割れた鏡の中 映る君の姿
泣いている 泣いている
細い月をなぞる指
誰を呼んでいるの 消えた恋の背中
何度でも 何度でも
君の窓を叩くから
夜の加速度に 背中押されて
糸が切れる様に
ただ、君を 君を強く 抱いてた
アンバランスなKissを交わして
愛に近づけよ
君の涙も 哀しい嘘も
僕の心に 眠れ
昨日へのMerry-go-round 君を運んでゆく
止めたくて 止めたくて 僕は鍵を探してる
崩れ落ちそうな 空を支えて ひとり立ち尽くす
ただ、君の 君の側に いたいよ
アンバランスなKissで書かれた
ふたりのシナリオ
愛と呼ぶほど 強くなくても
君のすべてが 痛い
ただ、君の 君の側に いたいよ
アンバランスなKissを交わして
愛に近づけよ
君の涙も 哀しい嘘も
僕の心に 眠れ
君の心が僕を呼ぶまで
抱きしめあえる日まで
(高橋ヒロ:『アンバランスなKissをして』より)
アンバランスなKissをして
任務先の町は、随分寂れていて、宿屋すらなかった。それだけならまだしも、探索部隊すらいない。今は人手が足りないとはいえ、エクソシストにかかる負担は増すばかりだ。
そんな事を考えながら、廃墟に程近い無人の家の一室で、なんとか使えそうなベッドの上、青年は薄い毛布を羽織りながら隣に座る少年に声を掛けた。
「…………ねえ、キス、していい?」
そっと、小さく囁く音。同じ毛布に包まれているのだから、ほんの少し横を見るだけで少年の真っ白な髪が見え、その頬に口吻けられそうだった。
誘われるように傾けた唇の先、微笑むように瞳を細めた少年は、けれどその唇から可愛げのない言葉を紡いだ。
「駄目ですよ?」
元より承知と青年はクツリと笑い、食むように囁く上唇を舐めとり、一瞬息の詰まった唇から落ちる吐息を盗むように軽く重ねた。
数度それを繰り返したあと、にっこりと屈託なく笑って青年は少年を解放する。しっかり結ばれてしまっている唇をこじ開ける事は諦めたらしい。
そんな我慢など露知らず、少年がじろりと胡散臭いものを見つめるように顔を顰め、青年を睨み据えた。
「………駄目って、言いましたよね」
咎める少年の囁きに、青年は唇だけで笑んでそのこめかみに口吻けた。
「アレンはいいって言わないから、確認しただけさ」
「それ、言う意味ないでしょう?全く、勝手なんだから」
初めから答えは知っていて、ただ問うただけと笑う唇に、軽く少年が溜め息を落とす。が、触れる唇を押しのけようとはしなかった。
それに機嫌良く隻眼を細め、青年は毛布の下で少年の肩に腕を回し引き寄せる。……押し付けたままの唇が滑り、眦にリップ音を感じた。
「じゃあもっとしていい?色々と?」
クスクスと、こちらも解答を知っていて青年が問いかける。
その声を見遣り、微かな吐息を落とした少年は、彼の眼差しだけは見ないように気をつけながら唇を開いた。
「お断りします」
「残念。………アレン、なかなか信用しないさねぇ」
素っ気ない程あっさりとした声に、頬を寄せて甘えながら青年が軽く受け流した。
…………その声や態度とは裏腹に、その翡翠だけは静かに光り、掴み取れるきっかけを探っている事も、今更だ。油断ならないと幾度嘆息すればいいだろうか。
「信用されない普段の行いを省みて下さい」
触れる指先とともに差し出される、雄弁な欲を孕む眼差しさえ無自覚の青年は、スキンシップの延長のように口吻けるが、その唇が微かに震える事も知りはしない。
それを裏付けるように青年は少年の言葉に楽しげに瞳を細め、笑った。
「ありゃ、言われちった。でも、アレンにしか手、出してないさ?」
「さて、どうでしょうね?」
そちらの意味だけではないのだがとは、言わない。わざわざ自覚を促してしまえば、なおのこと絡めとる糸が増えるだけだ。
クスクスと笑う唇が頬を辿る。寒くないようにと、しっかり毛布で包んでくれる優しさとは裏腹の、強引さ。
「うわ、本当に信用ねぇし」
「そうですね。何回か、僕が寝ている間に服、脱がせようとしていましたよね」
戯ける声に少年が牽制するように睨みつけた。目を瞬かせた青年は困ったように眉を垂らして、少年の肩に頬をすり寄せると、小さく謝罪の言葉を紡ぐ。
「………すみませんでした。でもあれはアレンだって悪いさぁ。キスする仲だってのに、二人っきりの部屋で寝るか、普通」
呆れたような青年の声は、多分間違っていないのだろうと少年も思う。思うが、こうした任務先では平気な顔をしている癖に、教団内の自室では無理というその差が、少年にはまだ解らない。
こうして甘えてくる癖に、任務先ではキス以上はしない。きちんと、その約束を守ってくれている。自分が、思いの意味をきちんと理解し信用出来るまでは、と。
そんな風に気遣われる意味すら、よく解らない。欲しいなら、奪ってしまえばきっと楽だろうに。そしてそれを拒みはしないと、彼はきちんと知っていたのに。
「試しているんですよ、ちゃんと」
それでもそれは嫌だと笑った青年を脳裏に蘇らせながら、少年は呟いた。
欲しいと言いながら、奪わない腕。乞いながらも強要しようとする唇。
ちぐはぐで矛盾に満ちたそれらの意味を、把握しかねている。………理性と理論でそれらが解き明かされる筈もないと解っていながらも、どうしても素直にそれを認められない。
「へ?」
俯くように呟く少年の声に、青年は肩に埋めた顔を持ち上げ、そっと抱きしめるように腕の中に少年をおさめながら、間抜けな声を落として首を傾げた。
「あなたが言ったでしょう?あなたを信じられるまで、我慢してみせるって」
自分がただあるがままにそれを受け入れるだけで、心に響かないならいらないと、きっとこの人は言うのだろう。
………欲も孕んでこちらを見つめる癖に、その全て飲み込んで、余裕のあるふりで笑んでみせるのだ。
それはどこか滑稽な一人劇だ。が、同じくらい、解っていてそれを見据える自分もまた、滑稽なのかもしれない。
あの日、告げておきながら結局は呼気すら喪わせて逃げた青年だ。いざとなればあの時言い出したように、きっと鼓動くらい、自分に与えるだろう。
それは、けれど、欠片程も喜びを含まない、身勝手な搾取の強要だ。
そんなものはいらないと即答した自分の意志も、まだきっと彼には伝わっていない。
「どこがその限界ですかね?」
伝わらないから、頷かない。それがいつまで続くかも、解らない。
猫のように細めた眼差しでクスリと青年を見上げてみれば、ひくっと青年の口元が引き攣った。
「………アレン、目がSっ気出てますけど?」
何か怖い事でも考えている?と、自分が考える以上に様々な悪辣な真似を敢行もする人間が囁く。
怖い事、など。…………青年が自分に与えてきた奇怪な行動の方が余程それに当て嵌まる。マッドな好奇心を止めてほしいと、何度諌めたか解らないくらいだ。
軽く息を吐き出して、当たり前のように抱きしめたまま額に口吻ける青年を押し止めるように顔を逸らし呟いた。
「そんなつもりはないですが。飼い殺し出来る範囲を見定めたいとは思っています」
「怖っ!!アレンが言うとシャレにならんさ!?」
クスリとわざと吐き出した偽悪的な笑みに青年は楽しげに弾む声を返した。欠片だって怖がっていない、愉快そうに響く声。
どんなポーズもきっと無意味だ。この青年は、きっと全て記録していて、それらを検分し、あっさりと嘘と本当を分けてしまうだろう。
「なら冗談で終わる内に、止めておくといいと思いますよ?」
………分けてしまい、その解答すら、解っているだろうに。それでも青年はその言葉を口にはせず、強制もしない。
それが優しさとはまた違うものだと知っている少年は、呆れたように細く長く息を落とした。
それを閉じ込めるように、肩にかけられていた二人を包む毛布が、少年の頭から被された。ベールのように包み込んだその先に、青年が割り込むように額を合わせ、擦り寄ってくる。
「だ〜め」
クスクスと響く、毛布の中の青年の声。
鼓膜に響くというよりは、とろりと蜜でも垂らされたように濃厚な音。
「なんでアレンはそっちは欠片も忘れない癖に、こっちは忘れるんかねぇ」
そっと鼻先を舐めとった舌先。それに顰められた少年の眉。嬉しげに笑んだ青年。………優しく少年のしわのよった眉間に落とされた、口吻け。
何もかもが一連の動作だ。まるで取り決められたシナリオのような、問答と仕草。
「覚悟してって、言ったでしょ。逃がしてなんかあげないさ」
肌に刻むように、眉間に押し付けられたままの唇が囁く。
「アレンの最期を見届けるまで、俺がアレンの全部、初めに記録するん」
うっとりと、きっと微笑んでいるだろう青年。妄執に程近い程の、それは執着だ。
「……………………」
飲み込みかけた息を隠すように溜め息を落とし、少年は軽く頭を振る。否定ではなく、口吻けを躱す為だけに。
今更、彼から逃げようとは思わない。思うつもりもない。ただ、距離がいまだに解らない。
それが青年をよりいっそう駆り立てる事も焦がれさせる事も解っているけれど、手管ですらないのだから、少年にも如何ともし難かった。
「それはアレンにだって邪魔させない。逃げようとしても無駄さ。どんな手使っても捕まえる」
「あなたは本当に、厄介ですね」
そっと躊躇いがちに落とされる音色とは裏腹の、身勝手な口吻け。拒まないでと全身で訴える癖に、自分のものなのだと囁くような仕草。
厄介極まりない人だ。伸ばした腕を拒まれる事を恐れて、拒む術の全てを封じる事に躍起になっている。
「うん。だから、大人しく諦めて、俺のものになってて」
無邪気とも言える笑みでそう囁いて、縋る程に強く、抱きしめてくる腕。
ぱさりと落ちる毛布。………肌寒い外気に晒された肌が、微かに震えた。
それから守るようによりいっそう腕の中に押込んでくる我が侭な腕に、それでも少年は抵抗はしなかった。
「俺の全部はあげれんけど、アレンの全部、もらっていくさ」
「…………我が侭」
囁く音色の懇願に、クスリと笑うように小さく少年が答える。
それを噛み締めた唇で飲み込んだ青年は、真っ白な髪を自分と同じ色に染めたがるように自身の髪を混ぜるように擦り寄った。
「その方がいいんでしょ、アレンは」
囁く声が震えないようにと、肚に込めた力。胃の奥が痛むような、緊迫感。
……そんなものを感じているのが自分一人だと知っている青年は、情けなそうに垂れる眉を隠すために、少年の顔を自身の肩に押し付けた。
「俺の事、捕まえたくない癖に。捕まったら捕まえなきゃいけないって、ずっと我慢してる」
「決めつけないで下さい」
「嘘つきさ〜。でも、いいさ。それもアレンだし」
嘘も本当も、自分なら見分けられる。いつだって一歩退き自分を捕らえさせる事を拒む人の囁きに、真実だけがあるなんて思わない。
その中の、隠して覆って見つけられないように閉ざしたものを、自分は見出しすくいとり抱きしめたいのだ。
少年の中刻まれている、誰もまだ覗いていない原始の色。自分だけがそれを見出し記録して、そうして永遠に自分だけが、それを携え、息絶える瞬間まで愛でるのだ。
それが、欲しい。ずっとずっと、それだけが欲しかった。だから、早く、早く、この腕に。
「涙も嘘も、全部俺が飲み込んでやるからさ。早く俺に堕ちて…………?」
他の誰にも、師にだって欠片も与えたくない記録の数々。自分の使命とはまた別次元で、刻む事に喜びを知った単体の生き物。
柔らかく微笑み甘美に囁きながら、青年は蠱毒(こどく)のように少年の耳を食んだ。
それに微かに身震いしながら、少年は小さく首を振り、悪戯な舌先を牽制する。
……………いつか。
この優しく甘く、どこまでも残酷な腕に、捕まるのだろう。
それでもその時、出来る事なら彼の腕は自分を包むのではなく、自由に広げられたままであればいい。
それこそがきっと、彼を優しく包む道程を作るだろう。
………………その祈りこそが残酷だと、未だ少年は知らないけれど………
地鏡のその後のお話です。最終話まで書いちゃいないのに先にその後ってどうよ、と思いつつ。
さして内容的に単独で読めるな、と思ってさらっとアップしましたよ。
曲名は某霊撃戦士のEDですね。大好きだったよ。主題歌のほとんどを暗記するくらいな!
11.6.17