世界が暗転した。
けれどそれはどこかで予感していたこと。
この腕が彼を殺せないだろうことは知っていた。
甘いと罵られようと……それでも自分は心許したものを本気で憎むことなんてできない。
たとえその腕が自分の仲間を血に染めたことがあっても。

その指先が、深くこの心臓を抉ることとなっても。

寄せた情に嘘はなかった。幼い子供の頃の幻と思いたくはなかった。
赤く赤く染まった自分。もう触れることもできない。
泣いているお前。金の髪を赤く染めあげて、無情の指先で慟哭している。
………返り血を浴びてもなおお前は生きなくてはいけない。
抱き締めることもできない。お前は変わってなどいなさ過ぎた。

もしその思いの先に佇むのが自分でなかったなら、こんな結末用意される筈がなかったのに。
何故自分だったのか、わかるはずもない。
ただお前を痛め苦しめ……歪ませるだけの自分に、そこまでの執着を何故にもてたのか。
悲しくて辛くて……日を浴びる道を選んで欲しくて離れた過去。
今はもう、愚かしいだけのその愚挙さえお前は平然とした顔で受け止めてくれたのに……………

自分が負う筈の痛みさえお前は肩代わりする。
その容赦ない激しい視線で、声で、態度で。
…………負担となる全てを燃やし尽くしてしまう。
それに甘えたくなどないのに…………………





熾烈の思い



 目を開ければ金の髪が揺れていた。
 ………再び身体を持ち、命の炎を灯してから幾度目だろうか。
  不意に昼寝をしていればいつの間にやら現れるその影。なにが楽しいのか自分の寝顔を見ているだけの男。
 らしくもない。……意地悪げにあげられる笑みもなく、からかう声音もない。
 ただそこにいることを確かめるような視線で、触れもせずに佇む男に小さく息を吐く。
 長い黒髪が微かな風に揺れて靡く。その様さえ逃さぬような視線。
 それでも……動かない身体。
 苦笑を灯して見上げた先の男に黒髪は声をかけた。
 ………男が聞きたいと願っているそのたえなる深みを持つ声音で……………
 「こんなところまで来てどうしたんだアラシ」
 やわらかく響くその音にぴくりと男の身体が動く。
 声に覚醒された人形のように見つめていた視線は焦点があい、動くことを思い出した身体がゆっくりと活動しはじめる。
 指の間近にあった長い黒髪に触れる。………柔らかいその感触を確かめるように絡められ、静かに引き寄せらた。
 見上げる視線は苦笑を灯しても拒みはしない。それに安心したように男は口元までそれを持ち上げた。
 ………恭しく口吻ける男の仕種。労ることも知らない顔をして、時折その繊細さを見せつけるかのように示される柔らかさ。
 それが違和感にもならないことに少し滑稽さを感じる。
 決別して、怒りのままに対峙したのはいつのことだったか。
 まるで遠い過去のような感覚に自嘲すら湧かない。
 節の太い男の指。無骨なそれは戦うことしか知らない獣と同じなのに…………
 それでもその瞳は涙を知っている。
 ………決して零されることのない無言の慟哭を覚えている。
 ずっと幼い頃から知っていた。この男の奥に潜む深い優しさ。
 それは本当なら美しく華開く筈だった。……けれど自分に出会って、それはねじ曲げられた。
 優しさは狂気に変わる。深い情はそれ故に歪む。
 突き付けられた現実を受け止めきれなくて……彼は壊れた。罪悪感と無力感を溶かす為に非情を覚えた瞳はいっそ哀れなほど悲しい。
 歪ませたのは自分。だから離れた。もしかしたらという希望を託して…………
 それはけれど過ちだったのかもしれない。離れた分……彼は喪失という言葉すら覚え、破滅を好むようになってしまったから。
 悲しいほどの刹那主義。未来を思うよりも今を。………それは決して間違えてはいないけれど…………
 失うことを覚えた腕は永遠を見失った。言葉にも思いにも絶対を知れない。
 だから一度は壊された自分の身体。……剥奪された魂。
 それでも構わないと思っていた。最終極技は自爆技。この身を燃やし彼の肉体ごと抱え……果てるつもりだった。
 狂わしい魂を抱き締めることを放棄した罪は自分にあるのだから…………
 それでも生きることはままならない。彼はこの心臓を抉り、自分は何も携えることなく黄泉へと落ちた。
 残していってしまった哭いている子供を。
 …………哭く意味を忘れてしまった哀れな赤子。
 触れることでも言葉を交わすことでもなくならない寂寞。
 それを植え付けたのは……自分。
 黒髪に溶け込みたがるように口吻けたまま動かない男を導くように、横になっていた男は起き上がった。
 深い紫闇の瞳が瞬き、揺れる黒髪を追うようにうっすらと開かれた。
 それを見つめ、男はやわらかな音を紡ぐ。眠る子供に囁きかけるような、慈父の声音。
 「………アラシ……?」
 傍にいても怖がる子供。伸ばせない腕は自分が刻んだ。
 ………それならば、伸ばすことを許すのもやはり自分であるべきなのかもしれない。
 手放せないと自覚してしまったのならもう、仕方ないではないか……………?
 絡んだ視線に男の指先が震える。指に絡み付く髪が静かに解かれ地に落ちた。
 それを視界の隅に置き、男は淡く笑む。
 それがなにを促すか知っている。その上で晒される無防備な笑み。
 音もなく男の指先が滑らかな頤に触れる。微かな震えに小さく笑い、その指先の動きに従うように微かに上向いた男の額をやわらかな風が撫でた。
 近付いたその金糸を厭うこともなく、瞼はゆうるりと落とされる。
 そのあたたかさを感じ取ろうとするように合わさる唇の向こう側、熱く潜むその体温。
 重なるだけの口吻けを幾度交わしても溶けない焦燥。………触れることを許されてもまだ求める愚かしさ。
 同じ性を持つ身で、それ以上のなにを願うのか。
 ……ここまで許されてもなお燃え盛る身の奥の不知火。
 溶かすことのできないそれの意味をもう……男は自覚している。
 離れた唇が満足することなんてない。
 一度は赤く染めあげた身体。美しく燃え盛る炎の翼を抱いて、一心に自分だけを追ったその瞳。
 あれが……欲しい。
 死の瞬間まで自分だけを追うひた向きな瞳。逸らされず他の何も思うことを許されない至純の時。
 こうして傍にいることを諾とされ、なお求める貪欲ささえ……この男は仕方なさそうな笑みで由とするのだろうか。
 恐れるように平伏すように。………それでも決して跪くことのない瞳で囁く。
 掠れた空気の先にただ願うその声音で……………
 「………いつか、死ぬ時はまた俺が殺してやるよ…」
 赤く赤く染めて、その身を炎と血で埋める。
 後には何も残さない。この身も………………
 この男以外に生き甲斐を見出せないのだから、その後に生き残るつもりもない。
 優しく頬を撫で、逸らされない瞳に囁きかける。
 「だからそれまでは死ぬなよ…………?」
 深い笑みに恐れもしない。……哀れみさえ浮かべない。事実を事実と受け止め、認めた視線。
 逃げれば楽なのに、それすらしない愚かな生け贄。
 離れることを忘れてしまった……そのくせ従順になりえない瞳。
 狂気を秘めた視線をなによりも澄んだ双眸は瞬くこともなく見つめる。
 ゆっくりと伸ばされた指先が……金の髪を抱き締める瞬間まで……………
 落とされた瞼の奥、あるいは浮かんでいた涙。
 ………決して誰にも見せることのない幼い頃の……………………
 「いいさ。……その時は俺がお前を燃やし尽くす」
 埋められた指の感触を忘れたわけではない。あの慟哭を消せるわけもない。
 それでも……それこそがその身を鎮めるものならば構わない。
 なにもかも逸らさぬこの瞳で焼きつけて……果ててみせよう。
 今度こそ離すことのない腕を携えて……………


  不可能な願いを知っている。決して叶えられない望みを。
  それでも心は餓(かつ)える。

  もう2度と引き裂けない獲物。……それでも屠る誘惑は歴然と存在しているのだ。

  だからその時はこの身を燃やし尽くして。
 たったひとり残さないで。
 同じ場所にいけるなんて思ってはいないから……せめてその道中を共にさせて。

  この身の奥、いまも消えない幼き頃のそれは願い………………

 








というわけでアラシ×パーパでしたv
………相変わらず暗い……………(遠い目)
うちのパーパは何故かアラシに罪悪感持ちやすいんですよねー、殺されたくせに(笑)

でもこういう関係があるなら、死ぬ時は本当に一緒な気がします。……ええ、無理矢理にでも一緒にすると思います(きっぱり)
それも仕方ないかなーとか思っているうちの奴らをどうにかして!(汗)

……奇妙な返礼でごめんなさい………。