それは自分にとっては当たり前のこと。
何一つ不思議ではない。
この目に見えるものたちが伸ばす腕も。
……願うままに流すこの血潮も………
それは自分が決めたこと。
――――大切な者たちの為に、自らに課したこと。
歪曲の生
原始的な木々の密集するジャングルの中、青年は無表情に歩いていた。……否、見る者が見ればそれは苛立っていると感じられただろう。
ゆっくりと吐き出された苦々しげな息がそれを裏付けていた。
ジャングルを抜ければ、そこは切り詰められた崖が広がっている。
羽根を背に持つ者であれば、絶好の場所だろう。美しく澄んだ空が視界いっぱいに広がっている。
……が、それを愛でる暇など青年にはない。
思った通りの場所に、思った通りの状態で、思った通りの人物がいる。
転がっているその小さな背を足の先で軽く蹴り、青年は声を掛ける。
「……おい、意識はあるか?」
返答がない。流れる赤に変化もない。
深いため息を一度零し、青年はしゃがみ込んで顔を伏せている子供を抱き起こす。
………軽すぎる重さに、眉を潜める。
いつもであればここまでひどい状態ではないはずなのだが………
手首から流れる目にも鮮やかな鮮血を押さえ込み、すでに常備せざるを得なくなった包帯を取り出した。
乱暴な手当てにさえ、子供の閉じられた瞳は歪まない。
忌々しげに青年は視線を鋭くした。
傷跡を抉るように強く包帯を絞めれば、微かに眉が動き………睫が震えた。
ゆっくりと……その瞳があく。
深く澄んだ、澱みさえ忘れた忘却の闇色の目が…………
それに一瞬引きずり込まれそうになる自身を叱咤し、青年は子供から手を離した。
支えを失った子供は一瞬倒れそうになる上体をどうにか傷のない手で持ち堪えさせた。
そして改めて周りを見回す。……けだる気にのんびりとした所作で。
ゆっくりと辺りを伺った片目を隠した子供の顔は、やっと青年の顔に辿り着いて、微かに口元を綻ばせた。
「………クラーケンじゃないか。久し振りだな」
何事もないような声に、青年の眉が寄る。そんな反応に、子供は不思議そうな顔をした。
一体どうしたのだと、そう問いかける瞳に答えるのもバカバカしい。……けれど確かに迷惑を被っているのは自分なのだ。
だから、問いかける。………これにはけして意味はない。そう言い聞かせながら。
「貴様は何度死ぬ気だ?……貴様を探せと面倒を押し付けられる俺の身にもなれ」
棘を多分に含んだ声がそう囁けば、子供はきょとんとした。……次いで、小さく口元に笑みをのぼらせる。
それはどこか悟った大人の笑み。なにかを犠牲とすることを当たり前と黙認する、大人の寂しい微笑み………
微かに見開いた瞳に、一度は死んだ男の笑みが浮かぶ。変わらない。この子供は再び生を受けながらも、その性情を変えはしなかった。
………何故かなど、知りはしなかったけれど。
「すまん。これは、仕方ないことなんだ……」
苦笑とさえ受け止められる声。けれどその目はけして笑っていない。
澄み過ぎた瞳は、笑うことさえ忘れている。
凍った視線に青年は息を飲む。どこか、自分にはふざけた顔を覗かせる子供だった。
………けして、自身の暗い部分を晒そうとしないよそよそしさがあった。
これは、なんだろうか。……心臓の音が耳元で鳴っている。喉が圧迫されて息苦しいほどだ。
ゆっくりと開かれる子供の小さな唇。
逸らすことさえ出来なくなった、絡み合った視線…………
「この目に見えるものたちは、生きる者を喰らう。……言霊というモノを知っているか?」
「………………?」
「言葉に宿る力だ。血は、知となる。知とは力を指し、其れ故に生気を多分に含む」
淡々とした子供の声は、空恐ろしいほど現実感がない。ただ与えられる知識とさえいえる情報。
………実感出来ない、言葉の羅列。
微かに吹き上げた風にヒヤリと震える。……知らず、脂汗さえ流していた………。
「俺が与えなくては、暴走する種もある。昔から、もう与えることが習慣だった。……だからお前も、気にしなくていい」
静かな声はただ青年の鼓膜を震わせるだけだった。
意味ある音として、認識出来ない。
子供は、一体なにをいっているんだろうか…………?
「これはしかたないことだから」
その、流す涙さえ、仕方ないのか。
苦痛を苦痛とさえ認識することなく……与えるのか。
ザワリと、肌を駆ける不快感に青年の視界が揺れる。
その変化を知った子供は、青年の顔を覗き込む。いまだ幼い腕では、青年の背を抱き締めることさえ出来ない。
少しそれを切なく思いながら、子供は寂しそうな笑みを浮かべた。
「………忍……」
微かな、風に攫われるほどに小さな声が子供の名を呼ぶ。
その音さえ、子供の笑みを変える事はない。
本当の笑みは、零される切なさからしかない。
判っている。子供は純粋過ぎた故に、歪んだ。……歪みを与えられた事さえ受け入れて生きているのだ。
幼い肩を抱き寄せて、青年は子供の耳元に再びその名を流し込んだ。
微かに震える肩に疼く心を知っている。
………ならばいっそ、自分は死ねばよかったのだろうか。
青の秘石の滋養と成り果てて、この身を朽ちていれば……見えぬ者に優しいこの子供は願うままに全てを与えるのだろう。
その命さえ、価値あるものと認識せずに…………
それでも腕の中のぬくもりを破壊出来ず、込み上げそうになる熱い固まりを飲み下す。
何も写さない子供の瞳は、ただ苦しげな青年の顔を痛ましげに見つめていた。
………与える事の出来ない自分を歯痒く思いながら……………
と、いうことで。クラーケン×忍でした!
………本当にそうか?これという声は聞き入れません!
随分前にれいこ様に見たいといわれながらも断らせていただいたものです(笑)
今回絵を頂いたのでお返しに頑張ってみました。
………忍もクラーケンも異様に難しい事が判明しました。
この人たち、どうやって喋るんですかねー(汗)
判らなかったです………。
それではわけ判らない二人ですが、どうぞお納め下さい。