やわらかな音楽が静かに降り注ぐ。
自分の好みに合わされたように新調されている室内の様子に微かに苦笑を零す。
きっと我が侭なあの子供は母親に季節に見合ったものがいいといったのだろう。そしてそれを叶えるくらい、この家では簡単なことなのだ。
………ここにいることはとても落ち着くのだ。
誰も彼もが自分に優しい。
まるで絹糸で優しく包んで抱き締めてくれるように繊細な指先が労ってくれる。
でも、これではないのだ。
自分が望んでいるのはそんな優しさではない。
この背を支えてくれることは嬉しいけれど、立ち上がれなくなるほど溶かされたくはない。
いっそ激しいほどの思いで切り裂かれた方が……この腕はしなやかに伸び上がれる。
KRISTKIND
ぼんやりと外を眺める時間が妙に増えた。
………晒された背を眺めながら青年は小さく溜め息を吐く。
それにさえ気づかない、常からは想像できないほど鈍感な男にのぼる苦笑を禁じ得ない。
空は静かな鉛色。予報では夕方から雨が降るといっていた。
赤い衣装に身を包まなくてはいけない男は困ったような顔で時間を潰しに青年の家に訪れた。
確かそれは昼過ぎだったはずだ。それがゆっくりと時間が経つほどに男は無口になって空を見上げる。
大体……想像はつくのだ。一体なにを考えているのか。
男は昔からそうだったから。浮かれた空気の中にいる時でさえ、不意にその目は冷める。
まるでそれは夢を夢と認識してしまった瞬間の子供のようだ。
現実感を掴めないというように眉を潜め……彼はまた笑う。なんでもなかったように。
それを責められはしない。
彼の中にあるそれは悼み。…………失った仲間への罪悪感故に、彼は自分の身に降り注がれる幸福に浸り切ることが出来ない。
優しい笑みさえ……息苦しいほどの寂寞と蟠りを溶かしているのだ。 そうした機微に気づけてしまうくらいには長い付き合いで……気づけてしまうくらいには……この思いは深い。
だから自分を見て欲しいと思って……なにが悪いのだろうか………?
この腕が選ばれはしないとわかっていても……伸ばしたいこの思いをとどめる術などないと、誰もが知っている。
「……シンタロー…………?」
小さく吐く吐息ほどの微かな声音でその名を囁く。
どこか震えた音はまるで応(いら)えを恐れているように響いた。
それは静かに空気に溶け、窓枠にもたれ掛かった男の鼓膜をやんわりと震えさせた。
………ゆっくりと、男が振り返る。
鈍く白いその空を見上げていた瞳はまっすぐに青年を写し出す。………どこか不貞腐れた、青年の苦笑。
それを瞳に写したまま、男は微苦笑を落とす。
「どうかしたか………?」
青年がなにを思っているか、しった声音は深く静かに響く。ゆったりと青年を包む旋律はあたたかく、微かに疼く指先が彼を捕らえたいと囁く。
……………そんな思いは浅ましいと恥じ、青年は固く拳を握ってなにか囁こうとするけれど………言葉は形作られる前に姿を消してしまった。
絡んでいた視線さえ、地に落ちる。
微かに男の吐く息の音がする。……厭まれたかと怯える心が震えながら視線を彼に向けさせた。
ゆったりと広がる、彼の笑み。聖夜に浮かぶ月よりも儚く淡く。………けれどどれほどの陽光よりも際やかな…………
まるで仕方ないと囁くような所作に微かに高鳴る鼓動を青年は持て余した。
それはけして伸ばしていいというわけではない。
それはけして囁いていいというわけではない。
それは……けして選ばれたことを示唆するわけでは、ない…………………
知っているから、だから青年は囁きはしない。
特別を……口にはしない。
それでも…………
「今日は、いつまでいられるんだ?」
傍にいたいという我が侭くらい、口にはしていいのだろうと願うように幼い声が囁いた。
その言葉に一瞬虚を突かれたような顔を零し、次いで男は苦笑する。
答える声は、まるで幼子をたしなめるように優しい。
「まあ……夜まではいられると思うぞ? ヒーローたちはアマゾネスのところでのパーティーだしな」
仕事が入った為キャンセルせざるを得なかった二家族共同のクリスマス会には、残念ながら参加出来なかった。
それでも父親としてやはり子供の夢を壊したくはない。………毎年恒例のおもちゃの配達をしなくてはいけないので夜にはいなくなるという男に、青年はどこかおかしそうに笑う。
子煩悩な男は、その中に隠された闇の欠片さえ、子供の前では出すことがない、子供の持つ光に包まれて……彼は彼本来の灯火を掴み得る。
それが、嬉しい。だから彼らの為になにかすることが好きだった。
彼の願うままに、どんなことも叶えたやりたかった。……それに見合うだけの力が、あると自負もしている。
それでも……知らしめられる。
不可侵と思えるほどに潔癖な彼の中に、たった一つ交じる異質。
それが誰なのか……なにを指し示すか、判らないほど鈍くはない。
思い至ったその残像に微かに顔を顰めれば………あたたかな体温が頬を包んだ。
「………………!」
「どうか、したか?」
視線さえ解け合うほどの至近距離。
やわらかな光を浮かべる瞳は穏やかで、慈父たる象徴のような男を彩る。
その呪縛から逃れるように瞳を伏せ、青年は小さく息を吸い込みながら干上がった喉で掠れた声を零す。
「………知ってて、きくのか?」
自分の思いも、こうして触れられれば跳ね上がる鼓動の意味も。
伸ばしたくても彼を包むことも出来ないこの指先も。
決して気づかないわけがない。………それでもなお、問い掛けるのか、と。
震えた声音はいっそ哀れなほど幼気だ。
それを労るように包むように男は額をあわせた。…………触れた皮膚が溶けるように、熱い。
知っていて問いかける。その残酷さを強制する理由さえ、青年は知っている。
故に、青年の囁きは自虐だ。
………男が何故に与えるかわかっていても、それでも拒絶もできず甘受もできないが故に…………
そんな幼い我が侭さえ見切った瞳は静かに伏せられる。
溶けた体温が緩やかに互いの鼓動を伝える。
沈黙が静かに落ちた。
……………………窓の外に写る空はもう暗く、いつの間にか日の落ちたことを知らせた。
それを見上げた青年の瞳の端に、微かに落ちゆく儚き色が写る。
ゆうるりと降る白き花弁のごとき結晶により、沈黙はその幕をあけた。
「………雪、だ………」
微かな声はどこか悔しそうに響く。
その声に促されるようにして男もまた顔をあげる。……振り向いた瞬間のその顔に浮かぶ満足げな笑み。
煌めく瞳に落ちる、雪の残像。消えはしない、永久(とこしえ)の約束故に、彼は笑む。
それを知っている。それは昔自分の目の前で交わされたから。
…………だから、嫌だったのだ。
今日は自分の傍にいて欲しかった。空ばかり気にしている彼がなにを願っているか判らないわけではなかったけれど……………
彼を包みたいと囁く指先を握りしめ、青年は男の背をたたく。
「………バード?」
不可解そうに振り返った男の無防備さに微かな苦笑を落とし、青年は踊るような軽やかさで、掠めるように口吻ける。
「…………………!?」
突然のことに真っ白になった男の思考に、どこかからかう声音で青年が囁く。
………切なささえ、押し隠して……
「しかたねぇから、これで今日は勘弁してやるよ」
「なななっ………!?」
混乱しかけた頭の中、どうにか青年がサンタの衣装を手にとったことだけが理解出来た。
それが示す答えもまた、一瞬でわかった。
どれほどそれが青年にとって辛いかさえも……………
「あれ届けりゃいいんだろ? ……さっさといけよ」
それでも、青年は笑うのだ。
たった一度の口吻けで、その程度のことだけで………全て許せると………………
悲しそうに沈むその色さえ、誇らしげに抱えて……
「だが………」
それ故に躊躇う男が、だからこそ愛しい。
揺れる黒髪の一筋を掬い、青年は笑う。………微睡むように………
「いーんだよ、今日はな。来年は……俺といるさ」
気が長いだろとその髪先に口吻けを落とし、搦めた指を解けば、青年はゆったりと笑む。
「アラシに伝えな。……油断してっと足元掬われるってな」
自信を隠しもせず……せめてもの不遜を青年は囁く。……それはいまは隠れた月に誓うように儚く清く空に浮かぶ。
それを受け、男は切なげに眉を顰め……笑う。
まるで青年の願いを知るように、いたわりを吐かない。……偽りを囁きはない。
ただ一言の謝罪をして、男は思いの全てを託すように青年を抱き締めた。
成就する筈のない願い。……その思いさえ消化するぬくもり。
望むことなど数限り無い。それでも、叶うことのなんと少ないことか。
噛み締めるように離れた肢体のぬくもりを思う。
いまはまだ、この腕は選ばれていないけれど……いつか必ず、この指先が彼を抱く。
そう…願っている。
雪に溶ける男の影を見上げ、青年は静かに吐息を零す。……流れるものさえ、気づかぬ振りをして。
包まれた肢体を思い起こすように強く掻き抱く。
それでもぬくもりは、あの目眩を起こすほどの熱さはない。
…………たった一瞬のあの抱擁が、なによりこの身を焦がす。
キリリク25600HIT、バード+アラシ×パーパ、クリスマスで甘々な取り合いでしたv
………嘘つきやん。
クリストキントは天使の名前です。
クリスマスに現れる、姿のない天使。1つだけ願いを叶え、美しい鈴の音とともに去るといわれています。
………役所として、バードかね(遠い目) ゴメンよ、バード………
しかし結局アラシまったく出てこなかったですね。一応出ないようにして甘くvとかは考えていたんですが……
ここまで出ないとは思いませんでしたv(死)
この小説はキリリクを下さったいえすさんに捧げますv
………こんな作品になって甘いんだかんなんだか判らんのですが…受け取ってやって下さい(遠い目)