ずっと追い掛けていた。
あまり友達はいなかったし……一緒にいてもどこか違ったから。
遊んでいて怪我でもしたら、次からはもうそばにきてもくれない。
………そんな歪んだ友達関係ばかりだった。

息苦しかった。
もっと自由に遊びたかった。

たったひとり何の気兼ねもなく遊んでくれる。
そんな人を得たなら…………
魂さえ傾斜する。

…………あまりにも見事に咲き誇るその美しさ。

だからお願い。
雪なんて降らないで。
ずっと僕のそばに……いてよ……………





粉雪の約束



 いつもと同じように走っていた。
 先日紹介された友達。………人間界にいる王様の孫で英雄の子供。自分に似た立場のちょっとだけ大きな子。
 大きな目でまっすぐに自分を見てくれた。大人たちばかりの集まりだから、今度は二人で遊ぼうと約束してくれた。嬉しくて、はしゃいでずっとまとわりついていたのに厭いもしなかった。
 たったそれだけの出会いだったけれど……大好きだった。真直ぐな瞳に深い笑顔。大人の人たちにだって負けないくらいの利発さとはっきりと断定出来る口調。
 まるで本の中から出てきたような人に一瞬で傾斜した。
 いくつもの樹を乗り越えて、小さな川を飛び越えジャングルを駆け回る。
 弾む息さえ気にもならない。早くあの笑顔に迎えられたかった。
 その声に名を囁かれたかった。
 木々に邪魔されながらも小さな背中を見つけて、明るく弾んだ自分の声が響けば振り返ってくれる短い髪に包まれた幼い子供の容姿。
 「シンタロー! 遊びにきたぞ!」
 あけっぴろげな笑顔で、誰憚ることなく好意を示し、駆けていた勢いのままに体当たりのような抱擁をおくる。幼いからこそ許された方法の全てを使って子供はやっと手に入れた友達を抱き締める。
 そんな無邪気な様子に苦笑してシンタローは自分よりも小さな位置にある頭を優しく撫でると抱き上げる。………まだ幼い身に、4歳の差は大きい。身体さえも中途半端な時期だ。軽々と抱えることのできる相手の存在に、ほんの少しの戸惑いが抜けないシンタローは、それでも守るべき子供にそれを悟らせないように笑顔を零す。
 「ちゃんと家の人に言ってきたか?」
 「だ〜いじょーぶ! シンタローなら安心だってさ」
 誇らしげな笑顔でぎゅっと首にしがみついた子供の背を優しく叩き、まるで勲章でも捧げられる立場かのような錯覚に苦笑する。
 風が二人に吹き掛け、それについてこれなかったらしい木の葉が数枚あたりに散る。それを視界に収めたらしいバードの腕が暴れるように伸ばされた。
 唐突なその行動に一瞬ついていけなかったシンタローは危うくバードを取り落としそうになり、驚いたように声をかけた。
 「ぅっわ?! どうしたんだ、バード?」
 「はっぱ! いっぱいだ!」
 目を輝かせたバードの様子に後ろを覗けばちらちらと落ちる葉がある。もうとっくに紅葉の季節など終っているのだから、確かに落葉は珍しい。好奇心を疼かせているらしい様子に子供の足を地面に戻させれば、それさえもどかしく駆け始めた。
 それを追い掛けながらシンタローもまた辺りを見回した。………気づかなかったけれど、存外多くの葉が残された気が多い。常緑のものかもしれないけれど、それでもやはり冬の寒気に侵されて弱っているのか、先程のように風が吹くと耐えきれなかった葉が落ちてきた。
 それが数度繰り返されて、どこか違和感が残る。
 風が吹けば葉が落ちる。至極当然の道理のようだけれど……どこかが変だ。
 駆けるバードの背にある青い羽が揺れ、楽しげに緑に溶けては舞い落ちる葉を探している。零される幼い笑みと楽しげな声に手を振りながらもシンタローは違和感を探していた。
 そして気づいた。
 ……………舞い散る葉が、すべて緑なのだ。
 風にただ落とされるなら枯れ葉とて混ざるはずなのに………………
 それは風が原因ではないからではないのか。浮かんだ答えにざわめく神経。
 蠢くなにかを感じて、シンタローはバードへと腕を伸ばした。軽くて脆い葉はそれが移動した時にとおに地面に落ちていた。けれど重く固い葉は崩されることなく葉の上で鎮座し、そうして風によってのみ振り落とされた。
 ならば……この近くにそれを形成したなにかが存在する。
 伸ばした腕にバードの小さな指が触れ、力任せにならないように注意しながら引き寄せる。まだ、大丈夫。辺りは静かだ。………静か過ぎることもない。
 「シンタロー?」
 突然抱き寄せた友達の意図が判らなくて、幼い声が名を囁く。間近なシンタローの顔は、どこか焦りが見える。なにかしただろうかと疑念を抱いても判らない。ただ自分は葉っぱを追い掛けて遊んでいただけだから。
 微かな不安を浮かべて仰ぎ見てみれば、それを掬いとってくれたらしい相手の顔には笑みが灯る。
 「なあバード、場所を変えてもいいか? 少し遠出し過ぎた」
 危険を教えて避難するには憶測が多すぎる。ましてそれを理解出来るように伝えられる自信もない。それなら理解しやすい理由の提示の方が納得してくれるだろうとシンタローは一番わかりやすい理由をバードに示した。…………なんとなく納得しきれないように眉を顰めながら、それでもさっき垣間見たシンタローの焦りを思い出したバードがゆっくりと頷く。
 ホッとしてシンタローはバードを抱えると足音を消しながら歩き始めた。
 しばらく進みながら、それでも変わらない風景に訝しむ。歩いた距離的にはもうすでに元来た広場に戻ってもいい筈なのだが、一向にそんなひらけた場所の気配が見当たらない。
 訝しんで顰めた眉を飲み込み、自分の不安が移らないようにとバードにクリスマスの歌をうたってみる。上手とは言い難いけれど、それでもしがみついていたバードは嬉しそうにそれに声を重ねた。
 ゆっくりと時間が流れる。大丈夫……このまま森を抜ければそれまでのこと。些細なことだけれど父に報告して危険がないか調べてもらえばいい。
 自分一人であったなら原因追求に赴いてもいいが、さすがにこんなに小さな友人を連れていけるほど愚かではない。いま一時だけのやさしい流れを噛み締めるように笑んでみれば、突然聞こえた木々のざわめき。
 ……………駆ける獣の足音。荒々しい息遣い。空に逃げようかと仰ぎ見てみれば背の高い木々が邪魔をして浮かび上がれそうにない。方向違いであることを祈って身を隠せる場所を探して背を晒した瞬間、間近な位置で葉の擦れる音がした。
 「………………っ!」
 運が、悪いと言うべきか。
 バードを安全な場所にと岩影に隠している所だった。勿論、背中を曝け出した無防備な状態で。
 風を切る鋭い音が響く。迸るだろう血と痛みを覚悟して、シンタローは歯を噛み締めた。
 「シンタローッ!!!!」
 幼い声が震えて名を叫ぶ。それに笑むだけの余裕がない自分が恨めしい。
 見開いたバードの視界に入ったのは鋭い爪と牙。そうして、影に侵され顔さえ見えないシンタロー。

 赤く赤く……それは染まった。
 ゾクリと、する。
 それを恐怖というとは知らなかった。
 ただ底知れない色を垣間見たことに凍り付いた。
 ………意識さえも支配した姿に、声も出ない。
 庇うように腕を添えてくれた人がいなかったならそのまま壊れてしまったのではないかと思うほどの、それは衝撃。

 …………………ほんの一瞬の出来事。
 正直、自分にはなにが起こったかも判らなかった。ただ重々しい音を立ててその獣が地面に血溜まりを作ったことと、降り注ぐ赤から守るように被さってくれたシンタローだけを理解した。
 そしてその先に佇むは金の現身(うつしみ)。
 「ケッ、弱っちーな。もうちょっと手応えがあるかと思ったのによ」
 「………アラ…シ……?」
 響いた声に訝しむようなシンタローの声が重なる。背さえ向けたままの状態で判るほど親しい相手なのかとバードはそれを見ようとした。………けれど、意識がそれを拒んだ。
 身体が戦く。認識することを恐れた。…………自分達を襲ったその獣以上の恐怖に愕然とする。鋭く凍てつく視線が自分を睨んでいることがわかったから。
 「なんだぁ、シンちゃん。ガキの癖にガキのお守か?」
 からかう声にはたったいま屠った獣への関心すらなくなっている。その変化さえ隠せない鋭利な視線がバードを捕らえて離さない。
 「アラシッなんで殺した! 殺さなくても、森の奥に追いやればいいことだろ!?」
 戦慄く肩を視界に入れて、アラシはきょとんとシンタローを見やる。まさか、自分が責められるとは考えていなかった。久し振りに遊びに来てみれば妙な方から気配がして。いつもの通り道に迷ったのかと探してみれば、最悪の場面に立ち合った。
 だから繰り出した腕に後悔もない。当然のことをしただけで……責められる覚えもない。ましてシンタロー自身、こうした場合は仕方がないことと許してくれる筈なのに……………
 「は? それでまた襲われて今度は食料にでもなってやる気か?」
 訝しげにさもシンタローがやりそうなことを囁いてみれば泣きそうな目が自分を見る。
 なにか、間違えたのか。…………なにも自分は間違えてなどいないのに。
 それでも守った筈の相手は傷ついた色を瞳に宿す。
 「互いの領域を侵さなければ襲ってなどこない!」
 今回は自分達がこの獣のテリトリーを侵した。襲われても仕方ない理由はある。………だから、追いやるだけに留めようと思っていたのに。
 突然現れた友人は、何の躊躇いもなくその命をもぎ取ってしまった。そしてそれを悪いことだなど感じてすらいない。
 それが悲しくて叫んだ声に、苛立たしそうに紫闇が眇められる。
 「そんなお荷物抱えて、お前にそこまで器用なことできる実力があるのかよ」
 現実的に不可能だと嘲れば噛み締められた唇。わかっている。それでも、どうにかしたかった。自分のために誰かが命を奪うなんて、耐えられない。
 赤く赤く濡れた金の髪。綺麗な色が………侵される。
 自分が浴びる筈だった色。それなのにと噛み締められた唇をバードが痛ましそうに指で触れる。
 なんでそう思うかくらい、自分にも判る。今日は特別な日。誰もが命の尊さを尊び、祝福する日。そんな日に血に塗れされ……そして命を屠らせた。まるで気にしていないアラシを見つめれば見つめるほど、痛む心が膨らんでいくシンタローに泣きたくなるほど心寄せても肩代わりにもならない。
 「なあシンタロー……泣くなよ。ちゃんと、サンタだってわかってくれるから…………」
 行いが悪でも、その理由は悪ではない。それならばまだ救われる余地はある。きっと大丈夫だと幼さのままに抱き締めればシンタローの身体は震えていて……逆にバードが泣きたい気持ちに襲われる。
 ………仲睦まじい二人の様子を眺めながら、ひとりそれに加わることの出来ない金の髪は目を眇めてそれを見つめた。
 伸ばせない腕。あんなにも真直ぐに、自分の腕は彼に伸びない。それはきっとシンタローにも言えること。
 「………しらけんな。オママゴトしたきゃ勝手にやってろよ」
 自分が傍にはいられない世界でぬくもりに包まれたければそうしていればいい。悔しげな囁きを残して立ち去ろうとしたその背に、慌てたようにシンタローが声をかける。
 「待てよっ!」
 待ち望んでいる、自分に捧げられる音。けれど泣きそうに歪められた顔は言葉を思い出せないかのように唇を開閉させるだけだった。
 「………あ?」
 少し苛立たしげに、続きを促す。それでも、続く言葉がない。引き止めて帰したくはない。けれどいまこの場で迎え入れる言葉を囁くにはあまりに自分が申し訳なくて……………
 躊躇う仕草とともに流れ落ちそうに揺れる瞳。
 小さくアラシが息を吐く。
 ………………今日が何の日か知らないわけじゃない。だからこそ、わざわざここまで彼を探しにきたのだから。
 それでも互いに退けない意地もある。それなら……賭けを行なってみようか……………?
 微かな意地悪を灯した唇が、小さく笑む。そしてゆっくりと空を示した。
 「……言い訳したけりゃ、いつもの場所に来いよ。…………雪でも降れば俺も行ってやる」
 空は曇り。多分賭けは五分五分。
 どちらが勝つかなんてわからない。それでも互いに望んでいる結果はたったひとつ。
 不可思議なやりとりを見つめながら、バードは零れ落ちた涙をぼんやりと追った。
 綺麗な、水。
 …………誰かを思うことで流されるそれは恥じることなく晒される。頬を彩るそれに幼い指を滑らせて、守るように抱き締める。

 自分が望む結果はなにか、考えないようにしながら。
 ただいまこの時だけは佇む大きな彼を自分が守ろうと決めた。
 いたわりと心優しさと情の深さ故に、傷つけあってしまう不器用な彼を………………








 覚えているでしょうか。かなり前に書いた『KRISTKIND』の過去の話です。
 約束がいつ出来上がったのか、というシーンを。
 ……………なんというか、前半部分のバードに力いれ過ぎて長くなっちゃいましたね………
 子供書くの好きなのでつい………やっちゃいましたv(オイ)

 ここのアラシは結構まともですね。
 でも意地っ張りです。パーパもだけど。
 なんでお互い謝ることが出来ない(笑) 言葉に依らない謝罪なら、するんだけどね。