キラキラキラキラ、輝くもの。

固くて透明で。

………でもとっても脆いもの。

キレイでキレイで大好きで。

そっと伸ばした指先に。

壊れないでと祈りを込めました。





硝子のこころ



 それを眺めながら深く溜め息を吐きたくなった。
 もっとも、そんなはっきりした変化を与えたところで徒労でしかないことはわかっているから何もしないでいるけれど。………それでも真直ぐ射るように見る自分の視線は突き刺すほどに鋭く、その気配だけで十分相手に圧迫を与えていることはわかっていた。
 ヒクリと、視線の先で頬がぎこちなく笑みを象る。
 自分でもその自覚があるのだろう、滲んでいる汗は暑いからとか普通の理由ではなく明らかな脂汗。
 「あ……のー………アマ…ゾネ、ス?」
 なにか俺はしただろうかと表情だけで問いかけている。幼い反応というより、自分が相手を怒らせた理由が解らないと戸惑って言葉が出ないだけ。
 それを眺めてまた深く息を落としたい衝動にかられる。………もしいまそれを行なうのなら、むしろこの眼前の男を殴りつけた方がすっとする気がするけれど。
 まだその手の中、喃語(なんご)すら口に出来ない赤子を抱き締めたまま不安そうに自分を伺う大の大人の筈の男は、必死で自分の行動を思い出そうと視線を彷徨わせながら己の記憶を探っている。そんな仕草さえ、もう見知って長い。
 一歩、近付く。面白いほどその肩が跳ね、この男が怒っている自分をどれほど恐れているかがよく窺えた。もっとも、それを悲しむようなしおらしさは持ち合わせていない。………むしろ畏怖させることでたったいま自分の中で溜め息を作る要因を除去させるために活用出来ると微笑めるくらいだけれど。
 間近になった肩。腹立たしいくらいの身長差はもう仕方がないこと。元々身体を構成するものが違うのだ。それをかなわないと歯痒く思ったところでどうすることも出来ない。
 そんなことよりは、いまこうしてその身長差すら埋めるにあまりある態度の差を喜ぶ方が、まだ現実的だ。
 「今日は私のお母様が、ミイちゃんの面倒を見て下さるの」
 囁かれた言葉は確かに先日聞いたことだった。  けれどそれがいまの状況とどんな関連性があるというのか。理解しきれずに眉を顰めて疑問を示せば真直ぐな瞳がそれを射る。
 ぎくりと、身体が無意識に逃げをうつ。
 わかっているのだ。女性が苦手とか、そんなことはまるでないのに何故彼女だけには怯えるような反応を返してしまうのか。
 見透かされてしまう、なにもかもを。清純な瞳は隠そうとしたことすら、見つめるというその単純な行為で看破してしまう。…………心砕いて相手を思い遣るその性根故に。
 厳しい音で糾弾するほどに激しい気性で追い詰める癖に、その全てがやわらぎを内包しているから、自分もまたそれに逆らえない。
 …………知っているから、できれば知られたくはない。心配をかけたいなど、思っていないから。
 もっともそんなことをいったなら、どれほど罵られるか解りはしないのだけれど……………
 微かな溜め息が聞こえる。
 気づいていないことに対してか、あるいは薄々勘付いていながら否定していることに対してか。
 「だから今日はヒーローくんもお母様に預けなさい」
 「……………え……?」
 諭すような音で、けれど逆らうなというように囁かれた言葉。その意味を掴みかねて、きょとんと無防備な顔が晒される。
 ………予想は、していた。ただ少し違っていたのは、アマゾネスの母親に預けろといったその内容か。
 言われるとして、てっきり自分に預けろとか、そうくると思っていた。あまり彼女は自分の母に、面倒事を押し付けたがらない潔癖さがあったから。
 困った顔を晒して事情が飲み込めない振りをしてみれば、細やかな指先が真直ぐに突き付けられる。
 揺るがない眼差しとともに示された指先は美しく人を縫い付ける。
 「わかっているの、いないの?」
 声は静かに流れた。
 ………知っている癖に目隠ししてどうなるのだと告げるように。
 「赤ん坊は免疫が低いのよ。あんたがどうなろうが知らないけど、ヒーローくんやミイちゃんにうつったらどうするの?」
 厳しい音は、けれどどこまでも深い声音が優しく綴る。
 ………疲れているのだろうといたわるように。
 優しさを優しさとして押し付けるのではなく、上手に自分の性格を使って負担とならないように休息を与えようとする彼女の健やかな思考は凄いと、思う。
 相手を認めるだけでなく、断することさえ臆さない至高さにいつも圧倒される。
 だから、いつだってこんな時の反応は決まってしまうのだ。
 ………心配かけたくなくてノ悲しませたくなくて。大丈夫なのだと微笑みたくて。
 馬鹿だと言われることを知っていながら、それでもどうすることも出来ない。………自分は彼女のその性情に憧れを抱いているのかもしれないと思うほど、そうした気性を垣間見せた時に包み隠して躱したくなる。
 自分に、深く関わらせたくない人はいる。
 気に入っているからこそ、自分に巻き込みたくはない。傍にいる資格がないとか、そんなくだらない理由ではなくて。
 傍にいたならきっと、傷つける以上のことができない自分を知っているから。
 それでもその全てを当たり前に抱えてくれるだろうこともまた、わかっているから。
 甘えてしまいたくなる自分が嫌で、そんな不様さを許されたくもない。許す気などないと睨むだろう彼女を予想出来るけれど、それでも優しいその母性は傷ついたものを無条件で抱き締めることを厭わない。
 「まだ、大丈夫だよ」
 ………………だから囁ける言葉もまた、少ない。
 そして多分、それらはきっと彼女を苛立たせる効果しか持っていない。
 わかっていても他に伝えようのうない自分の思い。いたわらないでと囁いたなら傷つけてしまうだろうから………………
 優しくて。………優し過ぎて。
 傷つけたくないと思う傲慢さえ許さないその清純。生きる限りは傷つくことは当然だと微笑めるからこそ、傷つくことなく生きて欲しいのに。
 「………駄目になってからじゃ遅いから言っているのよ」
 その上駄目になっても隠そうとする癖に、なにを今更言っているのか。
 そんな言葉だけで安心して退くような間柄か。そんなにも薄っぺらな絆か。
 責めるように鋭い瞳の奥底、微かな傷。
 ………………頼りとされないことを痛むのではなく、癒せない自分を歯痒く思う潔癖さに喉さえ干上がる。
 それが解るのに何故自分に甘えないかなど、問いつめる気も起こらない。知っている、から………彼の中でいまも燻る悼みの記憶を。
 傷ついて傷ついて。…………傷つき過ぎて壊れた心。
 まっさらで透明で……水晶のようだと感じていたそれはあまりに脆かった。
 ………彼が、強いのだとそう擬態していたことさえ気づかなかったことを悔やんでももう今更だ。
 それならせめていまを守りたいと思ってなにが悪いのか。
 過去は過去。未来を奪うためになど存在しない。少なくとも、自分はそう信じている。
 「でも………」
 「黙りなさい」
 それでもなおなにかを言い募り過去に縛られたいと望むなら、そんなものは断ち切る方がいい。
 その腕の中で眠る愛らしい赤子の額を撫で、アマゾネスはその赤子を見つめたまま小さく小さく囁きかける。
 「赤ん坊はね、ちゃんと生きているのよ。この先なにがあっても負けないために、いま精一杯愛されて生きるのよ」
 眠りながらも微笑んだその仕草に、朗らかにアマゾネスの唇が綻ぶ。微笑みを象った唇が、微かに引き結ばれ、ゆったりとその言葉を問いかけた。
 ……………壊さないことを祈りながら。
 「で……? あんたは生きているの?」
 死者が生者を生むことはない。同様に、死者は決して未来を掴めない。
 ……………心が死んでいればそれもまた、未来を放棄したということ。
 そんなものに赤ん坊は育てられない。そう告げた瞳は、いつの間にか赤子から男へと向けられていた。
 瞬きすらせず一心に見つめる視線。それは決して恋情を込めてではなく、深い慈悲と祈りとともに。
 息を、飲む。………何故そこまで知り得てしまうのか。
 一度は死んだ心。壊れてボロボロになって………そうして朽ちるつもりだった。
 それでも再び地に足をつけようと思ったのはこの赤ん坊を見つけたから。
 …………本当の自分になりたいと、思った。それは確かで。…………それでもどうしても意地を張ってしまうのは、過去から積み重ね過ぎた自分の性情故か。
 それならばいっそそんなものは壊せと、煌めく瞳は囁きかける。壊して、再び作れと。
 全てを手放したあとそれでも残るものがあるように、全てを壊してもなお……作り上げるための素地は残るのだ。
 前に進む気があるのであればそうすればいい。……出来ないのであれば、未来を担う赤子を託される資格もない。
 そう囁く姿さえ凛としている希有なる人。
 「ちゃんと答えなさい」
 言葉でなくとも構わない。証を見せろと囁けば、躊躇うような笑み。
 ∫∫∫∫それでも、その腕は確かに女へと捧げられた。
 腕の中の赤子を傷付けないように気遣いながら差し伸べられた腕が、アマゾネスの言葉を受け入れるようにそのまろみある胸へと赤子を捧げた。
 そうしてそのまま、崩れるように額をその肩へと落とし、微かな音で小さく囁く。
 「……………キツイ…」
 熱があるとか、身体がだるいとか。そんな確かな自覚症状すらない心の重み。
 …………休むことも出来ない精神の痛みを癒す術など自分も知らない。
 それでもゆっくりとただ眠ることができたならまた立ち上がることもできるから。
 その肩に男の頭を受け入れて、アマゾネスは眠る赤子の頬を撫でる。
 壊れた心を取り戻してくれた小さな命に感謝を捧げながら……………

 初め水晶と思ったそれは、壊れやすい硝子だった。
 宝箱にしまわれた、それはちっぽけで他愛無い硝子玉。
 それでもその価値を知っている。

 固く鍵をしめられた宝箱のなか鎮座していた硝子玉。

 わかっているからその鍵をあけて。
 そうして、ヒビ入ったその硝子玉を癒しましょう。
 再び宝として輝けるように、より美しく………………








アマゾネスです。アマゾネス書きたいから書いた感じです(笑)
大事にしまっておいたものが万人にとって価値あるものとは限らない。
その人だけが価値を知っているちっぽけなものもちゃんとした宝物。
………ちょっとそんなことを書きたくなったので。
他のキャラにすると「自分だけの」にはならない感じがしたんですな。
誰にとっても絶対に価値あると思われる、に変えられそう(苦笑)