グル〜リと辺りを一回り眺めてみる。
 特にこれといって誰の人影もなし。ほっと息を吐いて俺と虎のタイガーは顔を合わせてにんまり笑う。
 いやはや、絶対に先回りされていると思っていたけれど、今回は予想が外れてくれたらしいぜ。
 嬉しげに俺たちはまだ後ろで服を脱いでいる途中のヒーローの方に向き直ってリラックスしたように身体の力を抜いた。
 ん? 一体なにがって?
 …………………タイガーはサクラがいないことを、俺はまあ………あの英雄たち+αなんかがいないことを確認していたわけだが。
 悪い奴らじゃないんだが悪ふざけが近頃度を超すからな……それから庇ってくれるタイガーを横取りされたと思っているサクラの雷が……ね…………………
 俺だけでなくタイガーに一番喰らわされるので哀れでならん。故にそれを庇えば今度は他の面々が…………
 つまり端的にいってしまえばまさに悪循環。
 それなら初めから避けて通りたいと思うのが人情ってものだろう?
 ましてこんないい天気、家族水入らずの行楽日和!ってな日に…………
 しみじみと久し振りの休みを謳歌出来る予感に浸っていた俺たちの耳にヒーローの弾んだ声が聞こえる。
 「パーパ、タイガー! 早く入るぞー!!」
 ワクワクって顔のヒーローはタオルを持って………更になんかすごい量のおもちゃなんかも持っているがいいとして、俺たちの奥にあるドアを目指してやってきた。
 そう、服脱ぐとかで解る気もするがここは温泉! 1年くらい前に邪魔な石を掘り起こす手伝いしたらいきなり温泉を掘りあてちまって、そのおかげでこの村の名物になっているのだが、感謝した村人さんたちは
 俺たちの為にいつでも宿を貸してくれる。
 ので貧乏な俺たち一家でもこうして楽しめるわけだが。
 …………如何せんその時の状況が悪かった。
 思い出したくもないが、まあ……またすったもんだな騒ぎのせいで岩を粉砕するというか……地面を抉っちまってこの温泉湧いたようなものなんだな……………………
 つまりたったいまいないことを確認した奴らもここにくるのが自由なわけで、俺らがくることをどこで知るのか解らないが察知してはなにかと騒ぎを起こしてくるんだよ。
 静かに温泉使ってゆっくりのんびり疲れを癒すはずが、いっつもなにかと邪魔が入るんで今回は直前まで誰にも気取られないようにしてきたんだが…………
 「ハハハ、ヒーロー、走っちゃ危ないぞ? ちゃんと歩いていきなさい」
 この笑顔が見れるならもう十分!!とか思っちゃう俺はやっぱり親バカかね…………
 俺とタイガーはほのぼの気分のまま駆け寄ってきたヒーローの為にドアを開けてやる。


 ガラガラ。



 ―――――――――――――ビターンンッッッッッ!!!!!



 ふっ。
 思わず開けた瞬間に俺はドアを締め、タイガーは突っ込んでくるヒーローを毛皮で抱きとめた。
 その状態のまま俺たちは互いに顔を見合わせる。
 …………気のせいか? さっきは確かに無人だったよな……………
 いやしかしあいつらのことだ。どんなことやらかすかもわからないし…………………
 思わず生温く笑っている俺たちに、不思議そうな声がかけられる。
 「パーパ? どうしたんだ? 早くいくぞー?」
 きょとんとしているヒーローにとてもじゃないがたったいま見てしまった幻覚を同じく見せたくはない。
 さーて、どうしたもんかね………………
 悩み始めた俺たちの背後に嫌な気配。
 さっと青くなった俺たちの顔色など関係なくそれはあっさりとドアを開け、高らかな声をあげた………………
 「まったくこんなところでなにやってんのさ! さっさと入れよな。気になってゆっくり出来ないじゃないか!」
 かわいらしい女の子のような声に思わず俺たち二人は顔を引き攣らせる。
 …………お前がいるように見えたから俺らは入るのやめようかと思ったんだよ……………
 そんな思いが顔に出ていたのか、ギロッとサクラが俺たちを睨む。というか…タイガーを………?
 さっと想像出来た事態に、けれど子供に甘いこの虎が逃げだせるわけもない。
 あっさりとサクラの細い腕に捕まえられたタイガーは泣きながら引きづられていく。
 「まったく、俺のコト誘いもしないでここにくるなんて! サクラもう傷ついちゃったんだから! きっちりおとしまえつけろよな!」
 物凄い勝手な言い分も幼さだからこそ許されるのか、泣いてはいても本気で抵抗することもないタイガーをあのサクラが離すわけもない。………あとで取り合えず拾っていかないとな……………
 さて、俺とヒーローはあらためてちらりと温泉の方を見てみる。
 特に誰もいなさげに見えるけれど………サクラいたしな………………
 ついでにいうなら、温泉のところにいくつか泡がふいているのがすっごく気になる………。つうか怪しすぎる!!!
 トントンと俺の腰の辺りを軽く叩き、ヒーローが困ったような顔で見上げてきた。う……明かに俺の不安が感染してる。
 「パーパ、温泉嫌なら帰るか? ヒーローまた今度でいいぞ?」
 少し残念そうに、けれど俺を気遣ってそういってくれるヒーロー。………なんでこんな子供でも俺を気遣ってくれるっていうのに……………
 「コラーッッ! 人が必死で我慢してまってるっつーのにいらんこと言ってんじゃねぇぞガキッ!」
 「なんでテメーまでいやがるアラシッ!」
 「リュウさんいい加減離して下さいっ! 俺今日プルルとデート……!」
 「こんな楽しい余興に出席せんでどうする!」
 「………温泉というものは潜って浸かるものなのか?」
 なんでこの馬鹿どもは一切そうしたことがないんだっっ!?
 一気に全員でまくしあげて下さった言葉に俺は思わず影を背負ってしまう。
 ………つうかクラーケン、温泉の定義間違えて覚えるなよ………? あとでちゃんと教えてやらんとな。
 見事に水揚げされた英雄たちと幼馴染みに思うにはあまりに虚しいことばっかだよな。とはいえ……ここはぐっと忍耐。
 くるりと回れ右。ヒーローの背を軽く押しつつ俺たちは何事もなかったかのように温泉に背を向けた。
 「さ、ヒーロー行くか。今日は温泉の湯が濁っているみたいだしな」
 「でもパーパ、バードたち………」
 後ろからなにか喚いているらしい輩を気遣っているのか、それとも何も考えずにただ知り合いがいるのに帰るのが不思議なのかヒーローが言ってくる。
 フフ……こんな馬鹿どもに使う気なんぞ燃えないゴミに出してしまっていいのに………。
 さすがヒーロー! イイ子に育ってるな………v
 なんて親バカ言ってる場合じゃなかった! 俺は思いっきり真面目な顔をして言い聞かせるようにヒーローに答えた。
 「いいかヒーロー、ああいう変態には近付いちゃいけないんだぞ?」
 「わかったぞーv」
 あっさりかわいい答えが返ってくるのはなんとも頼もしい。この手の輩には極力近付いて欲しくない親としての心理を知っているのかね。
 がしかし、そんなことは後ろで怨念渦巻いて見守っていた(?)奴らには関係ないらしい。
 「ちょっと待てシンタロー! 誰が変態だ!」
 それはお前の行動の大部分を指すと思うぞバード。
 「自分のものの所有権振り翳してなにが悪いッ!」
 ……………誰が所有物になったのか教えろアラシ。
 付き合い長いとはいえ、この二人のこういう態度に慣れることはないな。なんで俺を相手取るか本気でなぞなんだが……………
 なんて悩んでいた俺を無視して今度はその後ろで楽しみ半分本気も半分で声をかけてくる奴が………
 「楽しきゃいいじゃねぇか。長い人生嫁になることがあってもいいもんだぜ、シンタローv」
 己の「長い」は俺の一生全部を軽く超すんだ。っつうか男が嫁になっていいと思うコトはないわっ!
 「こいつを貰うのはいまとっていけばいいのか?」
 …………………………………俺はおもちゃじゃないのでそういう確認はよしてくれるかクラーケン……。こいつはこいつで他の奴らの言っている意味は理解してねぇな…………
 「俺まで巻き込まないで下さい〜ッ」
 あ、キリー忘れてた。あいつだけはちゃんと蟲人界に戻してやらんと…………
 そう思った俺は一歩温泉の方に身体を寄せようとすると…………
 がしっ!
 …………? なんだヒーロー、いきなり腕にしがみついて。
 ぎゅっと縋り付くようなヒーローの様子に訝しげに俺は声をかける。
 やっぱこの馬鹿たちを見て世を儚んだか………?
 「ヒーロー……? ちょっとパーパ、キリーだけ帰してやりたいんだが………」
 そういうと腕の力が弛んだ……が、今度は思いっきり腕を引かれてしまう。
 …………痛い。思いっきり顔から床にぶつかった俺は鼻の頭を強(したた)かぶつけた。
 それをさすっているとヒーローはニッと笑って振り返ってきた。
 あれ、なんか後ろで喚いていた奴らが凍結? 変だなーと思って俺はあらためて自分の前にいるヒーローを見上げる。
 ………ん? なんか足が長い。つうか子供の形じゃなく、筋肉のしっかりついた青年のもの。
 あの………なんで天帝バージョンに………? 冷や汗を微かに流しながら見上げていると天帝がすっと腕を差し伸べてくる。
 ああ、転んだからか。そう思ってその腕を掴むと…………手の甲に唇が落ちる。
 ………………………………………………………………………。
 いま、なにがあったのでしょうか? 思わず思考回路が吹っ飛んでしまった俺に唇はそのままにした天帝が呟く。
 「じゃあ俺がバードとアラシとリュウやっつけてくるぞ! そうしたら温泉、一緒に入ろうな?」
 かわいいかわいいヒーローと同じ笑顔でいってはいるのですが……あの……なんか怖い…………………
 顔を引き攣らせつつ天帝の背中を見送った俺は改めて溜め息を吐く。
 帰ろう。うん。
 …………今度天界にいって天帝にならないアイテムでもないか聞いてこないとな……………
 背中から聞こえてくる阿鼻叫喚のような叫び声を無視し、俺は連れ去られたタイガーと、とばっちりを喰らいかねないサクラを探しにその場をあとにした。


 温泉……考えてみるといまだにまともに入れた試しがないことに気づいたのは天帝が気絶した三人を抱えつつクラーケンと一緒に帰ってきた頃だった。
 俺もう一生温泉入れない気がしてきた…………………






キリリク29000HIT、パーパ争奪戦で温泉ネタでした!
………温泉ほとんど出ていないじゃん……………

大分長いこと小説書いていなかったです。ギャグに関してはもう記憶の彼方にとんでいます。
なんというか……こんなにリクお待たせしたのって初めてか?(汗)
仕事と学校でちょっとニ週間ほど休みなし☆な状態だったとはいえ、お待たせして申し訳なかったです。

うちのクラーケン……パーパのこと気に入ってはいるようですね。
といっても父親というか……傍にいて安心出来そうな感じでのようですが。
なかなか微笑ましくなりました(笑)

この小説はキリリクをくださったゆきさんに捧げます。
遅くなった上によく解らない話でごめんなさい(汗)