幾度も幾度もその夜明けを見つめた。
たった一人、それを見つめ続けた。
それは決して苦しいことではなかった。
むしろ清々していた。
それでも今、なぜこんなにも満ち足りた思いがするのだろうか。
たった一人、憎々しいまでに腹の立つ、そんな相手と一緒だというだけで。
どうしてこんなにも、あたたかいのか。

わかるわけもない。
わからないままでいい。

そうしてまた、新たな日の出を見つめたままに嘘を吐き出す。
きみの命とその身のために。
決して浄化されることのないこの不浄のままの唇で
きみに嘘を囁きかける。





同じときを見つめながらも



 ふと気づいたら日が差し込んでいた。
 もう朝がきたのかとぼんやりと思う。まだ眠かった。考えてみれば昨夜は子供たちがなかなか寝付かなくて、かなり夜更かしをしたのだ。除夜の鐘も聞いたし、そのまま初日の出を見ると騒ぐ子供と虎をなんとか寝かし付けたのは多分さほど前のことではなかった。
 そのうえ自分も寝ようかと思った頃、ふらりと訪れた月の影にさらわれたのだから、たまったものではない。
 そこまで思い出し、はたと気付く。
 そう、昨夜はヒーローやタイガーが寝付いた後、自分も布団に入ると同時に不法侵入をしたアラシに強制的に月見酒につきあわされたのだった。どうりで頭痛がするはずだ。たいした量ではないが酒も飲んだし、ここ数日間の年の瀬の押し迫った喧噪で疲れた身体には昨夜の睡眠不足はなかなか辛かった。
 思い出し、むっと顔が顰められた。
 身体には薄いとはいえ毛布はかけられている。これは精一杯の彼の心遣いだろう。が、野原で月見をしながらそのまま寝てしまった自分に対しての心遣いがそれで終わらされるのも間違っている気はする。何より子持ちの同居人付きという何かと束縛されやすい自分をたいした理由もなく拉致した代償としては軽すぎる。
 文句の一つも言おうかと眠い眼をこすり、身体を起こした。彼の気配は近くでするし、煙草の匂いが濃い。起きているのだろうと辺りを見回した。が、思ったような姿の人物はいなかった。
 しかし彼がいないわけではない。
 …………自分が眠っていた真横、毛布にくるまるわけでもなくアラシは寄り添うように眠っていた。
 別に大事に抱えるわけでもなく、かといって放り出すわけでもない。微妙なその距離を保ちながら、眉間に寄せられた皺もそのままに眠っている。
 じっとそれを見つめ、溜め息を吐く。…………本当にいつものことだけれど、彼の行動は理解しがたかった。
 どうして自分など連れていくのか。いつだって彼を苛立たせていることくらい、解っているのだ。
 自分が自分の道と定めた信念を貫けば貫くほど、この男は傷つく。自分が痛めばそれ以上に、傷ついている。本人に自覚がないからこそ厄介なその連鎖を、できれば自分は断ち切りたいのに。
 これ以上、自分のせいで彼の歩むその道を歪ませたくなどないのに。
 離れることをこそ、彼は恐れるから、こんな中途半端なままの絆がだらだらと続いてしまうのだ。
 「………まあ、俺も悪いか」
 小さく呟いて溜め息を吐く。泣き出しそうなその衝動をどこかに逃がしたくて。
 自分に腕を伸ばす彼はいつも不安を抱えているから。拒絶され、否定されることなど慣れたような荒んだ目の奥、自分だけはそれでも最後まで己のものなのだと信じている。
 この命さえ己のものと、執着して、その先にどんな幸福があるというのだろうか。
 あまりにも切ない。………彼のためだけに生きることの出来ないものをこそ、彼は求めるというのだ。
 そうして自分はそれらを全部解った上で、それでもなお彼を切り捨てることもできない。この半端な甘さが彼を苦しめる元凶だといくら己に言っても伸ばす腕を振り払えない。
 さらさらと風に揺れる金糸の髪を見つめる。日に透かされて本当に輝くようにそれは揺れていた。
 綺麗だと、よくいっていた幼い頃。彼は照れたように顔を顰めてそれは褒めていないと吐き捨てていた。
 どういう意味か今も解らない。それでもやっぱり自分はそれを美しいと思う。決して人に懐くことのない獣の獣毛のように、穢れなく煌めいている。
 「…………なに見蕩れてんだ?」
 「……………………起きてたのか」
 揶揄するような低い笑い声とともに響いた男の声に、憮然とした顔をさらして答える。気にもしていないらしいアラシは起き上がり、軽く伸びをした。
 「ったく、すっかり日が昇ってるじゃねぇか。頼むからうちの家庭事情ってものを踏まえろよな」
 あくまでもペースを乱さない相手に呆れたように文句をぶつけてみるが、どうせ聞きはしないだろう。吐いた溜め息すら空しいが、それでも言っておかなければ惰性は強まるばかりだ。
 「なんで俺がそんなもの踏まえんだよ」
 にやりと意地の悪い笑みを浮かべながらアラシはひたりとその距離を詰めた。いつの間にか差し出された指先が顎に触れている。いつも思うが、何故こうも流れるように彼は距離を詰められるのか。
 振払うように顔を背ければ滑り落ちた指先は肩に触れ、そこに絡まる黒髪を掴んだ。込められた力の強さに頭皮がつられる感覚がする。顔を顰めてみればくつくつと笑う、低い男の声。
 「テメーはそうやって意地張ってりゃいいんだ」
 そうだからこそ虐め甲斐があると笑う瞳には微かな狂気。
 憂える瞳でそれを見つめ、鷲掴む指先を手のひらで包んだ。
 「………………」
 憂愁など、彼に与えるのは愚かだろう。与えられたい感情は、もっと別のものであることくらい知っている。それでもそれに流されるわけにはいかず、彼に捕われるわけにもまた、いかない。
 傷ばかりを与え救うことを知らない自分の残酷さ。知っていて、だから遠く離れたいのに。
 「………………………」
 それでも彼は求めてばかりいる。自分だけ、を。
 包んだ指先が微かに震えた。伏せられた目蓋はそれに従うように落とされ、闇を映す。
 そうして触れる口吻けの優しさに、涙がこぼれそうになる。
 どうしたなら、救えるというのか。自分だけを求める彼を。
 ……どうしたなら………………
 逡巡は幾度繰り返そうと消えることはない。
 彼は真実を口にはせず、それ故に自分は有耶無耶さを残す。
 おそらくは互いに脅えている。
 形を成してしまえば後には引けず、確実に何かが壊れる今の関係。
 そうして得られる結果が、理想なのだなどとは言えない、あまりにも痛みを焼きつけ過ぎた自分達の両の眼。
 それでもせめて彼が望むだけのぬくもりを。
 閉ざした目蓋に映ることのない彼の憂い。
 そのすべてをこの身に刻み、彼の命を抱きしめる。

 心、を
 守り抱きしめることもできない
 歯痒くあやふやな

 この、関係。






 そんなわけで年賀小説、自由人バージョンはアラパーでした。
 今回のは切ない二人を目指して。
 お互いがお互いに嘘をつきながら、それでも切り離せない関係。
 手放したくないからつき続けなくてはいけない、嘘。
 なんとも泥沼っぽい純愛してますね、二人とも……………

 まあ年賀っぽくないですが時期が元旦なのでその辺で許してやって下さい。
 年明け早々消化不良な小説で申し訳ないです。

04.12.31