青い空には白い雲。
 それは当たり前の姿。

太陽には月
 それは相互関係。

似通っているがまるで違う。
近似しているが、果てしなく相違だ。

だから思う。

間違うことはいつだってあり
それ故に出来た溝はどこまでも深く
乗り越えるために飛ぶ羽さえ
手折る谷間風。

それでも君は腕を伸ばしている、幼い子供。





隣にいる誰か



 息を吸い込んでみれば薫風。
 名残惜しい春の風はどこかうまみのあるもので口元が綻んだ。
 空は快晴で、パトロール中ではあるけれど、のどかな様子に散歩にきた気分になる。
 久しぶりの平穏だ。ずっと、この世界は変動し続けていたから。その最中に二度も命を落とすという奇異な目に見舞われたが、こうしてまた歩むことのできる世界はやはり愛しく戻りくることができて良かったと心底思う。
 風は緩やかに吹きかけ、前方に見える葉桜になりかけの木の甘味が馨った。
 誘われるように歩を早め、そちらに向かう。
 やわらかな日差しに仄かに薫る風。散りかけた中の命の脈動を知らせる、葉桜。
 どれもが優しいもので、ふうわりと、知らず笑みが浮かぶ。こうして自然の中歩むことが好きだった。その中に溶け込めるような、世界との一体感がどれほどこの身に救いをもたらしたか解らない。
 歩む足は軽やかで踏み締めた土さえ暖かい気がした。
 そうして近付いた木の根元、人影が見えた。珍しいと目を瞬かせる。別段桜の名所というわけでもない、ぽつりと一本忘れ去られたような老木だ。地元の人間だろうかとも思い近付けば、見えたのは黄金に瞬く日の輝きに似た髪。
 散る桜の花びらの仄かな赤みが色を落とすような、そんな鮮やかな色。
 何となく見知った人間の髪を思い起こすが、まさかと打ち消した。
 彼がこんな場所に来る理由はなく、まして居眠りをしているわけもない。
 そう思って歩を進めればのぞいた面差しは………間違えようもなく、想像していた人物のそれだった。
 細く精悍な顎に筋の通った鼻。長い睫毛が仄かな影を作った肌は、彼の所行を疑わせるほどの白磁。
 無駄なまでに整った顔だ。その上それに嫌味なほど見事な金の髪が添えられているのだから、彼の存在は見かけは人を判断する材料にならないという教訓をよくあらわしていた。
 軽く息を吐き、見上げた視線には葉桜。芽吹きはじめた新緑は愛らしい黄緑だ。このまま日差しを浴びて月日を経て、深みある緑をもたらすのだろう。
 何となく離れ難い気がして、足下で眠る影と葉桜を交互に数度見つめた。
 「…………………」
 彼は眠っていて、葉桜は鮮やかで。日差しは優しく風は甘く暖かい。
 自然もれかけた欠伸をかみ殺しながら、こっそりと彼の隣に腰を下ろす。せっかくの景色だ。彼がいるからと離れるのは勿体無い気がした。
 ちらちらと風が揺れる度に舞い落ちる花びら。もう萎びれたものもある。それでも最後まで懸命に生きた花は、潔く美しい様で地へと還っていく。
 命の、循環だ。それは人間にもいえる永遠の掟。この身はまたいつかは朽ち果てる。それでも肉は地へと還り大地と溶ける。そうして、自分はこの地球を抱きしめることができるだろうか。
 どれはどこか甘美な夢だ。愛しいこの地を守り続けることができる、そんな夢。
 小さく笑い、細めた視界には鮮やかな新緑。舞い散る花のように儚くはない身だが、それでも愛しいものだと、そう思いながら。
 かすかな溜め息のように息を漏らせば、不意に聞こえたのは、低く響く音。
 「………なんでお前がいんだ」
 怪訝そうな声に隣に腰掛けていた男は僅かに顔を顰めてから憮然と答える。少しの警戒を思わせるように、無意識なのか自分との僅かに距離が離れる。
 「パトロール中だったんだよ」
 「なんだ、さぼりか」
 「………花が綺麗だったからっ」
 欠伸をしながら事も無げに言われた言葉を必死になって否定するように男が答える。自分にとってそんなものはどうでもいいことだが、彼にとっては不名誉なのだろう。真面目なことだと喉奥で笑い、寝転がっていた体を起こした。
 たかだか上半身一つ分の距離だが、太陽が近くなり花が克明になった気がする。
 それを見上げてみれば、隣の男もまた、見上げる。
 不可解な沈黙の中、感嘆の溜め息らしい男の吐息だけが響いた。
 いったい何がそんなに美しいというのだろうか。……ただ花が散っているだけだ。しかもそれは満開のときのような壮麗さはない、老いた身が朽ち逝くような醜悪さが自分には見える。
 最後の最後まで足掻き、最も美しく散るときを見逃して嘆くような、そんな花びらの断末魔。
 最も自分も花のことをいえた義理はない。戦いのさなか死ぬことができれば良かったものを生き延びたのだから、きっとこの先平穏なままのこの世界で年老いて死ぬのだろう。それはひどく自分には似合わない末期の姿だ。
 「お前って本当に変なもんが好きだな」
 自分の隣にいるくせに綻ぶ笑み。それが捧げられる対象が自分達が背を預けているこの木なのだと思えば、奇怪極まりない。
 自分にはまず理解できないと奇妙なものを見る視線のまま呟く相手に、逆に彼は目を瞬かせて問いかけた。
 「は? 綺麗だろーが」
 「こんな老人みてぇなのが綺麗かよ」
 即返してみれば心外だと言わんばかりに彼は目を丸めた。
 そうして子供に教えるようなやわらかさでその声がさらされる。
 「懸命に生きた後の姿だぞ。その上、このあと生きる葉も一緒だ」
 誇らしそうなその笑み。まるで、自慢するかのようだ。
 ………反吐が出るといったなら彼は顔を歪めるだろうか。自分は、懸命に生きる姿は好きではないのだ。それは自身を傷めて落とす、そういった類いの生き方。
 己を省みないだけの、姿だ。自分はそれを浅ましいと思う。
 自身のためにだけ生きるのであれば自分のように生きればいい。周りの言葉に耳を貸さず生きれば、たとえ潰えたとしてもその先に嘆きは残らない。
 それだというのに、この男は懸命に生きることを旨として生き抜くつもりでいるのだ。この先いつそれが故に命を落とすか解らないくせに。
 忌々しそうに顔を歪めれば、そんな物思いに気付いたのか、男は苦笑していた。やはり、どこか幼子を相手にするような穏やかさで。
 …………………なんて、腹立たしいことか。
 「世代交代は、醜くくはないと思うぞ。自分が生まれた意味を表したなら、あとはただ、散るだけだ」
 それなのにこの男はいつだって人の息を詰まらせるような、そんな言葉をあっけらかんとさらすのだ。
 まるで気にもしていないようなその危うい言葉、を。
 彼が生きた意味、生き抜こうと、そう思った理由。自分は誰よりも知っている、かつては痛ましすぎるその羽を手折るがために壊したこともある。
 それでも生き残り傷を乗り越え、また、その生き方を繰り返した。今度こそ眠らせようと貫いた胸は、またも脈動して呼吸を繰り返しているけれど。
 もう眠りについてもいいほどに、傷んだくせに。懸命になど生きずにいればいいものを、彼は自己犠牲を好むかのように傷ばかり負う。
 そのくせ潔いまでの、その散り際。
 「………なんだ、散りたく…なったのか?」
 ぞろりと鎌首をもたげたのは嗜虐心以上の、哀れみ。
 いっそこの老木後と切り裂いてやろうか。…………それは決して邪のない、方向性の誤った慈悲。
 もう苦しいだろう。辛いだろう、と。それが故に命を閉ざすことこそがいたわりだと勘違いした心の所作。
 その思考回路を知っている相手は悲しそうに笑う。どこか、散り逝く花に似た儚さで。
 「いいや、生きたいと思うぞ」
 ふうわりと馨る風のような微かさでさらされる音は、柔らかい。
 いま彼に送る殺意に似た激情に比べ、それはあまりにも儚いものだ。けれど何故か、ひどく肌に染み渡る、音。
 「二度も悲しませたから、せめて最後くらいは、悲しませずにいたいからな」
 鮮やかに生き抜いて、満足して死に逝くのだ。
 そうすることが、今の自分の生きる意味。
 「………結局は、人のため?」
 苦々しそうに顔を顰めて呟く声の幼さは、遥か過去を思わせる。
 袖を分かった原因は、きっと自分。彼の情の深さを見誤ってしまったから。
 だから今度こそは間違えないように、ぎりぎりのその部分だけは、決して手放さないように言葉を尽くす。
 「自分のためだ。俺が、悲しまれたくないだけだ」
 穏やかな音は至上の風景を夢見ている。誰も悲しまず死に逝くことのできる、そんな幸せな光景。
 その様さえ鮮やかだったと、この花を見上げるように微笑んでもらいたい。
 その中にはもちろん、この男さえ混ざっているようにと祈る。朽ちた自分の屍を腕に、果てるのでは、なく。
 「お前が思うほど、俺は傷付いちゃいなと思うんだが………」
 困ったように彼は笑い、その無骨な指を差し出して、ポンと自分の頭をたたく。どこか気安いそれは、初め起きた時に見た警戒のない、親密さ。
 まるで時間が遡ったような姿。あの幼い日、傷を負う以外の方法を知らない愚かな子供がそこにいる。
 それでもその唇が綴るのは、生きる意志と傷まぬ誓い。
 不可解な幻想だ。そんなもの、自分に差し出されるわけがないというのに。
 それでも自分の髪を撫でる指は確かな質量を持っていて、その熱さえ、伝える。
 「…………………………」
 きっと、これは夢だろう。
 桜の老木が散る間際に見せた夢幻。
 そう思いながら、自分に差し出された腕をつかみ、引き寄せた。
 抵抗さえ見られず近付く肢体にやはり夢だと苦笑して、吐息が混ざる。

 その熱の確かさに、目眩が、した――――――








 カップリング希望だけで特に内容はなかったので、こんな風に。
 アラシの目から見たパーパって、絶対に悲しい存在に思えるのですよ。
 自分のために生きることのできない、搾取されるだけの花のような。

 そんな、イメージ。

05.3.4