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驚くくらい晴れ渡った朝。音もなくその鳥は舞い降りた。
舞い降りた空の先に広がる青さえ曇らすような暗雲とともに…………
玄関を開けたと同時に男は顔を引きつらせた。
「ば、バード?一体どうしたんだよ……そんな死にかけた顔をして………」
なんとなく思い付くことはあるのだが、絶対に気づきたくない。そう思ってしまっている為か、男の視線はどこか泳いだままだ。
それを知っているらしい鳥は軽い爆発音とともに鳥の姿から青年の姿へと変化した。
………その顔にかかる影は変わらぬままに。
むしろいっそうその澱みを増す姿に男は思わず手にしたままのドアノブを引いてしまう。


―――――――ガシッ!!!


閉じられたと思ったドアは……しかし青年の指が掛かり阻まれる。
…………僅かな隙間からどんよりした雰囲気とともに青年の声が響いた。まるで奈落の底から湧き出るよな声に男はドアを開けたことを後悔するのだった…………
「シンタロー………幼馴染みの親友がこんなに困った顔して訪ねてんのにー…………」
「知るかー!!! 親友だというならその陰険な声変えてからこいっっ!!」
「俺は狼と七匹の小ヤギの狼かっ!」
「その姿じゃ似たようなもんだーッッ!!!!!」
明らかになにかを企んだ目の輝きに叫ぶ男の声もかなり切実だ。
その言葉にぐっと息をつまらせながらも青年は思案するように視線を彷徨わせた。………諦めてくれるかと思い男の腕から僅かに力が抜ける。
その瞬間、閉めようとしていたドアが盛大な音とともに開け放たれた………
そしてそこにはニッと笑った青年の端正な面が佇む。それを見た瞬間、男は腹を括らなくてはいけないことをなんとはに悟るのだった………





ダンシング☆



 空を飛びながら安心したように話しはじめる鳥と、対照的に暗く沈んだ男とが降り注ぐ陽射しを縫っていた。
 男は深い溜め息とともに鳥の声を聞いている。……もっとも、聞けば聞くほど気分も溜め息も重いものになるのだけれど…………
 「いやー。まいったぜ。いきなり家にあんな手紙がきてやがっからさ」
 「…………………」
 先程見せられた手紙に内容を反芻し、男はまた暗い溜め息を吐いた。
 内容としては別段貴族である彼の家に珍しいものではない。……ないのだが…………
 彼の実家に限り、それがどういった意味を持つかを考えなくてはいけない。そしてあんな暗い顔をしていた青年を思い返せば……かなり覚悟がいる。
 どんどん暗くなっていく真面目な男を振り返り、鳥は苦笑しながら軽い声でいった。
 「なんだよシンタロー。別に今回は女装しろとかはいわないぜ?」
 「………いいのか!?」
 驚いたような明るい声と無防備なまでに晒された幼い驚きの顔に青年は罰が悪そうに視線を逸らす。
 …………別に、して欲しくないわけではない。ないが……それを強制して男が自分の家にくることを厭うようになるのが嫌なだけなのだ。
 そういう別の思惑が隠されていることを知らない……考えない真直ぐな男に少し罪悪感が募る。
 もっとも、この男が感ずくようであるなら、自分は傍にいられないのも確かなのだが。
 本当は友でなど満足出来ない。たった一人、一生勝つことが出来ないと自ら認め跪ける相手なのだ。特別であることを示唆するように囁く、唯一の親友という言葉さえこの渇仰を満たすほどの重みを持ちはしないほど。
 あるいは……これは刷り込みなのだろうか。彼の背ばかり見ていた自分には、彼の生き方は痛々しくて眩くて。大丈夫だと力強く笑う姿の鮮やかささえ泣きたくなるほど歯痒い。
 けれどその全てを彼に示すわけにいかない。男は何の疑いもなく自分を信じてくれるから。
 ……だから、それを抱き締めたまま青年は微苦笑のまま呟いた。
 「今回はな、他のヤツらこないし……話逸らすのには付き合えよ?」
 まともに会話が成立しない状態にはならないはずだから構わないと青年がいうと安心したように男は笑い頷いた。
 その幼ささえ残った仕種に別の意味で溜め息を吐き、自分の理性の強さを改めて実感するのだった………。


  たいした時間もかからずに二人はそこに着いた。…………毎回くる度にどう見ても趣味がいいとはいえない豪華絢爛な城。
 よくこの城で育った青年の趣味が一般の人と同じであるか、その先端をいけるくらいにはいいのかが不思議でならない。
 幼い頃からどうしても一瞬身体が竦むその門をくぐり、男は居心地のあまりよくないメイドたちの出迎えの列を歩いた。……どうしても口々にいわれる歓迎の声に律儀に声を返してしまうせいかとても疲れるのだ。
 それを後ろ目に見ながら意地悪げに青年が笑いながら男の隣にきた。
 ……前を堂々と歩いていた青年が突然真横に戻ってきて男はなんとなく腰が引ける。昔からこういった時に傍にくる幼馴染みはシニカルに笑ってからかいの言葉を吐くのだ。慣れたくはない……それでも慣れつつあるその恒例行事にいわれるより先に少し仏頂面を晒す。
  それを見て取って青年は耐えられないように吹き出し、メイドたちの列から離れて角を曲がると涙さえ流して大笑いし始めた。
 「バードッ!!!」
 いつまでも笑い続ける青年に面白くなさそうに男がその名を呼んだ。
 それに顔をむけ、可笑しそうに笑ったまま青年は答える。
 「だってよぉ……ククッ…。お前だって城でされてっだろ、こっれくらい」
 「………俺はそういうのが嫌だから裏門から入るんだよ」
 さすがに正面から入らない限りあんな歓迎の仕方はされない。が、この家ではそうもいかないのだ。人間界に住み込んでしまった跡継ぎを迎えるのはこの家の人間には楽しみの1つで、それを自分の我が侭で無くせない。
 そんな男の考えも看破している青年はだからこそ楽しげに笑う。……自分にとっては嬉しくないことでも、結局誰かの為にと彼は我慢してしまうのだ。
 戸惑うように躊躇う足取りは幼子のように頼り無くてみているものの庇護欲を誘うことは勿論彼には内緒にしなくてはいけないのだけれど…………
 「ま、気にするなよ。あいつらだって普通に話してくるだろ?」
 この家ではそこまで躾は厳しくない。仲がよくなればかなり口調もくだける。……だからこそ初めのこの歓待が嫌だといわれればその通りなのかもしれないけれど。
 奇妙な顔で頷く男をやっと辿り着いた自室に招き入れ、青年はソファーに腰をかけた。
 それに習って座った男に、申し訳なさそうに青年が確認する。
 「で。………一応舞踏会の方は夕方からだから、それまでに服見繕ってもらっていいか?」
 「………?俺も、でるのか?」
 初めて知ったような顔で聞き返す男に、改めて言葉が足りなかったことを実感する。………彼はどうやら自分の母親の相手をすればいいだけだから舞踏会の前に顔を出せばいいと思っていたらしい。
 「悪い、ママは今日は確実に舞踏会始まるまでは動けねぇわ」
 「………なんで?」
 嫌な予感をいっぱい感じている顔が、それでも一応聞き返してきた。
 その予感を見事に適中させる青年の声に男は空笑いを返すだけだったけれど…………
 「着替えの用意と………舞踏会用の衣装に手間取ってるのと………。あの服じゃ動き回れないから」
 呟いた青年の声にも軽い疲労感が漂っていた…………


  家の玄関を叩く音に気づき、女は声をかけながらゆっくりと開けた。
 「はーい。……あら、ヒーローくん」
 「ヤーホー。遊びにきたぞー」
 明るくいった娘婿に女は笑顔で迎えながら奥にいる同じく朝から遊びにきていた娘に声をかけた。
 ……けれどいくら外を見てももう一人くっついてくるはずの姿が見当たらない。
 訝しげに女は子供に声をかける。それでもその声音は優しくあたたかい。
 「ねえヒーローくん。パーパはどうしたの?」
 「んーとね、パーパバードのお家いって踊るんだって」
 「…………踊り……?」
 ヒーローの無邪気な言葉に女は顔を顰める。
 その瞬間を狙ったように奥から愛娘が顔をだし、嬉しげに夫の腕をとって家の中に入れていく。
 気をつけて遊ぶように声をかけ、女は改めて玄関に居座るもう一匹の動物に目をむけた。
 ………その目はすでに先程までの穏やかな慈母のモノではなくなっている。それに気づいた虎は慌てたようにドアを開けようとするが………
 「なに逃げようとしているのかしら、この虎は……………。皮を剥がれたくなかったらさっさと人型になって洗いざらい話しなさい!」
 背後から忍び寄るヘビのような黒髪に捕まった虎は泣きながら陥落を示すように軽い爆発音とともに青年の姿へと変わるのだった…………


  日が赤く染まり、少しずつ傾いた斜陽とともに家の中は大々的に模様替えが施されている。……といっても今日は簡易の舞踏会と聞いていたのだが。
 「なあ……今日って俺の知ってるヤツくらいしかこないって………」
 「…………ママの趣味だ」
呆 然とした二人の目の前で王たちの城並の広さの広間は恐ろしく凝った装飾を施されていく。
 「せめて英雄がこないのが救いだな………」
 「それだけは絶対に頼むっていっておいたからな……………」
 お互いに苦労が絶えないと深い溜め息を吐きながら二人はとりあえず音楽が始まるまでとその室内にある立食形式の夕食をとっていた。
 暫くすると緩やかな流れの音楽ではなく………………物凄い破壊音が響き渡った。
 「な、なんだ!?」
 条件反射で二人は顔を険しくして現場に近付こうとするが……そうする必要もなくその原因は現れた。
 ………脳天気といっていいほどの明るい声を意地の悪い笑みを浮かべた姿で。
 「いよう、シンちゃん。舞踏会があるってきいて遊びにきてやったぜ?」
 「………アラシ………俺も招待客なんだが?」
 「テメェなんざ呼んだ覚えはねぇんだよ!!!」
 すでに慣れきっている男の冷めた言葉と毎度ながらの噛み付いてくる青年の声。
 その両方を笑いながら受け止め、身体に着いていたかつては壁だった残骸を振り落とす。
 「恨むんならネタ流したヤツ恨めよ」
 「……誰だよ」
 「お前の息子」
 あっさりいいきったアラシの言葉に二人は硬直したまま遠くを見た。
 「あー…そういえば俺、誰か尋ねてきたらいってくれって……」
 「お前に似て律儀にいらんヤツにまでしゃべったのか………」
 もう諦めきった二人の様子に気をよくしたのか、アラシは改めて近付いてきた。………シンタローの目の前に。そしてからかうような仕種で自分の唇の左端を指差した。
 「シンちゃん、ここ」
 「あ………?」
 示されるままに触れてみればなにかぬるりとした感触。………なにかのソースがついていたらしい事実にシンタローの顔が一気に朱に染まった。
 それを眺め、アラシは楽しそうに目を細めるとその腕を掴んだ。
 「かわいいねぇ、シンちゃんは。ほら、こっちにもついてるぜ?」
 耳元で囁き、アラシはシンタローの左の口元を舌でくすぐる。
 一気に青ざめさせた顔のまま、シンタローは間近の顔を押さえて喚く。
 「離さんかーっっ!!!!」
 慌てて叫ぶシンタローの声と、無言のままキレたらしいバードのウイングカッターが舞うのはほぼ同時だった……
 そんな中、ゆったりとした流れの音楽が優しい音色で奏でられはじめる。
 …………………………そんな違和感のある旋律に耳を傾ける余裕のあるものなど一人もいないけれど……
 アラシに嘗められた箇所をシンタローはガシガシと擦る。それを横目に退治した二人の青年は………すでに冷静とはいい難い。
 「テメェ……誰の許しを得てシンタローに………ッ」
 「自分のものどうしようが俺の勝手だろーが」
 「いつシンタローがお前のものになったんだよっっ!」
 「うるせぇガキだな、そんなもん昔から決まってんだよ」
 「お前にやるくらいなら俺が貰うっっっ」
 「甲斐性なしは引っ込んでな」
 嘲笑うようなアラシの声とむきになったバードの声。
 ………そのどちらもあまり聞いていたくないという微妙な顔でシンタローは溜め息を吐いた。
 瞬間……耳に響くハイヒールの足音。
 招待客が来たのかと慌ててシンタローは二人を黙らせようと間に入った。
 「ちょっと二人とも落ち着け!舞踏会始まったみてぇだぞ!?」
 「だったら俺と踊ろうぜ、シンちゃん」
 「お前と踊らせるくらいなら俺が相手するッ」
 「………俺は男だからどっちもごめんなんだが……………」
 はっきりいって迷惑以外のなにものでもない。見目麗しいといっても過言ではない二人だけれど、それはあくまでも女の立場からいえば、だ。
 深い溜め息とともに会場のドアが開かれた。
 スリットの深いスカートが鮮やかに舞う。ほっそりとした足が優美な仕種で歩く女の姿を飾っていた。
 ………まぎれもなく自分のよく見知った女の姿にシンタローは顔を引きつらせる。
 いま自分がどういう姿でいるかを考えると……反応が恐ろしすぎる。アラシとバードとに両腕を掴まれ腰を抱かれ……明らかな取り合いの真只中にいるのだから………………
 青ざめているシンタローの顔に気づき、アラシは再びからかいの言葉を吐こうと口を開こうとした。
 ……が、それを遮るように凛とした旋律が会場に響いた。
 「シンタロー、なにをしているのかしら?」
 「え……あ、いや………そ、その…………」
 しどろもどろに視線を彷徨わせたまま必死でしゃべろうとする姿にはすでに男二人は眼中にないことを示していた。
 ……面白くなさそうにアラシが回していた腕に力を込めた。……止めればいいのにとバードが小さく息を吐く。
 アラシの動きに目敏く気づいた女が艶やかに笑った。…………底冷えのする笑っていない瞳のまま。
 無言で優雅に近付いた女は…………そのまま何の脈絡もなくヒールの高いその踵でアラシの腕を蹴りあげた。
 「……………!?」
 予想外の邪魔に驚いたようにアラシが女を睨みつける。………がそのまま顔を引きつらせた。
 なぜだろうか。……絶対的に力では自分達の方が上の筈だというのに……どうしても逃げ腰になってしまうこの雰囲気はなんだというのか。
 「邪魔よ。離れなさい。……バード、あなたもよ」
 穏やかなその声の中の絶対の響き。……どこかシンタローの持つ揺るぎなさに似た声音に息を飲み、知らず身体がそれに従ってしまう。
 離れた二人に安心したように息を吐き……次いで近付いてきた女の存在にシンタローは改めて顔を青ざめさせた。
 ほっそりとしたたおやかな指先がシンタローに伸ばされる。……微かな恐怖に思わず瞑った瞼に……けれど存外やわらかな音が滑り落ちた。
 「………まったく世話が焼けるわね」
 「え………?」
 「ほら、さっさと手をとりなさい。私のエスコートくらい、できるでしょう………?」
 誇らしげに鮮やかに。女は浮かべた笑みをやわらげて囁く。
 子供の傲慢さにも似たその囁きに緊張していたシンタローの肢体が溶かされた。それを合図に、ぎこちなくその指先を包む。
 けれど困惑げに顰められた男の眉に気づいた女が、どうしたのかと瞳で問いかける。
 「……でも俺、踊れねーぞ?」
 「…………仕方ないからリードしてあげるわよ。次は覚えておきなさい」
 小さく溜め息を吐き、女は粗野で野暮極まりない男の言葉をそれでも受け入れた。
 身体を寄せ、その肩から見える二人の男に不敵な笑みを送りながら………………

  ほんの数十人にも満たない小さい舞踏会。
 ……けれどその一角は恐ろしいほどの熱気に包まれていた。
 伸ばしたくても伸ばせない腕を苛つきながらも……女の視線に射すくめられる青年が二人。
 一体いつまで踊ればいいのか判らないで困惑したままなにも気づかない男が一人。
 なにもかも承知の上で、勝ち誇った笑みを浮かべる女が一人。


  この世で最も美しく優位に存在するのは女以外にありはしないと示すように。








と、いうわけで書いてみました最強アマゾネス!(笑)
今回は微妙にギャグです。いつもの文体で書けるかなーと挑戦してみました。
…………フフ……ちゃんと玉砕を理解してます。
おかげさまで異様に長くなってしまいましたよ(遠い目)
こんなわけわかんない作品ですが、イラストのアマゾネスを損なわないことを祈ります。………無理とか言わないで………