ふんわり

ふんわり

舞い降りるそれに綻ぶ唇

ふんわり

ふんわり

落とされる目蓋にそそぐ粉雪よ

なにもかもを覆いつくし

まっさらな昔をそそいでおくれ





粉雪の小径



 小さく吐き出した息は、白。
 真っ暗になった空は寒さをいや増しに感じさせて思わずコートの上から腕を擦る。
 戦慄きそうな唇を噛み締めて睨むように眼前の暗闇に目をやった。
 ………全くもって、おかしな話だった。
 この月しか覗かない夜道、一人自分は歩いている。普段であれば注意を受けるに決まっているそれを許されているのはきっとクリスマスという言葉に浮かれているせいだろう。
 家は暖かかった。外に出る必要なんか、本当はない。
 だから今頃わざわざ寒いこの道を歩いてまで赴く必要なんかないのだ。今からだって間に合うのだから、引き返してあの暖かな空間に行けばいい。
 そう思いながらも何故か足先は淀むことさえなくその道を辿る。踏み締めるように確かめるかのように。
 ふと見上げた空の中、ポッカリと間の抜けたように三日月が見えた。
 それに透かすかのように手のひらを翳(かざ)してみる。朧な月光の下、白い指先が発光するかのように晒される。整えられた爪先が月の雫に染まって煌めいた。
 幼い頃この指先は同じく小さな手のひらに包まれていた。頼りないと言えるはずなのに、何故かそれが頼もしく思えていた頃。同じように夜道に怯えていたくせに、震える自分の指を硬く握って大丈夫と笑ってくれた。
 その印象だけが色濃い、三日月の記憶。
 「………馬鹿らしいわね」
 溜め息のように呟いてものぼるのは苦笑。
 翳した指先を落として見上げていた瞳も地に戻す。
 わかっているつもりだった。あのときから。
 きっとこの腕はどこまでも駆けていくと。自分の腕になどおさまるわけがないと。
 誰かのために笑うことしかできない不器用さはひどく危うかった。それでもその笑顔はひどく眩しく、力強かった。
 「月じゃ…あるまいし」
 儚く写るその色は、けれどあまりにも強固で鋭利だ。
 染めるのではなく染まっていくのでもなく。
 ただただ互いを映し、そうあるだけ。
 小さな頃からそうだった。鏡のようで硝子で。壁のようで水だった。
 白のようで透明で、掴むことも出来ずその本質すら掬うことが出来な深淵さ。
 いまさら自分がどうこう言えた義理はない。
 ましていま、彼は苦しみ悶えているに決まっているから。自分など………幼い頃の彼を知っている自分など、何も出来るわけがない。
 否、出来ることはある。…………彼を断罪し痛めるという、そういった意味であれば。
 愚もつかない思考に辟易とする。鬱々と考えたところで埒も明かない。どうすることも出来ないから会わないなど、それは単に自分から逃げているだけだ。…………彼に、怯えているだけだ。
 そんな自分ではいたくないから、歩いている。そんな気がしてきた。
 幼い頃もこうして歩いたのだ。その時は自分一人ではなかったけれど。
 いつも通り迷子になった彼を見つけて、いつものように帰ろうとしたけれど時間がかかってしまって真っ暗になった辺りに、気丈に振舞っても恐れる気持ちは確かにあった。
 微かに震える指先が、それでも大丈夫と笑って伸ばされた時の心強さ、忘れることも出来ない。
 ひらり……と。
 頬に触れる何かに目を瞬いた。
 思いのほか深く意識を沈めていたらしい。それが触れるまで気づきもしなかった。舞い落ちてくる白い花。…………否、それは粉雪。
 ふんわりと風に舞い、ゆっくりゆっくり注がれる。
 白く色づく夜空には、それでもまだ、月が覗く。不可解なその光景にくらりと頭の奥がする。幻惑的、というべきか。それともこれは夢の一部か。昼間見るのであれば白昼夢というけれど、夜中のいま歩きながら見るそれはなんと呼べばいいのか。
 どこか面白がるかのように考える自分の余裕が少しおかしい。そんな風に思いながらも視線はただ舞い落ちる、空へ。
 まるで地中から覗いているようなそれに知らず唇も綻んだ。
 遥か昔、この身体が未だ幼く男女の別もよく解らなかった頃。
 同一にさえ思っていた魂と雪の小径を歩いたのだ。
 暗くなった空に他の誰もいない道。白く埋め尽くされていく恐怖と、恍惚とさえ言える高揚。
 不可解なそれはちぐはぐのまま絡み合って、寒くて恐れたその道がいつの間にかどこまでも続けばいいのにと思うように、なった。
 「なんだか……あの頃みたいね」
 ふと思った過去。
 …………共有している人は、いま殻に閉じこもって顔も見れないけれど。
 感慨深げな声は自嘲じみた笑みに溶けて掻き消えた。瞬間に返された、音。
 「…………なにが」
 不可解そうに…けれどそれは確信を含んで呟かれていた。
 ぎょっとして振り返る。思った通りの像がそこにあって、逆に唖然と見上げた。
 夢、だろうか。あり得ないことが現実に起こるのであれば。
 粉雪のなか燦々と輝く三日月に今は顔も見れないはずの彼。
 そんな思いがありありと現れていたらしい自分の顔を一瞥して、彼は目を逸らした。
 「電話、あったから………」
 ぽつりとそのまま小さく言い訳のように言って歩き始める。自分の前……彼の家のある方向に。
 逆側から現れた理由も思い当たる。どうせ彼のことだからまた迎えにいくつもりで方向を間違えたのだ。それなら家を出てからの今までのタイムラグの理由が説明が付く。
 そう思い至り苦笑いのように眉を寄せて微笑んだ。
 ………時間は流れる。流れた時間のなか、変わらないものはない。
 善きにつけ悪きにつけ変化し流転する中、それでも決して色褪せないものはあると……信じることは愚かだろうか。
 短い彼の髪に粉雪が舞う。
 幼かった頃のように怯えた背中。
 ………それでも毅然としたいのだと必死な震えた背中。
 いまはまだ硬く握りしめられたままのその腕は、かつてのようにいつかは開かれるだろうか。
 自分にはとてもじゃないが似合わないとごちるように笑い、わずかに離れた距離を解消するために足を速めた。
 他にどうすることも出来ない粉雪のなか、ただ二つの影が寄り添うように進む。

 奇跡が起きる日、なんてあり得ない。
 解っていて、それでも縋ったのか。

 奇跡なんてなくて構わない。
 ただ昔のようにそばに。
 その情けない背中が震えていることを知っていて。

 それでも伸ばせない腕が、少しだけ切ないから――――――――――

 








…………なんであんな綺麗なイラストの返礼がこれなんでしょうか。
つーか暗いよ。

いえあのですね。静かなイメージと透明感と、あと凍った感じをミックスしてポンと浮かんだのです。
クリスマスらしくねぇよと思った方。
きっとあなたが正しいです。クリスマスと思わないで読んで下さい(意味ない)