静かに舞い降りた。

それは雪か花か。

静かに舞い散った。

それは雪か花か。

儚く風にそよぎ。

潔く殉じて消える。

それは、

雪か

花か。

それとも……………





問えば散るもの



 頬を過る風に目を閉じた。
 いつも通り、僅かに潮の香りの混じった生温い風。
 黄金の髪を翻し、男はやおら立ち上がると空を見上げた。
 どこまでも深い、秋の空。伸ばせば届く気のする春のそれとは雲泥の差で、伸ばした腕すら吸い込みそうな遠さ。
 淡いその色からは思いつきもしない底知れなさ。
 微かに落とした息すら掬いとりはしない空を見上げたまま、視線だけを動かす。
 ただ空だけの続いた空間の先、何もありはしないのに一瞬幻想が見える気がした。
 残像ですら、ない。
 解っていながら一瞬見た気がしたのはそれを思い描く己の想像力の豊かさ故か。
 微かな自嘲を込めて笑う口元が奇妙に歪められる。
 なめらかな動きでもって腕が動き、澱みなく取り出された煙草に火をつける。くゆる紫煙が微かに空を翳らせた。自身が作ったわけではないけれど、それでも作ったと錯覚を起こさせるタイミングで、雲が流れ着き日がかすめ取られた。
 頬に降り注いでいた陽光が途切れ、微かに視界が暗くなる。その中を、生まれたばかりの火が煙りを生みながら瞬いた。
 思い描いた影。その顔すら朧な癖に、妙に存在感だけが重い。
 くだらないと一蹴してしまえば事足りるはずの、それはつっかかり。
 僅かに心に引っ掛かったままの、記憶。
 引きずり寄せるにも値しないそれは、けれど何年経っても消えはしない。
 いっそそれをなくしてしまいたいと、消し去った。
 ………記憶ではなく、その存在を。
 けれどなくなったのは存在だけで、更に重みを増して課せられた引っ掛かりは比重を重くするだけで消えもしない。
 埒も明かない事とけぶる紫煙に混ぜて吐き捨ててしまえば、まるで責め立てるようにその残像が見隠れする。
 結局は……自分がそれを捨てられないとは、納得が出来ない。
 何もこの腕は手に入れていない。だから、恐れるものはない。
 失うものがないのだから、恐れる必要もない。生まれた時から死ぬその瞬間まで、自分はひとりと決めている。何も欲しいとは思わない。だから、壊すだけ。
 守るものもないし、まして愛しいものもない。
 その方が楽だし、自分の性にはあっている。
 解っているのだ。自分という人間の性質を。
 それなのに、解せない。割り切れない、なにか。
 「……………んの用だ?」
 不意に触れてきた風の気配。見知ったそれに顔を向けるでもなく問いかける。
 声は剣呑だ。………当然といえば、当然か。
 物思いに耽るというその珍しい時にわざわざやって来てしまったのだからタイミングが悪いと自分でも思う。
 それでも折角きたのだしと近付けば、相変わらずの不機嫌さ。
 もっとも、今更笑顔で迎え入れられても気味が悪いと思うだけだろうけれど。
 「別に特に用、というわけじゃなかったが」
 「じゃあさっさと帰れ」
 いま機嫌が悪いとその声が言外にいっていた。
 だからこそ、眉を顰める。
 嬉しくない事実だが、自分は彼にとって格好の獲物。からかうにしろいたぶるにしろ、まず率先して彼は自分を標的にする。
 勿論それは八つ当たりや気晴らしなどこの上もなく理不尽な事でも発揮される事で、いまこうして対峙しているその時に何の嫌がらせもしない事も珍しい。
 なにかあったのだろうかと、一歩近付いた。
 その気配に、怒気に近い気配の応酬。
 近くにいたのだろう小鳥たちの羽撃く音が耳に響く。………敏感な小動物たちが逃げ出すのも無理はない。普通の人間だって、おそらくは即刻逃げたいともうだろう、この気配。
 元々好かれているとは思っていないけれど、それでもこうまで拒否しなくてもとは、思う。
 別に嫌っていたわけではなかった。嫌われている事は知っていたけれど。
 いつもひとりで、たったひとりで。
 つまらなそうに世界を見ていた金の子供。
 世界の全てなんて自分は知らなくて、新しいものをとにかく獲得しなくてはと躍起になっている自分を冷ややかに見ていた紫闇。
 冷めていた、視線。その奥底に揺らめくものを、それでも自分は垣間見た。
 それがなんであるのかなんて知らない。ただ感じた。だから、気にかけて……結果更に嫌われていったのだが。
 近付く。それを嫌う気配。
 ………頑なまでの拒否。傍にあるものを排除し、ひとりでいる事の意味なんて、自分には解らない。
 だから踏み込んだ。
 そうしてまた、きっと拒否と嫌悪を深くされるのだろうけれど。
 「どうしたんだ……?」
 それでももう、これは性分だ。ひとり立ち尽くす背を見知らぬままでいられない。嫌われるとか疎まれるとか、自分は気にはしないから。
 「莫迦かお前は」
 自分を殺した相手を心配するお人好しがこの世にいるのかと、歪めた顔を惜し気もなく披露して呟く声は、低い。
 「よく言われる」
 苦笑すら、やわらかに。
 ………傷つけるだろう相手を前にして、それでも敵意はないのだと示すような笑み。
 吐き気が、する。
 幼い頃からずっとずっと、嫌いだった。こんな生き物、他にはいないから。
 手に入れない。手に入らない。いっそどこかに逃げていけばいいのに、気遣うように近付いて、その羽根すら引きちぎられる。
 解っている癖に、愚かだ。
 傷つくと知っていて、それに近付いて………思った通りに傷つき果てるなど。
 自分は大丈夫なんて自惚れすら抱かないのだから、愚かという以外に他にないではないか。
 「解ってンなら近付くな」
 また、殺す。それは予感ではなく現実。
 だから近付かなければいい、そうすれば、生きていられる。
 彼も、自分も。
 そう囁くような呟きに、また笑みが落ちる。
 今度のそれは、少しだけ儚げだ。
 「解っているから、近付くんだが………」
 ひとりが淋しいと、その背は囁く。
 ひとりでいいのだと言いながら。
 どちらが本心かは解らない。それでも泣きそうなそれを見過ごせない。
 そうして近付いたなら、泣きそうに歪められる眉。
 殺したいとか、消し去りたいとか。
 多分本当はどうでもいいのだろうと、思ったのだ。
 ただ彼は………ひとり生きる生き物なのだと感じた。
 近付いたなら消さずにはいられない。でも、なににも心開かないわけでも、ない。
 そしてその心は疲弊して、また衝動が生まれる。壊すという、単純な行為。
 愛しささえ、おそらくは破壊衝動。
 祈りすら、呪詛。
 だから近付くなというその言葉は、近付けば消してしまいたくなる己を知っているから。
 案じてくれている事は、知っているのだ。嫌って疎んで……それでも自分の身を、この上もなくいたわろうとしている。
 …………………近付くなと示す乱暴な御手で。
 「また、手合わせしような…………?」
 やわらかさで傍にいられない。
 それならいっそ、戦いの最中でもいい。
 少し淋しい声に答える声はない。
 知って、いるから。
 手合わせなどという生温さで終われるわけもない。そしてその先にあるのは、血腥(ちなまぐさ)さか。
 それでも明らかにしてはいけない。
 それでも問いかけてはいけない。
 解っているから、小さく笑う。
 近付き過ぎない距離で微笑んで、ゆっくりと閉ざされた瞳の先、浮かぶ像もない。
 「じゃあ、また……な」
 寄る事も出来ない。それでも、切り捨てる事も出来ない。
 ゆったりと羽が舞い、空間に風が起こる。
 頬を嬲る風は微かな潮の香り。………否、緑の香り、か。
 細めた視界でそれを眺め、ゆったりとそれを吸い込む。
 消えていく気配。遠ざかる音。
 そうして世界が舞い戻る。平凡でつまらない、破壊の欲望をそそりもしないちっぽけさで。
 それでも瞼を落とせば鮮やかな残像。
 決して手に入る事のない、破壊の欲望の先にある獲物。
 ……………手折る事を願いながら願えない、たったひとつの獲物。
 それを冠する名など、知らないままでいい。

 もしも名付けたなら。
 それは赤く染まるのだろう。

 自分か
 あるいは
 相手か

 解りはしない、けれどそれは確かな現実……――――――――








というわけでやったら暗いアラパーです。
今回は手に入れたら壊さざるを得ないもの、という感じで。
自覚したら自分か相手か、どっちかを消さないと安心出来なくなるアラシ。怖(汗)

静かに優しく甘く、全てが愛せるわけではないと思います。
気づいてしまったら壊れるもの、もあります。
それは記憶かもしれないし、思いかもしれない。
関係かもしれないし、絆かもしれない。
どんなものかは解らないけれど、綺麗にまとまる感情だけで出来てはいないから。

でもちょっと今回のアラシは可哀想かも。いや、むしろパーパがか?
こんな暗い作品ですが(汗)アラパー同盟宛で!