ずっとずっと目で追っても……気づかないこの鈍さ。
いい加減俺もよく飽きないもんだと感心するくらいこの馬鹿を見ている。
あんまりにも馬鹿らしくて、思いっきり大きな溜め息を吐くと、短く刈り上げてある頭が揺れて、くるりと振り返った。
「どうしたんだ、アラシ?」
きょとんとした目はでっかい。……俺よりかなり。同い年だってのにこいつのガキ臭さはなんだろうな。やっぱ箱入り息子だからか?
そんなことを考えつつも俺は遠慮なくこの馬鹿の頭をひっぱたく。
なにせ……いまの俺たちの現状の最大原因はこいつのせいなんだから。
だから叩かれた頭を痛そうに涙ぐんだ目でさすっても、こいつも何の文句もいわない。つーか言えるわけないか。この生真面目男は俺の想像以上にきっとグジグジと頭の中で自分のこと、責めてるんだろうし。
「どうしたもこうしたもあるかよ?」
だからかすっげぇ苛めてやりたくなるんだよな。どうせ自分で自分痛めつけるんなら、俺がやってもいいだろ?随分勝手な言い分っぽいが、俺にとっては至極当然の理屈。……まあこいつは嫌がるだろうけど。
不機嫌そうな俺の声にしゅんとした顔になる。普段の活発さが鳴りを潜めるからおもしれえ。こういう顔、きっと大人たちは知らないんだろうなー。
じゃなきゃこんなガキ臭いのと俺みたいな危険人物一セット扱いするわきゃないもんな。
我ながら正しい分析力だ。
自分の考えに没頭しかけた俺の耳に、小さな声が届く。
………って、なんか震えて…る?
「悪かったって、思ってる…………」
ぎくりとしてよーく見てみれば……ゲッ泣いてる!?
つうか泣く一歩手前!!! でっかい目がこぼれ落ちるかってくらい潤んでやがる。これ刳り貫いたらすっげ綺麗だろうなー。でもこのままじゃないと勿体無いし。
なんて物騒なこと考えながらも、結局行き着いた答えは……かわいい、だったりするが。
………いや、かわいいなーとかって浸ってもいられねぇんだけどよ…………………………
俺はまた息を吐き出して、小さく揺れた肩を見ないようにしながら声をかける。
ったく、なんだって俺がこんな真似……………
「あのな、シンちゃん。泣いたって状況は変わらねぇの。悪いって思ってんなら頭使え」
優しい言葉のひとつもかけてやればきっとこの馬鹿はすぐ俺に懐くんだろうけどさ。……残念ながらそういう甘ったるいのは嫌い。
気の向くままに甘やかして俺なしで立てなくなるような存在なら、最初っからいらない。そういうの、ちょっとは勘付いてんのかね?
この馬鹿は絶対に俺を頼りにしない。こうして泣きそうな顔したって、実際泣いたとこなんて俺は見たことないし。
………むかつくことに、実力でいうなら俺とどっこいどっこい。汚い手を使わない分だけこいつのが弱いってだけ。
だから余計に意固地になって俺はこいつに辛くあたる時があるが……まあまだ俺も子供だから許される範囲内だろう。………大人になって改めるかなんてわかんねぇけど。
「わかってるよ! 泣いてないだろっ」
幼い声でまあ、目も赤くして? それでも強がっちゃうんだからたいしたもんだ。
はいはいさいですね。お前は強いから泣かないし、誰も頼らないわな。………そうやって大人たちは騙せるけどさ。俺まで騙せるって本気で思ってるわけ?
ずっとずっともう、お前しか見てないヤツに……気づかないなんて本気で思うなよ。
なんか腹立ってきた。この馬鹿は絶対に俺も気づいてないって思ってやがる。つうかこいつ自身が自分のそういうところ気づいてねぇ可能性の方があるけどな。
ムカムカしてきたから、蹴ってみた。思いっきり背中を。…………あ、靴の痕ついた。
「アラシーッッッッッッ!!!!」
突然のことに驚いたらしく、シンちゃんの怒声が飛ぶ。まあそんなことしたところで右から左だけど。
おーおー、顔真っ赤にしちゃってまあ、ここまで感情露にして怒るのは珍しい。
俺以外には絶対に見せない顔。なせいか、ついつい手が出るんだよなー。こいつに教えてやる気はないけど。
それはまあ置いておくとして、とりあえずそろそろ本格的にどうにかしないとヤバいなー。
ニヤニヤ笑ったまま、俺はクイッと顎を持ち上げて視線をあわせる。
んー……こんだけ顔近くしても恥じらわんなー。まあ女じゃないし当たり前か。
ちょっと残念に思いながら俺は少しだけ低くした声で囁く。
「お前全然危機感なさそうだけど…このまま夜になったらシンちゃんは凍死だぜ?」
海人界の住民である俺はまあ抗体もあるし平気だろうけど、まだ羽根も生えてないシンちゃんは並の抵抗力しかないから、ここの夜なんて…外にいたら一発で体調崩す。
……………つーか、本当に死ぬ可能性高いわな。
しかもこの馬鹿はなに考えてんのかしらないが雪まで降りそうなこの極寒の中でランニング姿だし。
いまもまあ寒いの我慢しているんだろうな。
心頭滅却すれば火もまた涼し? ………くっだんねー。
それで無茶してどうせ倒れんだから、いい加減やめときゃいいのに。大人との差くらい理解してんだろうが。
意地悪げな声から一転して真剣な声を出した俺に、はっと気づいたように目を見開いて……そのあとこの馬鹿は笑った。
………むかっ………
自分の中のどっかが腹立てた。冷静にそれを理解出来るくらいには俺は荒んでるだろうよ。
でもお前だって、似たようなもんだろ?
だってわかっていて笑うんだから。………自分が危ないだろうなって、ガキでも結構わかってるもんだ。しかもこいつはひどく早熟で……俺よりきっとよっぽど回りが見えている。
その上での、笑み。
これほど人の感情逆なでしてくれるもんもねぇよな…………
暗くそう考えながら、俺はまたむかついたから殴ってみる。……今度は逃げられるだけの間をあけて、やーらかそうな頬を。
まっすぐ……視線が絡まる。笑ってる口元とは対照的な真剣な……………
あーあ、なんだって俺はこんな馬鹿に会っちまったんだか。知らなければ、こんな風に自分まで馬鹿になんかならなかったのによ。
判り切った結果を知っていて、それでも伸ばす腕。縋れなんて、いわない。いったってこいつは笑うから。
笑ってなんでもないって顔で不思議そうに見返しやがる。どんだけ俺がむかつくかも知らずによ。
だから、いってやらない。代わりに…殴る。ぶん殴ってこの余裕ヅラ壊すくらいしか、出来ねぇっつーのが余計に腹立つ。
それはきっとこいつも勘付いてる。言葉にできるような感覚ではないんだろうけどよ。
ま、どっちにしろこいつはよけないんだろうけどさ…………
小奇麗に決まった平手。……ありゃ? 拳にしてなかったか。無意識の加減にちょっとびっくり。
それでも俺の力だし。ぷっくりと腫れ…はしないか。でも結構赤くなってるな。冷やさねぇと痛むだろうけど、俺の知ったことじゃない。
むしろ腫れて傷でも残りゃいいんだ。そうすりゃ少しはこいつもわかんじゃねぇの?
自分の汚さも、愚かしさもさ。………知らないなんて、言わせる気もねぇけど。
赤くなった頬を一なでして、シンタローはまた笑う。その気配を感じてカッと俺は睨むようにそっちを見てみる。
なんだってこの馬鹿は…………ッ!
でも、広がった笑みは押し隠すものじゃなくて。やわらかな、子供らしいそれにこっちが思わず驚く。
………ビビった。マジで。
こいつ、こんな風に笑えたのか? こんな……なにも背負ってない子供みたいに………………
自分の中の動揺を見せることなく、不機嫌そうな顔で…低い声でまた声をかける。
………天邪鬼って自覚くらい、あるよ。いやんなるくらいな。でももうなくせないし、こいつ相手にはこれっくらいでちょうどいいんだ。
「………なに笑ってんだよ」
自分でも上出来と拍手したくなるくらいの脅しを含んだ殺気立った声。
相手がシンちゃんじゃなけりゃー誰もが怯えて平伏すんだがな。………残念ながら、この男はそんなやわじゃない。肉体的にも精神的にも。
「お前が俺に優しいのは、珍しい」
笑う顔がやわらかい声を落とす。……チクショー……バレバレかよ。
それでもこういう顔は嫌いじゃないんだから、どうすりゃいいんだか。もっとも、それを素直に顔に出してやるほど俺は幼さを持っちゃいないんだが。
「誰が優しいって? 自分のおもちゃが壊れるのは、自分が壊す時だけなんだよ」
………そう。この馬鹿を壊すのは自分で。心臓を抉り出すのは……他の人間には譲らない。
それがたとえ自然現象であっても関係ない。俺のモノを俺以外のヤツが壊すのも触るのも許さない。
我が侭? ……んっなわけねぇよ。それ以外いらねぇんだから、ささやかなもんだろ?
そう暗い笑みでいっても、この馬鹿の笑顔は曇らない。気づいてんだろ? 俺が本気でいってることくらい。
それでもそれを受け入れんのか? 本当に、馬鹿。いつか絶対にお前は壊れる。俺が、壊すから。
小さく胸の中で囁く声はきっと届かないだろうけど。
「なあアラシ、とりあえずあの樹のところにいくか?」
それでも…………
この馬鹿は当たり前みたいに手を伸ばす。助けてなんていわないし、縋るわきゃないんだが、それでも一緒に進もうと………
馬鹿馬鹿しいことこの上ねぇよ。
……………その腕を、それでも俺は欲しいって思ってんだから。
「……………オイ」
不機嫌な声。顰めた眉。……それこそ俺は鬼みたいな形相だろうな。もともと目つきもよくないし。
でも返されるのは微笑みで、思わず身体から力が抜ける。
ハァ………こいつは自分でわかってないから質悪ィ………
そう思いながら俺は自分が羽織っていたパーカーをシンタローの頭にかぶせた。
いきなり視界を覆った布に驚いたのか、シンちゃんってば腕ばたつかせて尻餅ついてやがる。……ドンくせぇな。
「それ着とけ。お前と違って俺は体温調整出来る」
……これで断ってきたら池に落としてやろう。そう思った瞬間、目の前で零される、笑み。
「サンキュ………」
小さな声でぎゅっとパーカー抱き締めて? まるでそこいらにいるガキと変わらない、嬉しそうな顔。
なんだってこんなに素直さんだ、こいつ……ぜってぇにおかしい。
とはいえ別に困ることでもないし、いいか。むしろなんか気分いい。
いそいそとパーカーを羽織ったシンちゃんの腕を引いて、さっさと先をいく俺のあとをヨタヨタとついてくる。なんか弟の面倒でも見てるみてぇだな…………
って待て。ヨタヨタ〜!?
はっと気づいた俺は改めてシンちゃんに向き直り、問答無用で額をあわせてみる。
……………………熱い!? って異様だぞ、これッッ!
こんのボケ男! 体調悪いの隠していやがったな!?
俺は仕方なくぽやぽや顔で俺を見ているガキを抱えて地面を蹴った。
まあ…初めからこうすりゃいいのになにも言ってこないからって迷子になるに任せてここまで引きづらせたのは俺なんだが。
それでもここまで頑だとむかつくよな………。ぜってぇに目、覚ましたら嫌がらせ決定だな。
どんな嫌がらせをしてやろうかと楽しげに考えながら、それでも余裕などほとんどなく全速力で駆けてやっと修行場に戻ったのは月がもうてっぺんに出ている頃だった………
ちなみに。
翌日寝ぼけ眼で起きたこいつとその父親の目の前で繰り広げた俺の嫌がらせはいまも効力あり。
………なにしたかって?
マウス・トゥ・マウスとでも言っておきましょうかね♪
キリリク27100HIT、アラシ&パーパで6巻の「シンちゃんは俺に頭あがらない〜」の修行中事件についてでした!
………できる限りギャグでとのことだったのですが……微妙にギャグになり切らなかったです(涙)
ごめんなさい………
初めはね、これでもギャグ設定で考えていたんです。女装ネタとかでパーパが大人に遊ばれてアタフタの人王をからかいつつ助けてあげるアラシとか(でも原因はこいつ)
でもそれやっても別に頭上がらなくないなー……と。
むしろうちの子だと突っかかりそう?
危険だったので止めました。これで無事にまともに助けてくれた(?)アラシと貸しが出来たシンタローの話に………
ということで納得して下さい!! お願いします!!(汗)
この小説はキリリクをくれたまゆら様に捧げます♪
ギャグに仕切れなくてすみませんでした!