綺麗な命を知っています。
それはとてもとても儚くて
一瞬で散ってしまう命なのです。
それでもその輝きは色褪せず
この身を優しく包んでくれます。
綺麗な命を知っています。
その傍でこそ、生きたいと思うのです。
その命が尽きた後のことなど、
考えることも出来ないのです。
同じだけの時間のままで
「いよ、元気か?」
突然の声に室内にいた全員がドアへと目を向ける。
そこに立つガマ仙人に驚いたように乱世が声を返した。
「なんだお前、いきなりだな」
「別に用があったわけじゃねぇけど。地上に行くついでに寄っただけだ」
冥界の悪影響が残っていないか視察だと苦笑していうガマ仙人の言葉にパッと乱世の奥にいた少年が顔を上げた。
「ガマ仙人、パーパのところにいくのか?!」
「この愚弟っ! たったいまいっていただろうが、視察だ視察! あの男のところじゃねぇ!」
「ヒーロー……ほら変身が解けちゃったよ」
リキッドに頭を殴られた瞬間、ポンと軽快な音とともに天帝姿だったヒーローはあっさりと幼児の姿に戻ってしまう。痛みの走っている頭を抱えながら僅かな涙目でヒーローは見上げるようにガマ仙人に目をやった。
………それは少し縋るような幼さが見えかくれする。が、苦笑するだけでそれを受け流し、ガマ仙人は首を振った。
「ヒーロー、こんな奴でも一応多忙なんだ。我が侭いうな」
「一応はよけいだ、一応は」
遠慮のない親友の言葉に顔を引きつらせながら応え、まだうまく変身の制御の効かない幼い子供の頭を軽く撫でる。
冥界との戦いのとき、一番多くの痛みを抱えたこの子供は、今はその巨大すぎる力を制御すべく修行にきている。もちろん、天帝としての力なのだから半端な覚悟では耐えられない。だからこその条件を、彼の育ての親たる男は微笑むだけで受け入れた。
過酷かと一瞬でも思ってしまったのは、多分に自分達が二人の絆を見てきたからだ。
そうでなければなんら問題のない条件だ。
修行が終わるまで、一切地上へ降りることを禁じるのは、元来天界の住人が地上に降り立たないことを考えれば条件にすらならない。
それでもそれはこの子供にとって最も過酷な条件だ。普段であればあの父親こそが我が侭を言ってごね、決して手放そうとしないというのに、今回は逆だった。
泣きわめいて。………まるで本当にただの子供のように泣きわめいて、子供はその父へと腕をのばした。離れなければいけないというその意味を、ようやっと知ったばかりの子供。
「悪いな、さすがに条件を破らせるわけにはいかねぇんだわ」
申し訳なさそうに眉を垂らして笑うガマ仙人の大きな手は、どこか父に似ている。けれどやはり決定的なまでにちがかった。
ポンと軽い音をたててヒーローはまた天帝の姿に戻った。幼い自分の頭を撫でるのはあの家に帰ったときだと、そういうかのように。
「ヒーロー……」
末弟に甘い長兄が、哀れむような声を出す。自分達ではこの幼い弟のすべてを包めないことくらいは、解っていたことだ。
それでも敢えて出した条件は、いずれはまみえるその別れに耐えられるようにと思ってのことだった。
所詮は天上人と地上人の寿命は違う。今は同じほどの成長に見えても、自分達はこの姿のまま何千年も生きるのだ。
地上の長寿族である龍人界の住人でさえ自分達には瞬く命だ。そうだというのにただの人であるあの男が自分達とともに生き続けることはできない。
ずっと自分達は見ていたのだ。………わかっている。それくらいは。
情の深いこの弟がその別れを前にどうなるか。その手で一度は葬った父を、失う恐怖に耐えられるか。
肯定と否定のどちらもが入り交じった解答しかできない自分達も、情けなかった。
「………もう、天上門閉じちまわねぇか」
ぼそりと、ついこぼれたようにリキッドがいった。そして言葉になって耳に届くと、それはこの上もない名案のような気がしてきた。
パッと顔を輝かせてリキッドは兄たちに言葉を投げかけた。
「そうだよ、もう冥界はねぇんだし、地上を監視する必要だってねぇ訳だ。干渉したらいけねぇなら、初めから行く手段なくしちまえばいいだろ」
珍しく正しい物言いをする弟に困惑したように忍が乱世を見た。あまり論争には向かない自分が言葉を出すより、長兄がまとめた方がいいだろうと、そう考えて。
何と言って納得させるかと頭に手をやり溜め息を吐いた乱世が口を開くより早く、天帝が不思議そうに首を傾げて問いかける。
「じゃあ俺、もうリキッドたちに会えないのかぁ?」
寂しいと不満そうに口を尖らせる様はまだ幼い。が、それに心和ませているわけにはいかない発言に、兄弟がそろってぎょっと目を向けた。
その反応に驚いたように目を瞬かせながら天帝はまた首を傾げた。何かおかしなことをいったのかと問う仕草に矢継ぎ早に言葉が投げられる。
「あのな、解ってんのかお前?」
「天帝はここで生きるんだよ………?」
「オメェはここを取りまとめる存在だぞ?」
「それ以前に天上人だから、俺だってそうなったら戻らなきゃならねぇぜ?」
「なにみんないってんだー?」
全員で疑問符を飛ばしあいながらの発言は誰一人として解答を持っていなかった。
それを不可解そうに顰めた眉で見つめながら、天帝が続ける。
「俺はパーパと一緒にいるぞ? そのために修行にきたんだぞ」
「きたって……お前、天帝としての職務のための………」
「違う」
「お前力の制御できるようにって…………!」
言いかけて、ふと気付く。そうなのだ。この末弟は、言っていた。力の制御ができるようになりたいと。
それはひとえに、傍にいる人すら巻き込みかねない膨大な力を操れるようになりたいというだけ。
…………彼の父と、共にいきたいからこその、その願い。
言葉を失っている兄弟たちを眺めながら天帝は首を傾げる。何一つ、自分はおかしなことなど言っていないのにと。
その遣る瀬無い様を見て、泣き出したい衝動が身を駆けた。遠くない未来、必ずこの末弟に襲いかかる悲劇。
「バカかお前はっ」
弟は知らないのだ。地上人の寿命の短さを。自分達の長寿を。それ故の別離の辛さなど、知り得ていないのだ。それなら初めから手放せばいいのにと、そう叫ぶように怒鳴った声に天体は笑う。
「違うぞー、リキッド」
「なにがだよっ」
「俺は、はじめから覚悟くらいしているんだぞ」
この手で父を斬ったあの日から。もうとうに覚悟などしている。
自分より先に死を受け入れざるを得ない人。それでもその世界で自分は生き、宝を見つけてしまった。
この世で一番愛しい人が目の前で衰え死ぬ様さえ見取らなければいけないことも、悟っている。
それでも一つだけ、恐いことがある。
ずっとずっと、それを知ってから恐れていたこと。
未だ見つけていなかった頃からの、それは唯一の恐怖。
「でも、恐かったから、修行したんだ」
「………恐いって…」
「パーパが死んだ時、地上を壊さないためにだぞ」
ふうわりと笑んで、天帝がいった。あどけない笑みの奥の悲嘆。
「ちゃんとわかっているぞ。力の暴走で地上を壊さないための予防策。でも、俺は父と生きたい」
そうでなければ今こうして生きている意味さえないのだ。自分のために生き続け傷付き続けてくれた彼のために、今度は自分が生きたいとそう思うから。
「だから、ここに帰られなくなっても、俺はパーパの傍にいる。その後の永遠の孤独だって、構わない」
彼だけが今は全て。どれほどの存在と引き換えにしても失えない。
それでもそれを言葉にも態度にもできはしない。そんな身勝手さ、彼が喜ぶわけがないから。
言葉を閉ざしながら、笑ってみる。
それは悲しみ以上の、絶対的な幸福。
唯一の存在を見つけ、その傍にいる術があることへの安堵と充足。
それ以外はいらないのだと、遣る瀬無いほどのまっすぐさで天帝は笑った。遥か昔の、自分達の弟。
申し訳なさを滲ませながら、それでも選ぶものは決定していると、笑う。
言葉を飲み下し、リキッドは顔をそらした。それを慰めるように乱世はその頭を乱暴にかき混ぜ、肩を叩く。
一番下の弟を、一番気にかけ心配してきた弟には、まだその言葉はあまりに鋭い凶器だった。
それでも自分も忍も理解している。そうした生き方を、それでも選んでしまう者がいることを。
離れることのできないつがいが他種族であるなど、悲劇にしかならないというのに。
「天帝…それがオメェの決めた道か」
にっこりと笑い、誇らしそうに末弟は笑った。胃が軋むような、そんな笑み。
泣き出しそうになる心を奮い立たせ、乱世もまた、笑う。
「なら、帰ってきたときは思いっきり泣きにこい。ここも、オメェの帰る場所なんだってこたぁ忘れるな」
それはまだ未来の話。
それでも自分達にとっては瞬きの先の話。
だから、その僅かな間の未来がこの弟にとって優しいものでありますように。
………祈る意味すらない祈りを、ありもしない天へ、捧げた。
天パーというリクを見て誰だ「天」って………と本気で悩んだ不心得者は私です。
本気で存在スルーしていたわ、天帝!
とりあえず、神話シリーズ後の世界、という感じで。
なのでヒーローだけはこの神話を知っている。
パーパが出てこないのはパーパまで出して超人兄弟&ガマ仙人だとギャグに走るから。今はギャグ書くテンションじゃなかったの。←夜勤後昼間に寝て以降寝れなくてまた貫徹中です。
05.3.4