小さな溜め息はもういつものこと。
子供のような二人の大人の逃げ場が自分の家なら仕方ない。
気に入っている友人の我が侭をきけないほどガキでもないし、頼られることは嫌いじゃないから。
幼い顔で拗ねたように見上げるその目の無防備さ。
子供なんて持ったことはない身だけれど、錯覚してしまうのだ。
もし自分が親になったら、こんな感じかもしれないなどと…………
もっとも、自分よりも年輪を重ねた子供などもつ気はないけれど。
はっぴー☆ばーすでー
こそこそと二人が内緒話をしている。
………ここ数日そんな姿をよく見かける気がするのだ。
そしてそれに気づいて声をかけようとするとその話は途切れて逆にこちらに声をかけてくる。
おかげでいまだに二人がなにを話しているか探りを入れることもできないでいる。
悔しくて少しだけ寄せられる眉さえその笑みに霧散されてしまうのだけれど…………
いまもそうなのだ。眼下にいた二人に気づいて羽根をしまい舞い降りた瞬間、寄り添っていた影は離れて自分を迎える。
その無条件の腕が嫌いなわけはなく、まして自分のために浮かべられる笑みを厭う気もないけれど………
「バード! どうしたこんなところまで………」
明るく響く誰よりも強い男の声音。
戦場では決して出されることのない驚くほどの屈託のなさ。
不思議そうな声に乗るように虎の姿になった青年の鳴き声が重なる。
それはあまりに日常的な姿。平和であるが故に晒される愛しい笑みと声。
けれど……それに割り込めないのだ。
このところ妙に急がしそうにあちこち飛び回っているこの男と、あまり訪ねてこない虎はなにをしているのかと問うても別にとしか答えない。
まるでひとり蚊屋の外。
………怒っている気配もなく、嫌がらせをするような二人でもないのに何故と考えても辿り着かない問答。
寂しくてつい自分が二人の家に赴く回数が増えてしまう。
それを厭っているわけではなくても……困ったような笑みが一瞬浮かぶのだ。
追い返すわけもない腕は、けれどいつものように広げられてはいないことが分かってしまう。
自分が年下だからといって甘く見られたくはない。わかるのだ、それくらいは。
男たちは困っている。自分が訪ねてくることを。
それがなによりこの胸には痛いのだけれど……………
微かな寂寞をやり過ごし、青年は口元だけに笑みを浮かべて男の言葉に答える。
……僅かな切なさを気づかれないように願いながら………………
「ああ、こっちの果樹園にきたんだ。お前らもか?」
虎の背にある大きな篭に目をやって青年がいえば男は頷いた。
楽しそうな笑みは消えない。まるで子供がおもちゃを貰える時のような笑み。
そんなどこか浮き浮きした雰囲気が二人を包んでいる。
訝しげに顔を顰めれば男が困ったように苦笑する。
………まるで問いかけることを阻むようなタイミングで…………………
開きかけた唇は男の笑みに掻き消されて虚空を掠める吐息に変わる。
疑問を投げかけることすら許さないのかと不貞腐れた青年の顔に僅かな哀愁が影を射した。
傍にずっといたのだ。大好きな幼馴染み。決してかなわないと無条件降伏した相手。………プライドの高い自分がそんなことできる筈がないと思っていたのに………………
その男の認めた虎。たった一匹で生きる種族でありながら他者を愛する心を携えた希有なる青年。いまだ幼い辿々しさは弟を得たようで、年上といえど近いせいか違和感なく溶け込めた友人。
どちらをも……自分は好いている。
手放し難いほどに愛しんでいるのに……………
掃き出せない言葉があるということの苦しさが、この身を穿つのだ。どうしようもないほどに………
それを知って男は手を伸ばす。
クシャリ……と、青年の碧に輝く黒髪をかき混ぜる男の指先。幼い頃から変わらないその仕種。
いまはもう同じほどに大きくなった指は、けれどやはり圧倒的に自分の方が小さく感じる瞬間があった。
切ない。…………どうして時が経っても追いつくことができないのだろうか……………?
同じだけの早さで時が流れることはないのだと思い知らされる。
自分のそれは、彼ほど重くはなかったのか…………………
そんなことを問うたところで、彼は諌める瞳で自分を叱るのだろうけれど。
けっして自分を甘やかさない男の優しさが好きだった。それはひどく心地いい。
それ故に集うものの多さも知っている。
もし叶うというのなら、自分だって同じ家で暮らしたい。傍で……その空気に触れて同じ高処を夢見て駆けたい。
家を持つ自分には到底叶わないことだけれど…………
どこか沈んだ気配に男は苦笑する。
………あまりにこの青年は自分の感情に敏感だ。
困ったと思ったそれがやわらかく包まれることなくはっきりと伝わってしまう。
彼が嫌だから離れているわけでも困っているわけでもないのだ。
喜ばせたくて、礼がしたくて。
だからその準備の最中に会うことは困るという……そんな細かいことまではさすがにわからない。
楽しくって仕方ないいまの自分の心境と、青年を包む暗さはあまりに対極的だった。
青年の頭を撫でていたその指先をとき、男は笑みを深めると声をかける。
一緒に笑いたいから。
………自分達の笑みの理由を教える為の、ひとつの約束を囁く。
あたたかく深く響くその声はまるで木々に抱かれるように豊かに青年の耳に注がれた。
「そうだ、今日……夕方になったらうちに来てもらってもいいか?」
男の言葉に、青年は大きく目を見開く。
………別に珍しいことではない。それでもこのところのギクシャクした雰囲気を考えれば涙が出るほど嬉しい一言。
甘やかされていると思いながらも青年は笑みを浮かべると嬉しげに頷いた。
先ほど沈下された声が嘘のように軽い。
朗らかに解きほぐされた己の声音に単純だと苦笑する程に…………
「じゃあ用済ませちまうから、先いくな。日が沈むまでにはいくからな!」
楽しげに弾む声。………蒼天に溶ける羽根を広げ、青年は幼い頃から変わらない笑みを残して空に帰った。
羽ばたくその音を聞きながら苦笑を落とし、男は傍らで篭を背負ったまま毛繕いをはじめている虎の背を軽く蹴る。
それに気づいて不思議そうに顔をあげた虎に男はズイッと迫って念を押すようにいった。
「………いいかタイガー。あいつは昼過ぎにはくる! それまでに完成させるんだぞ!?」
毛繕いする暇はないという男にピシッと背を伸ばし、虎は慌てたように駆け出した。
その背を見送り、男は自身の背に翼を蘇らせ、静かに地を蹴った。
…………結局男から見れば二人ともあまりに子供らしくて手を離せない弟であることはいまも昔も変わらないと思うのだけれど……………
気持ちが浮き立つ。あの家にいくことなんて珍しくもないのに。
楽しくて嬉しくて……まるで小さな子供のような自分。
「………しっかし、なんかあったかねぇ、今日は…………」
小さくこぼれる疑問の声さえ訝しさを含まない。多少の難題を突き付けられたって構わない。
ただ傍に。………彼らと共にいたいと願ったのは若さ故ではなくこの魂が願ったこと。
だから早く行きたかった。背の翼が七世界一早くとも足りないと思うほどに……………
…………浮かぶ笑みの幼ささえ、自覚されない深き絆故に。
指先がその扉に触れる。
甘く馨るあたたかな空気の音色。
気配に気づいた中の住人の足音が聞こえ、青年が戸を叩くよりも早くにその扉は開かれる。
声をかけようと開かれた唇は……そのまま呆気にとられる。
矢継ぎ早に鳴らされるクラッカーの嵐。濃くなる甘い香り。
……………楽しそうな、男たちの優しい笑み。
「誕生日おめでとう!」
コーラスのように告げられたみんなの声。………広げられた大きな腕。
所々汚れている顔。絆創膏の増えている指先。
それでもその笑みだけは輝くほどで………………
胸の奥がひどく熱い。喉が焼かれたように声がでなかった。
自分ですら忘れてしまっていた誕生日。それでも仲間は覚えていてくれる。
………自分が生まれたことが嬉しいと、その笑みが囁いてくれる。
言葉にできなくて、泣きそうな顔のまま青年は腕を引く男の首にその腕を回す。
額が重なり、小さな嗚咽のような吐息が零れ……礼を囁こうとする唇はただ戦慄き震えていた。
その背をあたたかくさする虎の掌。小さな子供の腕も労るように足に触れる。
やわらかな気配。それを見つめ、零れかけた涙を飲み込もうとすれば、仕方なさそうに男の腕が伸びてその肩に顔を埋められる。
瞼に触れる肌の熱さに零れた涙の熱は溶け、みんなの優しい声に囲まれたまま、ほんの少し幼子に戻ってしまう。
1年にたった一度だけだから、そんな我が侭も許してくれる。
自分を包む友人たちの腕に、青年の笑みは深まりゆく………………
そんなわけで今回の返礼はケーキ製作の過程(?)ですv
………つうても本当に作っているところはゆきさんの絵で!!
せっかくだから久し振りにバードに幸せ味わってもらおうと♪
二人の作ったケーキが果たして美味しいかどうかはわからないけれど(笑)とりあえずきっとバードは残さず食べてくれます。
しかしよくよく考えれば英雄全員くるべきだったな………。その内リュウの家で宴会になりかけたバードの誕生会も催されるのでしょう。多分。