ぼんやりと見上げた空は綺麗な青色だった。
 今日も快晴。散歩日和と伸びをして起き上がった。欠伸を噛み殺してそろそろ森の巡回から帰ってくるだろう自由人を待とうと家に向かった。
 貧乏なくせに彼は人がよく、無償で色々なことをしている。もっともそれに対して感謝の気持ちとよく食べ物とかを貰うのだから無欲な彼にとっては十分な報酬なのかもしれないけれど。
 何も彼は欲しいということがない。それこそ、一日一日きちんと食事が出来て寝る場所があって、そして、あの愛しい子供がそばにいればそれ以上の何も求めない人だ。
 そう考えて、ちくりと胸が痛む。
 決して、決してそんなことはないと分かっているけれど、それでも不意に湧いてしまう。あの無欲さは、淡白さにほど近い気がして。
 あの愛しい子供以外の何も、必要としていないのではないか、なんて……馬鹿なことを考えてしまう。
 自分を哀れんでくれてはいただろう。年長者の優しい眼差し以外で自分は見られたことはない。注意をするときも叱りつけるときも、それはどこか甘やかだ。
 欠片ほども中傷や怒気を滲ませはしない。根源が違う感情なのだから当然なのかもしれない。自分が囲まれ続けてきた感情とはまるで質の違うそれに戸惑いはまだ残るけれど、あたたかなそれを手放し難いとも、思うのだ。
 それでも優しい感情はどこかあやふやで捕らえがたい。
 気付かなければそのままどこかへ霧散してしまう儚さがあるが故だろう、とてもそれは尊いと、自分は思う。
 小さく鳴き声を上げて、空を見上げる。
 綺麗な青空。彼の黒い髪がとても良く映えるだろう。
 決して自分は空を飛べないし、彼は自分ほど早く地を駆けることは出来ない。
 でも、きっと。
 …………そう思うことがある。
 彼のあの優しさは生来の気性もあるとしても、きっと後天的な悟りだ。
 そうであったとしたら、きっと自分もそうあれるだろう。
 彼が……彼らが自分に与えてくれた優しさやあたたかさ。自分はちっぽけすぎて卑小すぎて、未だそれを獲得できはしないけれど、それでもきっといつかそうあれるようになるから。
 そうしたなら、きっと守ろう。
 誰かを屠り強さを示すのではなく、許し守ることで強さを示せる、そんな獣となろう。
 見上げた空は快晴。絶好の、散歩日和。
 小さく笑い、虎は足取りも軽く家路を急いだ。
 掃除の邪魔だと追い出されたけれど、きっとあの家では鳥が文句をいいながらも楽しそうに自由人のために動いているだろう。
 彼を地に落とし雷で焦したとき、それでも自分が自由人を探していると言ったなら立ち上がろうとした、あの純乎な眼差しのまま。
 穏やかすぎて目眩がしそうな世界だ。あの高く険しい山を登り、越えたなら何があるのかと思ったけれど。
 その先に広がる楽園は優しくあたたかい。
 夢想さえしなかったそのぬくもりに包まれて、本能のままに振るわれた牙も爪もいまは赤子をあやすためにだけ使われている。
 目を瞑る時いつも浮かんだあの山は、綺麗な青空に聳えていたけれど。
 小さく虎は笑い、楽しそうに弾む足取りを少し急がせた。
 早く帰って、彼らの顔を見たくなった。警戒心のかけらもない自由人と自分に懐いてくれる赤子。
 目を瞑ったなら聳えた山は消え、微笑ましい父子が浮かぶ。

 綺麗な綺麗な青空を背に、彼らは笑う。
 そうしてその腕を自分に伸ばす。

 ……………見ていないでこちらにおいでと、そういって。








 久しぶりの虎パーでした。続きもあることはあるような。
 でもなくても十分な気がしたのでこのままにしてみました。
 時期的にはタイガーがパーパたちと暮らすようになって1年が経ちました、くらいです。
 バードは初期にタイガーを警戒して家事の手伝いを理由に居座っていたのがずっと長引いて結局いまも通ってくれています(笑)
 おかげでパーパはまったく家事能力が向上していませんけどね☆

05.12.13








 洞窟で出来た家の中、丸くなって待ってみる。
 きっと彼はすぐに帰ってくるだろう。すでに家の中は綺麗に整えられていて、彼の幼なじみの鳥は帰った後だった。
 ぽつねんと一人家の中で丸まる。別に今までなかったことではない。
 自国ではいつもそうだった。あの忌わしい戦争の後、惨殺された父を待ち焦がれながらいつだってそうして一人家の中、丸まっていた。
 だから、別に寂しくはない。
 帰らない人を待つわけではないのだ。帰ってくる人を待つのは、ワクワクする。
 それは不思議な感覚だった。
 過去の日、自分が身に浸していたのは焦燥や恐怖、怯えだった。そしてそれらを払拭したくて暴れ回った。他者を跪かせればほんの少し、その恐ろしさが薄まったから。
 だから、虎の姿も故意にとらなかった。人型であれば体格のいい自分は決して他の人間に見下ろされはしない。
 …………遠い地面は高い空に近付いたように思わせて、その実、より遠いどこかに自分を連れていっていたのだけれど。
 欠伸をしながら、微睡む意識のままに室内を見回した。無骨な岩肌に簡素な家具。
 ここは質素でとても簡略化された家だ。必要最低限のものしかない。
 それでも……とてもあたたかい。
 人の形をして誰かを地に平伏させていたときよりもずっとずっとあの空が近付いた気がする。
 あの頂を内包した優しい……尊い空が。
 胸の内があたたまる感覚に目を細め、虎はもう一度欠伸を漏らすと瞼を閉じた。
 きっともうすぐ彼は帰ってくるだろう。
 愛しい赤子を抱きながら、彼の幼なじみを連れて。
 見回りのお礼をもらったんだと、いろいろな果物なんかも、持って。
 幸せな音色を思い描きながら虎が眠りの中に誘われた。

 「あれ……タイガーのやつ、寝てるぞ?」
 柔らかな音がする。
 「ターガーァ?」
 愛しい幼い音色。
 「けっ、わざわざ俺様が運んでやってるってのに呑気な奴だぜ」
 憎まれ口を聞く、もう聞き慣れた声。
 懐かしい。愛しい。あたたかい。心地よい。
 それらは全部、優しくたおやかな感情を揺り動かす。
 過去の日のように荒々しく猛る思いに身を灼かれることがない。
 「まあ丁度いいし、このまま起こさないで飾り付け終えよう」
 「つーか飾りは必要ねぇって。ガキじゃねぇんだし」
 「いいじゃないか。ほら、こいつってそういうの経験なさそうだしさ」
 「お前ね、ガキ増やしてしてどうする気だよ」
 呆れたようにいって、仕方なさそうに笑う気配。
 「楽しいことには仕込みが大事っていうだろ?」
 「はいはい、んっじゃま、さっさと終えちまおうぜ。バカ虎がいつ起きるか分からないしな」
 優しい音色に負けたように返る音。やっぱり、それは優しい音色。

 ああきっと。
 きっと、この音色の前では誰もが同じ音色を醸すのだ。
 あんなにも泥ついて牙をむいた自分にさえ、それは与えられた。

 優しい優しい音色。

 あたたかく他者を包む、自由人の翼のような、その声音。

 




 前回の続きといえば、続き。虎パーです。
 単に同居初めて一年なのでお祝いしようそうしよう♪というのりです。
 なんだかんだいいながらもバードもしっかり世話焼いてますけどね、タイガーの。
 でも一番手がかかるのはパーパらしい。うん。天然だから。
 そしてタイガーも天然なので相乗効果で苦労が倍増しているのはバードです(笑)

05.12.15








 膝の上に乗る赤ん坊をあやしながら、知らず爪が出ていたことに驚く。それに気付いたのは彼がその手で爪を覆ったからだった。
 怒鳴られるかと思ったが彼は何もいわず、抱き上げるときの仕草を教えてくれた。
 ぐずりはじめた赤ん坊を持て余して、自分のしっぽを揺らめかせ、それに気を逸らさせて機嫌を直させる。何故かこの赤ん坊は自分のしっぽにじゃれるのが好きだった。
 先ほどまで背を向けていたと思った彼は振り返り、嬉しそうに笑んで、ありがとうといった。
 笑わせようかと思って牙をむいたり、赤ん坊が落としそうだった皿を受け止めたり、食べようとしていた石を阻んだり。
 さして長い時間ではないけれど、それでも色々なことがあって、その度に何故か彼は自分に気付いて振り返った。
 変な男だ。どうして気付くのだろう。
 …………けれどそれ以上に変なのは、自分だ。
 どうしてそれが嫌だと思わないのか。振り返る彼が待ち遠しいと、そう思うのか。
 変だ変だと思うのに、それでも嫌だとは思わない。
 やっぱり変な、共同生活。

 視線はいつも付きまとっていた。
 伺うようなものではなく、観察するかのような不躾さ。それはいっそ呆れるほど真っ直ぐにただ自分を見ていた。
 どうかしたのかと問いたいが、きっとそれは本人も無意識のものだ。そうでなければそこまで見ている対象である自分が振り返って、彼が驚く理由がない。
 彼以上の実力を出会ったその時自分は示した。その自分が、視線に気付かないほど愚鈍とはさすがに思うわけがない。
 それでも彼は自分を見ている。その膝に赤子を抱いているときも、あやすようにおっかなびっくり腕を伸ばすときも。
 それであっているかと問うように、そうしてもいいのかと確認するように、寄る辺ない視線とともに、じっと自分を見てる。
 苦笑するように顔を向け、正しいときは感謝の言葉を、間違っているときは手本を指し示す。
 まるで驚くように自分を見上げて、今まで真っ直ぐだった視線を逸らして、顔を顰めながら自分の動作をおう。
 素直なくせに素直じゃない反応。蟠りがあるのではなく、おそらくは慣れていないが故の戸惑い。
 その証拠というように、見えるそれに笑みがこぼれる。
 きっと彼は気付いていない。気付かないから、そんなにも素直なのだ。
 顔が顰められていても。
 視線を合わそうとしなくても

 それでも。

 彼の縞模様のしっぽは、いつだって嬉しそうに揺れていた。





 同居が始まってまあ一か月というところかと。
 赤ん坊に触ったことなどなかったからきっと毎日が四苦八苦な虎(笑)
 でもそうして関わっていって、それで人が愛しいものだと、傷つけるだけの生き物ではないと、そう感じればいいなと、そう思います。

06.10.24







 優しい春の日差しを浴びながらのんきに欠伸をすると、空の日差しが少しだけ陰った。
 雲だろうかとそのまま空を見上げると、案の定のわた雲と一緒に、羽を広げた人形が見えた。
 翼とは違うその質感の羽。見間違えようのないシルエットにパッと顔をほころばせ、寝転んでいた態勢から起き上がり、大きく手を振った。
 見回りの途中だったらしい彼はすぐにそれに気付き、羽を動かし旋回しながらこちらへと向かって降りてくる。家に帰ればあえるけれど、こうして中途で思いもかけず出会えるのは嬉しい。それはひとえに自分がこの男と子供とに好意を寄せて懐いているせいだろう。
 自然と振られている尻尾に彼が苦笑する。間近になったシルエットはしっかりとその容貌を自分に知らせ、浮かべられる笑みすらはっきりと見えた。
 「何だ、タイガーも昼寝か?」
 首を傾げて問いかける彼の腕の中には、寝息を漏らす小さな身体が抱きしめられている。朝からはしゃいでいた彼の息子は、どうやら空のパトロール中にすっかり熟睡してしまったらしい。
 その無邪気な寝顔を覗き込みながら、彼の言葉に頷いた。まだ虎の姿のままなせいで言葉は発せない。
 「ヒーローもタイガー探す!っていっていたんだけどな、さすがに体力が続かなかったみたいだ」
 地上の散歩と空の散歩。うまくいけばどこかで出会えることもある。例えば、たった今のように。
 それを望んでくれたらしい小さな子供にパッと顔がほころぶ。獣姿の今の自分の表情などさして変化しないはずだけれど、それに気付いたらしい彼は柔和に笑んで頭を撫でてくれた。
 「会えてよかったよ。そろそろ帰ろうと思っていたんだ」
 一緒にと、言葉にならない部分に尻尾を振って同意を示した。彼はやっぱり優しく笑って、腕の中の子供を抱え直す。
 じっとそれを見上げ、そのぬくもりを少しだけ羨ましく思う。そんな思いが視線に現れていたのか、首を傾げて見下ろした彼が、苦笑した。
 「タイガー、疲れてなかったら、ヒーローのこと頼めるか?」
 背中に乗せてあげてほしいと、そっとしゃがみ込んで願いを口にされる。望んでいたことを願われて、瞬間的に大きく頷く。鼻歌でも歌いたいくらい上機嫌で子供が落ちないように背中を正した。
 背中には、少しだけ高い体温。小さなぬくもりは愛しい子供のもの。
 ほころんだ唇が解るはずはないけれど、彼は嬉しそうに微笑んで、その手で自分の頭を撫でてくれた。
 「じゃあ、帰ろうか」
 ささやかな言葉が、いまは至上の音に思える。帰りたい場所がある、この幸福。
 大切な人たちがいて、それを失う恐怖に怯えないでいい現実がある。…………その絶対的な幸福感は、きっとあの戦争の中、失うことを知ったものだけが解るもの。
 自分よりも強い彼は、それでも同じようにそれを噛み締めて生きている。あの戦争のさなか、何があったかなど聞けはしないけれど、せめてと、思う。
 自分の存在が、彼にとって安らぎになればいい。
 共にいることが優しさとして寄り添えばいい。

 穏やかに柔和に微笑める、その胆力に感嘆を向けながら。

 飲み込み続けただろう涙と懺悔を思い、そっと鼻先を彼にすり寄せる。

 優しく毛皮を撫でてくれる彼の指先が、いつまでも穏やかであるようにと、祈りながら。





タイガーを書いているとほのぼのとします。多分、確実に動物を書いている感覚だからでしょうが。
 子供とはまた別の意味で、動物の存在は欠かせないと思うのです。むけた感情をそのまま鏡写しで返してくれる存在だから、どんなものも介入せずに腕をのばす勇気をくれる。
 たくさんの動物と過ごした幼少期はただ大好きな相手が大好きだと返してくれることが嬉しかったのです。………まあ人間ではなかなか出来ませんがね。

07.7.3








 ぺたり、と。間の抜けた音がするように肉球で触れた。
 弾力というよりは硬質な筋肉が触れ、彼の強さが内面的なもの以上にはっきりとそこには示されている。
 自分は、彼の力に負けたという、その感覚が薄い。
 彼は強く、自分はその足下にも及ばないことは理解している。それでも、武力というその意味での強さより、彼の笑みに平伏した。
 彼は、笑んでいた。ずっとずっと、はじめから。
 自身を狙い現れたという自分を。彼の友人すら手にかけ怪我を負わせた自分を。
 まるで駄々をこねる子供を見遣るように、その我が侭を受け入れるように。
 彼が、笑んでいたのだ。
 触れた肉球の合間から、鋭い爪を出す。………それでもしもこの皮膚を切り裂いたなら、彼は笑むことを止めるだろうか。
 思い、無意味な問答だと、自分自身で結論付けて軽く息を吐き出す。
 彼はきっと笑うだろう。仕方なさそうな苦笑を浮かべて、自身の傷を手で隠し、どうしたのだと、いたわるように。
 傷つけられながらも彼は相手の傷をこそ思う。それはまるで贖罪の、ように。
 なにをあがなうというのか。…………彼はその心だけで十分多くの人間を守り包んでいるというのに。
 それ以上の何を、誰が求めるというのだろう。
 …………そこにいて、生きているだけで十分だ。その意志を穢すことなくのばし続けてくれれば、それだけで。
 それこそがもっとも困難だと知りながらもなお、自分はそれを願う。
 彼が望むなら、自分もそうした生き物に変わるから。
 ………………どれほど困難でも、この本能に怯えることなく戦い、必ず克服してみせるから。
 煌めく爪を肉球の中にしまい、そっと、毛皮に覆われた前足で彼の頬を撫でる。
 誓うには陳腐なことだ。自分自身が心安らかに生きることを、彼が望んでくれると、そう信じていることすらも。
 それでも揺るぎなく信じられる。…………彼は願ってくれるだろう。
 自分だけではなく、彼に関わる誰もが安らかに生きる世界を、彼は願い具現することを望んでいる。
 痛みを背負うことなく、傷を負うこともなく、いがみ合うことなく生き物同士が助け合い尊重しあえる、そんな理想郷。
 不可能と自分は知っているその理想郷を、それでいつかは再現したいと願う彼だから。
 そう願うに至った傷を思い、彼に擦り寄る。
 …………自分の腕は脆弱で、彼の足下にも及ばない。
 それでもほんの僅かでも彼の理想に貢献できるなら。

 ……………この牙を眠らせ 爪をしまい

 微睡むように穏やかに 笑むことを………覚えよう

 

 彼が自分に与えてくれたその笑みこそを、模倣しながら。




 つい先日子虎をテレビで見てしまって、どうしてもタイガーを書きたくなったのです。
 性格的にも外見的にも好きですから、タイガー。何せ虎だし!(そこかよ) タンバリンの虎王も大好き。

07.7.17