どこまでも高く高く。
どこまでも澄み渡った空を見上げている。

流れる雲を見つめるよりも、色付く風を眺めるよりも。
目を閉じて日の光を感じていたい。

…………そうすることがもっともその人の事を感じることができるから。
そんな些細な方法でしか知りあうことが……もう出きないから。
零れそうな涙を飲み込んで、俯きそうな顔を押し止めて。
艶やかに微笑んで彼を見つめる。

そうしたなら真直ぐに返ってきたその視線。浸ることさえおこがましい無垢なるそれ。
特別をもたない平等な人の心に触れるのは不可能なのかもしれない。
……そう感じるほど彼の心は広過ぎて掴みどころがなかった。
けれど風を見つめるように静かに見つめ返せば……その内を覗くことができる。

それは気づきたくもないことまで気づかせたのだけれど………





innocent eye



  いくらまっても彼は戻ってこない。………泣きそうな顔で探しにいこうとする愛娘の婿が可哀想で代わりに探しにきた。
 ……………思い出した自分の行動に現実を殴りたくなってきた。
 眇めた視線の先はそれでも変わるはずがない。
 「…………………」
 思わず下に落ちているものを眺めながら溜息をつく。
 多分それは自分でなくても仕方ないことだと思う。
 「……こんのぐうたら親父は……なに果物採りにいって寝てるの?!」
 小さな棘を含めた声で囁く。……どこか起きることを厭うような音。
 苛立たしげに顔を顰める女を見上げる視線がある。……けれどそれは探していた彼ではない。
 彼はまだ無邪気に無防備に眠っている。
 ……………男の腕の中で。
 だからこそ自分のように気配を殺すなどという芸当と無縁のものが近付いても起きていないのだ。
 腹立たしい事実に女は心の中で舌打ちをする。
 それが聞こえたわけではないだろうに、視線の主は面白そうに喉奥で笑いながら答えた。
 「…………俺は無視かい」
 「見る価値ないわよ」
 あっさりした応えに男は押し殺した笑いを返す。………小さなそれは腕の中で眠るものを守るようにも映る。
 どこか破壊的な匂いを醸すその男は…それでも腕に抱く男を奇妙に庇護しているように見えた。
 …………鈍い金の髪が日に透けて眠る男の黒に絡む。
 どこか惹き付けられる情景。……けれど女にとっては不快でしかない。
 まだ横になったままの男の足を蹴り、睨む視線を隠すこともなく囁いた。
 「あんたいつまでそうしてるつもり? さっさと離れなさいよ。私はぐうたら親父を呼びにきたのよ」
 声に潜む棘。……何故のものか判らないわけがない。
 男は笑みを深める。
 ………なにも知らないわけではない女。自分がどういった種類の人種か知っている。……それでも恐れない。
 愚かな思い込み故ではなく、自身の信念故。
 この女はたとえ自分に陵辱されようと刃を突き付けられたとしても……命の尽きる瞬間まで後悔という文字を知ることはない。
 己の信念を忘れることなく生きることのできる希少な存在。……それはこの腕で眠る男の影響だろうと簡単に判るのだけれど。
 揺るぎない女の澱みを含まない視線。
 女特有の甘みもやわらかさも放棄した感に男は笑いが込み上げそうになる。それを噛み殺し、女の言葉に従うように腕の中の男を離すと上体を起こした。
 それを視界に入れて小さく女は息を吐く。……安堵の溜息に気づいた男は女に聞こえるように喉奥で笑った。
 ………それに気づいて女は微かに頬を朱に染めて男を睨み付けた。
 突き刺すようなその視線を面白そうに受け止めながら、男は女を見上げる。
 「……そういえばお前、名前は?」
 「聞きたきゃ先に名のんなさい」
 突き落とされた囁きに気を悪くするでもなく男は笑う。……目の笑っていない笑みほど気分の悪いものはないと思う女を楽しむように。
 「俺はアラシだ。聞いたことあるだろ?」
 「…………そこで寝てる馬鹿からね」
 男の言葉に返された声は……余りに小さい。
 ………附随した記憶がどれなのか判らない男は微かに顔を顰めた。それが女に見せる不敵な笑み以外の初めての表情。
 その疑問に気づきながらも女は知らない振りをして言葉を返した。
 「……私はアマゾネスよ」
 「知ってる。シンちゃんが怖い女だって笑ってた」
 いまだ眠っている男の髪に指を搦め、その毛先に口吻けながら楽しそうに囁く男を睨む女。
 判っていながらも尋ねる意地の悪さに不快そうに女は顔を顰めた。……ただ単に見せつけたいが為に囁かれる音たち。
 苛立たしげに女は声を紡ぐ。
 ………男の中にある…あるいは傷となっているかもしれないそれを蒸し返すように。
 「…………私があんたを知ってるのはね……10年前の七世界戦争からよ」
 微かに男の肩が震えたのが判る。……女にさえ知れる反応。
 それを横目で見つめたあと、興味をなくしたように視線を逸らして女は眠る男に近付いた。
 ………必然的に傍らに座る男にも近付くのだけれど。
 自分を食い入るように見つめる視線。………殺気すら含まれているそれ。
 けれど恐怖は沸かない。……あの時の事を思い出すといつもそうだった。
 「この馬鹿が我を失うなんて…考えたことなかったわね」
 憂いを含む声には深い悲嘆。………まるで我が事のような痛みに男は眉を寄せる。
 女の伸ばそうとした指先は、男の頬に滑る前に力なく落ちて芝生の波に埋もれる。まるで…触れることが罪であるかのように眠る男に切なそうに笑いかけて女は目を閉じた。
 いつだって……痛みしか思い出せない。そんな過去の記憶に蓋をして目を逸らしてしまいたい。
 けれど潔い男の背を見つめてきた女は視線を逸らすことさえできなかった。……その傷をただ癒せないかと腕を伸ばすことしかできなかった…………
 「夜も眠れないで……いつもうわ言をいっていたわ。……知ってる?」
 意地の悪い問い掛けは艶やかな笑みと共に。
 ………それくらいの報復を行なって一体なにが悪いというのだろうか。
 眠る男の中にある今も消えない生傷。……自分の中で消化出来ない蟠(わだかま)り。その元凶がなんであるか知りながら……許せるほどの心の広さなど求めないで欲しい。
 「…………………………」
 無言の男の応(いら)えは逸らされた視線。
 囁きは……止まらない。
 赤い唇が静かに音を紡ぐ。男の耳の鉛を注ぐように………
 「だから抱かせようと思ったわ。疲れて眠ってしまえば……幻想も見ないで済むでしょう?」
 あっさりといった言葉に瞬間、男の指が女の首に絡まる。
 衝動的なその行動に男の方が驚いたような顔をしていた。見開かれた瞳に映るのは無機質な女の瞳。
 ごくりと息を飲む男の耳には涼やかな女の可憐な声が響く。
 …………微かに震えた指先が旋律を紡ぐために揺れる喉にしっとりと触れている。
 「この馬鹿は……それでも縋らなかった。………どれだけ惨じめか判る? 特別でなくて構わなかったわ。ただ傷を忘れさせたかった」
 そんなことさえ出来なかったのだと囁く女の瞳が静かに揺れる。
 けれど毅然とした声は決して震えない。
 …………ゾクリと……した。初めて眠る男がこの女を怖いと囁いた意味を知った。
 なにも求めずに傷を癒すためだけに身体さえ投げ打って腕を伸ばす。……癒すためにあるその腕に縋ってしまえばどれほど心地いいか判るけれど。
 立てなく……なってしまう。女がいなくてはなにも出来ない馬鹿な男に変わる。
 高尚な女に溺れずにいられる強さがその時の男にはなかった。だから拒まれた。
 ………けれどいまは…………………
 その考えに至った瞬間女の首に絡む指先に力が込められる。
 息苦しいのか女の眉が顰められる。けれど怯えすら浮かべない視線は至純の清涼を浮かべる。
 絡んだ視線に押し負けるように男の指先が女の首から落ちた。
 微かな風が女の首に残る痣を労るように吹き掛ける。……それさえどうでもいいことのように息を吐き、女は小さな声で続けた。
 「本当に馬鹿馬鹿しいわ」
 掠れた音に女は微かに顔を顰めた。ゆっくりと息を吸い込み、声を整える。
 音もなく立ち上がり、女は男たちに背を向けた。
 ……その小さな背を畏怖するように見つめる男の耳に悔しそうな呟きが注がれる。
 「…………あの傷を癒せるのは私じゃないんだから」
 その声に男は目を見開く。…………囁きは切実で…物悲しかった。
 振り返った女の豊かな髪が緩やかな風に靡く。
 鮮やかなその光景の中、女は諌めるように鋭い視線と声で男に囁く。
 「でも、あんたにも無理ならいつだって変わってあげるわ。……忘れないことね」
 芳醇な女の美しい姿。………逆光を浴びながらもなお際やかなその瞳。
 言葉も忘れ、男はただ頷く。
 …………恐ろしい相手が恋敵だとぼやく声は誰にも聞こえはしなかったけれど…………








キリリク13500HIT、アラシ×パーパ←アマゾネスですv
アマゾネス……いい女だなー(惚)
アラシとアマゾネス。書くとしたらどっちが強いかなーとか思いましたv
………見ての通りアマゾネスです。ええ、うちは女の子が最強のようです。
私女の子大好きだしv(エヘ)

七世界戦争の時のエピソード。私的にアマゾネスはパーパに抱かれたことはないだろうということでこうしました。
………だってパーパ結婚してないから………………
でもね! あの時は絶対にアマゾネスと一悶着あって欲しいのさ!
あの状態で女に縋るヤツは好きじゃないけどね(オイ)

この小説はキリリクを下さったれいこ様に捧げます!
アマゾネス……こんな感じでいかがでしょうかv