見上げた先は空だった。
何よりも美しく澄む空。
そこに割って入ってきた赤児は優しく笑いかけた。
それに、つい先ほどの男の顔がダブる。
何もかもを包むように、……当たり前のように立ちはだかる者にさえ笑いかける事のできる男。
優しい風が、男を包んでいる事がわかる。
それは、自由人故のものなのか。
………それを、知りたかった。




揺籃に揺られて



 「よ、起きたか?」
 瞼をあけると同時に声が降ってきた。そこには赤ん坊を抱いた男が立っている。
 訝しそうに睨む自分に、男は苦笑して言葉を続けた。
 「なんだ、寝ぼけてるのか、タイガー?」
 「……………」
 雄々しいその声に名を呼ばれ、ぼんやりとした記憶が蘇る。
 この世界に留まるといった自分に、この男は笑って自分の家にこいといったのだ。
 そしてそのままこの男の作った食事を食べ、風呂に入り、ふとんに横になった。
 恐ろしいほど穏やかな一日だった。
 自分はそんな生活を思い描いた事もなかった。
 「………おい」
 起き抜けの声とは思えないほど険の強いタイガーの声に、男は苦笑する。
 腕の中の赤児が心配そうに声を出した。
 それをあやしながら男は答える。
 「なんだ?ああ、腹が減ったか?」
 「………………」
 間違ってはいないが、正解でもないようだ。
 一瞬顔を顰めてタイガーは視線を逸らす。
 その様を見て男は思わず口元に笑みを宿す。
 自分と3つほどしか変わらないタイガーは、まるで言葉を知らない子供のようだ。
 自分のいいたい事をどういえば伝わるのかわからなくてすぐに黙り込んでしまう。
 もっと、我が儘に自分を出せば周りも理解しやすかっただろうにと、その不器用さを抱き締めるように声を掛けた。
 「他に聞きたい事があるみたいだな。いいぞ。知りたい事があるならいってみろ」
 まだ逡巡しているタイガーを見つめながら男は手の中にいる赤ん坊を手渡した。
 子供には笑いかけていたこの獣人は、幼子の傍の方が安らぐのだろう。
 心を落ち着けさせるために男はタイガーに子供を託した。
 じっと赤児を見つめ、タイガーの口が微かに開く。
 「ヒー…ロー……?」
 「………!」
 その呟きのあと、見つめる目に男は思わず吹き出してしまう。
 こんな簡単な事に思い悩んでいたのだ、この虎は。
 「ああ、そうだよ。その子はオレの子のヒーローだ」
 「………………」
 まだ見つめてくる瞳に続きを催促されている事を知り、男は自らも名乗った。
 「ああ、そういえばオレは名乗ってなかったな。……オレはシンタローだよ。ま、今はパーパって呼ばれるけどな」
 「……パーパ?」
 「そ。ヒーローにわかりやすいだろ?」
 シンタローの言葉にタイガーは自分の身体をよじ登っている子供を見つめる。
 昨日も、思ったのだ。
 この親子は本当に仲がいい。
 しかもそれは内に入り込む閉鎖的なものではなく、周りに広がりゆく優しいものだ。
 この男の気性のままに……
 「ほら、いつまでもんっなトコに座ってないでこっちに来い。飯にするぞ」
 昨日の今日、戦った相手をまるで友人のように遇すシンタローのお人好しさ加減もわからない。
 ここはあまりにも自分には無縁のもので形成されている。
 差し出された温かな朝食を口にしながら、いつまでここにいる事ができるのかと…ぼんやりと考えた。


  日がな一日ぼんやりする事が増えた。
 陽射しを浴びたまま虎の姿で眠ると、いつの間にかヒーローを抱いたシンタローも傍らで眠っている。
 気配に敏感な自分がそれに気付かないのが不思議なほどそれは度々あった。
 特にシンタローが気配を隠している訳でもないようなのに、眠ればその温もりはあった。
 ……心地いいと初めて思った。
 今まで傍にいて、…視界に入っても警戒しないでいい他人はいなかった。
 まだ出会って幾日だというのに、この親子の傍らにある自分はひどく穏やかだ。
 過去にいた自分は、一体どこにいったのか不思議になるほど。
 微睡む思考の中に、不意に鳥の羽音が聞こえた。それは巨大な鳥のものだ。
 覚えのある気配にタイガーは上体を起こした。
 視線を洞窟の外に向ければそこには一匹の青い鳥が降り立つ所だった。
 ……鳥人バード。その名を頭の中で反復し、面倒な事になるのではと危惧する。
 そして気付く。あれほどに戦う事を好んでいた自分が、戦いを避けられはしないかと考えている事に。
 あまりにも唐突な自分の変化に気付いたタイガーの思考はそれに追い付かない。
  これは間違っていると、脳の奥深くで警鐘がなる。
 ぐらぐらと巡る思考と、意味の無い言葉の列にタイガーが苦しんでいると、微かな爆発音が響く。
 視界の端に写ったのは人の姿になったバードだった。
 まだ、シンタローは眠っている。
 腕の中にいるヒーローは目を覚ましてバードに笑いかけているというのに。
 「なんだぁー?……ったく、相変わらずのんきなやつだな。オレの気配じゃ起きようともしねぇ」
 呆れたような笑いの中に、確かな誇りがタイガーにも見て取れた。
 シンタローは、本当にこの男を信用しているのだ。
 もっとも無防備な姿を晒せるほどに。
 それは当然なのだろう。この二人が幼い頃からの親友であることは自分でさえ知っている。
 なのに、なぜだろうか……?
 こんなにも苦しい。ただシンタローが眠る姿を、バードが誇らしげに見ているだけだというのに……
 ふつふつと湧くその感情の奔流に目眩が起こる。
 それは先ほどまでのものとは明らかに質が違う。
 ……そしてそれら全てを飲み込んでもなお、自分の心は落ち着かない。
 拠り所すら食らい付くした感があるほどだ。
 そんなタイガーの耳に、微かに冷たいバードの声が聞こえた。
 「……おい、そこの虎。んな気配ばらまいてんじゃねーぞ。シンタローが起きるだろうが」
 「……………」
 その言葉にタイガーは人の形へと形態を変えた。
 虎では言葉を綴れないのだ。
 「……用があるなら、さっさと済ませろ」
 目つきは剣呑だ。
 ……声は地を這うように低い。
 ついいまさっきまでのんびりとこの親子と昼寝をしていた穏やかな虎の面影もない。
 それを鼻で笑ってバードが答える。
 「お前にゃ関係ねーよ。オレはシンタローに用があんだ。物騒な虎は外出てな」
 声の冷たさにはそれなりのわけがあった。……もっとも、そんな事どうでもいい事ではあるのだが。
 ……未だその目が、戦う事を好む狂戦士のものである事にバードは軽い怒りを持っている。
 打ちのめされた事など、根に持つ気はない。
 手合わせをして負けた。……それで相手を恨むなど、逆恨みもいい所だ。
 けれどこの男は別だ。
 シンタローに救いの手を差し伸べられていながら、この虎はまだこんな目を持っている。
 このままここに置いておけばいつかこの親子に牙を剥く。
 そう判断したバードはことさら冷たい声でタイガーを煽る。
 ここにお前の居場所はないのだと、そう知らしめるように。
 再び自分に牙を向け、シンタローに思い知らせればいいのだ。
 この世には、どうしたって救われないヤツもいると。
 その優しさ故に危険に身を投じる必要はないのだ。
 いまだ唸ったままのタイガーに呆れたようなため息をつく。
 ……なかなか粘る。もっと簡単に爆発すると思った。
 けれど瞳に狂気を宿したまま、獣はただそこにいる。
 「……お前さ、見てたい訳?」
 先に業を煮やしたのはバードだった。
 自分が傍にいたとしても、こんなにも物騒な気配を感じていればシンタローがいつ目を覚ますかわからない。
 起きたシンタローがタイガーを庇うだろう事は簡単に予想できる。
 その前に、決定的な瞬間を作らなくてはいけないのだ。
 「…………?」
 バードの言葉にタイガーは訝しげに眉を潜める。
 いっている言葉の意味がわからなかった。
 気付いてもいないその反応にバードは巧くことを進められるだろうとほくそ笑む。
 シンタローの傍に座り込んでいるバードの手が、ゆっくりとその肌に触れる。
 「………………」
 不快げにタイガーが視線を険しくした。
 別に友人同士が触れあう事に疑問は持たない。
 ……けれど、明らかにバードの触れ方はそうしたものではなかった。
 バードの指先が揺らめく度に、微かにシンタローの身体が揺れるのがタイガーにもわかった。
 自分の中で巡る感情が、より一層ひどくなる。
 あと一押しとバードはゆっくりと上体をかがめる。
 もちろんなにが目的でそうしているかわからないほど、タイガーもそうした事に疎くはない。
 けれど……それは無意識の行動だったのだ。
 猛る感情のままにタイガーはバードの羽を裂こうとその爪を向けた。
 瞬時に硬質化した羽は、思ったよりもダメージを与える事は出来なかったけれど……
 「……そうでなくちゃな…」
 あくまでもタイガーから仕掛けたという事実が必要なのだ。
 これで目的は達成出来た。
 あとは頃合を見計らってシンタローを起こし、その目の前で多少の傷を負う。
 そうすれば、目も醒めるだろう。どこまでも清く正しく優しい、この無二の友人でも。
 傷つける事だけを思って生きるものが存在すると。
 襲い繰る第二陣を交わしながらバードは冷ややかにタイガーを見つめる。
 ……こんなにも冷静に人を貶める自分に、吐き気を覚える事もあるのだ。
 けれど、あの幼い時に自分は決めた。この男を守ろうと。
 優しさと誇り高さ故に、シンタローはその身を危険に曝す。
 命に対しこんなにも無頓着なものをバードは初めて見た。
 プライドの為、……誰かの為。この男は笑って命を賭ける事ができるのだ。
 その眩い事実が愛しい。
 ……だから許さない。その優しさに付け込み、裏切るものを。
 シンタローの命が守るものの為にあるのなら、バードの命はシンタローのためにあるのだ。
 自分を狂った目で追い掛ける虎を躱しながらいっそこのままここで殺そうかと、考える。
 この虎を、シンタローは必ず許してしまう。
 自分の家に引き取ったと笑って伝えに来たように。
 そんな真似をこの先も許し、この牙がシンタローを切り裂くのならば、……このままいっそ………!
 バードの目にも、タイガーと同じ狂気が一瞬宿る。
 向かってくる牙と相打ちを覚悟でバードもまたタイガーへとその蹴爪を向けた。
 ……牙は、確かになにかに埋め込まれた。
 血の味が口に広がる。タイガーの思考がそれに触発されたように冷静になっていった。
 また、この身体は誰かを屠ろうとした。
 その事実に愕然とする。
 あの男の傍にいた時の、この家族の温かさに浸った時の自分は、やはり虚像でしかないのか。
 襲いくる悲しみに、タイガーはその牙で獲物を噛み切る事が出来ない。
 「……泣くな」
 その声は、すぐ傍でした。
 深く張りのある、雄々しいその声。
 幼子を抱くように自分の身体に腕が廻される。
 「……あ…………」
 血に濡れたタイガーの口からため息のような声がもれる。
 ……この血は、男のものだ。自分が超すべき山の頂に住む、強き王者のもの。
 ぼろぼろとまるで赤児のようにタイガーの目から涙が溢れた。
 それを見つめ、男は何事もなかったように笑っていった。
 「……ったく、お前らはっ腕試しは外でやれ、外で!人の家、壊す気かぁ!?なー、ヒーロー?」
 「だー!」
  ぷんぷんとヒーローも一緒になって抗議すると、その空間はいつの間にか和やかになる。
 「シンタロー……」
 躊躇いがちなバードの声に男は片目を瞑って気にするなと友に囁く。いまだ泣き続けるタイガーを手放す事が出来ず、流れる血もそのままだ。
 ………その背は深く抉れている。
 当然だ。自分はタイガーを殺すつもりでこの一撃を放った。
 なんて、男だろうか。
 自分達を守るために、その攻撃をあえて間に分け入って受け止めたのだ。
 ……この愚かな鳥と虎の確執を無くすためだけに……
 シンタローに縋って泣く虎に、先ほどまでの狂気はない。
 いまだ周りを敵と認識する虎に早合点したのは自分だ。
 また、自分の愚かさがこの男を傷付けたとバードは深く後悔する。


  泣きつかれて眠ったらしいタイガーが、いつの間にか獣の姿へと変わる。
 シンタローの膝に縋る姿は子供と変わらない。
 眠るタイガーの傍にヒーローが近付き、安心したように寄り掛かって目を瞑る。
 その様を見つめながらバードはもうこの虎を追い出そうとは考えなかった。
 これは、自分と同じだ。
 何よりも強いものを必死になって追い掛けている。
 ……この手に掴める日を望んでいる。
  「で、お前はいつから起きていた訳だ?」
 タイガーの意識が無くなるまで付き合っていたシンタローに、やっと傷の手当てが出来るとため息をつきながらバードが尋ねる。
 もう血の止まっている肩と背中の様子を見ながらシンタローは事も無げに答える。
 「んー?最初から」
 「あ?オレが来たときからか?」
 「いや、その前。タイガーが異様に緊張したからな」
 「………………」
 訝しげにいうシンタローとは裏腹に、なんとなくバードは理解し始めた。
 ……なぜ自分をあんな目で見ていたか。答えはきっと至極簡単な事なのだ。
 大量の消毒液をかけながら手当てをし、バードは言いにくそうに確認する。
 「てーことは、オレがした事もしっかり覚えてるわけ?」
 「ああー?」
 その言葉に返ってきた声はかなり怒りを込めたものだった。
 ギロリと振り向きながら背中の手当てをしている男にシンタローは文句を言う。
 「あったり前だ!お前ね、タイガー挑発したかったらもっと他の方法選べ!こっちはこそばゆいは変態の仲間入りさせられるは、いい事なしだ!」
 「アハハハハー。でも、結構イイ顔してたぜ?」
 「…………いっぺん地獄見てくるか、森の情報屋」
 気配がかなり禍々しい。
 笑ってそれを受け流し、バードは遠慮しとくと答える。
 生真面目で固い、真直ぐにしか生きられないこの友人には自分やタイガーの持つ想いは理解し難いだろう。
 それでもなにを考えての行動か、ギリギリまで出しゃばる事を控える。そうした所がまた、自分達を引き付けていくのだ。
 この男ならば、わかってくれる…と。年がいもなく甘えてしまう。
 それにさえ気付かずに、シンタローはその深い懐に、自分達を包んでくれるのだけれど……
 「ほら、出来たぜ。ったく、オレらのケンカに割って入るなんて、もうすんなよ?」
 「……お前たちがケンカをするな。まったく、これだから子供は……」
 たかが4歳しか変わらないシンタローは大人のような顔でバードに説教を始める。
 それに反抗するようにバードは口を尖らせる。
 「あんなー、オレとおめーは4つっきゃかわんねーぞ!?」
 「4つ違けりゃ十分だ」
 取りつく島もなくシンタローは言い切った。
 むっとした顔のバードに、意外なほど真剣なまなざしをシンタローは向けた。
 どこか憂いを含んだ、戦士の顔……
 「オレは20の時には人の死の重さを知ってた」
 「………………」
 七世界戦争の、その苦い思い出をシンタローはいつまでも抱えている。
 これだけ明るく、昔に戻ったと思えるほどに回復しても、不意にその苦しみを覗かせる。
 縋れと、そう叫んでもこの男は笑って大丈夫だと言うのだ。
 全て、自分の中で決着を付けてしまう。悲しいほど強い男……。
 「オレは……」
 歯がゆくて、バードは呻くように言葉を綴る。
 静かなシンタローの目は優しくバードを包む。
 ……シンタローから見れば、いまだ自分は守る側の人間なのかも知れない。
 共に肩を並べる価値が、まだ無い子供かも、しれない……
 それでも募るのだ。……それはもう、仕方ないではないか。
 「……オレは、もっとガキの頃に知ってた。お前が……」
 追い掛けていた背中。品行方正な子供の内に眠る激情といってもいいその強い意思。
 捕まえたくて強くなろうと決意した。同じように背に翼を持つもの同士、必ず追い付けると信じていた。
 けれど、あれから幾年経ってもこの男は遥か遠くにいる。
 だから……決めた。
 もう、逃がさないと。
 言葉は全て真実。そしてそれはただ一人の為の言葉なのだ……
 「オレのせいで死にかけた時から、とっくに知ってる!」
 「…………」
 叫べば、困ったようにシンタローは笑う。
 あの矢に射ぬかれた事件は誰のせいでもないのだ。
 あれは自分の心の問題。一瞬でも友のことを思えなかった自分が許せなくて、その罪を償うための罰が欲しかっただけだ。
  バードが気にする事など何一つ無い。
 項垂れてしまったバードに優しい声がかけられる。
 無条件に甘えてもいいのだと錯覚させるその声。
 「バード……」
 肩にかけられるはずだった手は、逆にバードの手の内に収まった。
 不思議そうに見開いた目は幼く揺れる。
 ……本当に、この手のことに疎い。
 雰囲気で、察せないものだろうか……………?
 肩の傷の無い右腕を軽く引っ張り、バードはシンタローを手繰り寄せる。
 いまだ理解していない瞳は滑稽なほど幼気だ。
 軽く、触れあうだけの口吻けを与えたならば雄々しいその瞳は驚愕に見開かれる。
 まるで子供の反応だ。本当にこの男が子供を作ったのか疑いたくなる。
 「目ぐらい、瞑れよ……」
 耳元で囁けば、捕らえた身体は怯えるように跳ねた。
 逃げようとするその身体を傷に障らないよう強く抱き締めて、子供のように情けない顔をした男の唇を再び塞ぐ。
 「………ん………っ」
 微かに洩れた声に、シンタローの身体が固まる。
 なにが起こっているのか理解出来ない頭で、とにかく息苦しさだけは早急に解決しなくてはいけないと口を開く。………そしてそのことをすぐに後悔した。
 「…んっくぅ…………」
  触れるだけでも十分強い刺激だったのだ。
 口腔内を蠢く舌は当たり前のように絡み合う。
 苦しくて頭が霞む。呼吸困難による生理的な涙さえ気付く余裕がなかった。
 眉を寄せて必死になってそれを甘受する様は男の加虐心を十分にそそる。
 初めての口吻けは長く濃密で、……相手のことを思い遣る余裕などない激しいものだった。
 口吻けから解放されても放されない腕はそのまま地面に張り付けられる。
  「………………っ!」
 さすがにここまでの行動を見れば、なにが起こるかはわかる。
 慌ててシンタローは起き上がろうともがく。あれだけの怪我を被っていながら、シンタローはバードの押さえ付ける手を必死で躱した。……いくら何でもこの先は御免被りたい。
 「暴れるなよ!」
 その激しい抵抗にどこか持て余した感を響かせながらバードが怒鳴る。
 常にない厳しい声にびくつく心もあった。……だがそんなものに臆している場合ではない。痛む背中を気にしながらシンタローも必死だ。
 「暴れるわ!放せ、バード!」
 叫ぶ声は、それでも囁きほどに小さい。
 未だ眠る虎と赤子を気遣っている事に気付き、バードの心の中でなにか蠢くモノが
 あった。
 この状態で、それでも自分以外のものの事を考える余裕がある。なにもかも、自分だけで埋め尽くしたいと思っている事に、気付いていないのか………。
 ……傷のある左手に指をからめ、バードは半身を動かないように縫い付けた。
 シンタローが辛そうに睨み付ければ、目の前でバードの目は細められ、シニカルな笑みが浮かべられた。
 見た事のない、この上もない冷たさを漂わせているその瞳………。
 「………ok…。いいぜ、そうしてな」
 「……あ…?」
 突然なバードの言葉に真意を読み取れず不審そうな声をシンタローはあげる。
 見上げたバードの目に灯っていた冷たさはやわらかな笑みの中に消えた。
  情けないほどどうしようもない顔で見つめた先の美麗な男は、それでも手を離す気配を見せはしなかった。
 かける言葉が判らなくて、シンタローはせめてもの抵抗を繰り返す。
 身じろいだ瞬間に走った痛みに息を飲んで動きをとめる。……その隙にバードはまた唇を寄せた。
 「………………!」
 ……ただしその唇へではなく、昔…矢に射ぬかれたその傷跡へと。
 触れた瞬間の怯えははっきりと見て取れた。
 未知のことへの恐怖はどんなものにも同様のものなのだろう。
 もう跡もほとんど見えない傷に愛しげに唇を寄せながらゆっくりと辿る。……心音が直に感じ取れる。
 こんな、心臓の近くを射ぬかれながら、この男は平然としていたのだ。
 周りの大人たちが必要以上の罪悪感に苛まれないようにと……
 自分とは格の違う人間を初めて見た。
  この男を手に入れる事ができるのなら、どんな事でもできる。
 …………それでも……――――――
 「…………おい…」
 「……………………っ」
 声もなく泣く姿を陵辱出来るほど、自分は残酷にはなれない。
 放心したように呆然と流れる涙に本人の意思は伴っていないのかもしれない。
 けれど、だからこそバードの心は深く抉られる。
 「……泣くな。もう…なにもしねぇから………」
 王者の流す、子供のような涙。
 力ずくでそれを穢す事は出来ない。
 ……それはこの魂に惹かれた者にとって当たり前のことだ。
 起き上がったシンタローを緩く抱き締め、その耳元で許しを乞うように囁く。
 「悪い……。これじゃあ本当にガキだ」
 相手の思いも考えずに暴走するなど、子供としたって質が悪い。
 その背を抱き返してはくれなくとも、シンタローはその抱擁を拒みはしなかった。
 それに微かに安堵しながらバードは言葉を続ける。
 「でも……オレもあいつも本気だぜ。はぐらかして逃げるのだけは……やめてくれ」
 覗き見た顔は心細げだった。……当然だろう。ついいまさっきまで友人であった者からこんな事をいわれたのだから。
 それでも、シンタローは頷いた。諦めでも妥協でもなく、二人の思いに向き合うために。


  差し込める日は、いつの間にか赤く染まる夕日になっている。
 戸惑いを残したまま去っていく青い鳥のシルエットを見送りながらシンタローはため息をつく。
 まさかそんなふうに自分が見られているとはおもわなかった。
 それでも二人を手放せないのならば、ちゃんと理解していかなくてはいけない。
 涼やかな風を浴びながら、とりあえずシンタローは眠るヒーローとタイガーの傍らに潜り込むのだった……






書きました、本当に。
私としてはバード&タイガーがパーパに懸想中が好き。
だってどっちかと結ばれたらもう片方が可哀想で……
でも実は本命はタイガー♪
今回なかなか際どいのを書いたなーと思います。
サークルの方のでもこーゆー、接吻シーンはあるけど、
接吻以上を臭わすのは初めて……自分で書いといてかなりドキドキしてます(笑)

あ、揺籃(ようらん)とは、揺り籠、発展する初期の段階という意味がありますv
なかなかかわいい字だなーと思って使いました。
なかなかあっている言葉だなーと気に入ってます。
また書こうかなー。今度はアラシかな!(無理だって……)
その前にタイガーも出さなきゃ。今回バードばっかりで驚きました。
……考えていたタイガーの方は少々ヤバくて(と言うか私が書けない纏められない。しかも長い……)
取り止めたため、バードがでばりました。もっとタイガーとの絡みも入れなくては♪
……ほら、マイナーだからさ…………