こっそり呼んでみようか。
小さな小さなこの声で。
決して気づかせない為に……囁いてみようか。
愛しさを溶かした旋律がその耳に触れることはない。
知らせない。
だって…………
君はあまりにも一人で立ち上がるから。
この腕なんて必要じゃないから。
優しいその残酷な笑顔で拒絶するだろ?
それならこの腕で壊してあげる。
君の全てを。
………そのくだらないプライドを………………………
視えない声音で
空を見上げれば雲ひとつない晴天。
腕を伸ばせば溶けそうなほどの青。
億劫げに見上げたそれらを退屈そうに瞼の奥にしまい込んで男は軽く息を吐き出した。
空を見たなら胃の奥が疼くことを知っていて…それでも繰り返すこれはもう癖というべきか。
別にそれが青を携えているわけではない。それはむしろ真夜中の色しかその身に彩らせてはいなかった。
それでも思い出したなら附随する青。美しく彼を包む色は自由に己を羽撃かせるその魂に相応しい。
もっとも…そんなものはもう意味もなさないのだけれど。
酷薄な笑みを一瞬浮かべ、男はどこか甘く囁くように緩やかに息を落とす。
もうどれほど会っていないのだろうか…………?
この腕が美しく赤に染めあげたあのオブジェ。
傷ばかり増えていくその羽をもぎ取り、輝かしさをこの腕の中囲んで包み隠し………空を飛ぶ生き物を地に落とした。
…………ニ度と立ち上がらないように愛しく屠った影。
忘れるわけがない。この腕にこびりついた彼の芳香はいまもまだ甘くこの魂を疼かせる。
幼い頃からずっと見つめていた小さな背中。
自分よりも小柄で、あまりに潔癖であるが故に容量よく立ち回ることもできずに痛みばかりに敏感だった無垢な魂。
笑むことだけをまっ先に覚え、泣くことも縋ることも置き忘れた愚かな………………
赤く赤く……その身を灼いて真っ白になって消えた翼。
生きることも死ぬことも恐れない魂がこの目の奥焼き付いたまま剥がれ落ちることはない。
どこまでも潔く生き……死ぬことを知っていた。しなやかな肢体が美しく脈動し、対峙した時に逸らされることのない視線がこの身を愉悦に落とす。
彼が……全てだった。
世界がなんだかなんて知らない。なにが大切かなんて考えない。
価値があるのかどうか、それは彼だけが決める。
………彼が愛しむなら壊す。
彼を傷めるなら壊す。
彼が自分よりも重きを見い出すなら………………………
醜いまでの彼への偏執。狂気じみていることくらい知っていた。
それでも止まるわけがないのだから始末に終えない。
手に入れ方なんて知らない。その身の中分け入って証を灯しても意味はない。
あの目が閉じられるのなら、意味はない。
その魂の存在全てをかけて自分を見ないのなら………なんの意味も持たない。
いっそ、あの羽に焼かれればよかった。
不意に浮かんだ名案ともいえる答。
そのあまりに退廃的な答はどうしようもないほど甘美な言葉。………自嘲げな笑みを浮かべ男は上体を起こした。
この背中に……もうあの日穿たれた巨大な闇の口は存在しない。あの魂の願ったままに美しい世界が広がってしまったから……もう現れることもない。
この身を焼く炎もまた、存在しない。
自分で縊れるなんて馬鹿な真似ができるほど弱くはないし、狂えるほど愚かでもない。
だからまた淡々と生活が始まる。
ずっと追い掛け続けたあの背を探すくせも消えないというのに……………
別にそれがいなければ生きられないわけじゃない。現にこうして息も吸えるし身体を動かすこともできる。過去の日の戦争以来会わずに過ごした9年間がそれを物語っている。
それでもなにか………足りない。
なにも足りないものなんてない筈なのに、足りない。
この世界のどこにもあの気配がない。たったそれだけで世界が色褪せる。
探しても探しても手に入らない。……それは自分が招いた結果であり、願った現実。
この腕を彼の体液で染めて、その鼓動を抱き締めて…………途切れる吐息の全てを独占して。
他の誰にも分け与えず自分だけが愛でる。
けっして……他のだれにも愛させない。傷付けさせない。
傷を負うことしか知らない愚かな生き物をあれ以上見たくはなかった。自分がかしずくことを由とした主にさえ触れさせることは嫌だった。
………その胸を抉られたのだと知った瞬間に湧いた殺意。
この腕以外によって傷付けられることを許せない。瞼を落とさせる先に佇むのは常に自分でなくては…………
尋常ではない執着。その自覚くらいいやになるほどあった。
それでも手放せなかった。忘れることも出来ない。
平和の戻ったこの世界。………愚かなあの男によって思い出された絆故に……………
吐き出した息が膝に触れる。知らぬうちに身を屈め自身を抱き締めるように蹲っていたことに気づいて男は忌々しげにその腕をといた。
仰ぎ見れば美しい空。……思い出されるのは楽しそうに舞う彼の羽。
消しさってやりたいほどの美しいその記憶に吐き気がする。
……………彼以外の全ては還ってきたのだ。
まるでこの腕のなか戻ることを厭うかのようにあの魂だけは消えたまま。
抱き締めたいなんて……言わない。
見つめたいなんて、思わない。
………愛しいなんて囁いてやらない。
苦く唇を歪め、男はくせになった煙草を取り出して火をつけた。
淡く灯った赤が、ゆっくりと紙を巻き込みながら燃える。………燃やし尽くす為に灯された炎。
この身を焼くことのない赤はゆっくりと肺を満たし苦味で身体を蝕む。
ゆうるりと……確実に。
そうして彼が見つかる日までこの身の奥を燃やしていよう。
灰色に満たされて……あの赤に喰らわれた肉体のように白く白く染まっていく。
彼がこの腕の中、戻る日まで。
…………あるいはこの身が彼の元に赴くまで…………………………
可愛くない……………(遠い目)
もっとギャグテイストなほんわかムードにすればよかったと今更後悔(オイ)
しかも見事にアラシのみ!更に一言もしゃべってない!!!!
さすがだよ自分…………
今回のは煙草です。なんで煙草吸い始めたかな〜ということで。
はっきりいって……私は嫌いなので吸わんでくれくらいの勢いですが(笑)
ちょっとかなりドリー夢。