それは小さな小さな卵だった。
初めてみた時……これのなかに自分の友達が入っているのだという実感がわかないくらい小さくて、不安を感じた。
そっと…撫でるように殻に触れれば笑うように震えて…嬉しくて顔が綻ぶ。

これは自分を知ってくれる。
自分を癒してくれる。
だから…………

だから、自分も愛そう。
この卵から孵るたったひとりの青い鳥。
小さな小さな弟のような鳥を。

だから早くおいで。
この地上に、孵っておいで。

―――キミハボクノ友達ダカラ――――――――





青に溶けた夢の欠片



 青い羽根が空を飛ぶ。
 小さな小さな背中が頼り無くふらふらと瞬いて………ゆっくりと地面に戻ってきた。
 頭の方がまだ重いせいか、落ちてきたその身体は見事に額から自分の腕に舞い戻った。
  ヒックとしゃくりあげるように泣いている小さな鳥は整った顔立ちを奇妙に歪めて自分の腕にしっかりとしがみついていた。
 「うえ………とべな……っく…………」
 小さな嗚咽が悔しそうに囁かれる。
 まだ……たった3つ。
 鳥人であったとしても飛ぶ練習段階であって飛べないことは恥じゃない。
 それでもこの幼い鳥は空に焦がれている。小さな指先を捧げて、いつもその羽根と同じ色を掴もうと駆けていて…………
 心配している母親に頼まれてこうして助言者と監視役とを兼ねて遊びにきているけれど、それももうそろそろ出来なくなる。
 もうすぐ自分は7歳になる。
 そして自由人にある昔からの慣例が、自分を修行の場へと導いてしまうから。
 ………この幼い鳥をひとり残し、自分は強くなるためにいかなくてはいけない。
 小さな指先が熱く自分を抱き締める。悔しいという言葉さえまだ知らないくせに、その魂は如実にその思いを感じていることを示した。
 「バード……ゆっくりでいいんだぞ?」
 「ヤダァー!! 飛ぶんだっっ!」
 頭を振って幼い仕草は頑固な性情を醸しながらひた向きに羽根を動かしている。
 大きな藍色の瞳からは止め処なく涙が溢れているくせに。
 転んでばかりであっちこっち擦り傷ばかりで痛いと叫んでいるくせに。
 それでもこの鳥は空を夢見ている。
 それをとめることができる筈もないけれど…………
 微かな溜め息を零し、子供は抱えた幼子の背を優しく撫でて微笑みかける。
 優しさと……なによりも安堵を覚えさせる誠実なその笑みにきょとんとした子供が泣くことも忘れて見愡れるように見上げた。
 それを確認し、一呼吸おいてから子供は諭すように静かに幼子に囁きかける。
 「じゃあバード、せめて怪我の手当てをしよう?」
 「だいじょーぶっ とぶんだから!」
 「でも……見ていて俺も痛いよ。それに小さな怪我だってちゃんと魔法かけておかないと、動かなくなっちゃうこともあるんだぞ?」
 押し付けるのではなく…何故そうするのかを根気強く教える声音に小さな羽根は承諾を示すように羽撃くことをやめてしんなりとその腕のなかにおさまった。
 ほっと安心したように笑みを落とし、子供は寄り掛かってきた小さな肢体を大事に抱え直すと近くに置いておいた鞄のもとまでゆっくりと歩き始める。
 頼りになる腕とは言いがたい細さの子供の腕を、それでも絶対の信頼を寄せている小さなひな鳥は疲れが出てきたのかどこか眠そうに目を擦りぼんやりと子供の肩にもたれ掛かった。
 その信頼感に苦笑を零し、振動を最小限に食い止めるよう配慮した子供は静かにしゃがんで鞄を手繰り寄せた。
  微かな音が優しく耳に触れる感覚をくすぐったそうに幼子は目を瞑ってきいていた。………体中疲れきってだるくて…羽根なんてとれてしまうんじゃないかと思うくらいいっぱい羽撃いて力なくしなだれていて………
 だけどこの子供と一緒に飛行練習をすることはいつだって楽しみだった。怪我だらけになるし疲れて家に帰る前に眠ってしまうことだって珍しくないけど……大好きだった。
 ………不器用な指先が優しく羽根を撫でてくれる感覚が好きだから。
 労るように慰めるように。言葉に変えることが苦手な子供はそれでもちゃんと態度で示してくれたから。
 満足そうに自分の腕や足にできた擦り傷の治療をしている子供を見つめ、幼子はその腕に擦り寄った。
 「……っと、こら! まだ手当ての途中だからくっつくんじゃない」
 「やーだよー♪」
 「バードッ」
 クスクスと笑ってきこうとしない幼い鳥はまるで子供をからかって楽しんでいるかのようだ。
 呆れたように腕のなかで張り付いたまま離れないひな鳥を見下ろし、子供は深く溜め息を落とした。
 …………傷ばかり、なのだ。
 自分もそうだけれど、この鳥はどこか盲目的な信頼を持ち易いらしい。一度懐に組み込まれた相手に全幅の信頼を寄せてひたすらにその背を追い求める。
 まるで刷り込みのようだ。……考えてみればその条件を自分は確かに満たしていたけれど…………
 不意に静かになった鳥の動きに目をやれば、疲れきったらしい悪戯な指先がしなだれて落ち、微かな寝息が耳を打つ。
 浅い眠りに落ち入った鳥は本能故か少し子供が身体をずらしただけでもあたりの気配を窺うように身体を硬直させた。…………その事実が、少し寂しい。
 本当はこんな子供がそんな感覚を養わなくてもいい世界があってしかるべきなのに。
 それでも自分も大人も願ってしまう。強くなることを。
 そして子世代は疑うこともなく力を求めるのだ。
 守るために、慈しむために。
 ………………それを脅かすものがいるという大前提のもとに……………………
 この寝顔も笑顔も……意固地なまでに真直ぐな空への思いも。
 全部が美しく包まれたまま育つことのできる世界こそが理想なはずなのに…………
 それでも、その一翼となっている自分がなにをいったところでただのまやかしだ。
 知っている。………それでも思ってしまうのはきっと大人たちだって同じで。
 誰も悪くない。わかっていても募るのは罪悪感で…………
 「……ごめんな…」
 囁く謝罪の言葉さえ、無意味だ。
 …………なにを犯しているかも、どんな結果がまっているかも本当には知らない身で…………………
 ただ衝動だけを知っている。この身の奥底にまで巣食う熱いなにか。
 いつか自分を喰らってなにかを壊してしまう予感のする……暗闇。
 怖い。……けれど逃げることなどできるはずのない現実。
 せめてこの小さな鳥はそんな闇夜を知ることなく育って欲しいなど、幼い自分が思うのは愚かだろうか…………?
 寂しい小さな囁きに、長い睫が幼く揺れる。……掠れた吐息に気づき、不思議そうにそれへと腕を伸ばした。
 小さな指先。幼さしかない丸い爪がやわらかく子供の頬を滑った。
 頬を支えるはずだった指先は眠さからか滑り落ち、再び子供の膝の上に戻ってしまう。それを苦笑で見送り、もう一度眠れと子供がひな鳥の瞳を指先で覆おうと思った時、囁かれた言の葉。
 「オレ…ぜったいにおいつくよ………」
 微かな囁きは微睡んでいてうまく掬いとることさえ難しい。
 眉を顰めて膝に顔を埋めたひな鳥の口元に少しでも耳を近付けたなら優しい旋律が零された。
 「…おいつくんだ、シンタローに。いっしょに…とぶんだぁ………」
 綻んだ頬に灯される至福の笑顔。
 まるで素晴らしい宝物を夢見るような声音で囁かれた無邪気な願い。
 焦っていた。……その姿はそう見えた。
 けれど…違くて。
 ひな鳥はただ遠くを見つめている子供の視界に入りたくて。………同じ景色を見てみたくて。
 自分を認めて欲しいとただただ空に腕を伸ばしていた。
 ………自分が憧れた小さな小さな背中はいつだって空を舞っていたから。
 追い掛けて追いついて、一緒に空を駆けて同じ世界を見たかった。
 ちっぽけ過ぎて見落としそうになる、当たり前の幸せ。
 どこか忘れかけた優しい思いに包まれて、子供は泣き笑うように顔を顰めて不器用に笑んだ。
 頬を伝った一雫の雫がひな鳥を起こさないようにと乱暴に擦られても空は青いまま。

 二人が憧れ……ともに集うために用意された舞台は穢されることなく佇んでいた……………



 自尊心とか、無謀とか。そうした言葉さえいまだ知らない身でそれでもどこかで予感があるのだ。
 いつかこの腕はなにかを壊す。
 ………大切ななにかを。

 それは回避出来ない。奢れる部位を切り落とすことは出来ないだろうから。
  だからせめてその瞬間まで……守らせて。
 この青い青い誓いの空を。
 叶う日を夢見て舞う、その翼を……………






というわけで久し振りにパーパとバードの子供時代です♪
ああ書いていて楽しいわ子供!!←落ち着け。
4歳違いはなかなか辛いものがあると思います。成長期過ぎれば外見上はさほどの違いはないでしょうが、それまでは決定的に体格も力も違うから。
だからすっごく憧れたと思うんですよねv
早く追いつきたくて追いつきたくて……無茶ばっかしてやっぱ子供だって思われて。
でも大好きな思いも純粋な気持ちも全部認めてもらいたいし、信用して欲しい。
子供じゃなくて対等に扱ってって全身でぶつかってくる時期です。
そういうところ、子供時代のシンタローは受け止めても受け止めきれないんじゃないかと思うのでちょっと歯痒いですが、一緒に成長していってくれると嬉しいなー♪