たとえばそれは、
小さな砂の城だったり
途方もない嘘だったり
他愛無い笑みであったり
そんな、意味もなく忘れられ壊されていくような
脆弱で脆いものな筈だ。

それでもそれは誰の目にも鮮やかに際やかに映るのだろうか





「たとえばそれは」



 何となく空を見上げ、その視線をそのまま下に向ける。意味のないその動作のなか上下した視界には美しく澄んだ青空と白い雲が映り、次いで、鮮やかな黄金が大地に滲みた人物を写した。
 上から下へと移っただけの視界だ。当然ながら今の自分の視界は自分の足下しか映さない。
 それでも誰かが映るということは、そこにその誰かが居るということであり、それを許容するには自分の性……あるいはその人物の性が逆転しなければ不可能な気がする。もっともそれが実際に成されたとしても自分達はそうした甘ったるさを嫌い対峙する性がないとはいえないのだが。
 そんなことを思いながら自分の膝に頭を乗せたまま目を瞑る男の顔に影を落とすようにして覗き込む。白磁というに相応しい肌は、その色の割には少々荒んだ感を携え、鍛え抜かれたものに特有の皮膚の張りが見える。幾度も打たれ破れ、傷を負いながらもまた再生されてきた戦うものの硬さだ。
 思うよりも長い睫毛がその肌に影を落としていたが、今は自分の作る陰に隠されていて見えはしない。筋の通った鼻も微かに開かれ呼気を落とす唇も自分よりも彫りが深く、彼の国の人種の系統を思わせる。
 肌の色も髪の色も目の色も、違う。まして生きる上での信念もその生き方も、譲れない何かさえもが違う生き物だ。通常であれば相反し別離を喜びとするべきはずの友は、けれど何故か解らないけれどことあるごとに絡み合い解くことの出来ない長い糸のようだ。
 自分の人生の中に彼がいないということを考えてこともない。………彼の存在に感謝をしたことはないけれど、けれど同じように消え去ればいいと思ったことはない。彼の中の善性を信じるというほど幼いわけではないけれど、それでも何かが引っかかり、彼を憎もうとする心に歯止めをかけるのだ。
 至った考えに呼気が漏れる。詮無き考えだ。自分はもちろん、彼すら知らないことだというのに、答えを得て何になるというのか。
 ただこうして眠る男を不可解に思うだけで、十分だ。その事実の中に嫌悪が含まれず、また、彼が心安んじて眠れるのであれば、それに越したこともない。
 今は、彼は敵ではないのだ。
 世界は平和になり、彼もまた、子供の我が儘程度の乱暴以外に暴れることもなくなった。その事実がある以上、自分が彼の伸ばす腕を拒む理由はない。
 「………変な、奴だよなぁ」
 つい先ほど、自分の前に現れた男の醜態を思いながらふと微笑むように言葉がこぼれた。
 不機嫌そうに目の下にくまを作った男は据わった目をしたまま唐突に現れた。驚いて声をかける自分を制し、いきなり足を払って無様に尻餅をつけば、そのまま男の頭が膝に乗る。何もかもが突然だった。パニックを起こさなかったのは、そうした突発的な出来事がある種自分にとっては日常的であったからに過ぎない。
 そのままの体勢で眠ろうと落とされた男の目蓋に、今日の予定を脳裏に描いて起こさなくてはいけないと咄嗟に何か言わなくてはいけないと自分は考えた。何でもいいから、とにかくその行動を止めるか……あるいは、その目を開かせる言葉を。
 気色が悪いと冗談で叫んだなら、瞑られたその目が一度だけ開かれた。
 その目の、あの色に、捕われた。
 思いながらふうと今度は溜め息のようにして唇から息が漏れる。………捕われた。そう、自覚している。結局その目に瞬くものを無下にできず、自分は今こうして彼に眠りの場所を提供しているのだから。
 変な奴だと、馬鹿な男だと幾度心で悪態をついているか彼は知らないのだろうか。否、知っていてもなおその所行を止めないに過ぎないのだろう。
 さらりと柔らかな彼の髪に指を絡め、梳くようにして撫でる。指に引っかかることのないその上質の毛並みは優しく指先を包んでいた。それは見た目の鋭さからは想像できないほど優しい。
 それが彼の本質を表すわけではないけれど、それでもつい、そうしたほんの少しのきっかけで彼は絶対的な悪ではないと信じてしまう自分を知っている。
 そしてそれを願うように彼がこぼすこともまた、知っているのだ。
 まるで捕らえることを願うようだ。男でしかない自分を。こんな、彼を理解しているわけでもない夢想の中の彼を思うような、自分を。
 「本当に……変な奴………」
 彼の髪を梳き、空を見上げながら呟く声は空気に溶ける。呼気の溶けた先を見遣れば、それは鮮やかな青。
 いっそそんな明解さがあれば悩むこともなかった。
 それでも自分も彼もあまりに多くのものを内包していて、そんな単純にはなれなかった。
 そうして誤魔化された言葉の中の、それでも真実はすくいとられてしまうのだろう。
 それはまるでおとぎ話の世界の喜劇のように。
 見上げた青を閉ざし込むように目蓋を落とせば、まるでそれを知っていたかのようなタイミングの良さで眠る男の指が彼の髪を梳く自分の指先を掴む。
 たとえ目を開けていたとしても彼の視界には自分の頤しか晒されていないだろう。それでも彼は当たり前のようにその腕を自分の首に伸ばし、撫で上げた。
 不快感に首を竦め首を振って拒めばくつくつと笑う気配が肌を伝わり粟立つように鳥肌が湧く。
 首元に戯れる自分の長い髪が彼の指が絡められ、引き寄せるように引かれれば、その痛みを許すように落とされる、唇。
 「――――――――」
 彼が何事かを呟く。何か、陳腐な音。それはいつも自分が呟く音のようであり、まるで違うもののようでもあった。
 間の抜けた睦言とも、死の間際の懺悔のようにも、絶望の中の断末魔のようにも、思えた。
 その目を見ないように堅く閉ざされた瞳をまるで撫でるように指先が這う。宥めるように、陥落するように。
 苦しい体勢に痛みを覚え離れようとすれば彼の上体が同じ速度で起き上がり、離れることもできない。

 

 そうして重なる吐息が熟れる頃、蕩けた眼差しに映るのは
 あの、捕われた瞬間の、目の色、と

 どこまでも透けるような青の、切ないコントラスト――――――――――








 んーと。本当はほのぼのした話をと思ったはずなのです……が(汗)
 膝枕させられて憮然としながらも拒みきれなくて、やれやれ今日の予定が……とか思っているパーパを書くはずだったのですけど……!!!
 予定は未定って、真理ですよね(涙)

 話がまとまったらアラシ視点の方も書こうかと思います。
 ………まとまったら、ですが(遠い目)

05.7