不意に巻き上がる風。
細めた視界の先、たたずむ黒髪。

目を……疑った。

彼が自分より先に散ることなどないと思っていた。
………考えることもないほど当たり前に信じていた。
蒼い空に包まれて、どこまでも力強く笑みを浮かべるその姿。
それがもう……仮初めだなど信じたくなかった。

涙もこぼれない。それは空虚という言葉さえ当て嵌まらない穴。
この身に穿たれた穴はただ蝕みはじめる。
……この魂さえ…………………

構わないから。いっそ彼の元まで落として。

そんな愚かな願いを、誰よりも清廉な男が許してくれる筈もないけれど………………





祈るという言葉の意味を知って行く



 濃い月影が端正な青年の面差しにかかる。
 鬱陶しげに顰められた形のいい眉。迷いこんだ月明かりを厭うようなその仕草。……けれど仕方なさそうに青年は瞼をあげた。
 一瞬眇められたその視界。思いのほか強かった月光に微かに驚いて手を翳す。
 「……………ん………」
 その指先がぬくもりを掠め、微かな声が落ちた。
 起こしたかと慌てて見遣るが傍らで眠る男は安らかな寝息を乱しはしなかった。
 ………ほっと息を吐いて青年は月明かりを見上げる。
 紺碧に染まった空の奥、穴を開けたようにポッカリと満月が顔を覗かせていた。
 淡いその色は儚く、月の光なのか矢に射ぬかれた痕なのかわからないと苦笑を零す。
 この身に降り注ぐその明かりは類い稀なほど濃いくせに……その大本は信じ難いほど微少だ。
 不思議な魔法を見つめるように青年は月に手を伸ばしてみる。
 捕らえられるはずのない月は微かに微笑み……その色をまた淡くした。星が見えないことから察するに薄雲が張っているらしい。
 空に穿たれた穴。……消えることのないそれは美しく晒される。
 この目を奪うほどに…………………
 青年はそれを振り払うように頭を振った。僅かに長くなった髪がそれにともないサラサラと舞う。
 背中にある蒼い翼に絡まり、奇妙なコントラストを造り上げたそれに…微かに触れた吐息。
 間近になった気配に驚いて顔を向ければ眠ったままの男の幼い寝顔が晒される。
 寝返りを打ったらしい男は間近にあったぬくもりに頬を寄せる。らしくない幼い仕草に青年は苦笑を零した。
 長く伸ばされた髪が水にたゆたうようにシーツに溶ける。窓から吹き掛けた風が僅かにそれを揺らし、月明かりに染められて…まるで水面に沈む石のように美しく輝いた。
 その毛先に指を絡め……青年は笑みを隠した。
 ―――――一1度は……摘まれ朽ちた華。
 再び灯されたはずの命はけれど自分達のもとに戻ってくることはなかった。
 …………自分の知らないところでもう1度あったのだろう……その死。
 あり得ないなどと愚かしく思い込んでいた事実。
 愛しくて…その魂が消えることを考えることもなかった。
 考えたく、なかった。
 この腕は忘れることはない。世界から永遠に消えた男の気配。当たり前に零されていた笑みが霧散する。
 最後の最後まで……それでも男は笑うのだ。
 世界の為に、人々の為にと………………
 それで…結果救われたというのだろうか…………?
 ………命すら投げ出して守って…その姿を見ることなく闇に落ちて。
 悔しくて噛み締めた歯は綻ぶことを知らない。
 すくいあげた髪を掴む力が強まり、引き寄せてしまったのか男が身じろぎをした。
 月明かりに染められて…男の瞼が瞬く。思いのほか長い睫が持ち上げられ、深く澄んだ漆黒の瞳が微かに落とされた。
 自身の頬を掠める髪をぼんやりと見上げ、男はその先にたたずむ青年の瞳を覗く。
 哀しみを讃えた……切ない瞬き。深く沈んだその孔雀石に眉を潜めて男は手を伸ばした。
 微かに掠れた声が……静謐を壊すことなく紡がれる。
 やわらかく優しい、この男にしか囁くことの出来ない深い声音。
 ……ずっと包まれていたいと願った、たった一人の……………
 「…バード………? どうした……………?」
 抱き締めるようにあたたかなぬくもりを秘めた音は伸ばした腕とともに青年の頬をくすぐる。
 それを包み込むように青年は髪に絡めていた指を男の掌に添えた。
 あたたかい。…………たったそれだけのことに目の奥が熱くなる。
 自分の頬を滑り、その指先を凍えた唇に近付けた。
 指よりも僅かに冷たい爪に吐息を吹き掛け、熱を溶かすように口吻ける。
 視線は……離されることもない。
 途切れることも……消えることも。
 ………閉ざされることさえない筈なのに。
 それでも何故にこの胸は疼くのか。
 口吻けを与えられた爪先は踊るように開かれ青年の頬をくすぐる。頬を彩る髪を梳き、誘い込むように落ちることを促す。
 微かな逡巡を残し、影が動く。
 ………青い翼が白いシーツを覆った。
 重なる唇の向こう側、男は困ったように笑みを浮かべる。
 男の頬を彩る雫。……それがなんなのかわからなくて青年はその頬に唇を寄せて舐めとった。
 舌に刺激が走る。涙だと知って、不思議そうに青年は男の顔を凝視した。
 微かにぼやけた男の輪郭。月に溶けるように淡く淡く……………
 恐れるように腕を伸ばせば抱きとめられた翼。
 また……男の頬に雫が落ちた。
 それを拭いもしないで男は青年を抱きとめたままその唇で瞼に触れる。
 熱く溶けたぬくもりは優しく痛みを拭い取ってくれる。
 ………それでも溢れるものは止め処なくて、息も継げない。
 歪められた眉にそれを知り、男は青年の頭を乱暴に撫でた。……不器用で無骨な、優しい腕。
 幼い頃から憧れ続けて…やっと傍らに立つことの出来た人。
 この腕で抱き締めることの叶った……想い人。
 亡くすことができる筈のない……たった一人の…………………
 消えることを恐れるように青年は男の肩に顔を埋める。
 変わらないぬくもり。………指を滑らせれば熱く染まる肢体。
 彷徨い始めた指先を微かに拒み、男は青年を抱き締める腕に力を込めた。
 翼が……揺らめく。
 静かに舞い降りた羽根に従うように青年の眉も垂れ下がる。それに苦笑を向けて、触れるだけの口吻けを贈る。
 「…………他のこと考えながらはやめろ。………このままでいてやるから…寝ようぜ?」
 窘めるような囁きは儚くて。
 包み込む肢体はあまりに大きくて。
 ………何故この腕だけではこの魂を抱き締められないのだろうか………?
 抱き締められた守られて。………いつだって自分は支えたいと思う時に彼を支えられない。
 守れない…………
 悔しくて縋るように青年は男を抱き締めた。
 いまこの時だけは……その魂を抱きとめることができるから……………

  …………その背を優しく撫で、男は子供を宥めるように微笑んだ。


  微かな寝息が頬をくすぐる。
 眦(まなじり)に涙をためたまま、青年は泡沫の夢に旅立ったらしい。
 細身の青年とはいえさすがに成人したものに組み敷かれたまま眠るのは息苦しい。少し場所を変えようと背に回した腕を解けば………抱き竦めてくる青年の腕。
 まるで離れることを恐れるような仕草は意識の有る無しに関わらずに発揮されるらしく男の身体から離れようとしない。
 小さく息を吐き出し男は寝苦しさの改善を諦めて目を瞑る。
 閉じられた瞼の先に広がる闇。自身に訪れたそれにこの青年が怯えていることはわかるのだけれど…………
 どうすることも出来ないのだから…抱き締めることしかしてやれない。

  浮かんだ金の髪に微かな恨み言を囁いたとて詮無きことだけれど……………







ちょっと切なめの鳥パー。………つうかこれカップリングつうかさ…………(遠い目)
なんとも微妙な話ですねー。カップリングにしては重過ぎだわ………(^^;)

でも不安だ不安だと思っていてはいけないとは思います。亡くなるものは亡くなる、生きているんだから当然。
それならそれまでの時間をいかに過ごすか。悲しむよりもそっちの方が重要だと私は思います。
その考えが色濃いのはパーパの方で、どうしたらいいのかいまいち対処に困って抱き締めることしか出来ないと。
大人なのに困った人たちだ…………

あ、ちなみに二人は一緒に寝ているだけですv

タイトル長いねー。これは槙.原.敬.之の「長生きしよう」の一節です。
イメージこの歌ですv よろしかったら聴いてみて下さい♪