めぐみゆたかに、 あわれみつきせず
こよなきまことは ときわにかわらじ。
それはたまたま聴いた聖歌だった。別段宗教云々をいうつもりもなく、そうしたものに興味もなかった。
自分は戦うことが嫌いではないし、強いことを証明することもやぶさかでもなかった。特にそれを奨励しないというだけで、対戦を拒否するほど平和主義者でもない。
だからこその、現状だろう。体中で疼くように存在を主張する火傷に顔を顰めた。その顔を隠すように枕に埋め、ドアの外、気配のする方向に耳を澄ませる。
「おーい、やんちゃ坊主、怪我はどうだぁ?」
「誰がやんちゃ坊主だ!」
のんきな声でたいして心配もしていない様子のまま、ノックもなく入り込んだ相手がいった。それに慣れたように答えを返し、動くこともなく枕の中で顰めた顔を更に悪化させた。
見えるはずがないのだから解るはずもない。にもかかわらず、相手は微かに笑んだような気が、した。同じように顔が見えないのだから、自分にも解りようがないのだが。
ただ彼の笑み気配は独特で、大戦の後に再会してからは、それが顕著だった。空気さえも包むように、気配が変わる。それはまるで自然と一体化したかのようなそれは、ひどく心地よくて知らず苛立っていた気持ちさえ宥められてしまう。
ささくれだっていた気配が慰撫される様は、それこそ彼には手に取るように解っただろう。そっと足音を立てて近付く気配に、相変わらず子供扱いされていると拗ねたように唇が尖った。………枕に顔を押し付けていて良かったと、やはり子供っぽい応対にこっそりと思ってしまう。
「怪我、そんなにひどくないみたいだな?」
「………よくもねぇけどな」
笑みをのせて囁く声は、まるで赤子を相手にしているときのように穏やかだ。ふと思った存在に、彼が一人であることに考えが至った。きっとパトロールの途中にでも寄ってくれたのだろう。そうなると、彼の子供は同じ乳飲み子を授かっている女の元か。
思いながら、後日散々厭味をいわれそうだと辟易とする。………まあ自業自得といえば、それまでだが。
「あまり無茶をするなと、だから言っただろう」
包帯の具合を見ながら、彼がいった。それを自由にさせながら、枕から顔を逸らし、横目に見上げた。
不器用なくせに、怪我の手当ばかりは上手な彼は、どれだけの回数、それを行ったのだろうか。淀みなく動く指先は、自分以上の強さを秘めたものだ。けれど彼は戦うことを嫌い、守ることを求める。
それが間違っているはずがない。けれど、強さを証明したいと思うのは、強いが故の、欲求だ。誰とて一番でありたいと思うものだ。それなのに、彼はそれさえいらないというように苦笑する。
「………気をつけろよ」
「なにを?」
「次はお前のところに行くだろうよ。あいつ、サンダータイガーだぜ」
空を飛ぶ自分達には不利だとそう呟けば、優しい指先は羽根を撫で、焦げたその毛先を寂しそうに見遣った。
「まあ……来るかもしれないけど、な」
出来れば戦いたくはないと、そう呟いて、寂しそうに笑う。
彼は強くて……少なくとも、自分が知る誰よりも強い、のに。それでもこんなとき、彼を守ろうと、そんな思いを抱いてしまう。
………強いから戦いたい。そんな思いを持つ自分達は、まだ子供なのかもしれない。そんな自分達を彼は憂えているのかもしれない。
彼を襲う牙すら、彼はきっと憂えるのだろう。
それが、彼という存在……だから。
少しだけ彼のいう言葉の意味の触れたような気がして、遣る瀬無さに、唇を噛んだ。
冒頭部分は賛美歌の一節です。基本的に賛美歌に描かれるような精神性は私の書く主人公たちにあてはまりやすいのですが(苦笑)
別段、聖人を描くつもりもないのですがね。ただ自分の願うままに生きられて、それを許される世界を形成できれば、と思って行動しているだけなのだよ、誰もがね。
………まあそれがある種偽善的なまでに清廉であるのは確かかもしれませんが。
それでも誰もがそうあろうとしていれば、もう少しだけ、世界は優しいものだと思うのですよ。
生き難いと誰も思うことなく生きられる、思うのは単純で当たり前のことなのですけどね。
拍手、ありがとうございました。何かコメントがあればどうぞ。
07.1.10