最悪の2択。
………一瞬で浮かんだ言葉はそれだけだった。
一体なにをどうしたなら………そんな事が起こるのか。
それでも頷かざるを得なくて……満足そうに獲物を手放した男を見遣れば、勝ち誇った笑み。
引きつった顔を隠しもしないで目の前の男を睨み付ける。
そうしたなら、ニヤニヤと楽しそうな笑顔を返される。………こいつ楽しんでやがるッ!!
相も変わらず性格が悪い。っつーか歪みすぎだッッッ!
「あれー?随分イイ顔してんな、シンちゃん。嬉しくなっちゃうねぇ」
「…………俺はすこぶる機嫌が悪いがな」
低い声で呟いても人の顎を掴む指先さえ解かれない。
また喉の奥でクックと笑い、アラシが眇めた視線でこちらを見てくる。
そしてそのまま近付いてきた唇が軽く俺のそれを覆う。…………は?
な、何故そんな事になるんだ!?
まさか……付き合えって、そういう意味でか…………?
更に引きつらせた顔で……一気に青ざめた面持ちを隠す気もなく晒してアラシに問うように眼を向ける。
肯定するかのような頷きはひどく満足そうで思わずパクパクと金魚のように馬鹿な顔を晒してしまった…………
ついでにいうならなーんかアラシがじりじり近付いてきているような…………?
笑って誤魔化しつつ距離をあける。どうやら逃げる俺をそれなりに楽しんでいるらしく、アラシも一気に近付きはしない。
なんとかこの間に打開策を考えなくては……………
さて………どうしたもんか。
事の起こりは簡単で、またこの馬鹿が罪のない人(こいつにとっては正当な理由があるらしいがひどくくだらない因縁で)を苛めていたので止めにはいったんだが………
なにをどうしたら一体………「こいつを許せばシンちゃん俺と付き合うか?」になるんだろうか………?
いや、まあこの際そんな事はどうでもいいや。いくらいったところでかわりゃしないし。
で、どっかにいくのかなーとかなり軽い気持ちで受け止め頷いたのがついいまさっきの事。
そして現在に至る……と。
んーっと、それでだ。
…………………………………どうしよう。
一向にいいアイデアが浮かばん!!って当たり前だろうが、こんな事態になる事考えた事ないんだから想像にも限界があるわッッッッ!!!!!
思いっきり心の中で叫んだ言葉はどうやらアラシにも充分伝わったらしく………ニヤリと苛めっ子の笑みが浮かんだ。
こいつ嫌なヤツーー!! 俺が困ってる事がなにより嬉しいって顔しやがった!
いや……そんな事はもうガキの頃から知っていたんだが。一体俺のこと苛めてなにが楽しいんだ?
落ち込んでやるほどお人好しでもないんだがな…………
むしろ遠慮なくやり返すっていうのに。
ってなに現実逃避してんだ俺ッ!
トンと背中が樹にぶつかってこれ以上後ろに逃げられない事が判ると途端に俺は現実に戻ってきてしまった。
逃げ場がない=貞操の危機?
笑えんわーッ!!!! 相手はあのアラシだぞ!? 冗談でしたーで済ます筈があるか! 特に俺への嫌がらせでッッッ
一気に顔が青ざめ、ワタワタと思わず両手を振り回して頭の中はグルグルと意味のない言葉で埋め尽くされている。
……………………ガシッッ!
そのまま横に逃げ出そうとした俺の肩がしっかりと掴まれる。
ビクビクと振り返った先には………思いのほか真剣そうなアラシの顔。
な、なんだ……? 次はどんな罠張ってんだよこいつ…………
……驚きと嫌な予感に滲んだ涙で視界がぼやけているのが我ながら情けない………………
霞んだ視界がなんか暗くなって……生暖かいものが眼に触れる。………なんだぁ??
…………………………ってこれは……
「なに舐めてんだテメェェェッッッッ!!」
「泣いてるから慰めたんだろうがッッッッ!!」
思わず叫んだ声に重なって同じくアラシが叫んだ。…………ついでにいうならなんて似合わないセリフを…………………
びっくりして思わず叫ぶのも暴れるのも止まってしまった。
つうかすでに思考回路が断絶?
なにせまあ………あのアラシが顔赤くしてるよ…………………。そんなに照れくさいならその言動よしておけよ。
さすがのアラシも三十路を迎える男相手にいまのはなかったと思ったか。あーよかった……………ってオイ?
なんかアラシの腕が身体に絡んでくるんですが………?
「あ、あのー、アラシ?」
「あんだよ」
引き攣った声にめんどくさそうな声が返ってくる。………もしもーし。なんでキミの頭が俺の首に埋まるかな…………?
なんとか頭の中を整理して、一言だけ問い掛けてみる。
すっごく………すっごく聞くの嫌なんだが……………
「悪いが……現在の状況を簡潔に教えてくれ」
「シンちゃんが俺に襲われてる」
あっさりなに恐ろしい事いってんだテメェはッッッッッッ!!!!!!!
思いっきり腕で突っぱねて俺はアラシを遠ざける。ちっ、この馬鹿力、全然動かねぇッ!!!
「冗談いうなボケェ!俺は男だっ」
「知ってるっての。一緒に風呂入った仲だろーが」
「それは修行の時………じゃなくって、しかも子持ちだぞ!?」
「実子じゃねぇし、問題ないだろ」
それ以前の問題だけでもうパンクするわっ!!!!
言葉もなく怒りと混乱に口を開閉していたら納得ととったのか、またアラシの指が動き始める。
とにかくこの馬鹿剥がさないと……………!
慌てて俺がアラシの腕をとると…………不機嫌そうに顰めた眉が憮然とした声を出す。
なんだよ……自分の身を守ってなにが悪い!?
「約束」
「は?」
突然の言葉に俺が疑問を返すように声をあげれば………アラシがまた口を寄せる。
俺の反論を押さえる為だけに寄せたらしいそれはあっさりと離れ、またなにかしゃべりはじめる。
…………バーロー……お前にとっては軽くても、慣れてねえ俺には刺激キツ過ぎ………………
酸欠になりかけている俺の頭にははっきりいってまったくこいつの言葉を理解する機能が確立していない。
「だから、さっき俺と付き合うっていっただろうが。約束ぐらい守れよな」
なんかすっごく自己中な事いってる気がするんだが……身体に力が入らん。まずいよな……どうするかな……………
また首元を彷徨い始めた指先に息をつめた瞬間……………
「パーパッッッッッッ!」
すごい怒号が響いた………。ってこれはヒーロ…………………。
思わず顔を輝かせてその名を呼ぼうとした瞬間、言葉が固まる。う………なんでここにいるのが天帝なんだ………
ついでにいえばなんか圧迫感がなくなっている。ってアラシが消えたんだ。どこに……………
視線を当たりに向かわせて……俺は絶句する。
ア、アラシなんか樹に潰され………………………
顔を引き攣らせていた俺の耳に更に数人の足音が響く。
「シンタロー、無事か!?」
「がうぅー!」
息を切らせて登場したのはバードとタイガー。まん丸の虎が泣きながら俺に抱き着いてくるのを抱きとめながら、俺は改めてみんなに声をかけた。
「えっと……一体なにがどうしたんだ?」
「それはヒーローたちのセリフだぞ!」
「まったくだ。ヒーローの赤い秘石がやっと直ったからって届けられたの見たらお前が襲われているところだし………」
「ガウ!」
「………そ、そうか」
あまり嬉しくない事を思いっきり見られてしまったらしい事に、かなりのダメージを受けて落ち込んでいる俺の背を、ヒーローが慰めるように叩いてくれる。
う………なんか、ヒーローっていうとこう小さなイメージがまだ抜けねぇんだよな………
こんな風に慰められるとまるで別人な気がしてくる。………まあこのサイズに突然なられた日にはほとんど他人と同じなんだが…………
それでも中身はかわいいヒーロー。邪険にできるわけもなく、俺は力なく笑いながら大丈夫だといってみる。
「もう安心していいぞ、パーパ。ヒーローがパーパのコト守るからな!」
「ハハハ、期待しているよ」
なんとなく情けなさに包まれながらもいつもの通りの言葉を返す。……そういや、そろそろアラシ復活するんじゃ………
ふとアラシが潰された方を見てみると……………バ、バード…………?
そこに確かアラシがいたと思うんですが……なんで山盛りの土が…………………………
なんか一仕事終えました!って感じのいい汗かいて清々しく太陽眺めているのもいいが………なんか下の土もこもこ動き始めているぞ?
あと少ししたらゾンビのごとくアラシ復活か…な。
それを眺めながら顔を引き攣らせてふかーい溜め息を吐くと、くいっと髪が引っ張られる。
見上げればヒーローがいる。にっこりと笑いかけて、ぎゅっと抱き締めてくる仕種はちびっ子の時と変わらない。
「大丈夫だぞ。アラシはヒーローがやっつけるから」
「…………やりすぎるなよ」
苦笑して、強過ぎるわが子に窘めを囁けばじっと見つめてくる真摯な視線。……なんだ?
きょとんとして見返せば、不意にヒーローの顔が間近になって……ぬくもりが唇に触れる。
身体を氷結させた俺に苦笑して、ヒーローは俺の髪に指を搦めた。
「………パーパに触った分は仕返しするぞ。だからパーパ、他のヤツに触らせちゃダメだぞ?」
軽く俺の髪に口吻けて、不敵に笑ってヒーローは喧騒をまき散らしている二人の方へと大股で歩いていく。
俺はといえば……………
「あいつ絶対タラシになる……………」
いまだ困ったように俺の膝に留まっているタイガーの毛皮に顔を埋め、微かに呟く。
顔がひどく熱い。………こりゃ、気ィ張ってなきゃ罠にはめられそうだな。
無邪気で真摯な罠ほど厄介なものもないとひとりごちて……それでも俺は成長したわが子の背がなにより勇敢で喜びを感じるんだから、どうしようもない親バカだよな。
キリリク25900HIT、アラシVS天帝×パーパでした。
……大体の流れを指定されたんですが……こんな感じでいかがでしょうか?
実は天帝書くの苦手です(あっさり)
だってどんな奴かわからないんだもん………!昔の「天帝」なのか、ヒーローのままなのか………
でも記憶も蘇ってるからヒーローだけではあり得ないだろうし………
なのでうちのパーパも天帝には少し距離とっちゃうんですよね。
一言で息子だっていうにはちょっと大き過ぎというか………仲間により近い子供になってしまってるようで。
ヒーローの時よりは天帝の方が意識してもらえるのか。とっても微妙ですね。
この小説はキリリクを下さったまゆら様に捧げます。
せっかく下さったネタをこんなのに書き上げてしまいまして(汗)イメージ崩れてないと嬉しいです………