祈ってみようか、幸せを。
願ってみようか、安らぎを。

望む事も出来ないそれらをこの腕にと……縋ってみようか?

―――――――そうしたならその至玉は堕ちるだろうか?

 

命の炎の熱さなどこの身は知らない。
壊す事の悲しさなんて、知らない。
赤く赤くその身を焦がして……………

いっそ自分も燃やして。

 

そうしたなら君はこの腕の中、捕らえられた鳥。
羽撃く事さえ叶わない、手折られた翼抱いた哀れなる………………

あどけなく自分を映すその瞳さえ、消え去らせて。

………それを願えたならこの身を侵す痛みを亡くす事ができるのだろうか………………





玉兎には金烏



 漆黒の髪が風に舞い、不意に空高く吸い込まれるように揺らぐ。
 突然吹き上げた風に驚いたように男は眉をしかめて目を瞑り、それをやり過ごす。どこか人為的な気配をその風に嗅ぎとって、顰めた眉をより深く刻み込むと男は息を吐き出すようにして音を紡ぐ。
 ……背後に感じる気配。感じるようにわざと醸されているそれ。
 「アラシ……? いまの風、お前か?」
 いつの間に忍び寄ったのか。……そう問うことは愚かだろう。
 彼の実力を知っていればむしろこうして気配を感じる事の方がおかしいのだから……………
 埃の入った目の痛みを紛らすように擦り、男は乱雑に乱れた自分の漆黒の髪の合間に伺える金の髪を見遣る。
 ……………どこか人を喰ったような笑みが落ちる。
 いつもながらこの気配の主の突飛な行動の理由は頭を捻っても思い当たらず、口にしたところで教えてもらえない。
 軽く息を落として男は改めて金の髪に向き合うように身体を捻って顔を向けた。
 緩やかな風はいまだ流れていて、果たして先程の風が彼から発せられたのか確信がもてない。まして彼が風を操れるのは秘石という特殊な力を身の内に内包している時だけだったのだから…………
 訝しげに顰めた眉を解き、仕方なさそうに苦笑を零す。
 どうせ彼は答えない。………それを怪んでいつまでも顔を顰めていてもなにも得るものもない。
 我が侭な子供の相手をしているような心境になりながらも男は笑みを崩さない金の髪に再び声をかけた。
 「で……なんかあったのか? お前がここまでくるなんて珍し………」
 紡がれかけた言葉が不意に途切れる。
 やわらかなぬくもりが背まで覆う。……抱き締められている事に気づく事が数瞬遅れた。
 無骨といって差し障りのない腕が随分と慎重に自分を包んでいた。それはまるで普段の彼らしくないいたわりさえ感じさせる触れ方で……………
 一体なにがどうしたというのか……垣間見えるその逞しい肩さえ震えるのではないかと思えるほど寂しげな気配に解いた筈の眉が再び顰められる。
 随分長い事会っていなかった幼馴染み。
 ………この胸を彼が貫いてから……もうそろそろ2年を過ぎるのだろうか。
 自分の中の彼はいまだ哭いているその姿で、時は凍ったまま進んでいない。
 けれど……………
 彼の時は刻まれている。自分が闇に囚われ……再び血に染まったあの長い悪夢の間もたった独り刻み続けた。
 互いに死を恐れるような質ではなくて。相手の死に泣きわめくような間柄でもなくて…………
 それでもどこか繋がったまま離れる事も出来ない。当たり前のように敵対さえできながらも切り捨てる事が出来ない。
 何故なのか………。そんな陳腐な言葉は知らないけれど。
 ただ知っている。彼がもとは自分と同じだった事を。
 同じ道を願ってともに歩んだ。誰よりも大事だった友人。………優し過ぎて、壊れてしまった脆い心。
 自分を抱き締める事と……屠ることを同義に捕らえてより簡単な、自分を苦しめない方法を選んだ。この先2度と誰かのために傷つかずに済む。それを祈って残酷で優しい腕は鼓動を止める。
 気づく……べきだったのだ。
  自分のことばっかり考えて頭がいっぱいで……余裕さえなくて彼を責める事で楽になろうとした。こんな愚かな行為さえ彼は受け止めて永劫なる安息に導こうとしていたのに。
 方法は間違えているだろう。……それはきっと確かで、それでも彼の中に残された純正はただ自分のために顔を覗かせるのだから。
 ……………それから逃げようとするのは、卑怯なのだろう。
 震えもしない肩は当たり前に晒されたままただ男の黒髪に解けるように佇む。なんの意図もなく抱き締めるだけのぬくもり。
 それはあの時と同じ。
 この身に埋め込まれ腕さえ…愚かしいまでの優しさだった。
 もうずっと彼は時を忘れていたのか。……あの、道を分かった日から自分の前に立つ彼は幼いまま。
 違う答えを晒した自分を……傷を負う事しか知らない自分を悲しげに怒れる瞳で睨み付ける。
 ――――――――あの頃のまま…………………
 鼓動を求めるように肩に埋められた額。首に細い金糸が流れる感触。くすぐったさに僅かに身じろいだなら絡まる腕は強まる。
 微かな苦笑を零して逃げない事を示すように身体から力を抜けば、消えるような小さな音が肌に染みた。
 「………………羽………」
 単語でしかないその音を耳は拾い、一瞬の逡巡を経てこの腕の持ち主の求める答えを思い至り男は苦笑を濃くする。
 背中に触れたままの腕を少しだけ下にずらすように声をかけ、背中に意識を集中させる。
 僅かな風さえ生んで、男の背には青緑の力強い羽があらわれる。
 ……………赤く染まっていないその羽を僅かにずらした視界の中におさめ、溶けるような息を金の髪は男の肌に落とした。
 幼い頃からそれが欲しかった。
 同じになりたくて…けれど決して同じにはなれなくて。
 色さえも対極にある自分では彼に溶け込めなくて………ずっと見つめていれば気づいてしまう、その差異。
 何故だろうか。傍にいたくて同じものを目指したのに、愛しい魂はそれ故に切り刻まれてばかりだ。
 それなら別の道へと誘い込んでも、潔癖な彼は意固地なまでに茨を選んで血に塗れる。
 …………気づかないのだろうか。その足元に広がる血溜まりに。
 己の流した血液の池に溺れる。それでも助けてなんて腕を伸ばす事もない。それならいっそ……その血を枯らしてしまいたかった。
 叶えた願いは永遠に彼を赤に塗れさせる結果しか導かなかったけれど………………
 赤く染まったその身を見つめ、それならいっそ自分も赤く染まってしまいたかったのに。
 燃え尽きた身体はその炎の羽さえ枯らして自分を連れていく事はなかった。
 生きろと…暴力的なまでの姿で突き付けられる感覚。………後を追う事を許さないその厳粛さ。
 縊れる気なんてなかったけれど……狂う事も出来なくなった。
 生き返ったその魂を確かめる事も出来ず随分時間が経って……それでもあまりにもこの魂は同じ過ぎて。
 屠った自分さえ、愛しむ愚かしさにいっそその羽を手折ってやりたくなる。
 一瞬湧いた思考はひどく甘美な誘惑。この腕の中、自由をもいだなら閉じ込める事ができるだろうか…………?
 紫水晶が……危険な意志を内包して煌めく。陽光さえ恐れるように雲に隠れて影を落とした。
 蠢く指先が羽の根元を掴み、その意図を示すように力を込める。
 …………気づきながらも男は何もいわない。苛立たしそうに少しずつ握力を高めてわざと痛みを覚え込ませれば………不意に包み込まれる。
 その腕に。………雄々しき羽に……………………
 泣いている子供の魂を溶かし込むようにやわらかく抱き締める気配に金の髪は唇を噛んで地面を睨み付けた。
 知らないくせに……気づく魂。それ故に傷つく事しかない………………
 …………そのくせその声は悲しいほどあたたかく深く響くのだ。
 「俺はもう……なにも燃やす気はないからな…………?」
 この羽はそんな事のためにあるわけではないから。
 もう2度と……自分を燃やしはしない。ましてこの身を抱く寂しい魂を道連れる気もない。
 幾度手折られようと再び自分が立ち上がる事だけは知っているから。好きに……したならいい。
 そうしてまた悲しむ瞳の前、自分は立ち上がる。足掻く。……命の限り笑んでみせよう。
 それを痛む切ない思いを知らないわけではないのだ。
 幼子の癇癪のように肩に噛み付いた金の髪を抱き締めて、困ったように男は瞼を落とす。
 震える指先はいまだ羽を握り潰そうと掴んだまま。
 ………それでもそれはもう…2度と繰り返す事の出来ない道化の喜劇。
 手放せない指先を抱き締めるように、男は金の髪に吐息を溶かし、微睡むように閉じた瞼のままその肩に頬を寄せた………………

 手折った翼で羽撃く鳥。
 ………遠く遠く、逃げるのではなく生きる為に飛び立つ。

 この身を燃やす赤を携える事なく、空に溶ける。
  それなら……羽撃く前に色を灯そうか。
 空に溶ける前に……その肌に金の印を。

 

 ――――――――自分の色を溶かして眠らせて……………








アラシがなんというか………ガキ。
いや、うちのアラシお子様だけどね!
殺そうと思った相手を本当は大事にしたいとなったら……もう一度殺せるかなー……と。
後悔なんてしないだろうけど、繰り返す時は一緒に逝きたいだろうなー。
それでも後追う事も許されないなら、どうする事も出来ないけどね。

炎の羽……いっそそれで燃え尽きる事ができたら楽だったかな。
もっともそんな逃げで満足するような人たち好きではないですが(笑) 死んで楽になるよりゃ生きて苦しむ方を選んだ方がまし。

こんな暗い感じの話ですが(汗)すーあさんへv
一応リクいただいたC5は書いたし、もう片方のアラパーにしてみました!
10000HITおめでとうございますv