空は綺麗に澄んでいた。
星空さえ鮮やかな夜。
濃紺に溶ける羽を羽撃かせ。
舞い降りた小さな男の子。
傷だらけの顔で、優しく笑った。
その小さな掌の中。
零れ落ちた自分の涙と同じ透明の石。
………その子が分けてくれた、クリスタル。
なくしたと泣いていたなら舞い降りた。
聖夜の、奇蹟。
途切れることなく
「バードーーーッッッ!!!!」
「ガウウゥゥッッ!!!」
いつもと同じ半泣きの情けない声の男と、猫にしか見えない虎の鳴き声が重なって家中に響く。
それを溜め息とともに受け止め、青年は持っていたお玉で肩を叩く。
毎度毎度……よくぞ飽きないものだと少し感心しているのか呆れているのか微妙な眼差しで二人を眺め、ひとしきり響き続ける声になっていない愚痴を聞き流す。
10分もすると二人の泣き声も止まり…………代わりに響いたのは盛大な腹の虫だった…………………
あまり空腹の自覚のなかった男は一瞬呆気に取られ、思わず自分の腹を眺めるが確かに自分の腹からも鳴っている。………隣の虎よりは小さかったが。
幼子のような真似に一瞬羞恥が蘇り男の顔が赤くなるが、今更だ。
ちらりと極まり悪げに見やった先の青年は仕方なさそうに含み笑い、手招いた。
「オラ、飯にしようぜ。どうせ来るだろーと思って作ってあるからよ」
「わ、悪い…バード」
「ガウv」
綺麗に3人分用意されている昼食に、本当に自分達が来ることを予測していたらしい勘のいい青年の手際に少し男が恐縮する。
盛大に食べはじめた虎はそのままに、青年は男の分を盛り付けて手渡しつつ問いかける。
……大体予想はしていたが、こうも思った通りになると逆に詳細が知りたくなる。
「で? 今日はなんだって?」
どこか苦笑を込めて囁かれた声は、男よりも幼いはずなのに大人が子供の言い分を尋ねるような不思議さが込められていた。
それをくすぐったそうに受け止め、男は困ったように笑う。
…………思いっきりいじけておいてなんだけれど……それほどは、気にしてもいないのだ。
本当はその方がいいかも…なんて思ってもいたから。
ただちょっとだけまだ心の準備が仕切れなくて、醜態をいつも晒してしまう自分達も自分達なのだが………………
だからこのまま流そうかと、笑って濁しかけた男の額を軽く青年が小突いた。
少し驚いた漆黒の瞳がきょとんと青年を見やれば……少しだけ憮然とした端正な顔が返される。
「あのな……クリスマスに押し掛けといて、だんまりする気か?」
予定を空けていたのは確かだけれど。これでも一応誘いはあったのだ。………仲間とか、友人からだったけれど。
全部断って、きっとやってくる古い友人のために昼食を作って。こんな出来た幼馴染み相手に隠す気かと拗ねた瞳が囁けば、男の無骨な指先が優しく頭を撫でた。
………幼い頃と同じ仕草は、けれど馬鹿にされているとか子供扱いだとか…そんな思いをわかせないくらい不思議と自然だ。
微かなぬくもりを感じていれば、耳に響いたのは豊かな男の声音。
ゆったりと全てを包む、大地の旋律…………
「いや…たいしたことじゃなかったから…ついな。ミイちゃんが夫婦水入らずでクリスマスは過ごす!って言って追い出されちまったから…………」
ちゃんとイブは一緒だったし、これ以上も我が侭だろうとかも思うし………などと小さな声が言い訳のように綴るが、どこか寂しそうな響きは拭えない。
それを知っている青年は一瞬かける言葉が見つからなくなってしまう。
ずっと……男はそんなもの知らずに過ごしていたことを青年は知っている。
7歳からは修行の世界に入り、そんな年間行事は関係のないなかで生きていた。
………それ以前は、忙しい父に遠慮して我が侭など言えない無口な子供だった……から。
幼い頃の記憶に、赤い服を着たサンタクロースも、ツリーも…なにもない。望んだプレゼントはいつだって買い与えることの出来るものではなかったから…………
一緒に、いたい。
たったそれだけがもっとも難しいプレゼントなのだと自覚していた子供はそれを口にすることもなかった。
初めて青年の家で過ごしたクリスマスの夜、声もなく空を見上げて泣いていた子供を……声をかけることもできないで見つめていた幼い頃を思い出し、青年は困ったような顔で頬を掻く。
なにか…自分にできることはと考えても難しい。いつだってこの男の望むものは与え難く具現し難い。
…………目先の欲にかられるのではなく、それら全てを断り世界のためにと駆けてしまう翼が……いつか千切れてしまいはしないかと不安になるほどで………………
「じゃあ、今夜は俺の実家、来るか?」
不吉な予感など覚えたくもない。だからこそ明るい声音で青年は男を誘った。
イブは盛大なパーティだが、クリスマス当日は家族だけののんびりしたものだ。それに男なら喜んで迎えられるだろう。………そう囁けばパッと顔を明るくしたのは何故か虎だった。
それを苦笑して見やりながら食べ終ったらしい虎を膝の上にのせ、少しだけ思案げな男に畳み掛けるように青年は声を掛けた。
「俺も帰ろうかと思っていたけどよ、一人だとまたうるせぇし。予定ないならいいだろ?」
「予定は……ないんだが…………」
どこかしどろもどろな男の声はあまり冴えない。
…………珍しい仕草に意外そうに青年が見やる。
言及はしないが濁すことは許さない青年の瞳に男は苦笑する。……別に、本当は自分が気にすることでもないのかもしれないとは、思うのだ。
でもやはり気になってしまったらほってはおけない。
でも青年の気遣いを無下にすることも気が引け、どうしたらいいのかと困惑してみれば虎の長いシッポが励ますように腕を叩いた。
男の胸裏を知っているらしい虎の励ましに、いつの間にか詰めていたらしい息をゆっくりと吐き出して男は改めて青年を見つめた。
深く瞬く漆黒はあまりにも澄み渡り、一瞬引き込まれそうな思いがする。それが男の懐の深さ故の安堵だと、知ってはいるけれど。
「ミイちゃんも家には帰らないから。やっぱ……一人かと思うと…な」
もしかしたら他の友人と騒いでいるかもしれないから、そこまで気にしても仕方ないかもしれない。
それでもできれば……自分と同じ思いで寂しく一日過ごすことがないことを確認したい。
馬鹿なことと笑われることを覚悟していた男は、驚いたように目を見開いたままの青年に居心地悪そうに声をかける。
「…………バー…ド? なんだ、怒っているのか?」
躊躇いがちな声は心を許しているが故だと知っている。
……上手く立ち回るということを知らない無垢なる視線に不器用に笑いかけ、青年は軽く男の額を小突いた。
それを甘受し………許しているそのやわらかな瞳に一瞬申し訳なくて泣きたくなってしまう。…………それでもそんなこと望まれていないことくらい、知っているから。
霞みそうな視界を叱咤して、男は泣き笑う。
「いいんじゃねぇの? まあ振られたらこっちに来いよ。待ってるからさ」
もしもちょっとでも恋情があったなら、あるいは少し……恨めしく思うかもしれない。
ずっと一緒にいた幼馴染みが、自分に一言の相談もなく誰かに心寄せるのはどこか面白くないと思わせる。
それでも男はそんな邪推を彷佛させることさえないほど…あんまりにも澄んだ思いで人を見つめることができるから。
……………どこまでも限り無く、残酷で優しい王者は自分の抱えた寂しさを誰かが味わうことを嫌っている。
もしかしたら留めた方がいいのかもしれない。
ほんの僅かに冷静な自分がそう分析しているけれど、止める気は起きない。
恋情だけがこの世の全てではない。………誰もがそれだけを願って望んで生きているわけでは、ないから。
叶わないと知っていて、それでも愛しく思っている人を傍に置きたくないと思う奴はいないと小さくぼやいても、それは誰にも聞こえない。
責任を持って虎を預かることを約束してみれば零される幼い笑み。
………心のままに。たったそれだけのことを、歳経てようやく許され…花開いた大華は鮮やかに人を惹き込む。
共に生きたいと願わした魂の行く末を、変わらず祈る聖夜はいつまでも続くのだろうと青年は苦笑した。
美しかった青空は帳を落として紺碧の闇夜に変わる。
……濃密な月明かりが照らし、星さえも隠すようなその存在感に窓から眺めていた女は小さく笑う。
幼い頃、この窓を叩いて現れた傷だらけのサンタを思い出す。
聖夜の意味も、その存在さえも……あるいは知らなかったボロボロのサンタクロース。
駄々をこねて分けてもらった彼の宝物。…………なんて残酷なことをしたのかと、幾度悔やんだか判らないけれど。
もういなくなった彼の母親が、いつも身につけていた美しい水晶の髪飾り。砕かれてしまったそれは、たったひとつ彼が知る母親のぬくもり。
ただ美しくて。………ただ…彼の大切なものが、欲しくて。
砕かれたその欠片を自分にもわけろと我が侭をいった。その意味も、残酷さも知らない幼気さを愛らしいなどと称せるわけがない。
なくしてしまったのだと…いった時の彼の顔を覚えている。
怒りでも憤りでもない。ただ深過ぎる絶望にも似た哀しみがその面を彩った。
…………その時初めて自分の犯した過ちの重さを知った。
謝ることも許されない罪の意識に泣いて窓辺で祈っていた。
クリスマスのプレゼントなんていらないから、彼に返してあげて欲しいと。
本当にサンタクロースがいるのなら。聖夜に、奇蹟が起きるというのなら。
どうかこの祈りを聞いて欲しいと。………この先、自分の願いなどもう聞き届けなくてもいいから……………
涙に濡れた睫の先、朧になってしまった月影を縫って舞い降りた幼いサンタクロース。
いまはもう、昔の話だけれど…………
一言も責めることのなかった彼は、見つけだしたそれをまた再び自分に与えた。
受け取れないと泣けば、困ったようにそれを拭った。幼い無骨な指先はあまりに辿々しくて…でも優しさに胸が締め付けられる。
その年から、いつもこの日は月を見上げる。
悔恨と懺悔を捧げるように。
…………もう一度奇蹟が舞い降りることを祈るように。
今年の月はあの日と同じく鮮やかに澄んでいる。………星さえも隠し込むほどに。
軽やかな溜め息とともに窓辺に伏せられた女の美麗な面差しが少しだけ憂愁をのせて瞼を落とす。
月明かりが、鮮やかに染めあげる。
美しい烏羽玉(うばたま)の波打ち際、静かに降り注いだサンタクロースの影。
躊躇ったような幼い声音に夢心地に顔をあげたなら、降り注いだ花のシャワー。
幼く笑んだ彼の声に……胸が詰まる。
…………零れ落ちた涙の意味なんてわからない。
それでも確かに胸に満ちたぬくもりを抱え、女は笑んだ。
相変わらず傷だらけのサンタクロースを祝すかのように………………
クリスマス終ってから書いているクリスマス小説。
………虚しいとかいわないで下さい。書きたかったんですから!
久し振りにアマゾネスです。アラシでもいいかなーと思ったんですが…やっぱアマゾネス。
このところ全然ヒーロー書いていなかったので、パーパの書き方忘れていました(オイ)
…………でもアマゾネスは忘れていなかった自分が怖い(汗)
さすがだ自分。アマゾネス好きはきっと誰にも負けないわね!
不思議な自負を抱えつつ、ちょっと幸せに浸って書いておりました。
どうでもいいが、これって………アマゾネス→パーパ←バードっぽくないですか?
バードは純粋に幼馴染みにしていたはずなのに…………
そんなわけでクリスマス小説。
クリスマス終っていますが一応お持ち帰り自由小説です。
適当に処分してやって下さいませv