腕の中、抱き上げたまま階下の自室に向かう。一応しきりと扉でこの二世帯住宅は区切られているが、最近はこの猫の往来を邪魔しないように、扉は開けっ放しだ。
そこに足を踏み込み、ようやっと自宅に入り込んでみれば、腕の中の白い猫がうずうずと動き出した。
「アレーン、起きたさ?」
呟きを追うように、ピンと立った耳がその音源を探すように動く。
「……ん?………あれ?ブックマン?」
声が違う、と寝ぼけた猫が呟いた。ぱちりと瞬いた瞳に映るのは、眠る時に見えた老人のシワの寄った細い手のひらではなく、赤毛が靡く見知った飼い主の首筋。…………次いで知覚する。自分が彼に抱きかかえられているらしい現実を。
同時に驚きに逆立った尻尾がピンと跳ね上がり、微かに青年の腕を叩(はた)いてしまう。
「もう家さ。ってかこの体勢で真っ先にジジイ呼ばんで」
その無意識の仕草に若干傷付きながらも、青年は苦笑を浮かべた。自分以上に、今は猫の方がきっと混乱して目を回している事だろう。
それでも、と、つい落胆が肩を落とさせてしまう。………流石に体格差からいって祖父がこんな風に運ぶ事は出来ないだろう。溜め息とともに呟けば、見つかってしまったばつの悪さからか、猫は眉を顰めると青年の顔が見えないようにその首筋に顔を埋めてしまう。
丁度、見えてしまうのだ。逃げ出した時に彼に与えた引っ掻き傷。思った通り手当もしないで放置されているそれは、ぷくりと血が滲んで固まっていた。
「………なんでラビが抱っこしているんですか」
その傷につい顰められた顔を気付かれたくなくて、猫は不機嫌さを装い、ぶっきらぼうに呟いた。
「そりゃ俺が飼い主だから?」
クスリと笑って返してくる言葉に、ますますどうすればいいか解らなくなってしまう。何も寝ている時にやってきて、連れ去っていかないでほしい。心の準備も何もあったものではない。
彼が火傷を負わせた事は確かだけれど、彼に飼われている身で、思いきり手加減もなく引っ掻いたのは、自分だ。それをどう詰られるだろうと考えれば、胃が竦んで気持ち悪くなる。
ちゃんと何を言われても大丈夫なようにいるつもりだったのに、すっかり老人の傍で安堵に包まれたおかげで、覚悟をする暇もなく寝入ってしまった。
「………………。お腹空きました」
仕方なしに最早どうでもいい、毎日いつだって言う言葉で猫は話を誤摩化しにかかった。
今すぐに怒鳴られる気配はないのならば、その僅かな間の間に覚悟をすればいいだけの事だ。そう決めて猫は抱いて移動してくれている背中に腕を回す事もなく、自身を抱えるように腕を組んでその肘に爪を立てた。
………そんな猫に困ったように青年は笑って、微かな緊張を孕んだ背を撫でながら、中途半端に開かれたまま放置されている自室のドアを蹴った。
音もなくドアは開かれ、青年の片腕が動くとカチリという音とともに室内灯が灯った。
「ツッコミじゃなく、そっちかい。まあいいけど」
ようやくはっきり見えるようになった白い猫の項は、微かに緊張に震えている。相変わらず何か自身が不利益を作り上げた時の怯えは野良を拾った当初のままだ。
素直でない彼らしいと嘆息しかけた口元を引き締めながら、そっと定位置のクッションに抱えていたその身体をおろした。
猫を探しに部屋を出た時に蹴ってしまったゴーレムのぬいぐるみも尻尾を掴んで引き寄せ、彼が抱きかかえられるように与えてやる。
思った通り、ぎゅうっとそれを抱き締めてしまい、まん丸い金のぬいぐるみはひしゃげてへんてこな形に変わってしまう。
…………昔から、何かに抱きつく事に不慣れな猫だった。抱き締める加減を知らない、というべきかもしれない。甘やかしてみると戯れる力加減を誤って爪研ぎにされる事なんて珍しくもなかった。
だからか、不安や戸惑いの時に、この猫は擦り寄り抱きついてはくれないのだ。そうする事で己の爪が相手を傷つける事だけは、知ってしまっている。
それに小さく溜め息を落とし、柔らかく白い毛並みを撫でた。さらさらと落ちる毛の合間、へにゃりと悄気た可愛い耳が埋もれている。それを慰めるようにいじりながら、ぬいぐるみに埋められてしまった額にかかる前髪を梳いて、形のいい額を晒した。
「しっかし、本当に肝が冷えたさ。どっこ探してもいねぇんだもん、アレン」
そっと囁きかけながら、リップ音を落として解りやすいように口吻けた。抱き締める腕は、包む程に柔らかくささやかに。ぬいぐるみを間に置いて、怖がらせないように。
いつも通り注意を払いながら青年はぴくりと音を拾って震えた耳を見つめた。
「………別に、野良猫が一匹どこかに紛れていても、さして問題ないですよ」
ほんの少し前までは、ずっとそうだった。そこにまた自分が紛れても、一日もしないできっと野良達と同じくらい薄汚れて紛れ込むだろう。
こうして頭を撫でてくれる手のひらが無くなれば、すぐにだって自分はそこに舞い戻る。その程度のちっぽけな存在だ。
むくれたり拗ねたりしてもいない、ごく平坦な物言いに、青年は少し寂しげに眉を垂らした。
随分我が侭を言うようになったり自分に慣れたりもしてくれたけれど、なかなかまだ、踏み込みきれない猫だ。そんな事を思う青年の言葉を聞いたなら、きっと老人は盛大な溜め息でその鈍さを呆れる事だろうけれど。
それでもまだ、どちらも解ってはいない。
………猫はこの飼い主が、飼い主はこの猫が、どれほどの喜びでもってその腕を見出し掴んだのかを。
「アレンは野良じゃないし、こんな綺麗な白猫、悪いのに見つかったら皮剥がされて三味線さ」
仕方なしに戯けて震えそうな声を押さえ込んだ青年に、猫は顔を顰めてぬいぐるみから微かに覗かせた瞳でギロリと睨み上げた。
「嫌な事言いますね……」
真っ白な猫は貴重だ。しかもそれが野良猫ならこれ幸いと連れ攫われるに決まっている。そうでなくてもこの猫は手を掛ければ掛けただけ美しく開花する素地を持っているのだから、愛好家達は喜んで大枚を叩くだろう。
「それくらい心配したの!今度喧嘩しても、とりあえず家は飛び出さんで、お願いだから」
そんな可能性は露程も知らず、心配性の飼い主を呆れた眼差しで見つめる猫は、ようやく落ち着いてきたのかそろりと身体を起こしてぬいぐるみから顔を上げた。
俯いていた間ずっと緊張していた項も、音を見極める事に集中していた耳も、微かな気配の動きも感じ取ろうと強張っていた尻尾も、随分弛緩した。
「まず僕を怒らせないで下さい。アレはどう考えてもラビが悪いですっ」
そっと吸い込まれた息とともに吐き出されたのは、責めた振りをした怯えた声。
そのまま叱られても耐えようとしているのか、緊張した尻尾が床の上で一直線になっていた。
ちょん、と、その尻尾を包むように撫でてあやしながら、俯きがちな猫の顔を覗き込んだ。思った通り、泣き出しそうな大きな月と、震えを押さえようと赤くなるほど噛み締められている唇。
「……すみませんデシタ。まだ痛い?」
困ったようにそれを見つめて、数時間前には爪の応酬を受けたにもかかわらず、また舌先でその痛々しい瞳を舐めとった。塩っからさが火傷もしていない舌先に響いて痛い。
唇が開かれていたら、自分が負わせた猫の火傷の痕を、また舐めとりたかった。
痛い思いをさせたのも、今、させているのも、きっと自分だけれど、出来る事ならそれら全て癒すのは自分でいたいし、可能なら、傷なんて1つだって与えずに笑顔で埋もれさせたい。
「ちょっと。でも、ブックマンが薬くれました」
………はにかむように答える猫を見ていると、それがひどく難しい現実だと思い知らされてしまうけれど。
微かな溜め息を胸中で落とし、青年はわざとしかめっ面を作ってみせる。いつもと同じ、拗ねたように尖らせた唇で、子供のように猫を睨んだ。
「あんまさ、ジジイにも懐かんで?」
猫の老人へ向けるものが、慕うものへの眼差しである事くらい、解るけれど。同じものが自分も欲しくて、つい今日のように意地の悪い真似をしてしまう。
器用な筈の自分が不器用になるなんて、考えもしなかった。それでもこの猫相手に、うまく作った笑顔で培われるものなどなくて、随分と必死に手を伸ばし続けて、ようやく彼に認められて飼い主になれたけれど。
………いまでも、きっとこの猫は、いつだってふらりといなくなって、そうして帰ってこなくなる事くらい、あると思う。
この家は帰る場所だけれど、猫を縛る場所ではない。自由気侭にどこにでもいける猫は、いつだってここから離れ旅立ってしまいそうだ。
だから出来る事なら一歩だって外に出したくない。………階下の祖父にだって見せたくないくらい、なのに。
それでも猫は祖父にも訪れる人間にも柔らかく笑んでしまうから、目も当てられない。
自分だけでこの猫の全てを満たせれば、どれだけいいのだろう。さらりと白い毛並みを撫でれば擦り寄るように心地良さげに目を細めるけれど、この腕だけでは生きてはくれない。
「無理です。だってラビのおじいちゃんでしょ?」
そうして、それを肯定するように、猫は仕方なさそうに笑って窘めの声を紡ぐ。
自分の飼い主の家族で、不器用さも同じ、よく似た二人。片方が愛しければ、もう片方だって愛しくなって当たり前だ。
不機嫌そうに唇を引き結んで拗ねている飼い主を見遣って、猫はクスリと笑って困ったように眉を垂らしている。こんな時ばかりは、猫の方がまるで飼い主のように相手の我が侭を見つめて微笑んでいた。
「そうだけど!悪いのに見つかって皮剥がされたらどうするんさ」
解ってしまうから、むうっと拗ねた顔のまま拗ねた声が紡がれてしまう。甘えていると思うけれど、同じくらい、甘えてほしいのだと訴えるように白い猫の肩を引き寄せて腕におさめた。………間に転がる金のゴーレムのぬいぐるみが、息苦しそうに歪んで尻尾を揺らめかしていた。
「?ブックマンはしませんよ」
唐突な飼い主のいつもの行動に首を傾げながら、それでもある程度は予期していたおかげか、肩を跳ねさせる事もなく、猫はそのへたくそな抱擁を受け入れ背中をあやすように叩く。
触れ合っているのは、肩に埋められた青年の額と、抱き締めている腕。そうして、あやしている猫の腕だけ。
それが微かに寂しくて、青年はぐいっと腹の間にまだのさばっているぬいぐるみを引っ張った。抜け落ちて出来た穴が、何となく今もまだある距離に似ていて、少し性急な仕草で青年は猫を引き寄せ膝の上に抱き上げる。
「………………アレンはジジイをよく考え過ぎ」
抵抗は、なかったけれど。多分、しないでいてくれただけだろう。ほんの微か緊張している事がちらりと見下ろした視野に映る猫の尻尾の震えで解った。
祖父の傍であんなにも無防備に眠っている癖に、この腕の中ではなかなか安堵を覚えない。……意地悪をついしてしまう自覚はあるけれど、それの何倍も甘やかしているのに。
「そうでもないんですが。ただね、もし、ブックマンがそうするとしたら」
ポンポンと、規則正しく背中をあやしながら、猫が困ったような声で呟く。
脳裏に、眠る前に火傷を見てくれた老人を思い浮かべる。柔らかく綻ぶ隈取りの奥の瞳。それが時に冷たく全てを隔絶させてものを見る事とて、きちんと知っている。
ただ、それでもきっと自分は老人を優しい人だと言うだろう。
自分に、ではなく。この、たった一人手放せない、飼い主にとって。
思い、猫は自分に縋るように抱き締めてくる、思い違いも甚だしい飼い主の赤い髪に頬を寄せてあやしていた背中にそっと腕をそわせた。
まだまだ慣れない抱擁。驚けばきっと、また間違って爪を立ててしまうだろう。人に触れられる事は野良猫の頃もあったけれど、自分から誰かに触れる事はなかったから、どうしたなら彼らのように優しく相手に触れる事が出来るか、今もまだ模索中だ。
………それは多分、この腕だけの問題ではなく、きっと寄り添い方が下手で何でも抱え込んで飲み込んでしまう、この悪癖じみた心もだけれど。
包み込んだ手のひらの下、心臓が規則正しく脈打つ音が聞こえる。それに耳を澄ませながら、猫は青年の赤と自身の白が混じる眼前のぼやけた糸の錦を見つめながら、そわそわと言葉の続きを待っている青年に呟いた。
「それはきっとね、あなたの為ですよ、ラビ」
「……………余計に嫌なんだけど」
猫のあっけらかんとした呟きに、がっくりと落胆を露に青年が呟いた。
つい、自分にしたように引っ掻いてでも抵抗するとか、すぐに自分の腕の中に逃げ込むとか。言う筈がないとは解っていても、そんな言葉を期待してしまった。
それでも何となく、猫の確信を否定出来ない自分が情けなかった。
多分、その通りなのだろう。この猫を拾ってきた時の、それが取り決めだ。マイナスになるならば命を携える資格はないと、初めから言われて、その上で飼う事を決めたのだ。
今更、自分の不安や寂しさに託(かこ)つけて、この猫に背負わせる不幸など与えたくはない。
ぎゅうっと、少し込め過ぎた力が、華奢な猫の身体を締め付ける。僅かな痛みすら柔軟な身体は受け流し、するりと青年の頭を撫でるように頬を寄せ、尻尾で肩に埋められた青年の鼻先を撫でた。
「そうですか。でも、僕は構いませんよ」
驚いたように目を瞬かせている気配がする。それに猫はクスリと笑い、悪戯な尻尾の戯れを隠すようにまた床に落とした。
「僕は我が侭な猫ですから。あなた以外に飼われたいとは思いません。でも、また野良に戻りたくない」
細心の注意を払って、抱きとめてみる。自分よりもずっと頑丈でしっかりとした骨格の青年の身体。
微かな震えは多分、自分のせいだろう。それに申し訳なさそうに垂らした眉も隠して、そっと間近な耳にかかる赤い髪を梳いてどかし、囁きかけた。
「だから、あなたにとって不要になったなら、遠慮なく三味線でも剥製でもして下さい」
この身に纏う毛皮に価値があるなら、それはそれでいい。でも、自分の携える物は、今は美しく整えられた白い毛並みなどではなかった。
薄汚く醜い、汚れに染まった灰色の猫。怪我をしていた自分に迷いなく腕を伸ばしてくれた、見た目になど左右されずに与えてくれたぬくもり。
それが貰えたから、後に残されるこの身の価値なんて、どうでもいい。自分が不要になったなら、そのまま捨て置かず、優しいその腕で終わりにしてくれれば、それで構わない。
「アレン、それ、脅し文句?それとも殺し文句?」
「どちらでもなく、お願いです」
戸惑いに眉を垂らし青年に、困ったように同じく眉を垂らして猫が答えた。
飼い主に生殺与奪の権利を与える事を愚かと、きっと仲間達は言うだろう。そして自分もそれを愚かだと思う。
飼われていようと命は自身のものだ。他者にそれを自由にする権利などない。解っていて、それでも思ってしまう。
…………ちっぽけで狭い自分の世界は、疾うに彼に染まって満たされた。人はすぐに忘れるけれど、自分達にとっての世界は、飼い主が与えるほんの僅かな囲いの中だけなのだ。
自由を尊ぶ猫達は、その束縛を嫌って逃げ回るけれど、自分はこの優しい檻に捕まった。それが不幸の始まりと、あるいは野良達は言うだろうか。
………それでも、この時間の終わりが、出来る事なら全ての終わりであればいいと思う。この人を看取るのでも、自分を看取られるのでも、どちらでもいい。
最後の瞬きのその時まで、この赤い髪を映せればいい。
野良として生きた世界はどこまでも広く限りない自由があったけれど、いつだって独りでお腹を空かせて傷を負う戦いばかりに満たされた世界だったから。
たった1つの家の中、動き回るのはその家の部屋の数だけの狭さでも、ここには焦がれて求めたものがあるから、朽ちるのも出来る事ならこの家がいい。
擦り寄る猫の小さな祈りに、青年は溜め息のように深く長く吐息を落とし、情けなさそうに顔を顰めて膝に乗せた猫の頬に唇を寄せた。
「…………なんだかなぁ、俺、信用なさ過ぎ」
そんな風に想定されるという事は、きっとそれが直面したその時でも、自分を捨てるなと牙を向きもしないのだろう。そんな寂しい猫に、微かな吐息の意味はまだ解らない。それでもまだ、救われる事実もある。
猫は、家に住む。そうしてこの猫は、この家を終の住処と定めてくれた。
この家にいる住人ごと全部を、彼は己の還る場所と見定め、刻んでくれている。それがほんの少し、自分とは違う諦観から派生していたとしても、終着点は同じだ。
「そう思うなら、精々可愛がって下さい」
クスリと笑って戯ける、自分の真似を覚えた猫の頬が不器用に笑みを刻んだ事が、それに触れる唇で解った。
まだもう少し、手をかけ情を与え、甘く優しく檻の中、溺れていいのだと教えなければ、すぐにも不安に染まってしまう真っ白な猫。
いつかは誘い文句の1つも囁けるようになるくらい、愛されている自覚を持ってくれればいい。そう不埒に祈りながら、へたくそな甘えん坊の頬に明るいリップ音を降らせた。
「努力します。とりあえず、まずはその腹の虫、宥めますか」
「はい!」
一番彼が機嫌のよくなる言葉を呟いて頭を撫でてみれば、案の定猫はピョコリと耳も尻尾も跳ねさせて顔をほころばせる。まだまだ色気より食い気の子猫だ。小さく胸中で呟きながら、青年は猫をクッションに戻しながら立ち上がろうと腰を浮かせた。
「あ、でも、その前に、ラビ」
その腕をとり、猫が思い出したように青年を見上げる。彼が食べ物よりも何かを優先させようとするなんて珍しい事だ。何事だろうかと青年は首を傾げながら、また腰を折って猫の望むままに座った。
「ん、どした?……って、ア、アレン?!」
にっこりと安心させるように笑いかけた青年に、影が落ちる。同時にざらりと頬を掠める僅かな熱の刺激。
…………さらりと頬を撫でた真っ白な髪と、むうっと悩み顔で青年を見つめる猫を視野におさめ、青年は呆気にとられてしまった。
猫が、頬の傷を舐めたのだ。もう血も止まっているけれど手当も施していなかったから、きっと腫れていて固まった血は舌にだって不味かっただろうに。
「痛かったでしょう?ごめんなさい、僕、驚いたから加減しなかったし」
困ったように眉を寄せて、消毒液を使うなんて器用な事は知らない猫が、まだ消えない赤い線を舐めとろうと身体を寄せた。
ざりっとした感触。それに伴って痛む傷と、甘やかな毒でも注がれたような痺れ。
「解っててやったんだし、アレンが謝る必要はないの。そんなんだから俺がつけあがるんさ」
天然だからタチが悪いと思いながら、それでも青年は猫の自由にさせた。
………自分の意地悪で負った火傷は、今だってまだ痛むだろうに。
その痛みを飲み込んで、相手に与えた傷を治そうとするのだから、困った猫だ。
早く……自分と同じに染まればいい。そうしたなら、こんな怪我に意味はない事も、彼に与える意地悪の意味も、解るだろうに。
最初で最後の飼い主に、自分を選んでくれた可愛い子猫。
還る場所、を。
自分一人にして、この腕の中、微睡んでくれればいい。
怯える事も怖がる事も何一つ必要ないのだと。
早く早く気付いて、この腕の中、咲き誇って……………
キリリク3500HIT、ピクシブ掲載の『猫の日。』の猫アレン&飼い主の続きでした。
読み返しながら色々設定を考え込んで、結果このようにまとまりましたが、いかがでしょうか(汗)
擬人化も獣化も書かない人間なのでいまいちどんなものが一般的なのか解らなく、妙な物体になっている気が(滝汗)
こんな物体ではありますが、キリリクを下さいました千竜さん、もらってやってくださいませ。
11.6.23