それを見つけたら幸せになれる。
初めにそう教えてくれたのは君だった。
もう覚えていない?
………いまも大切に包んだままのそれを……君は覚えていない?
見つけられなくて悔しくて、だけどそんなこと言えるわけもなくて。
だから噤んだ唇意地悪に綻ばせて、女のようだとからかえば苦笑が返される。
なんでお前なんだろうな。
………なんでお前は気づいちまうんだろうな……………
ちっちゃな掌の中、ちょこんとたたずむ緑の葉っぱ。
こともなげに差し出されたそれを、呆然と見つめる。
それ…お前がずっと探していたんだろ?
楽しそうに子供らしい笑顔のせてさ。
……………お前がそんな顔しているのが不思議で…だから俺も探しただけだぜ?
なんでお前はいっつも、自分の分の幸せまで人にやろうとするんだ…………?
苛立たしくて顔を顰めれば、困ったように笑んだ子供の顔が胸を突き刺した…………………
至福の守人
軽い溜め息を落とし、男は一面の緑の絨毯を見渡した。
………心地よい風が頬を過り、男の長い漆黒の髪を軽く撫でていく。
視界いっぱいに広がる緑は風にそよいで心地よさそうに泳ぐ。普段ならばそれは微笑ましい姿で…自然頬も綻ぶのだが、これからの作業を考えるとそうもいっていられなかった。
「………見つかるといいけど…」
小さな溜め息のような呟きを落とすとともに男はその場に座り込んで手始めに足元の草を見つめた。
幾重にも重なるように生えているクローバー。
その葉の数を数えてみる。
………1、2、3。……………1、2、3…………1、2……………
すぐに見つかるわけはないけれど、気が遠くなりそうな作業だった。
いくら数えても3枚は3枚だし…しかも数え終えたかどうかも区別がなかなかつかない。2度手間3度手間を惜しんではとてもじゃないが見つけられないと男は覚悟をきめるように唇を引き結んで真剣に地面との格闘を始める。
一畳分も探してみれば……かなり肩が痛い。目の奥がなんだかちかちかしているような気がしてならないのは眼精疲労というものなのだろうか…………
軽い溜め息を落とし男は大きく伸びをした。身体の中でパキパキという音がする。じっとしてあまり動かないことは得意ではないと苦笑して深呼吸をすると……不意に背後に気配を感じた。
たいして意外でもないのか……かなり意外なのか。どっちともいえないその気配の主の顔を脳裏に描き、困ったような声でその名を呼んだ。
「……アラシ、今日はお前の相手はしていられないぞ?」
正直……それどころではないというのが男の心境だった。
素直にそれを伝えたからといってわかってくれる相手なわけもないのだけれど……………
男の声の中に微かな諦めの匂いを嗅ぎとりアラシは満足そうに唇を歪ませる。それが背を向けた男に判るわけはないけれど、一瞬その方が溜め息をつくように揺れた気がした。
緑色の絨毯に飲み込まれた男の髪を指先で掬いとり、アラシはそれに従うように地面に腰を降ろそうとする。
………焦ったような声がそれを静止しなければ。
「あ! そこまだ探してないから座るな!!!」
慌てた声は自分の髪が拘束されていることも忘れて振り返りざま放たれる。……戦士としての勘のよさか、きっちり座るつもりだった自分をよく気づけたと妙なことに感心しながらアラシは目の前に晒された宵闇の瞳を覗き込む。
自分の髪の色を取り込み、煌めくようにそれは瞬く。比較的大きめの瞳の中、色素の薄い自分の像が濃く結ばれる。
楽しげにそれを確認し、アラシは髪に絡めていた指先を解いてその肩に回す。………不自然な格好が辛かったと解釈したのか、男はそれに抗いはせずに大人しく甘受する。
読みが浅いと喉の奥で笑い、アラシは間近になった男の耳元に息を吹き掛けながら低く囁きかけた。
「……探してるって………まさか四葉のクローバーか………?」
どこか睦言にさえ聞こえる甘さを含め、溶けるような声音がとろりと男の耳を侵す。
それに顔を顰め、震えかけた肌を押し殺すと憮然とした顔を晒しながら男は頷いた。
……………続くだろうこと場は大体予想出来る。覚悟ぐらい決めておかなくては思わず怒鳴り付けてしまうだろうことも。
それを知っているのか、アラシは殊更やわらかな音を紡ぐ。
まるで愛しい女に囁くように……――――――――
「相変わらずロマンチストだな…? それじゃあ女と変わらねぇぜ?」
囁く声とともに耳にヒヤリとなにかが触れる。
………舐めとられた耳朶をガードしようとあげられた腕はあっさりとアラシの腕に捕らえられ、今更ながらに甘受した肩に置かれた腕を後悔した。睨みあげたところでその腕は解かれる筈もないし、抵抗したなら喜んでより抱き込まれるだろう。
選択の余地のなさに微かな頭痛がする。それでも現実逃避をしている暇もなくて……男は軽くアラシの胸を押して本当に時間のないことを示し厭う顔を逸らせた。
………多分、自分は誰よりもこの男の扱い方を知っていると思うのだ。
表情を消して視線を逸らし、噤まれた唇が綻ぶことを忘れれば……一瞬零される氷ついた気配。
震えることを厭うように指先に力を込めるくせに、それにはもう拘束する力など残っておらず……望んだならあっさりとそれは解かれる。
もっとも…逃げるようにその腕から離れることはこの男を切り捨てることと同意になってしまうのでできる筈もないのだけれど…………………
小さく息を吸い込み、男は溜め息のような声音で事情を説明した。
「………そうだよ、女の子が泣くの。ミイちゃんが泣くと…アマゾネスが……な……………」
思い出した最強の女性に一瞬男の顔が引き攣る。
……別に、自分が悪かったわけではない。ただ昔…ミイちゃんと結婚する前のヒーローにあげた四葉のクローバーを誤ってミイちゃんが掃除中に燃やしてしまったのだ。
精一杯謝っていたミイちゃんだけれど、落ち込んだヒーローの耳に届く筈もなくて………。
結果泣きつかれた母親はその父親へと怒りの鉾先を向けて。………いまは家でなんとかヒーローを宥めようと尽力尽くしていることだろう。
思わず漏れた溜め息にアラシは不愉快そうに顔をゆがめる。
「…………相変わらずシンちゃんはあの女に弱ぇな」
どこか不貞腐れたその声にシンタローは苦笑を零す。まるで子供のようなその反応。………だから、質が悪いとわかっていてもなおこの男の腕を切り捨てられないのだけれど……………
自分を抱く腕に力がこもる。まるで気に入ったおもちゃを取り上げられることを拒む子供のように………
その背を軽く叩き、安心させるように間近な胸に額を重ねる。触れた肌からは幾分早めの鼓動が伝わってきた。
「……………仕方ないだろ、あいつにはイロイロと世話になってるし……」
昔から生活能力に欠ける自分の世話を焼いてくれた少女に逆らえるわけもない。艶やかに育った彼女とのいまの関係も気に入っているのだ。多少の我が侭を聞いても、それにあまりあるだけのものは与えられている。
もっとも、そうした無二の信頼こそがこの男は気に入らないのだろうけれど……………
まるで自分を宥めるように肌を寄せた男の背を噛み付くように抱き寄せる。
彼に…なにかを与えようなんて…考えたことはない。与えられるものがあまりにも少ないからかもしれないけれど…………
睨むように眇められた視線の先、不意に入り込んだ4枚の葉っぱ。
驚いたように目を見開いて………軽く息を落とす。
自分の為に探したなら決して見つからないそれは、誰かを思って目を向ければ見つかるものなのだろうか…………?
…………昔、この腕に抱く人の笑みに憧れて…探した四葉。
自分にも向けてもらえると思って必死で。だけど結局見つからなくて。…………そうしたなら泥だらけになった子供はその手の中に四葉を抱きしめていた。
悔しくて……睨み付ければあっさりと渡されたそれ。自分の為に探してくれたのだと微笑まれて…締め付けられる心臓に気づいた。
だけど違うから。……欲しかったものは、違うから。
悔しくて叩き付けた。悲しげに歪んだ眉が…それでも苦笑を作って息が詰まる。
……………萎びれた四葉をそれでも拾い上げたのは自分。
それをいまも後生大事に残しているのも…………………………
男を抱き締めていたその片腕を解き、アラシは軽くそれを掴む為にシンタローの肩を落とした。
何の邪気もなく起こされた唐突の行動に意識が周りきらず、あっさりとシンタローの背がシロツメクサに抱きとめられた。
文句をいおうと開きかけた唇を軽く塞ぎ、からかうような笑みがアラシの唇を彩る。
睨み付けたその眼前にい示された四葉のクローバー。
………呆気にとられたように無防備に大きく開かれる瞳を覗き、アラシは問いかける。
「……探し物…これだよな?」
「…………………くれる……のか……………………?」
かなりの間を開けて恐る恐るとシンタローの声が問い返す。
警戒されれば首を擡げる加虐心を…いい加減この男は学習しないのだろうか………?
喉の奥で笑い、アラシは目の前に捕らえたその肌の上、首の付け根に指を這わす。そこに噛み付いたなら滴る血を飲み干せる。そんな残虐さを一瞬瞳の奥に浮かべ……唇を寄せながら囁いた。
「まあ…代わりにここに…………」
四葉を刻んでもいいのならと囁けば、赤く染まった頬が視界の隅を過った。
それでもその腕は拒む為に動きはしないから。
微かな笑みを落としてアラシは赤くその肌に色を落とした………………………………
敷き詰められたシロツメクサの上、赤く赤い蝶が舞う。
四葉を模したその姿に薄く笑い、男は満足げに再び唇を落とす。
…………赤い蝶が逃げぬように愛おしみながら……………………………
できましたよ、ちょっと恥ずかしいけど!(オイ)
いやね……蝶って……四葉に似ていませんか?
なんとなくそれ考えていたら書きたくなって……………
なので無理矢理返礼ですv
キリリクの方でリュウ書いたのでこっちはきっちりアラシですv
……やっぱアラシって書きやすい…………v