空は青空だった。
 風は柔らかく、寝転んだ先の芝生は優しく全身を受け止めてくれる。
 ぼんやりと眺めた風景の先には鮮やかな青と白のコントラスト。
 腕を伸ばしたならその腕さえ同一色に染められるのではないかと疑うほど際立った色彩。
 楽し気に唇を笑みに象らせ、シンタローは物は試しと腕を伸ばした。
 「……………っと?」
 小麦に焼けた逞しくしなやかな腕は空に差し出された。それは確かだった。
 ただそれを受け止めたのは青空ではなく、確かな質感をもったなにか。
 視線をそのまま自分の腕を掴んだ腕に向け、ゆっくりと辿っていく。もっともそんな真似をしなくともこの慣れた指先や腕を見間違うはずもないのだが。
 「な〜にボケてんだ、シンちゃん」
 意地悪気に唇を歪め、捕らえたままの腕を離す事なく彼は腰を下ろした。
 軽く腕を引いて離すように示してみるがそんな事はどこ吹く風。何事もなかったかのように彼は腕を持ったままだ。この体勢が自分にとって苦しいとか、そんな事はまるで考慮されないらしい。
 「…………お前こそなにしに来たんだ」
 少々無理な体勢で腕を取られていて顔が歪む。が、それを前面に出しはしなかった。生来のサディストにそんな顔を見せたところで喜ばせて増長させるのがオチだと友人一同からきつく注意を受けているせいもあったが。
 関節とは逆側に捩ったまま指先や手のひらをいじっているらしい事は感触で解るが、如何せん立ち位置が悪い。アラシの顔は見えず、なにを企んでいるかも皆目見当がつかない。
 「あー……特になにも」
 「いままでその返答を聞いて俺が無事だった試しがないんだが?」
 ひくりと顔を引き攣らせてみれば脳裏では彼の過去の悪逆の限りが映し出される。………もっとも思い出したくもない類いも多いのだが。
 さっと朱の走った頬を隠すようにアラシとは真逆をむいてみれば、どうやら勘付いたらしい彼の腕がのびる。解放された腕を芝生に横たえる。微かに関節が痛んだが、この程度で済んで良かったと思うべきかもしれない。
 ……もっとも、いま現在両手で顔を押さえ込まれて目も逸らせない状態なのだから、ちらりとでも良かったと思う余裕はないのだが。
 金の髪が陽に透ける。自分よりも色素の薄い肌に日差しが注いでいた。………こうして口を開かなければ決して見た目的には嫌悪される類いではないのだが、如何せん彼の場合中身に問題があり過ぎた。この場合、下手に外身がいい事は逆効果とも言える。
 紫闇の瞳が細められ、舐めるように残虐な光が灯った。薄い唇が引かれ、玲瓏な笑みを表す。
 「人聞き悪ぃな。いつも言ってる事は本当だぜ」
 「信用されると思ってんのか」
 普通であればそれだけの事で誰もが反抗する事を諦め屠られることを恍惚とともに待つのに、この獲物は違う。どこまでもどこまでも自分に逆らう。その癖、最後の一歩では決して裏切らないのだ。
 人がいいのかあるいは馬鹿なだけなのか。どれほど痛めつけてもそれは変わらない。
 「さあねぇ。シンちゃんが素直な時なんて限定されてるしぃ?」
 からかいを込めて喉奥で笑ってみれば目に見えて眼下の人物の身体が火照った。同い年とは思えない反応だ。いい加減、慣れてもいいだけの回数を重ねているというのに。
 「そういう事は口にせんでいいし思い出しもするなっっ!」
 自分の顔を包む腕から逃れるように顔を振り、顔を顰めて拒絶を表す。
 それでもアラシは腕を引かない。距離をとっていた影がゆったりと近付いた。逃げようと思えば逃げられる距離。けれど逃げる事を許さない腕がしっかりとシンタローを捕らえていた。
 「…………」
 それでも、知っている。
 彼が拒絶を表しながらも本当には拒まないわけを。
 見上げる瞳がどこか切な気に歪んで、唇が触れあうよりも早く、閉ざされる。
 まるで幼気な赤子の傷を悲しむような、顔。
 重なるぬくもりがひどく優しいわけも解っている。
 こうしてこの命の元に手繰り寄せられる。引き寄せられ、捕らえずにはいられない。彼にしてみれば迷惑極まりない衝動は、けれど切実であるが故に目を逸らされる事もない。
 他のどんな者の追従も許さぬ程に求めたなら、抱きとめる以外の法を知らない優しい王者。
 「……んっ……………」
 怯えるように震える身体を抱き締めて、貪るように口吻ける。
 空になど、溶けさせない。
 ………他のどんなものとも合わさる事は許さない。
 絡めとった黒髪を引き寄せて口吻ければ、困ったような、笑み。
 「…………オイ?」
 そのままもう一度口吻けようかと近付けば、何故か腕を伸ばされ…………そのまま抱きしめられる。
 唐突なその行動はセクシャル的な意味合いがあまりに薄く、たった今までの濃密な熱さえ忘れたかのようだ。
 「よくは解らんが……とりあえず寝ろ」
 「はあ?」
 ぽんぽんとあやすように頭を撫でられ素っ頓狂な声をあげる。言うに事欠いてたったいままでの状況を無視して、寝ろとこの男はいわなかっただろうか。
 「自覚なさそうだし、言いたくはないんだが…………」
 「なんだよ」
 「お前、なんの用もなく俺のところに来る時って、大抵不眠症に陥った時だろ?」
 しかも原因は多分自分だと、そこだけはこっそり心の中で呟いて溜め息を落とす。
 自分よりも幾分体格のいい、悪戯盛りの男を抱き締めたまま、仕方なさそうにシンタローは金糸の髪を梳いた。
 息を飲んでその言葉を聞いていたアラシの耳に、やんわりと声を落とす。
 「寝れるまでこうしていてやるから、さっさと寝ろ。………また、ろくに寝れないで人様に八つ当たりして来たんだろ」
 アラシの身体の至る所に見受けられる暴走のあとに悲し気にシンタローが呟く。
 守り合うような間柄ではないけれど、心ならずも暴れる彼は見ていて居たたまれない。まるで子供が居場所を求めて癇癪を起こしているようで、初めに彼との道を分かった自分を罵りたくも、なる。
 それでも、と、思う。
 「………ふん」
 小さく唸るような声を吐き出してから、居心地のいい場所を探すようにアラシは身体をずらす。自分を抱きとめる腕を逃がさないように、同じようにその背を抱き締めながら。
 「今日だけは、見逃してやる」
 次はこうはいかないからなとその胸に顔を寄せて言った。………微かな傷跡が多く残っている、心臓の近く。
 次にその胸を傷つけるのは自分なのだと誓うかのように唇を寄せ、噛みついた。
 「……………っ」
 赤く刻まれた証は流れる血よりも鮮やかに日差しの下、残される。
 それを満足そうに舐めとって、アラシは瞼を落とした。

 耳に響く非難の声を聞き流し、よく眠れそうだとくつくつと喉奥で笑いながら。








どこにもなかったので、多分寄稿作かな……?と思われます(汗)