…………………あれ?
一体どうしてこんな格好を……?
目を覚ました瞬間それ以外の思考が綺麗に消えてしまった………
いや……さすがにもうすぐ三十路という男のドレス姿を視界に入れてしまったら、たとえ本人であったとしても思考回路凍結に充分だって。
思わず現実逃避にもう一度布団を被ろうとした俺の足が思いっきり引っ張られる。
ってこのベッドただでさえ小さいっていうのに引っ張られたら…………ッ!
………………………ドターンッッ!!!!!
………ほら見ろ。いやんなるくらい見事な音と友に俺は床に落ちた。しかもまだ足持たれているせいで頭から落ちたしな………………
きっと睨み付けるように人の足を掴んだ腕の持ち主を見上げてみる。
まだ持っている足を返せと喚こうとして……脱力した。
…………………………………………………見えないんだよ。
俺の着ているらしいドレスの無意味なフリルのせいで視界が覆われている…………。って邪魔だこれーッッッ!
俺は足をばたつかせながら自分の顔にまでかかったやたら長いスカートの裾をどけた。
その抵抗にやっと足を掴んでいた腕の圧迫感が消える。持て余したというよりも動くのに邪魔だから捨てた感じだったが。
そうしたなら視界いっぱいに広がったのは………見事なまでの金色の髪。
おお、これは綺麗。って違う。そんなこといっている場合かよ、俺……
どうやら相手も俺のことを見ようとしていたらしく座り込んでいたその顔は思ったよりも間近で焦点があわない。
少し後ろに退いて顔を確認する。………前にその声が聞こえてしまった…………
「ほー、シンちゃん。今回はお前か」
「………ア、アラッチ………。なんでお前がここに……………」
俺は確認した顔を極力見ないようにして声を出す。…………この格好でこの体勢でいらんこと言ったら……はっきりいって俺の身が危険。
つうか俺の格好もかなりの疑問だが、こいつの格好もなんなんだ?
かわいい黄緑のとんがり帽子に同じ色のほわほわ生地の半袖半ズボン。…………これ笑うなっていうのが無理だよな………
ボタンまでかわいらしい白ほわボタン。………こいつに似合わないもの総集めって感じだよな。
「ああ、寝てる間に決められたんだったな。………ビデオ撮りに再チャレンジ中」
思い出したような顔で小さく呟いたあと、世にも恐ろしい一言が端正な顔からポロッとこぼれた。
ザーッと思わず顔色が悪くなってしまった……………
ビデオ撮りってことはこの衣装はもしかしなくても白雪姫?しかも今度はこのシチュエーションから考えてこの馬鹿は小人?
一瞬で頭の中に広がった一言。
…………………危険だ逃げろ?
ヒクリと顔を微妙に笑顔に変えながら、俺は立ち上がった。
「えっと……とりあえず世話になった。ここにいるとお前も危ないし、場所変えるわ」
ジリジリと逃げ腰になりつつもさり気なくドアへとゆっくり移動。
いや……なんとなくな、知っちゃいるんだよ。こいつにこういう態度は意味ないって。でも普通にいくのダメなんだよな……こいつの目ってどうしても相手に威圧的じゃねぇか?
真剣勝負とかだったらまだしも、日常生活の中じゃどうしても俺のが折れちまうんだよな………
案の定、にやりという効果音付きでアラシの表情が変わる。………その姿に耳とシッポがついて見えるのは何故だろうか………?
いや、大型犬のようなやつだけどな!?
ゆっくりと殊更時間かけてアラシの腕が俺の方にのびる。
勿論、俺は逃げている。……つうかすでにドアに手をかけて外に出るところなんですが…………
なんでさっさと出ないって?
…………出れないんだよ。スカートの裾思いっきり踏まれていて…………………
ドアは開けた。が一歩も家から出られません。さて俺はどうしましょうか。
とりあえず……この馬鹿を殴って気絶させるか………?
「いっとくけどシンちゃん、台本の通りに今回は進めてるんだぜ? 小人を殴る白雪姫はいねぇよな………?」
かなり本気で考えた案だが実行に移す前に釘さされちまった…………
だが…………
「ならいっとくが、白雪姫いじめる小人も、手を出そうっていう小人だっていねぇぞ!? 大体なんでお前一人なんだよっっ」
疑問と予防線を一気に吐き出し、俺は肩で息をしながら伸びてきた指先を払い除けてみる。
うう……この沈黙の間って絶対にこいつの計算の内だよな………。滅茶苦茶心臓に悪いんだよう…………
少し泣きが入りながらも俺は睨み付けるのはやめずになにをいってきても負けねぇぞという意志を見せてやる。
それが楽しいのか、アラシがニヤニヤ顔のまま顔を寄せ、視線をあわせる。………それ以上近付いたら問答無用で殴ろう。
そう考えているのが解るのか、決めていた距離以上は近付かない。………ちっ、勘がいいな…………
それでも悪戯心は忘れないのか(むしろ嫌がらせ心か?)クイッと顎をあげる指先はしっかり残されているが……………。こいつ顔いいし、それなりに性格も悪くなかった筈なんだが……なにトチ狂ってこうなっちゃったかね…………………
「今回は人数少ねえから小人役は一人なんだよ。ナレーターだっていねぇだろ? カメラも自動のやつだし」
………つまりこのシーン全部良心も情けもない機械がしっかりばっちり映して証拠としてあとで見られるわけですか。
なるほど。俺があとでまっ先にやらねぇといけねえことがよく判った。……………この服さっさと脱いでカメラの処理だな。
顔を引き攣らせてどの辺にカメラ設置しているのかを想像していると、顎にかかっていた指が動く。……んだよこそばゆい。
指はそのまま頬をそって、更に包み込んで……………
「……って、ギャーッッ! さっき言っただろうがーこのボケェッッ!」
そのまま押し倒そうと体重のっけてくる身体&寄せられている顔を思いっきり断固拒否ってな具合に俺は腕を突っ張ってみるが……いかんせん動きづらく力を入れづらい服な上、裾踏まれていてうまく立っていたれなかったり………
アハハハ……そのまま尻餅つくみたいに転んだ俺を責めるのは……まず最初に俺自身だな…………
ってそんなこと冷静に考えている場合かーッ!
俺は大慌てで立ち上がろうと手を床についた。………らなんか縫いついちゃったんですけど?
アラシッ! なんでお前の手が俺の手覆っているんだっ!
離せ触るなどけろーーッッッッ
視線と声とで同時に思いっきり叫んでみた。……我ながら鼓膜破ることできるんじゃないかなーとか思えるのに……どこ吹く風?
こいつには馬耳東風? 耳栓でもしてんのかよっ
なんていらん突っ込みしているうちにアラシの手が這い回る。き、気持ち悪い…………
「アラシッ!」
「ま、無駄なことだけど抵抗すれば? その方が楽しいしー?」
この悪趣味男………! 人の必死の声に返す言葉がそれかよ! しかも思いっきり声笑ってやがるし!
むかついた俺はとりあえず報復方法を考え、目の前に晒されてる無防備な肩を思いっきり噛み付いてみる。……ウゲェ、血の味がする…………………
顔を顰めて舌をだし、俺は口腔内に残っている鉄錆に似た味を吐き出そうとすると、またアラシの顔が近付く。………ヤベ、余計怒らせただけか?
といっても俺の方がよっぽどやな真似されているわけで、アラシがキレる理由もなかろうと思うのだが……相手はなにせあのアラシ。
俺の常識が通用するはずもない。……ので警戒しながらその動向を見ていると…………
「キスマークの付け方も知らねぇのか? ほんとガキだな………」
………ガキは貴様だ。俺の訴えをちゃんと大人なら考慮せんかっ!
思わず突っ込んでしまうが無駄だと判っているので口を噤み、正当な言葉をかけようと頬が引き攣るのを隠しもしないで目をむけた瞬間………物凄い勢いでアラシの顔が遠のいた。
いや……正確には遠のかざるを得なかった?
俺、自分の動体視力のよさがたまに恨めしい………。いまちゃんと見えちまったよ、ヒールが…………
あのアラシにこんな真似出来るヒール履いた女っていやぁ……な?
………………………………後ろ振り向けません。怖いです。
素直に降参と手を挙げて冷や汗ダラダラのまま俺は硬直。……この女に勝とうとか、そんな意志自体存在しません…………………
そんな俺を無視し、ヒールの音を響かせて狭い室内に入ってきた黒衣の女はそのまま真っ赤に染まった果物を後ろにひっくり返ったアラシに食べさせようとしていた。
真っ赤な爪に真っ赤な口紅。真っ黒な服と髪との対象でまさに魔女………って役柄がちょっと違う…………
そんなことをちょっと白くなりつつ考えている俺の耳には「なにしやがるこのアマッ!」「あんたがいるとヒーローくんにいい影響ないのよ!さっさか寝てなさい。誰も助けないからっ!」なんていう戦々兢々とした寒々しい二人の会話は届かなかった。
………暫くして勝者はすっくりと立ち上がる。つうか、こいつ以外の奴が勝ったら俺も怖いんですが。
悠々と振り返った妖麗な笑みのその人に俺は思わず逃げ腰。……毒リンゴで眠るどころか毒矢で刺される………!
ワタワタと慌てた俺の耳を思いっきり引っ張り、彼女の怒号のような声が響く。
「まったくこのぐうたら親父っ! もうちょっと周りを見なさい!」
「見てるがあいつの行動は俺にも予想つかねぇんだよっ」
「それはあんたが鈍いからッ! まったく、こんなとこに置いておけるわけないでしょうが。猟師も役に立たないわね!」
…………いや、一応猟師は白雪姫を殺すに忍びなくて森で逃がしただけ………ってそれ突っ込んだらきっと「じゃあ殺しときましょうか」とかヘビの舌とともにいわれそう……………
ちょっと怖い想像に俺が暗くなっているとアマゾネスは俺の耳を思いっきり引っ張って立つように促してくる。……………あの、それ以上引っ張られるといくらなんでも取れる気がするのですが…………
びくびくとその動向を見ている俺はきっとさっきまでのアラシとの対峙の方がまだ余裕があっただろう…………
そんな俺に溜め息ひとつ残して継母なアマゾネスは背中を向けた。
………あれ、なんにも折檻なし?
「あ、あの……アマゾネスさん………?」
恐る恐る声をかけると不敵な笑みをのせたアマゾネスが振り返る。
「なにをしているの? さっさといらっしゃい。城に近いところに小屋を作ってあるわ。あんたはそこに住むの。時々様子見に来るから、しっかり家を守るのよ? 分かったわね!」
俺たちよりもずっと高いその声は速やかに森に響いて……誰にも反論を許さない。
「は、はいっ!」
それはもう俺にも勿論当て嵌まり、条件反射で叫んでからかなりの疑問が俺の頭を占める。
………白雪姫って、継母が姫の独立を支援する話だったっけか?
なんかもっと殺伐としていた気がするんだが……………
それでも目の前の小さな背中はなによりも強くて、情けない格好をした俺はまるで子供のようにその背に従って新たな家に導かれましたとさ。
……………………この新しいビデオも勿論使い物にならず、もう実録童話シリーズはやめておこうと切実にみんなに訴えたことはいうまでもないだろ……………
俺の周りの奴らでまともに台本通りに動く奴はいないんだよ………………
というわけで白雪姫再びです。
………いや、頂いた絵はパーパが白雪姫だったのでそれなら……と(汗)
王子なバードと小人アラシの戦いもあったのですが、アマゾネスの方がすっきり終われるのでアマゾネスに♪
彼女にかなう人はこの世にいません☆