目を閉じて浮かぶもの。

真っ暗な世界の中に浮かぶもの。

…………赤い赤い炎の色。

たった一人の命のために。

たった一つ灯った炎。

目を閉じて浮かぶもの。

真っ暗な世界鮮やかな赤。

美しく舞う、炎の翼。





耳にも目にも触れぬもの



 なにか違和感を感じた。
 それは本当に微かなもの。見落としても誰も気にかけない、そんな些細な瞬間。
 それでも感じた違和感。
 だから余計に気になって、眉をひそめる。
 そうしたなら眼前の男はにやりと口の端を意地悪げに歪めた。まるでそうすることを解っていたとでも言うように。
 一瞬失敗したと唇を引き締めて不快さを示してみるがそんなものに頓着する相手でもない。
 「なんだ、随分いい顔してるじゃねぇか」
 「機嫌が悪いだけなんだが」
 いやそうに歪められた眉を見ながら晒されるのは変わらない笑み。
 人を喰ったように歪んだ笑みは自覚されながらもせせら笑って晒される。彼にとってはおそらく、歪んでいることすら正常の範囲。
 それが悪いとか言える立場でもないが、関わるものとしてはその歪み方は少々いただけないことは確かだ。
 どこか歪んだ……と言ったなら全てだと誰もが口を揃えて言い返してきそうな相手だが、それでも長い付き合いの中それなりに理解出来る部分は生まれる。
 狂人では、なくて。
 …………むしろ誰よりも秀逸された頭脳を携えた眼前の男。
 金糸の髪を惜し気もなく風に晒し、紫闇の瞳は楽しげに揺らめいている。どこか、焦点をそらしながら。
 睨むように挑んでみれば柔和に躱す。人を喰ったその笑みはもう過去からずっと続いてきたもの。今さらそれが苛立の原因や違和感になるような、そんな短い時間晒されただけの物体ではない。
 「なんか…変だな」
 ぽつりと。思い出したように言葉にしてみれば眼前の整った顔は不可解そうに眉が上げた。
 唐突に何を言い出すのかと言いたげなその姿に小さく苦笑を落とす。突飛さから言えばこの男の方がずっと上だというのに、自分に理解が及ばないというだけで全て棚上げだ。相変わらず身勝手だと思うと同時に、その思考回路は既に自分の中ではあまりに当たり前に受け入れられている事実が奇妙だ。
 それを受け流すように目蓋を落とし、男はその頤を空に向けた。
 ………強くはない陽射しが頬を滑り落ち目蓋を開くようになだらかに撫でた。それをじっと受け止めつつ、微かに開かれた唇が音を紡いだ。
 「こんな風に、いることが」
 あまりに当たり前に一緒に昼寝などしているから、不意に忘れかける。
 自分が、一度は死んだ事実。この間近に潜んでいる頑強な指先が心臓を握りしめた瞬間を。
 そうして不意に思い至った。初めに感じた違和感の正体。
 ………そばにいながら、痛みがないのだ。
 いつも男は自身の苦しみや憤りのすべてが自分のせいでもあるかのように感情を棘つかせて鋭く切り裂く。それは決して目に見える傷だけではないけれど、少なくとも多少の苦痛を常に伴う。それは、互いになのかもしれないが。
 目蓋の裏、微笑むのは過去の金糸。初めて向けられた友人の腕。まだ頼りなく細い、幼い指先は優しかった。
 不器用が過ぎて傷付いてばかりだった。傷付かないために、彼は強くなるタイプだった。そしておそらくは彼を最も傷つけたのは自分だったのだろう。無意識のうちに。あまりに残酷な幼い潔癖さで彼を傷つけてばかりだった。
 自覚したのは多分この身を赤く染めた時。
 ゆっくりと背をそらし、そのまま草原の上に横たえる。短い草の波が肌をくすぐる。そんな感覚すら、あのときは感じなかった。
 岩壁だらけでぬくもりはなく、戦って痛覚など麻痺させていた。死ぬことと生きることを動議に思っている自分にとって、守るために生きることも守るために死ぬことも大差ない。
 「変……だよな」
 呟きながら、笑う。
 どこかで一瞬、愚かなことを願っている自分に気付いたから。
 ……………否定を。
 そんな言葉を望んでいた。どこかで馬鹿かと肯定とも否定ともつかない言葉を返されることを知っていながら。それでも………否定を、願った。
 あんまりにも不器用な子供だったのだ。
 もしもいま自分があの幼い頃の彼に関われたなら、あるいはこんな結末を作ることはなかったのではないかと思うのに。
 それでも過去は歴然と存在し、自分の犯した愚かな断罪も消えはしない。
 だから斬りつけられることを覚悟して日差しを眺めるように目を開けた。そうしたなら当然目を射るはずの陽光は襲ってはこず、不可解そうに眉をひそめる。
 視線が泳ぎ雲に隠された太陽を認めた時、耳にかすめた風の音。
 …………気付かせるつもりもなさそうな、小さな小さな呟き声。
 「別に」
 変と思うから変なだけだと。
 まるで否定したいような声音で呟くから。
 驚いて目を丸くしてしまう。そうしたならむっとしたように険しくなった視線が不機嫌を知らしめたけど。
 どこか…………祈るように微笑んで頷いた。
 解るはずもないことを解ったつもりでいてもどうしようもない。
 変えられないものは変えられず、まして眼前の事実から目をそらして逃避してもどうすることも出来ない。
 だから目の前の事実を抱き締めることのどこが悪いのか。
 ちょっとくらい自分に都合良く受け止めて……何が悪いのだろうか。
 全てを諦めることも、さりとて壊すことももう出来ない。築かれたものは絆と言うには脆くとも確かに自分と彼を繋いでいるのだから。
 それは……けれど自分一人の錯覚かとも思っていたけれど、それは思い過ごしだろうから。  馬鹿なことを言ったと小さく笑い、目蓋を落とす。
 隠れていた日差しが柔らかく顔を覗かせ、ぬくもりを捧げるようにその身に注がれた。
 違和感が消えるわけではない。
 …………きっともうずっとこの先も消えない。

 それでもいいのだとそう諦めるのではなく受け入れ認めた心の内に、柔らかな陽光がゆるゆると抱き締めるように寄り添っていた―――――――。








 ということでアラシ&パーパ! あくまで健全。

 お互いそばにいることが別におかしいわけない筈なのに違和感ばっか。
 当たり前すぎて当然すぎて、だからちょっと歪んだ日常。
 まあ一緒にいたら違和感あって当然に思えますけど、ねえ?
 だって殺人の加害者と被害者……………
 それでもまあそばにいてもいいんじゃないかな、とか思っているお互い。
 甘ったるくない絆や、形にもならない絆もあるものです。
 それを本人たちがどう思っているかは知りませんけど。