優しさの意味を知っている?

………知らないでしょう?

だってそれに意味なんてない。

君が、教えてくれた。

どれが優しいというものなのか。

どれがあたたかいという事なのか。

忘れ果てたこの胸に、君が1つずつ教えてくれた。

降り注ぐ陽光と同じように分け隔てる事なく。

…………全てに分け与えるようにある、その魂。

同じように自分が注げるのかと躊躇えば笑む君の瞳。

…………………どうか君の中で微睡ませて。





陰に陽に



  風の匂いが変わった気がした。
 落としていた瞼の裏には優しい陽射しが差し込み、未だ昼間である事を虎に知らせる。
 緑に囲まれたこの地域の中、涼しげな木陰で丸まる虎はどこかのんびりとしていてその牙さえ存在を主張する事がない。
 その事実が心地よいらしく、やわらかくなった風に機嫌よくシッポを揺らしてまた微睡みの中に虎は沈んでいった。
 …………それを眺めていた男が音にする事なく喉奥で笑む。
 本当は、天気もいいしちょっと散歩にいこうかと思って声をかけにきたのだけれど。
 こんなに気持ち良さそうに眠っている虎を起こす事はあまりに忍びない。微睡む事を覚えた金の獣毛に指をすべらせ、男は虎の傍らに腰を降ろした。
 指先を優しく流れる毛皮の心地よさに幼い笑みがこぼれる。………本来なら、虎はたったひとりで生きる種族で、こうして群れる事も少ないのだ。
 だからはじめ、その手をとって家に招いた時……こうして居着くとは正直思わなかった。
 すぐに姿をくらましてしまうだろうかとも思ったのに、律儀な虎は不器用な指先で必死になって息子をあやしたり遊び相手になってくれたりしていた。
 無表情なわけではなくて…たんに感情の表現が苦手なだけの虎をゆっくりとその性情を開花させていく。まるで子供を二人抱えたような思いで見守っていれば不意に返される視線に戸惑うのだけれど。
 勘がいい、という事も時として困るものだと………思うのだ。
 まっすぐに逸らされる事なく向けられる視線。未だ自分と…息子にしか零されない笑みを言葉。
 時折伸ばされる腕とか。甘えるように鳴らす喉とか。
 本当にあまりにも普通で、買い被りだとしか思えないのに。
 まさかと…初めは流していた。ひょっとしてと……疑いはじめて。
 確信に変わりつつあるいまはただ戸惑うだけでしかない。
 一緒に暮していて。しかも同じ性で。………そういった感情を向けられるなんて……思うわけもない。
 はにかむように笑みを飲み込んで、男は金の毛皮を撫でる指先を離すと空を仰ぐ。
 なにかを求めるとか…そんな感情でない事だけは判る。
 …………幼稚極まりないと自分でも笑いたくなるけれど…それはただ傍にいたいという感情。
 あまりに自分に近い感情過ぎて、拒む理由もないのだけれど。
 この青年であればもっと可愛い女の子でも探す事ができるのにと、その悪趣味さに苦笑してみれば……擦り寄るように頬が寄せられる。
 微睡みを知る虎など、聞いた事もない。狩るという事も忘れ、まるで隠れ武者のように戦う者である事を気づかせない気配。
 僅かに震えた睫が起きそうな獣の気配を伺わせる。それに気づき、男は優しくその瞼を撫でて小さな囁きを落とした。
 「………まだ寝てな」
 やわらかく響く緑の声音。
 それに導かれるように虎の口元にやんわりと笑みが浮かぶ。
 ……………優しいその変化に、困ったように笑う男もまた、陽射しに溶けるように虎の傍らに横になるのだった…………………


 イイ匂いがする。
 甘くて……優しい。あたたかくて心地いい。
  ずっとその匂いに包まれていたいと思わせる、イイ匂い。
 ぼんやりとした思考で心地いい気配に身を浸していた虎はあどけない瞳を辺りにめぐらせた。
 初めに浮かんだのは緑の芝生。蔓も混じった樹の幹や、まだ蕾んだままの花やそよぐ葉っぱ。
 それから……精悍な腕と、漆黒の長髪。
 唐突に入った思い人の特徴にぎょっと虎のシッポが跳ねた。
 次いで動いた事によって閉じられた瞼が震えはしないかと恐れるように伺えば、何事にも気づいていないように健やかな寝息が漏れている。
 ほっと息を吐き、虎は辺りを見回してみる。………いつもなら一緒にいる筈の幼い赤ん坊が見当たらない。
 不思議そうに頭を捻るがふと思い出した青い鳥に納得顔で頷く。確か今日は夕方から村の仕事の手伝いがあるからとお守を頼むといっていた。
 子煩悩の男にしては随分早くから預けたものだと思うけれど、なんとなく嬉しく思う自分の心境に苦笑する。
 一緒に、いられれば構わない。
 それは二人っきりでという狭いものでさえなく、あの愛しい赤子もともにで構わないのだけれど。
 ずっとひとりで。…………ひとりのまま死ぬと思っていた。
 負けたその時に…縊れると。地に足をつけた時にこの息は途絶えると信じて疑わなかった。
 生き長らえさせたのも……生き方を教えたのもこの男。
 憂いを深く魂に刻んでいる癖に、誰よりも優しく笑む地上の覇者は、分け隔てる事なくその腕を伸ばしてくれる。
 だからこそ愛しくて。
 ……………ほんの少し、歯痒い。
 それを訴えるように未だ獣のままの腕でその頬を押しやってみる。肉球がくすぐったかったのがむずがるように唇を蠢かし………男はどこか楽しげに笑う。
 幼くはない…けれど幼い仕草。
 大人である事を課せたが故に性急に作り上げられたその魂は時折取りこぼしたかのように幼気な面を覗かせる。
 それは心許している証で。………与えられたなら視界が掠れるくらい…嬉しいけれど。
 少しくらいの独占欲はあって、時折でいいからこうして微睡む男をひとり見つめる事のできる特権が欲しいと思ってしまう。
 誰もが願う魂だから、自分もまた捕われたなんて思わないから。
 人の目にだけ捕われて、真実なんてどうでもよかった時に当たり前を与えてくれた。
 ……強さなんてものではなく、自分を見てくれた。
 自分を知ろうとしてくれた、から。
 男の内に潜む蟠りもまた……知りたくなった。理解したかった。
 傍にいたい………から。
 なにかを望みはしないけど……願いたい。
 陽光を浴びて生きるに相応しい男が、闇に捕われる事なきよう……守りたい。
 金の毛皮を携えたまま虎が擦り寄ってみれば微睡む瞳がぼんやりと向けられる。微かに笑んだ瞳の奥、憂いが消える事はない。
 それでもそれさえ包んで、誰もが心安らげる笑みを与えてくれるから。
 せめて……ぬくもりを。
 彼の心が凍えぬように寄り添ってみればしなやかな腕が優しく毛皮を抱き締めた。


  優しい獣。
 自分のコトさえ構わずに、人を思える。

  …………癒される資格なんて、本当はない。
 癒す資格だってないのに。
 それでもそれを許すようになにをいうでもなく傍らに佇んでいてくれるから。
 祈るように瞼を落とす。



  癒す事を……癒される事を許してくれる。
  陽光と同じようあたたかなその金糸の毛皮が………………








というわけで久し振りにタイガーです。
相変わらずうちのタイガーってのほほんとしていますねー。いや、こういう彼が好きなんですが。
戦っている時と普段の彼はまるで違うのですv
………まあ戦っている彼も好きなんですけどね。凛々しいし。かっこいいし。

なんというか。
お互いわかっているけどあえて何もいわない。
いわなくても構わない関係。
………早い話が家族じゃんかお前ら。
というのが私的ツッコミでしたv
いいのかそんなオチで!!!(でも私の中でこの二人はカップリングというより家族)