それを見つけた時、なにかを感じた。
予感とかそんな他愛無いものではなく。
………身を侵すほどに深い、なにか。
関わるまいと思ったのだ。
自分が壊される予感がしたから。
それなのに、あまりにそれは眩くて。
逸らしたはずの視線さえ、絡め取る。
無表情な、顔。
…………大人たちには幼く笑んだ顔を見せる癖に。
弛まない背。媚びない視線。
幼い肢体に戦士の魂。あり得ないほどの、存在感とともに。
腹立たしい。まるで回りを見ない、自分の世界に蹲った弱い子供。
自分を見ろと伸ばした腕に返されたのは。
……………切ないまでに、知らない瞳。
小さな紅葉の指先
いつもの通り面倒で。
………いつもの通り木陰でさぼっていた。
あんまりにも当たり前な日常の、修行風景。
小さく欠伸をして子供は眇めていた視線を瞼の底に落とした。小さな寝息にも似た溜め息とともに。
あそこにいるのは好きじゃない。
元来真面目に受けようなんて思うような質ではないけれど、一応定められたことくらいはやる。その方が、面倒は少ない場合が多いから。
後々の煩わしさを考えたらそれが利口。………それでも抜け出して、離れたくなる。
辛いとか苦しいとか、そんなわけじゃない。大人たちに混じっての修行くらい、簡単にこなせるだけの実力は有している自信があった。
ただ嫌な相手がいる。自分と変わらない体格の、小さな子供。自分とは正反対の色を宿したちっぽけな、子供。
…………頬を風が過る。あまりに穏やかで、脳裏に浮かんだ漆黒の髪が哀れなほど遠ざかる。
それに、会いたくなかった。近付きたくなかった。声さえ、聞きたくなかった。
だからついそれがやってくると抜け出して……後々追加メニューなどという面倒なことをこなさなくてはいけなくなるのだけれど。
小さく吐き出した呼気に触れる気配はない。
風さえもなりを潜め、陽光も雲に隠れる。寂しい、灰色の世界に金の髪が溶ける。
同じものがいるのだと、少しだけ浮かれたのだ。人並以上に早く育ったらしい自分の性情が、正直同じ境遇だというだけで相手を好む筈がないことくらい知っていたけれど。
それでも少しは、楽しみにしていた。同じ年で、同じように大人に混じれるだけの実力を有した人間界の子供。
顔を合わせたなら、………笑んだ漆黒の髪。
瞬間に気づいてしまった。それが偽物であることに。
睨み付ければ困ったように眉を寄せて躱す気配。
交わる気のない、鉄壁の防御。
なにが彼をそんなにも恐れさせているのかなんて知らない。それでも知らしめられた。
彼は自分を見ていない。その瞳に映しながらも知ろうとしていない。
それがどうしようもうなく苛立ったのだ。
何故なんて………知らないけれど。
閉ざされた紫闇の瞳の奥、焼き付いて離れない小さな子供。楽しそうに笑って……小鳥に腕を伸ばしている、垣間見た幼さ。
驚きに息を飲んで、知らず近付いたなら木々が掠れた音を醸して……霧散した笑み。
捕らえられないことを、突き付けられた。晒されることのない子供の本質。
だから、近付きたくない。自分に近付く気もない奴を相手に、何故近付こうとしなくてはいけないのか。
………どこか意固地に子供は唇を噛む。彼には、近付かないと囁きながら……………
辺りを見回してみれば思った通りにいない小さな子供の影。
このところ顔も合わせていない。自分が来るまではちゃんと顔を出しているというのだから……これは明らかに避けられているのだろうけれど。
小さく息を落として少し先にいる自分の父に目を向ける。視線にすぐに気づいたらしいその人に軽く頭を下げていなくなる自分のことを無言で伝えた。
………多分、みんな気づいている。自分と彼の不和。
別に嫌いあっているわけではないのだ。ただ……彼の視線が怖くてつい、仮面が頭をもたげる。
あまりに鋭く深く、彼の視線が自分を抉るから……思い出したくない記憶まで、刺激される。
それは彼に責のあることではないし…まして彼は知らないのに、それでも重なって………怖くなる。
いったら逆に怒るだろうことはわかっているのだけれど………………
視線だけで承諾を示した父に小さく笑い、子供は背を向けた。
彼が……どこにいるかはなんとなく判るのだ。彼がいつもいる場所は、何故か自分もまた好みよく赴く場所が多いから…………………
いくつかの森と広場を経て、やっとここに辿り着いた。
僅かな呼気が聞こえる。それが彼だと言い切れるぐらいには、その気配に馴染んでいた。そんなこと相手は認めてくれないだろうけれど。
なんとか邪魔な樹をどかし、その気配に近付けば曇っていた空から陽射しが差し込んだ。穏やかな陽光が瞳を優しく撫で、知らず笑みがもれる。
こんな日は、いつも一緒に空を飛ぶ友達がいた。
………金色の羽を羽撃かせ、綺麗な歌声で鳴く優しい小鳥。いつの頃からか窓辺にやってくるようになったその小鳥は、いつだって美しい声でさえずり、自分の心を慰めてくれた。
綺麗な綺麗な小鳥。
………………赤く染まって果ててしまった。
愛しかった。あまり城内に友達を入れることが出来なかったから、本当に嬉しかった。一緒にいてくれるものが。………たとえ言葉が通じなくとも通う思いはあると教えてくれた。
そうして……それ故に小鳥は消えた。
襲ってきたのはどうってことはない、相手だった。
それでもまだ力ない自分は遅れをとって……結果、金の小鳥の犠牲が残された。小鳥が隙を作ってくれたからこそ、確かに自分は無事だったのだけれど……………………
事切れる最後までさえずってくれた。優しく綺麗なか細い音を。
まるで泣く自分を癒すような旋律に涙が止まらない。…………もう、亡くしたくなくて、関わりたくなかった。
自分が心砕くことで相手を危地に立たすくらいなら、誰も傍に置かなくていい。一人でいいと……笑う術をなくした。
気づかせずにいることは出来たのに……あまりに深いあの視線だけが、看破した。
怖くて逃げた。卑怯かもしれないけれど……彼まで同じ目に合わせたくなくて。
霞みそうになる視界の先、小さな子供の足先が見える。樹の上に寄り掛かっているらしいその姿に、微かな焦燥とともに背の羽を出現させた。
音もなく、地面から足先が離れる。風さえ音を形成させずにゆっくりと近付けば、世界に溶けた子供が眼下に現れた。
静かに……あまりに静謐に存在する子供は。息さえしていない気がして。
「………………っ」
震える指先がその唇の吐息を求めて伸ばされた。
それに触れる瞬間、開かれた唇が掠れた音を綴ったけれど…………
「………触るな」
突然現れた気配にとっくに起きていた。叩き起こすようなら無視していようかと思えば、恐れるように腕を伸ばす。
………囁いてみれば、涙を零す。
「なんなんだ、お前………」
わけの判らない、子供。大きな瞳を泉に溶かし、溺れるように息さえも絶え絶えで………………
そのくせ、しっかりと自分の腕を掴む指先。
……………ずっと近付くことを拒んでいた癖に。今更、何故そんなにも求めるように………………
「生き……て…………」
しゃくりあげる音の合間、恐れと安堵を孕めた声音が拙い唇から零れる。
表情さえ、抜け落ちた小さな子供。ただ瞳から落ちる涙だけがその感情を知らしめた。
わけの判らない………子供。
何一つ自分に言いはしない癖に、その感情だけを灯らせる。
………愛しいなんて、思わない。
噛み締めるようにそう呟いて、金の髪が起き上がる。
……………………漆黒を抱き締めるために。
近付いて欲しいなんて思わない。……思って欲しいなんて、思わない。
ただ腹が立ったのだ。見つめてみれば逸らされた視線。何もかもを純粋に映す癖に、自分だけに怯えるように歪んだ眉。
それが……特別だなんて信じない。
こうして抱き締めた腕のなかの子供が、いままで見つめてきたあの子供と同一人物かなんて問う気もない。
「勝手に殺すな」
乱暴な仕草で掻き抱けば痛みしか伴わないはずなのに、身じろぎもしない。ぬくもりに飢えたような、その所作に唇が歪む。
何故にこの子供がそれに怯えていたかなんて興味はない。
……………それでも、知った。この子供を捕らえる方法。
笑んだ唇が僅かに優しく子供の涙を舐め取れば、戸惑うように視線が注がれる。………至純に染められた、汚濁の浄化された穢れなさとともに。
初めに伸ばした腕に気づかなかったのは……誰か。
………次に伸ばされた腕を掴んだのは、誰か。
教えてなんかやらないけれど、やっとわかったこともある。
絶対に……これはあげない。自分が見つけた自分だけの顔。
…………………自分にだけ与えられた、子供の本当。
偽物のなかで笑んだ人なんて、欲しくない。怯えと恐れに染まった、しなやかな強さを内包する子供の視線。
他の誰にもあげない。………だから、きちんと捕らえておこうか………………?
「お前が逃げなけりゃ……死なない」
ゆっくりと注ぐ……毒のように甘く残酷な囁き。
…………逃げたその時は……どうしようか。
初めに逃げたその背を許したのだから、もう2度は許さない。
優しく甘く、子供は涙に濡れた漆黒を抱き寄せた。残虐なる身の裡の思いを隠すように笑んで。
小さく頷くその仕草に、捕らえたことを知った。
逃がさない。もう2度と。
落とした鳥の肌に、少しずつ刻む。
自分を裏切らない、枷を。
…………………思いという、この世でもっとも厄介な毒を……………………
久し振りなヒーローです。…………アラシとパーパの子供時代。
今回パーパが嫌なヤツ!!!(オイ)
アラシはちょっと特出しちゃっただけの頭のいい子供、のイメージで。
同じ立場にいられる人に喜んだのに拒まれたからそんなもの欲しくないと拗ねてみましたv
パーパは逆に、自分の立場もなにもかもわかっていて、一人でいなきゃ巻き込むことがあると怯えている感じで。………本当にとことん早熟な人だな、オイ。
アラパー………ではないですね……これ(汗)
ちょっと歪んだ友情です。多分。…………嫌だけど(汗)