っていた。
 それに笑み、嬉しそうに青年は少年を見下ろす。真っ赤になった少年の白い肌が、真っ白な髪の合間、覗いて見えた。
 「へ…ぇ?あ、の?」
 「だから、アレン探してたんさ」
 戸惑い、まともに思考など出来ない様子の少年は、困ったようにキョロキョロと意味もなく首を廻らせた。が、どう足掻いても青年の腕の中、抜け出せない事を悟ると丸まるように俯いてしまう。
 その綺麗な項に口吻けようとして………流石に驚かせるかと自嘲する。代わりに、肩を抱いた腕を更に強め、身体を反転させて、引き寄せた少年の身体を、隣同士座る体勢から、腕の中、横抱きに出来るように変えた。
 こちらの方が、ずっとよく少年の顔が覗けて、嬉しそうに青年は垂れ目を柔らかく細めて見つめた。
 「探したの、アレンを。だって、あともう何時間かしたら、行っちゃうし?」
 愛しいと想う相手がいるのに、その人に会わずに長い間離れ離れなんて、耐えられない、と。柔らかく綻ぶ新緑が、腕の中に収められた存在を喜ぶように煌めいた。
 腕の中、突然体勢を変えられた少年は驚きについ青年を見上げていたけれど、その間近過ぎる眼差しの柔らかさに、子供のように震えてまた俯いてしまう。
 …………きっと、許容量オーバーだ。愛しいと、囁けば囁く程、彼は戸惑って縮こまってしまう。
 それでも、その隙間、微かにほんの少し、垣間見せる喜びの情。
 多分、自分達の血族でなければ解らないくらいの微細さで晒されるそれは、俯く間際のその一瞬、溢れるものに泣き出しそうな程の、感極まった戸惑いの綻び。
 まだまだ人の情に疎い少年は、触れる喜びにも慣れず、伸ばす腕を受け入れても恥ずかしさの方が先に立ってしまう。
 まったくの無垢の、子供だ。よくここまで人に攫われずに育ったものだと思うけれど、彼自身がきっと、人から離れ生きてきたのだろう事を思えば、あまり喜ぶ事でもないかもしれない。
 思い、青年はそんな今までの分も与えるように、腕の中で固まってしまった少年の髪に、そっと口吻けた。
 きっとそうされる事は解っていたのだろう。驚く事もなかった肩がおずおずと動き、自身を抱きかかえる腕にそっと指先を添えた。
 「やっぱ気付かんかったさ、アレン」
 やっと自分が少年を捜したかった理由が解ったらしいその仕草に、青年が破顔する。顔を見上げられない少年は、俯いたまま、それでもその声だけで十分伝わる喜色に打ち震えるようにして耐えていた。
 …………こんな時、感受性が豊かなのは、幸か不幸か、判断に困る。この少年はこんな気配だけで、溢れてしまうくらいにこちらの情を受け止めてしまって、処理し切れなくて。彼はいつも、一杯一杯だ。
 そう思いながら、もう一度……今度は耳の裏側、髪の生え際付近にそっと口吻けた。途端に耳が色づき、ぎゅっと縋る指先に力が籠った。
 「す、すみません。まだなんか、慣れなくて、そういうの……」
 それでも逃げない四肢は、青年の思いを受け入れるようにずっとそのぬくもりに包まれていた。
 きちんとこちらの情も、自身の情も理解はしている、のだ。ただそれに伴う感情にも鼓動にも意識にも、おそらくは全てに、ついていけなくて。
 …………途方に暮れたように、それを与えた相手を見つめ、微かに震えた手を、戸惑いとともに差し出す以上の何も出来ないでいる。
 それをしっかりと握り締めて笑いかけるのが、自分一人ならいい。思い、青年は嬉しそうに腕の中、その身を捕らえる籠を拒まない少年を抱き締めて唇を寄せた。
 「ハハッ♪いいさ。ちょっとずつ、慣れて?」
 笑みに彩られた音色で歌うように囁いて、そっと頬に触れる唇に、ぎゅっと閉ざされたままの銀灰が、躊躇いがちに覗いた。
 彼はいつもこんな風に、腕の中、捕らえたなら顔中に口吻ける。つい恥ずかしくて俯いてしまう視線を捕らえるように、根気よく何度も、こちらの息が詰まってしまうくらい、沢山。
 解っていて、それでも与えるのだ。もっと沢山自分に慣れてと、子犬のように懐いて、大人のように甘やかす、不思議な人。
 その人を躊躇いがちに見上げながら、ちらり、また周囲を見回す。
 …………きっと人はいないのだろうけれど、ここは外だ。いくら森の中とはいえ、木々はそんなにも都合よく自分達を隠してくれるわけではない。
 こんな風にしているのは、きっと不謹慎で、見られたならはしたない姿……ではないだろうか。
 「えっと、あの、ラ、ビ…………?」
 少し慣れてきたのか、少年の声が大分普段通りのトーンになった。それを見下ろしながら、恥ずかしさに滲んだ涙を舐めとるようにその目元に口吻けた。
 彼が言いたい事、は、もう解る。………解るけれど、また暫くは傍にいられない。こんな時くらい、我が侭は許して欲しかった。
 「ん?」
 睫毛に口吻け、リップ音を置き土産に離れた青年の笑みを、つい正面から眺めてしまった少年は、熟れた頬を持て余して俯き、身体を丸めるようにして小さくなって、ほとんど聞こえない小さな声で囁いた。
 「………近い、です」
 そう、拒むような言葉を告げる癖に。実際少年が今その手に抱きとめているのは、青年の腕だ。それ以外縋るものを知らないのだから、当然だけれど。
 微かに震える少年の指先を見下ろしながら、新緑が柔らかく綻んだ。…………嬉しいと、その眼差しを見つめるだけで囁きかける声が聞こえそうな、そんな笑み。
 「平気。周り、人いないし」
 離さないと教えるように腕の力を強めてみれば、困ったように少年の首が傾げられた。そっとその目元に口吻けてみても、やはり拒む素振りはない。
 どうして、なんて。………聞くだけ野暮だ。それでも困ったように眉を垂らす少年は、口籠りがちな声をなんとか押し出そうと口を開いた。
 「あの、だけど…」
 なんと言えばいいだろうと、戸惑うような揺れる声。そのあどけなさに笑んで、青年は赤く染まったままの頬を軽く突つき、こちらを向くよう誘導した。
 ……………素直に振り向く頤を、そっと摘んで、一瞬だけ掠めて離れた吐息。
 ますます赤くなった少年と、にっこり嬉しそうに笑う青年の顔は、ほんの少し揺れるだけでまた重なりそうに近かった。
 そうして、また触れ合いそうな唇を、青年はうっとりと微笑みに染めて囁きかけた。
 「嫌…………?」
 からかうような、そんな声で問い掛ける青年の意地の悪さに、少年が恨めしそうに睨み上げる。この距離で傍にいる事を拒んでいない相手に、その言葉はずるい。
 「………解ってて聞かないで下さい」
 むくれたような声は、甘く幼い。………全部解っていて、それでもその声で認めて欲しいと願うのは、きっと独占欲だ。
 こんな風に彼が幼い顔を見せるのは、自分一人ならいい。腕の中、捕らえて触れる事が許されるのも、この先自分だけならいい。
 「うん♪だから諦めて?」
 それはもう、色々と。自分以外の人を選ぶのも、もうこの先の未来、有り得ないと思い知ってくれるといい。
 そうして………自分と同じく、染まってくれるといい。この腕無しでは生きられない、それくらいに、溶けてくれるといい。
 まだまだいとけないまま開花しきらない花だけれど、この腕の中、咲く事を知るといい。
 「…我が侭………」
 結局は思い通りに事を運ぶ青年に、不貞腐れたように呟いても、彼は楽しそうに笑うばかりだ。
 さらりとその指先は白い髪を梳き、晒された肌の中、赤く浮かぶペンタクルをなぞった。僅かに俯き困ったように垂らした少年の眉を見つめながら、そっとそのペンタクルに、唇を寄せた。
 「お互い様、さ?」
 そのまま口吻ける事は諦めて、僅かに逸らした唇は、刻まれた悩ましげな眉間の皺に触れた。
 …………いとけなく自分に身を任せても、その左目、たったひとりの人を宿す瞳だけは、許さない。
 解っているから、青年もまた、それと張り合おうとはしないけれど。
 いつか、この少年の全て、手に入れてみせよう。

 

 そう、教えるように、右目に触れた唇。

 甘く甘く、溶かすように優しく、口吻けた。

 

 …………いつか、君を縛る全てから奪ってみせよう

 

 

 どうか、この腕だけを糧に、咲いて。








 キリリク『ラビアレで成立後のラブラブ♪』でした。
 ブックマン出てもOKとも事でしたが(有り難い!)出したら最後、ジジイだけが素敵に終わる気がして止めました。
 なんでこんなにジジイ好きなんだ?(疑問)

 ラブラブ………と言われ。ふと思う。
 ………あれ?ラブラブって、うちの子達出来るっけ?(オイ)
 なので今回、アレンの方を普段より幼めにしてみました☆
 ラビはワンコ度が上がりました☆
 でも結局最後は普段通りだな、オイ。ワンコ度上がろうが、端から見て入り込む隙間なかろうが、ラビに余裕はないようですよ。仕方ない、ラビですもの。

 微妙にラブラブ達成出来ているのか、自分基準だと解らないのですが(汗)
 よろしければ千竜さん、お持ち帰り下さいませ♪

11.3.1